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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
3年生
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3年生 その63 ケネット家の晩餐

63 ケネット家の晩餐


 オズボーン公爵邸の晩餐の翌日、筆頭侯爵ホイラー・ケネットは屋敷で大規模な晩餐会を開催した。9月の前期締めくくりの晩餐会は、ケネット侯爵派の貴族達80名が招かれたもので、そこには旗頭となる第2王子ジェイクと第2王妃マーティナも参加していた。

「今日は、ジェイク殿下とマーティナ王妃の臨席を賜った。無礼講の晩餐ではあるが、節度を忘れぬように。」

「兄上、無礼講なのですから。それでは諸侯の皆様が緊張されましょう。」

「王妃様、ありがたいお言葉ですが、釘を刺しておきませんと。では、ジェイク殿下。お願いします。」

「招待、感謝します。諸侯の皆様と交流できる場を与えていただきました。晩餐の場ではありますが、皆様のご指導をお願いします。イシュア国に、乾杯。」

 凛々しくも美しい青の騎士礼服の旗印の音頭で乾杯した貴族達は満面の笑みでグラスを掲げた。

「マーティナ様、ホイラー様、今日はお願い事があるのですが。」

「政治の用向きの話は酒が入る場では控えるがいい。」

「いえ。そうではありません。無礼講の事でございます。本日はジェイク殿下を褒める発言を許してもらいたいのです。」

「ベルモンド伯爵、殿下は成長途中の身、不必要な追従は成長を妨げるものです。」

 ケネット侯爵もマーティナ王妃も、第2王子ジェイクを愛していて、王太子の座を得て、王位を継いでほしいと願っているからこそ、甘えや慢心だけは許さなかった。天才と評される能力を持っているからこそ、褒めて伸ばすという教育方針を完全に否定していた。そして、将来の王として自己を律する事を若い頃から学ばせ、家臣の甘言に乗せられる事がないようにもしていた。

「その旨、我らも十分に分かってはおるのですが。無礼講で話をしたい内容と言えば、第3初等学校の発表祭の躍進と、学園の生徒会、部活動の話です。その話をする中で、ジェイク殿下のご活躍に触れない訳にはいきません。御許可がなければ話すらできないのです。今日だけでもお許しいただけませんか。」

「王妃様、過剰な発言をする者はおりません。今日だけは。」

「兄上が言うのであれば。」

「おお、ありがとうございます。」

 紫の豪奢ではないが美しく妖艶さを発するドレス姿の王妃は、正面の息子が褒められる事を久しぶりに聞く事になった。叔父であるケネット侯爵の方は、政治向きの話の中で第2王子を賞賛する話は何度も聞いてはいたが、本人を前にして貴族達が褒めているのは初めてだった。

「学園の生徒会の活動、中心となっていただき、息子ともども感謝しております。」

「いや、私は生徒会で議事を進行しているだけで。」

「何を仰います。生徒会で部活の代表を集めての会議を取り仕切っておられるのですから。生徒会の会長というべき役目です。しかも、そこをしっかりと取り仕切る事ができるから、子らが自由に活動できるのです。」

「さようです。我が家の娘も、学園が楽しくないと、今までは言っていたのですが、大好きな刺繍を活かせる活動ができる事を喜んでいました。」

「いや、そもそもの企画はコンラッド兄上を中心に動いていたものだ。」

「もちろん、発案者の功績は称えられるべき事ではあります。ですが、組織というものは、実際に動かす事が難しいのです。考える事も大切ですが、それを実現する行動も大事ではありませんか。」

「むろん、それは大事だ。」

「その大事を成したのです。殿下が自身の事だからと言って、謙遜しすぎると、学園の生徒会活動、部活動の功績が正しく評価されなくなってしまいます。」

 ケネット侯爵派のほとんどが先代の強引な政略で取り込まれた貴族で、未だにその強引な手口を普通に実行してしまう者達もいたが、現当主のホイラーが率いるようになってからは穏やかな方向に変わっていた。特に、代替わりした貴族家の変化は顕著だった。

その変化とは集結する目的だった。ケネット侯爵家の力が怖いから従うというものではなく、国のために若き天才児を次期国王に押し上げようという純粋な志を持っていた。その志に応えるために尽力している第2王子を見守ってきた貴族達は、その成長を我が子の成長と同じぐらい喜んでいた。

一度は第一王子に大きくリードされたが、すでに取り戻して、着々とリードを広げている現状があるのだから、派閥の貴族達は何事もジェイクの功績につなげて話をしていた。

 ケネット侯爵はこの貴族達の絶賛を黙って聞く事にした。第3初等学校の発表祭は後発ではあったが、改良されたものとなり、多くの貴族達が出資している学校でもあるから、多くの貴族達が出資できた。そこに、貴族学園の部活動の一部が参戦する事になったため、関係する貴族の数と利益額が一気に増加した。

 企画に乗っただけという評価を受ける事もあるが、実際に現場で働いている第2王子が貴族達に大きな利益を与えているのだから、感謝するのは当然であり、派閥の掲げる旗の輝かしさを誇りに思うのも無理はなかった。

 誰もが楽しんでいた晩餐会の中で、主賓と言える母子だけが純粋に喜ぶことができなかった。謙虚さを身に着けさせたい母にすれば褒め過ぎにしか見えなかった。謙虚さを身に着けている子にすれば、生徒会の活動の全てを自分が指導している訳ではないのを知っている以上、何でも自分の功績として褒められる事を否定し続けていた。


「それは、セーラ公女の功績です。彼女が公爵とのパイプ役を果たして、会計の仕事もきちんとやり遂げました。」

「もちろん、もちろんです。殿下、セーラ嬢の功績は十二分に分かっております。ですが、殿下がお手伝いする事もあったでしょうし、話を取りまとめてこその物事が動くのです。」

「殿下、今日だけはお許しください。何もかも殿下の功績にしようなどとは思っておりません。他の功労者の話も、普段はしているのです。」

 過去の実績からケネット侯爵派が強欲な集団と非難を浴びる事に耐えてきた彼らにとって、第2王子の活躍は権力闘争とは別の次元での喜びも与えてくれた。その上、無礼講の酒盛りとあって、その口は軽かった。

「殿下、セーラ嬢と仲が良いと学生の間で話が出ているそうですな。」

「おお、第2公女とか。そのような話があるのか。」

「息子から聞いたのだが。生徒会の仕事終わった後、個別に勉学を指導している事もあるそうだ。」

「確か、学年が1つ上だったような。」

「殿下であれば、1学年上の内容も理解しているのだ。」

「確かに、幼少期から、一流の講師を唸らせてきたのだ。」

 一通り。第2王子を褒めた後、生徒役の第2公女に話題が移った。

「娘が美人だと言っておったな。」

 第2公女と婚約が成立して、公爵家を味方にすれば、その時点で後継者争いが終わると派閥の面々でなくても分かるので、この情報に初めて触れた貴族達は盛り上がった。その喧騒の中で、1人だけ笑顔を見せない参加者がいた。

「ジェイク殿下、セーラ嬢と恋仲という訳ではないのでしょうね。」

 マーティナの美声が冷気を放ちながら、第2王子を貫いた。ケネット侯爵も他の貴族達も一瞬何が起こったのかが分からなくなり、大食堂の音が完全に止まった。

「そのような事はありません。母上。」

「では、学園の方で、そのような根も葉もない噂が出ているというのですか。」

「・・・。」

 婚約者選びは将来の王妃選びでもあるため、派閥内では勝手に第2王子に接触する事がないようにとの通達が出ていた。それは王妃からの特別な依頼である事を貴族達は思い出した。

「王妃様、愚息が聞いたのは、ただ一緒に勉学をしただけという話です。ただ、殿下に好意を向けない女子がいるはずもないとも言いましたが。殿下が誰かを婚約者候補にするというような話ではありません。子供らの戯言に過ぎません。」

 叱られる第2王子への助け舟のつもりだった。他の参加者もそのように思える言葉だったが、王妃マーティナには別の言葉に聞こえた。

「では、セーラ嬢が、ジェイク殿下に懸想していると言うのですか。」

「殿下のお側で仕事をしていれば、そういう思いを持つ事は仕方のない事かと。」

「不要な接近を許すつもりはありません。学園を辞めさせる訳にはいかないのであれば。殿下にはできるだけ距離を取ってもらうしかありませんね。」

「母上、生徒会での仕事があります。距離を取るなど。」

「殿下、セーラ嬢の実母は娼婦のような女性であることを理解されているのですか。」

 第2王子に対する言葉遣いをも気を付けている王妃の言葉に、兄であるケネット侯爵が驚いた。内に燃えるような感情を宿してはいるが、決して表に出すような事はなかった。少なくとも王妃となってから、感情と言葉を巧みに操っている姿しか見た事はなかった。

「王妃、いや、マーティナ。そのような言葉を使うものではない。セーラ嬢の実母も貴族として復籍している。」

「では、裏切り者と言い換えましょう。先程の言葉は撤回します。」

「いや、裏切り者とはどういう事だ。急にどうしたのだ。酒は一口しか飲んでいないと思うが。」

「兄上、私が酔っているとでも?」

「裏切り者とはどういうことだ?」

「兄上こそ酔っているのですか。セーラ嬢の年齢を考えてみてください。公爵夫人エリス様が暗闇の暴走で死にかけている時に、主の伴侶と関係を持つ女を、裏切り者と呼ばずに、どう呼べばいいのですか。エリス様が公爵邸から出て来るまでの1年近くは、病床で苦しんでおられたのです。その間に・・・。」

 怒りに歪ませた顔は妖艶にも見えたが、ただならぬ気配に他の貴族達は凍り付くように沈黙を続けた。女性には女性の感覚があると言うが、それがどのように自分達と違うのかが読めない彼らは黙るしかなかった。

「そういう見方があるのは分かる。だが、侍女の身分で、公爵の意向に逆らう訳にはいかぬのだ。そのように貶めるような事は言わなくても良いのではないか。」

「公爵様の意向ですって、公爵様がエリス様を裏切ったというのですか。」

「いや、そこまで言ってはいないが。」

「同じことではありませんか。その裏切り者は、エリス様の専属の侍女で、実家から連れてきた者です。エリス様にだけ仕えていたのです。公爵様が、そのような意図を持ったとしても、断る事はできたのです。主たるエリス様が苦しんでおられる時に・・・。」

 社交界の二輪の花として騒がれた公爵家の嫁と侯爵家の娘の戦いは、2人の間では一瞬で終わっていた。エリスは周囲を全く気にしなかったし、カーティナは一瞬で敗北を悟ったと同時に、敬愛の念を抱くようになっていた。自身の目標であると同時に、イシュア国淑女のお手本であるとさえ思っていた。マーティナにとって、エリスは尊い存在だった。そして、その美の女神を汚した裏切り者ミーナを憎んでいた。

「そうは言っても、侍女が公爵の。」

「兄上!公爵様を、この国の英雄である公爵様を侮辱するつもりですか。兄上、公爵様も戦傷を受けて、3カ月間は床を離れる事はできなかった。エリス様と同じように1年間は役目以外では、ほとんど外出されなかったのです。仮に、公爵様がそのような・・・。いえ。このような話がしたい訳ではないのです。私が言いたいのは、その娘がジェイクの相手として相応しくないという事ですから。」

「王妃よ。公爵と公爵夫人に対する思いは分かった。そう言われれば、その通りかもしれん。だが、娘であるセーラ嬢には罪はないのではないか。」

 ケネット侯爵の言葉をぐっと飲み込みながら、王妃は息子の様子をじっと見つめた。セーラ嬢を好ましく思っているのは見ていて分かった。それが恋愛の情であるかどうかは自分でもはっきりと認識できていないように見えた。その事に母親として安堵した。

「ジェイク殿下。もし、セーラ嬢を好いているのなら、王となり、愛妾の1人として囲いなさい。それは許されるでしょう。」

「母上・・・。」

「マーティナ、殿下の婚約者の話をしている訳ではないのに、なぜ、そのような話をする。しかも、公女を愛妾の1人などと、そんな事を公爵家が認める訳がないだろう。何を話したいのだ。」

「セーラ嬢と恋仲になどなるなと釘を刺しているのです。」

「セーラ嬢を勧める訳ではないし、まだ殿下には早い話だという事には同意するが。セーラ嬢は公女だ。先ほど言ったように、その母に罪があったとしても、娘の罪ではあるまい。庶民出だから。」

「兄上、私を侮辱するのですか。庶民と貴族の間に明確な差があっても、庶民だからという理由で見下すような私だと思っているのですか。我が国は魔獣討伐の国、庶民の中から討伐の功績によって騎士爵の貴族が生まれる国、私はその国の王妃の1人なのです。共に国を支える庶民を見下す事などありえませんし、そういう者は許しもしません。」

「ならば、セーラ嬢を嫌う。セーラ嬢は候補の1人にもならぬというのは、どういう事なのだ。」

「兄上、セーラ嬢の野心が分からないのですか。」

「野心?」

 兄は妹の言葉が理解できずに驚き、妹は兄の理解力不足に驚いた。その驚きが、2人の高ぶっていた感情を一気に冷めさせた。

「兄上に、このような講義をする事になるとは。セーラ嬢は王妃の座を狙っているではありませんか。これを野心と言わずに、何と言うのですか。」

「待て、セーラ嬢は王妃の座を狙って、ジェイク殿下に近づいていると言うのか。」

「兄上、今そう言ったではありませんか。まさか、セーラ嬢にはそんな野心はないと言い出すのではないでしょうね。」

「人の心のうちは分からないが、野心を持っているとは思えないが。」

「2年半前まで、セーラ嬢は庶民として暮らしていました。それがなぜ、学園に入学するタイミングで公爵家に入り、公女となったのです。」

「それが野心の証とでも言うのか。」

「そうです。学園で三王子に出会う機会を狙っての事です。そもそも、急に。」

「母上。そのように他者を貶めるような発言はなさってはならぬと、いつも仰っているではありませんか。」

 第2王子が母の言葉に反抗したのは初めてだった。

「殿下、こうも言って聞かせてきたはずです。王子、王家の立場を利用しようと近づいてくる者には警戒するようにと。」

「セーラ嬢は、そのような女性とは思えません。」

「良く聞きなさい。セーラ嬢が悪だとは言いませんが、野心を持っているのは間違いありません。それに心優しい人間とは思えません。」

「母上、聞くに堪えません。私は学園で共に仕事や勉学に励んできました。セーラ嬢がそのような女性ではない事は。」

 右手を前に出して王妃が王子の言葉を止めた。

「良く聞きなさいと言いました。言いたい事は後で聞きます。私の話を先に聞くのです。いいですか。もし、セーラ嬢が心優しく、公爵と公爵夫人を真の親と思っているのであれば、未だに北の街で庶民として暮らしていたのではありませんか。公爵邸で住む事になったとしても、公女として表に出る事はなかったのではありませんか。私がセーラ嬢の立場だったら、両親のために公女を名乗る事はしませんでした。公女と名乗るために犠牲になったものは何ですか。公爵様は妻を裏切った、もしくは浮気者と嘲笑を受けました。公爵夫人のエリス様も、夫を奪われた妻、愛を繋ぎとめる事ができなかったなどとの嘲笑を受けました。セーラ嬢は、公女の立場が欲しかったから、お二人の名誉を汚す道を歩んだのです。違いますか。」

 公爵家の名誉を重要視すれば、王妃の言葉は正論であり、反論の余地ななかった。少なくとも、公爵家が宰相派にいる時、セーラの存在を利用して、公爵家に対しての不名誉な情報を流し、嘲笑してきたケネット派の貴族達には、反論だけでなく、窘めるための発言をする資格は無かった。

「ジェイク殿下、まだ納得いかない顔をしていますね。これは言いたくありませんでしたが。1年前、セーラ嬢と第1王子コンラッド殿下の噂が出たのを覚えていますか。思い出したくもありませんが。良くお考えなさい。もし、殿下がセーラ嬢と恋仲になどなったら、どのような噂が立つとお思いですか。1人の女性を奪うための兄弟喧嘩、そんな噂が流れるかもしれません。また、コンラッド殿下を侮辱するような噂が流されるかもしれません。セーラ嬢だって、1年前の自分の噂は知っているでしょう。それなのに、ジェイク殿下に近づいたのです。」

 公爵家の外や真実を知らない人間から見れば、セーラが魔獣の巣で大失態を犯して、第1王子コンラッドの関係が壊れたから、第2王子ジェイクとの関係を作ろうとしているようにしか見えなかった。

「庶民から公女になったのが13歳、婚約者を探し始める時期に、第1王子と同じクラスで仲良くなり、それが壊れると見ると、その弟に近づいたのです。それは何かの偶然なのですか。誰かの意図が働いているとは思いませんか。もちろん、私の勝手な思い違いかもしれません。ただ、セーラ嬢を婚約者とする事で、王家にとってマイナスになる事が多いのは事実です。その事は分かりますね。」

「・・・。」

「今は答えなくて構いません。学園の生徒会での活動を辞める訳にはいかないのですから。後はジェイク殿下の判断に任せます。ただ、兄上、そして、諸侯の皆様、セーラ嬢をジェイク殿下に近づけようと考えるのは止めてください。理由は分かりますね。兄上、良いですか。」

「ああ。分かった。」

 ケネット家の大晩餐会は、王妃と王子の退席と共に幕を下ろした。


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