3年生 その62 試験後
62 試験後
王都全体が9月末の収穫祭で盛り上がるために動いていた。学園も前期試験を9月の第1週に前倒しをして、学生達にも9月中旬から末にかけての自由な時間を与えた。学園生のほとんどが貴族の子女であるため、発表祭に参加したい貴族達への配慮でもあった。利益を獲得する機会ではあるが、金目的の参加を全面的に押し出す事を避けたい貴族達の多くが、子供達の教育の一環という名目で発表会に参加していた。
子供が学園の部活動で興味を持った裁縫に関して投資をする事で、その技術を学ばせる機会を与えたいという親心で動いていると言いながら、商人達に接近して領地の原材料を売り込んだり、手工業工場を建築する話を進める貴族達もいた。商人達は、建前を守る貴族達の動きを歓迎していた、学園に問い合わせて令嬢令息の活動を確認すれば、どのような商談と贈り物を準備すれば良いのかが分かるのだから、効率的に利益につながる話をする事ができた。
王都の人、地方からの収穫物、商人達の金が一斉に動くのだから、そこから生み出される利益は莫大なものになった。しかも、新たな動きであるために、すでに権益を有していた大貴族や大商人達だけでなく、新規参入者にも利益を獲得する機会があった。祭りと言う特性上、小回りの利く方が積極的に行動しやすいために、思わぬ利益を得る事で大発展した商家や財政基盤を大きくした貴族は少なくなかった。
経済発展の中心にいた公爵家で、9月2週の土の日の夜、身内だけの大晩餐会が開催された。宰相は派閥の会合があったために不参加だったが、レイティアの婚約者である宰相の孫、エリックの婚約者であるアイリスの一家、そして、公爵邸で働いている使用人が大食堂に集結しての晩餐会だった。準備をする者も必要なため、使用人は交代で食卓に座る者もいたが、公爵家の主人と同じ豪奢な料理を食べる事ができた。
「晩餐会ではあるが、全員が揃っての食事会でもある。マナーを気にせずに、楽しい時間にしてもらいたい。乾杯。」
主人の声で始まった大晩餐会では、最初の料理皿だけは個人用の小さなもので配られた。その皿を食べ終わるまでは、貴族としてのマナーを守る事が公爵家の伝統であり、5分でそれが終わると食事のマナーは完全になくなった。
大皿に乗せられた料理がテーブルに運び込まれて、個人用の小皿に好きな料理を好きなだけ分け取って食べ始めた。民間食堂と同じようなスタイルの食事形式ではあるが、料理そのものは贅を尽くした絶品料理ばかりだった。
公爵領からだけでなく、今回の経済政策に関してのお礼として各地から少なくない物資の贈与が公爵家にはあった。財務卿である公爵への賄賂と言われては困るという事で、贈与の品を買い取る形にはなった。その事を事前に予測していた贈与者たちは、高級品を普通の品と偽る事で、公爵家への謝意を示すという協定を結んでいた。もちろん、同様の贈与物を王家にも送ったし、学園や学校への寄付金を添える事も忘れていなかった。公爵家に不名誉な噂を流されるような事をしてはいけないとの決意を持っていたのは、言うまでもなく世間を騒がせた第2公女の噂の再来を防ぐためでもあった。
魔獣討伐の剣であり盾である公爵家が、福の神としても最高級の結果を出したのだから、民衆のほとんどが守るべき存在であると認識していた。
「セーラ嬢は前期試験の順位は29位だったと聞いたが。」
「はい。お兄様。」
「生徒会の会計の仕事も大変だったのに、よく頑張ったね。」
「はい。今までで一番良かったです。」
婚約者が嬉しそうに報告してくれたことを、本人に確認したロイドは、赤髪赤目薄い赤のドレス姿の妹の左隣にいる婚約者に睨まれている事に驚いた。
「レイティア、どうした?」
「さっきから、セーラばかり褒めて。」
「・・・レイティアは、部屋から食堂までエスコートする間に散々褒めたじゃないか。その緑のドレスも髪飾りも。」
「私ではなく、ドレスと髪飾りとネックレスを褒めてもらいました。」
「何を言うんだ。レイティアに似合っていると褒めたんだから。レイティアが美しいと褒めているのと同じじゃないか。」
美の女神の双子娘という呼称を捧げられるレイティアは他人から褒められる事で心を動かされる事はないが、婚約者であるロイドからの言葉だけは別であった。
「そう言う事なら・・・。」
笑顔を見せた姉の姿を見てから、金髪青目の美少年公子が間を置かずに婚約者を褒める。
「アイリスはどんな色のドレスも似合うけど、今日の青のドレスはとても綺麗だ。」
「ありがとうございます。エリック様。」
「青が似合うのは羨ましい。」
「セーラお姉様は赤いドレスの方がお似合いでした。素敵です。」
「ありがとう、アイリス。」
レイティアの隣の夫人がアイリスに同意して小さく頷いている姿を微笑ましく思ったアランが、姉に質問した。
「セーラ姉上、今回の試験で順位が上がったのは頑張ったのでしょうけど、今までも頑張ったのですから、何かコツと言うか、特別な事がありましたか?」
「ジェイク殿下に教えてもらえたから、生徒会の仕事の合間に勉強ができたからだと思う。」
「ジェイク殿下とは、馬上で出会った方ですか。」
「そうよ。あの時の方よ。」
右隣のアイリスの問いにセーラが笑顔で応えた。
「第3王子のレイモンド様と同じくらい、格好いい方でした。」
「アイリス、まさか。」
「エリック、お前まで言葉1つ1つに嫉妬しないでくれ。王家の方々を褒めない訳にはいかないのだから。」
「私はエリック様が一番格好いいと思います。」
姉と弟がこういう性格であるのだから、自分が誰かを好きになったら、同じように嫉妬深くて、面倒な言動をするのだろうと考えると、次世代の公爵家は大丈夫なのだろうかと不安になった。ただ、今は1つ上の姉の状況を聞いておきたかった。
「セーラ姉上、ジェイク殿下は教え方が上手でしたか?」
「同じクラスなのに知らないの?」
「殿下が学年1位で優秀なのは存していますが、クラスで誰かに教えるような事は無いのです。正確には、殿下に教えてもらうのは恐れ多いと言う事で、誰も質問するような事はないのですが。とにかく、教えるのが上手かはクラスの誰も知らないのです。」
「私には分かりやすく教えてくれたわ。」
「なるほど、これからは、私に質問してきた生徒を、殿下に教えてもらうとしよう。クラスの皆にも、殿下が遠慮しなくていいと仰っているのだから、遠慮しなくていいと伝えるようにしよう。」
「でも、休み時間で教える時間は少ないから、教えてもらえる機会はないと思うわ。午後は生徒会事務室にずっといるから。」
「そうですね。授業中に先生の代わりに教えるという訳にはいきませんからね。」
穏やかな表情に特別な変化が無かったから、姉がジェイク殿下にどの程度の思いを寄せているのかまでは分からなかった。ただ、生徒会事務室で2人きりで仲良く勉強しているようにしか見えない事で、学生の間で第2王子と第2公女が恋仲であるとの噂はすでに出回っていた。
「セーラは、ジェイク殿下の事が好きなの?」
レイティアの問いにアランとエリックは心だけが凍った。
「殿下は親切な方で、いつも私を手助けしてくださいます。感謝しています。同じ生徒会の仲間として他の皆と同じように好意を持っています。」
「そうね。頼りになる方みたいだし。仲良くしていただけることは良い事だわ。」
「はい。」
友人として仲が良い程度の関係である事を認めたセーラに姉は遠慮なく言葉を発した。
「もし、ジェイク殿下が告白してきたら、セーラはどうするの?」
「え。」
「え。」
「え。」
「な。」
レイティアの発言をはっきりと聞き取れた周囲の全員が驚いた。その様子を見渡しながら、姉は憤りを込めて言い放った。
「何を驚いているの。セーラといつも一緒にして、惚れない男性はいないわ。あなた達は家族だから、そういう気持ちが分からないのだろうけど。普通にセーラの魅力を理解できる力があれば、友人以上の好意を向けるのは当然の事なのよ。」
「レイティア姉上のご意見は理解できますが、恋愛と言う意味での好意は、人それぞれのものなのでしょうから。多くの人から魅力があると言われている人でも、全員に恋愛の対象として見られる訳ではないでしょう。」
「アランは、婚約者もいないし、恋人もいないのに、分かったような・・・。でも、考えればそうよね。人それぞれの好みはあるわね。」
「そうです。お姉様、殿下が私なんかを。」
「セーラ、そんな言い方はダメよ。」
「あ、はい。自分を卑下するようなつもりではありませんでした。ただ、殿下のお気持ちを勝手に想像するような事は良くないと思います。」
「それもそうね。失言だったわ。皆も忘れてもらえるとありがたいわ。」
普通の話であれば一段落するのであるが、娘の色恋の話に過剰反応を示す夫人が残っていた。
「セーラ、殿下に限らない事だけど、告白されたりとか、告白したとか、そういう話は一度もないの?」
「はい。お母様、一度もありません。」
「恥ずかしいから内緒にするという事もないの?」
「はい。一度もありません。」
「ああ、責めている訳ではないのよ。レイティアが言うように、セーラは美人で自慢の娘だもの、15歳になっているのだから、そろそろ婚約の申し出とかがあってもおかしくない年頃だから。」
「そんな話があるのか?」
中央で静かに家族の会話を楽しんでいた公爵が慌てて妻に問いただした。
「旦那様、そういう話が来たら、主である旦那様の所に最初に来ています。」
「ああ、そうだったな。ただ、夫人どうしの交流の中で、子息令嬢の婚約の話をする事もあると聞いている。」
「普通はそうでしょうけど、私が交流しているご婦人方との話は、必ず旦那様にお伝えしていますから。そのような話があれば、一番に旦那様にお話しします。」
「そうだったな。分かった。」
「話を戻すけど、セーラ。結婚については、何度も言うように自由に考えて欲しいわ。もちろん、アランもよ。急がせるつもりはないけど、遅いより早い方がいいとも思うわ。」
「母上、急いだ方が良いのですか、それとも急がなくてもいいのですか。」
「どちらもいいと言う事よ。レイティアもエリックも、好きな相手と結婚するわ。だから、2人とも好きな相手と結婚してもらいたいの。ただ、セーラは嫁ぐことになるから、その・・・。相手を早く知りたいわ。セーラに相応しいかどうかを見定めなくてはならないから。」
「好きな相手だったら、誰でもいいんじゃないの?」
エリックは母がセーラの結婚のことになると、様々な感情が交じり合って、溢れてしまうようで、よく分からない話になる事が多いと分かっていた。
「もちろん、セーラが選んだ相手だったら、誰でも・・・。」
「母様。誰でもいい、いつでもいいと言うのは、セーラ姉さんを幸せにしてくれる人っていう前提があるって事だよね。」
「そうよ。」
「だって。だから、セーラ姉さんもアラン兄さんも、父様や母様に相談する事が大切って事。で、アラン兄さんは、何人か女生徒からアプローチがあるみたいだけど。」
「・・・。」
「アラン、仲の良い令嬢はいるのですか?」
「母上、今はいませんから。もし、そういう令嬢が現れたら、きちんと報告します。」
「分かったわ。セーラも、そういう令息が現れたら、教えてね。」
「はい。」
報告する機会がいつになるだろうかと期待しながらセーラは返事をした。




