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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
3年生
62/198

3年生 その60 馬上

60 馬上


 森へと入った黒馬と2人の義姉妹はゆっくりと進んでいた。

「痛くない?」

「大丈夫です。」

「もう、怖くはない?」

「はい。」

「今度は、エリックに乗せてもらっても大丈夫ね。」

「はい。」

「セレスに乗せてもらえばいいわ。」

「セレスはお姉様の馬ではないのですか?」

「6頭とも、誰か専属の馬という訳ではないわ。相性みたいなのはあるみたい。アイリスはセレスがいいでしょ。」

「はい。」

 姉妹としての楽しい時間ではあったが、長時間2人だけになると弟の嫉妬が爆発すると考えて、道を戻り草原部へと向かおうとした。

「皆の所に行こうか。」

「はい。」

「止まるね。その後、向きを変えるから、私に捕まってね。」

「はい。」

 立ち止まったセレスが向きを変えようとするセーラの動きに全く反応しなかった。

「・・・。」

「お姉様、どうかしましたか?」

「誰かが近づいてくる。誰だろう。」

 今日は休日であり、軍部からの訓練連絡がない事は確認していた。高位貴族が狩りを楽しむために森を利用している可能性はあるが、社交シーズンから外れていた。

「馬上だから、深く頭を下げなくていいし、特別な儀礼は不要よ。」

馬2頭がぎりぎり並んで歩いて行ける林道でしばらく待つと、前方から三騎の茶馬が速度を落として止まった。先頭の貴公子の金髪が茶色の皮鎧装備の中で輝いていた。

「ジェイク殿下。」

「セーラ嬢。」

 頷くような礼を取った。

 手にした弓が狩りに来たことを示しているやめ、セーラが話をする内容はそれしか思い浮かばなかった。

「狩りですか。」

「ああ、まだ、獲物は見つかっていないが。」

「私の方は散歩です。」

「お嬢さん、私はジェイクです。」

「あ、アイリスです。」

「エリックの婚約者の・・・。」

「はい。」

 林道の先に視線を向けるが、夫たるべき男性の姿が見当たらなかった。エリックが5歳下の少女を溺愛している事は王都では広く知れ渡っていた。

「2人だけなのかい?」

「いえ、草原の方に姉も弟達もいると思います。今から、戻ろうとしていました。」

「そうか、しばらく、一緒にしてもいいだろうか。」

「はい。」

 護衛騎士の2人を引き連れて林道をゆっくりと歩き始めた。赤髪を黄色のリボンで1つにまとめたセーラは視線を前に固定したまま会話を続けた。馬上で弓を扱うコツを聞き続ける公女に、第2王子が丁寧に説明している様子を、特等席で見聞きしているアイリスは驚いていた。

王子と公女で、学園の午後での時間を共に過ごしている男女なのだから、恋人同士とまではいかなくても、親しい間柄だと思っていた。それなのに、2人の間に交わされている話の内容は、狩りを学ぶ弟子に対して、師匠が教えている内容そのものだった。

狙いの付け方や、馬上での弓の引き方、獲物の動きの見方などを丁寧に説明しているが、初めての馬上を経験中のアイリスには意味不明なものであるが、義姉はしっかり理解して、感嘆の言葉を時々述べていた。

自分自身も年頃の男女の標準的な会話と言うのは全く知らなかったが、この2人の会話がそれとは全く違うのだけは分かった。そして、この第2王子が自分に向けられた姉の好意に気付いていないのに腹が立った。

義姉セーラが武の人であっても、裁縫も料理も上手な女性である事は誰もが知っているのだから、一度もしたことがないという狩りの話を聞いて喜ぶはずがないのは誰でも分かりそうなのに、嬉々として狩りについての話をしている事は、紳士としての話題選びは不合格だと思った。

「あの、殿下、質問してもよろしいでしょうか?」

「ああ、いいよ。何だい。」

 8歳の少女に向けた優しさが本物で、言葉遣いから威圧感を感じさせないものであることがますます腹立たしく思えた。小さい子に配慮できる優しさは美点だけれども、今は義姉との会話に、その配慮を向けるべきだと言いたかったが、言えるはずはなかった。

「殿下は好きな色とかありますか?」

「色かい。特別に好きなのはないけど、あえて言うなら青が好きかな。」

「今日のお召し物には青色は見当たりません。」

「今日は狩りが目的だからね。茶色か緑になるね。アイリスは好きな色は何だい?」

「青色です。」

「ああ、エリックの瞳の色だね。」

「はい。」

 林道から草原に出るまでの間、取り留めのない会話に終始したアイリスは美男子ではあるが、素敵とは言えない王子様に少し不満だったが、自分の背中に居る義姉が嬉しそうなのを知って、少しだけ安堵した。


 公子エリックは自分の胸に収まっている婚約者と共に馬上を楽しんでいた。全速力ではなかったが、風を感じる速度で草原を一緒に駆ける事が楽しかった。一目惚れに理由は無かったが、その後の交流では好きな所が次々と増えてきた。その中で、優しい顔立ちと笑顔は何物にも代えられないほどの宝物になっていた。

「アイリス、この速さでも大丈夫?」

「はい。エリック様。」

 姉セーラのおかげで馬に慣れた少女と一緒に乗馬できる事は喜びだった。の透き通った薄緑の髪が結い上がっていた。ほぼ同じ色のリボンで縛ってあるのを見下ろしながら、結い上げるための髪飾りを贈らなければならないと決意した。そして、一緒に買い物に行く姿を想像して、表情を緩ませていた。

「先程、初めてジェイク殿下に挨拶をしたんだって。」

「はい。」

「どうだった?」

「どうと言うと。」

「格好いいとか思わなかった?」

「・・・。エリック様の方が格好いいと思います。」

「ははは、嬉しいけど、ジェイク殿下は誰もが憧れる美男子だから、そんなに僕に気を使わなくてもいいよ。」

「いいえ。エリック様の方が格好いいですし、素敵です。本当です。それに気配りができない男性は素敵とは思えません。」

 口調の色が急に変わった事にエリックは驚いた。王家三王子の全員が傲慢とはかけ離れた性格の持ち主であり、特に第2王子は気配りの人でもあった。学園の生徒会のまとめ役を過不足なく務めている事が証明していた。その殿下に対して初対面の少女が、切って捨てるような評価を下している事は信じがたかった。

「気配りができないって、ジェイク殿下が。」

「はい。セーラお姉様とお話しする内容が、お姉様がした事がない狩りの話なんですよ。私や護衛の方々もいるのは分かりますが、もう少しお互いが興味を持てる話題で話をするべきだと思うんです。ジェイク殿下は、セーラお姉様の気持ちに気付いていないんでしょうか。そんな事はないですよね。いつも学園で一緒だってお聞きしていますし。もしかして、私がいたから恥ずかしかったんでしょうか。もし、そうだったら、お姉様に悪い事をしてしまいました・・・。」

「アイリス、セーラ姉さんがジェイク殿下の事を好きだと言ったの?」

「言ってはいません。」

 エリックは手綱を引いて速度を落とした。アイリスは斜め上に視線を向けるようにして、エリックの表情を伺うと、笑顔ではない真剣な眼差しをしていた。自分の表情が見られている事に気付いた美少年は笑顔を作ってから尋ねた。

「姉さんが殿下を好きだと言っていないのに、どうしてそう思ったの?」

「・・・・・・。」

「姉さんは内緒にしたいのかもしれないけど、もし、そうなら陰ながら応援してあげたいと思ってね。」

「殿下と一緒の時のセーラお姉様が、いつも以上に嬉しそうだったから、そう思っただけです。」

「いつもとそんなに違ったの?」

「とても気を使っているのに、嬉しそうだから・・・。でも、王子様に遠慮をしていただけなのかも・・・。」

「そうかもしれないね。ただ、もし、殿下を好きで、姉さんがその事を秘密にしたいのだったら、こちらから聞くのはしない方がいいかもしれないから。改めて姉さんから、その話を聞くまでは、内緒にしてもらえるかな。」

「はい。」

 いずれアイリスにも話さなければならない事であったが、8歳の少女には早すぎる話だと考えて、エリックはこの話を持ち出す事は無かった。


 就寝前の時間、兄の部屋を訪れたエリックは、アイリスから聞いた話をした。

 目の前の白いガウンをまとった美男子兄弟は、お互いに自分が思い悩んでいる時には、このような表情をするのだなと思いながら、良く似た兄弟にも、この状況での良い考えが無い事にしばし沈黙していた。

 応接テーブルを挟んだ向こう側の良く似た兄弟と視線を合わせ、視線を外して考える事を何度か繰り返した。

「確認なのだが、姉上から直接聞いた訳ではないのだな。」

「うん。アイリスも直接聞いた訳ではなく、今日の2人の馬上での会話、特に姉さんの態度から、そう考えたと言っていた。」

「ジェイク殿下の方は。」

「アイリスが言うには、姉さんの気持ちを知りながら、素気ないような会話をしたと言っていた。」

「姉さんに確認するしかないけど。一応、私達の考えだけでも整理しておこう。」

「うん。」

「父上と母上、レイティア姉上は、賛成するだろうし、結婚させたいと言うと思う。」

「僕もそう思う。そして、ジェイク殿下が後継者として王位を継ぐ事になると思う。」

「オズボーン公爵家とケネット侯爵家の後ろ盾を得るからな。セーラ姉上が王太子妃になる。」

「兄さん、姉さんには言えない事の話をしてもいい?」

 アランはゆっくりと頷くと、弟が一度も見せた事が無い冷たい表情に少し身震いをした。家族からの愛情を余すところなく受けていた末っ子は、家族の幸せを誰よりも考えていた。

「姉さんが王妃になると、暗闇の暴走の時の戦力として考える事はできなくなる?」

「王家からは止められるだろうが、姉上は中の巣での戦いに参加してくれるだろう。母上とレイティア姉上を大切に思ってくれている。」

「やっぱり、そうなるよね。でも、王家はそれを認めるの?王家と公爵家が交わらない最大の理由は、権力闘争に巻き込まれて、公爵家の戦力を減らない事と言われているけど。王家の人間が暴走の時に、戦士として駆り出される前例を作らない事だと思うんだ。」

 王家の人間が暗闇の暴走時に戦士として活躍した事例は皆無だった。戦士として優れた血筋である王家が一度も決戦に加わらなかったのは、王家を維持するためであり、国そのものを維持するためであった。王家と公爵家を明確に分ける事の最大の意義は、王家の血筋を守る事だった。

「そうだな。だが、参戦については婚約が決まった時に、頼むしかない。セーラ姉上なら頷いてくれるが・・・。そうなると、王妃ではなく、側室や愛妾という立場になるかもしれない。」

「父様や母様がそんな事を認めるはずがないよ。姉さんをそんな立場にするぐらいなら、参戦を望まない。自分達が犠牲になる方を選ぶよ。兄さんもそう思うわない?」

「思う。父上と母上の望みは、4人の子供の幸せだ。身を犠牲にする事を厭わない。先代のアンジェリアお婆様も、サムスお爺様とファラお婆様も、そうしてくれた。そのお陰で、父上も母上も生き延びて、私達を生んでくれた。」

 公爵家の人間で暗闇の暴走と2回戦う場合、1度目は生き延びるため、2度目は子供の盾になるため、というのが公爵家の歴史だった。家族の絆がどの貴族よりも強いのは、公爵家の先祖たちが繰り広げた歴史を自分の父母達が再現し続けているからだった。

「どうすればいいと思う?」

「さっきも言ったように、姉上には頼むしかない。王家にも、姉上が参戦しても立場が悪くならないように頼むしかない。」

「ケネット侯爵家が政治的な取引を要求してきたらどうするの?」

 第2王子ジェイクの王位相続が決定した時点で、実母の第2王妃マーティナの実家であるケネット侯爵家が王家の後ろ盾として巨大な権勢を手に入れる事になる。その権力でどのような国を作るのかは誰にも分からなかったが、先代ケネット侯爵の実績を考えると、公爵家を対抗馬として権力闘争の前面に出る可能性が高かった。権力欲がある訳ではない宰相が派閥まで作っていたのは、先代のケネット侯爵への対抗上必要だった事と、現ケネット侯爵への警戒のためだった。現時点では、ケネット侯爵家が強引な勢力拡大を行ってはいないが、それは妹が第2王妃となり、優秀な第2王子を擁し、すでに筆頭侯爵家として絶大な基盤を作り上げていて、無理をする必要が無いからだとも言えた。

 少なくとも、祖父母のレヤード家の乗っ取りを防ぐために、一度その名を貴族籍から抜いた事がある公爵家の公子2人は、ケネット言う家名への警戒心を忘れた事はなかった。

「内容によるが、不利な交渉をするかもしれない。」

「レヤード家や・・・。」

 兄が首を横に振った。お互いに警戒すべき事を理解しているのであれば、これ以上言葉にしたくないと言う意思表示であり、弟もそれには同意できた。命を国に捧げる公爵家と美談で語られる事ばかりだが、生死のぎりぎりで生きてきた公爵家の人間が、ただ美しい話だけしかしていないはずがなかった。命を駒として考える事をしてきたからこそ、生き延びて国家の守護神であり続けた。

それは、圧倒的な悪意を持った思考をする事で、敵方の悪意を上回る圧力で叩き潰す事ができる事でもあった。そして、いざという時、確実に黒く染まる事を決断していた証でもあった。


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