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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
3年生
61/198

3年生 その59 乗馬

59 乗馬


 公爵邸の北西に広がる草原や森林は王宮との間にあり、乗馬や王家の狩場としても使用されていた。この広大な地域の自由な使用権を持っている公爵家では、専属で仕えている6頭の騎馬と戯れる事が責務でもあった。

毎朝学園へ運んでくれる騎馬達の厩に集まった4人の公女公子と、次男の小さな嫁は紺色のズボンとベストを纏った乗馬スタイルで馬たちを撫でていた。

「怖い?」

「はい。怖いです。」

 セーラの問いかけにアイリスは震えながら答えた。他の騎馬に比べれば一回り大きい6頭の威圧感は、8歳の少女が飲み込めるようなものではなかった。少し慣れれば、従順な騎馬達の威圧感は頼もしさに代わるのだが、それを説明した所で、体感している威圧感が減る事は無かった。

「アイリス、ごめんな。」

「いいえ。エリック様、私も乗りたいとは思っていましたから・・・。」

 恐怖で青ざめた表情に未来の夫は対応する方法が分からなかった。

「最初は怖いかもしれないけど、乗ってみてはどうかしら。この子たちは皆、優しいのよ。ほら、撫でてあげると、喜んでいるでしょ。」

 金髪を結い上げた長女の笑顔はいつも以上に美しいとアイリスも思うが、その隣の黒い巨馬の不気味さを緩和する事は無かった。

「姉上、無理強いは良くありません。」

「アラン様。」

「無理強いするつもりはないのよ。ただ、エリックが一緒に乗馬したいと言うから。」

「あ、僕のせいに・・・。レイティア姉様が、恋する2人は馬上で愛を深めるとか言ったから、アイリスを誘ったんだ。」

「エリック、私のせいだって言うのかしら。確かに、そういう話をしたかもしれないけど。」

「かもじゃなくて、5日前にしたじゃないか。今日は街で買い物の予定だったのに。姉様が強く勧めるもんだから。」

 婚約者がいる姉弟は同じ境遇にある事から、相談する事が時々あった。レイティアは女性として、エリックは男性としてアドバイスするという関係を作ろうとしているらしいが、お互いにより良い関係を作る事はできなかった。

「姉上、エリック、いい加減に気付いてほしい。お互いにアドバイスできる程の経験を持っている訳ではない事を。」

「アラン、失礼ね。エリックと違って、私は婚約暦15年の恋愛の。」

 手を差し出して姉の言葉をアランが遮った。

「姉上、婚約した時からお互いに好き合っている2人の経験が他の者の参考になるとお考えですか。乗馬の提案も、恋愛小説か何かの受け売りなのでしょう。」

「どうして・・・。」

「姉上は6歳の頃から、ロイド兄さんより先に乗馬訓練を始めた事を覚えています。」

「姉様、恋愛はまか。」

 アランはエリックにも手を差し出して言葉を遮った。

「エリック、公爵家の人間に恋愛のアドバイスを求める方が間違っている。身近で聞くのなら、ランドルフ殿ではないのか。」

 11歳も年下の食堂の看板娘と結婚した義父は武勇だけでなく、恋愛も勇者だと評判を得ていた。恋愛が上手な訳ではなかったが、結果だけ見れば、その武勇は勇者に相応しい者であった。

「それは僕も考えたことはあるけど。義父にあたる人に、それは聞けないかと。」

 美男美女、才子才女と様々な誉め言葉を総なめしている姉弟ではあるが、恋愛に関する技能は才能も訓練する場も持っていなかった。

「お姉様、エリック、アランは、セレス以外の馬を走らせてくれませんか?アイリスと一緒に少し話しながら、歩いてみます。アイリス、それでいい?」

「はい。」

 エリックは自分ではどうにもならない時、姉セーラを頼る事が最良の結果をもたらしてくれることを経験から学んでいた。


 草原の小道を1頭と2人の少女がゆっくりと歩いていた。緑の髪を結い上げた少女は赤い髪の女性に手を繋いでもらっていた。

「セーラお姉様、ありがとうございます。」

「お礼なんていいのよ。アイリスの気持ちは分かるから。私も後から公爵家に入ってきたからね。気にしなくていいわよ。本当の事だから。」

 公女セーラは血のつながりはあっても、13年間は庶民として生きてきたため、公爵と家族になる事の大変さを誰よりも良く知っていた。

「・・・。」

「はっきりと伝えておきたいけど、2人だけの時は、後から公爵家に入ってきた仲間だと思って話をして欲しいの。私も聞いて欲しい事があるから。」

「セーラお姉様・・・。」

「アイリスは、馬が少し怖いのもあるけど、エリックに泣いている顔とか、怯えている表情とかを見せたくなかったんだよね。」

「はい。」

「3人共、強くて、美しくて、格好良くてね。その前で格好悪い所を見せたくないよね。」

「はい。お姉様もそうなんですか。」

「ええ。そう。だから、私も少しでも格好良く見せたいんだけど・・・。」

何度も自分を助けてくれた姉の横顔を見上げると、その表情に諦めと決意が混じっていた。公爵家の双子母娘の側に立つことは、比較対象にされる事であって、比較対象になるという事は常に敗者の位置に立ち続ける事を意味していた。だからと言って、敗北だけを受け入れていたら、側に立つ資格を失ってしまうから、自分自身を磨く事を怠る事はできなかった。

「お姉様は、強くて、美しくて・・・。」

「ありがとう、アイリス、でも、自分でも分かっているから。レイティアお姉様に比べられると・・・。ね。」

「あ。」

「いいの。アイリスだって私は可愛いと思うけど、レイティアお姉様に比べたら・・・。アイリスだって、自分でそう思わない?」

「思います。エリスお母様も、レイティアお姉様も、美しいし、可愛らしいし、その、あんなに素敵な女性がいるなんて・・・。」

 美の女神と呼称される女性の隣に立つことで、それが過言な表現でなく、控えめな表現であることを誰しもが思った。あらゆる美の要素を持った人間はバランスを取れずに歪みを持ってしまうのではないかという危惧を一瞬で消す程の何かがそこにはいた。一番近い場所にいるセーラが見つけた何かは、2人の生き方そのものだった。暗闇の暴走でその命を捧げる覚悟と共に、一瞬の無駄も許さない生き方が圧倒的な何かを2人に持たせていると感じていた。

「私は勝てるなんて思ってないけど、隣に立っていて、比較されるようにはなりたいと思っているの。せっかく、素敵なお手本があるのだから、目指してみたいと思うの。アイリスはどう考えているの?」

「私は、エリック様の隣に立っていられるようになりたいです。」

「そうか。アイリスは目的が違うんだね。目指す事は、同じ事なんだけど。」

「同じですね。」

 周囲から眺めている人間は、その美しさを称えるだけで良かった。公爵家の人間に愛情を向ける者達は必死に自分をアピールして振り向いてもらう事だけを考えなければならなかった。セーラとアイリスは、その公爵家の人間から先に好意、優しさ、愛情を向けられた特殊な存在だった。隣に立つ権利を無条件で与えられた時、2人は自分自身で自分が愛してもらえる存在になるための条件を設ける選択をしていた。それは、自分への愛情が薄れる事への恐怖があったからだった。

「セレスに一緒に乗ってみる?」

「はい。」

「セレス、いい?」

 セーラの問いかけに黒馬が頷くような仕草を見せてから立ち止まった。

「言葉が分かるんですか?」

「分かるみたい。相性もあるわよ。私はこのセレスが一番好きだし、セレスも私の事を一番好きみたい。」

 セーラはアイリスの脇の下から持ち上げると、静かに馬に跨らせた。その背後にさっと乗り上げると、セーラは自分の胸でアイリスの背中を受け止めた。8歳の小さな可愛らしい妹を後ろから抱きしめるように包んだ。

「どう?」

「た、高いです。」

「怖くない?」

「思ったほどは怖くないです。」

「それじゃあ、少し歩いてみるよ。」

「はい。」

 ゆっくりと歩み出した黒馬の上から見える景色は全く違うものだった。自分の視線が遥か高い位置に持ち上げられただけで、同じものを見ているはずなのに、全く違う者に見える事に感嘆した。騎馬の大きさが作り出した景色に感嘆している間に、巨大な黒い生き物に対する恐怖感は消えていった。

「もう少し速くてもいい?」

「はい。」

「今度は上下に大きく揺れるから、驚かないでね。私の体にもっと寄りかかってもいいからね。」

「分かりました。」

 今までに体験したことがない事をするまでは恐怖を感じるが、体験してみると楽しさを感じる事は多く、アイリスにとっての乗馬はまさにそれだった。公子エリックに求婚された時は、それを受けた後の変化は大きかったが、そのほとんどは精神的なものであった。今回の変化は、体験するという物理的なものであって、すぐにアイリスにも物理的な変化を与えた。

 自分の前で笑顔を見せている妹はセーラにとって、天使のような存在だった。

「楽しい?」

「楽しいです。」

 新しく家族になったアイリスはセーラを救ってくれていた。


 2年前に公爵邸に登場した時、セーラは周囲からの愛情を一身に受けている事を感じはしたが、それが家族としての愛情であるのかが分からなかった。ミーナを通して繋がっていると言ってくれたが、セーラ自身を知っている人間は誰もいなかったし、セーラも誰も知らなかった。

 家族は生まれてからずっと一緒だった母ミーナだけだった。それに匹敵するのが食堂のおじさんとおばさんだったが、その2人に向けていて、向けられていた感情は愛情には違いなかったが、無条件で愛するという家族への愛情とはやはり違っていた。その違いを理解しているセーラにとって、公爵邸の家族たちが向けてくれている愛情がどちらであるかは大切な事であるが、聞く事ができなかった事であった。

 なぜなら、セーラ自身が好意や愛情を持ってはいても、家族としての愛情を向けていると自信を持って言えなかったからだった。公爵家に相応しい人間になりたいという絶大な努力こそが、家族への愛情の1つであると今なら分かるようになったが、2年前のセーラにはそれが分からなかった。

 家族として愛してもらえるのか、公女として相応しい力を持てるようになるのか、この2つがセーラの課題であった。後者の方はずっと努力を続ける他はないという結論がすぐに出たが、前者の方はどう解決すればいいのかが分からなかった。

 一緒にいる時間が増えてくれば愛着が湧いてきて、それが家族としての愛情に変わっていくに違いないと考えた事もあったが、そうなる自信がセーラにはなかった。唯一持っていた家族への愛情は、母に対するものであり、その対象が死者となった時点で、その愛情は不変のものになり、他の愛情と比較する事ができないものになっていた。

 好意を持ち、愛情を感じ、自分の中で母とは違うけれども、公爵家の皆を家族として愛していると言えるようになっても、自分が家族として愛してもらえるのかという不安は消える事は無かった。セーラにとっての新しい家族は皆が対等な存在と言えた。だが、他の家族にとってのセーラは、同じ家族として対等な存在と言えなかった。少なくともセーラはそう考えていた。

 末っ子のエリックの立場からセーラは考えてみた。生まれた瞬間からずっと側にいた家族と2年前に突然現れた自分が同じ存在のはずはなかった。家族という範囲に入ってはいても、限りなく他人に近いのではないかと考えた。もちろん、他人ではあっても、自分にとっての食堂のおじさん、おばさんのように愛情を向けて、愛情を向けられる関係である事は確かなものであったが、何かの線が間にあるように考えていた。

 家族の愛情を向けられていると信じたかった。そして、それを信じると強く念じなければならない感情こそが、自分に向けられている愛情が、家族に対するものではないと考えている証であると、自分自身で1つの結論を出した夜は少し震えていた。

 いつもではないが、時々不安に襲われていたセーラを救ってくれたのが、アイリスだった。

 エリックに愛されたというだけの他人が目の前に現れた時、その存在を無条件で愛おしいと思ったし、本当の妹として受け入れたし、大切な家族だとすぐに思っていた。過去の思い出も、共有するものが何1つなくても、2人の間に作られた絆が作り出した家族は、本当の家族であり、お互いに向け合う愛情は家族のものであると実感できた。

 セーラがアイリスに向けた愛情を知った事で、自分自身に向けられた父母姉弟からの愛情も家族の愛情であると信じる事ができるようになった。


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