表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
1年生
6/198

1年生 その6 登場

6 登場


 オズボーン公爵邸から学園までは距離がある。馬車で急いでも30分。これから、その時間はレイティアにとって楽しい時間になった。

グレーを基調としたお揃いの制服を纏った姉妹は、少し顔を赤らめていた。

2人とも母にそっくりな自分の顔が大好きだった。セーラの方は鏡の前で頭の角度を変えながら、時々見せる大人びた表情になる角度を探す事もしていた。大好きな顔ではあるが、自分の理想とする何かが足りていないと考える事もあった。それは、母と同じであることを喜びながらも、自立した女性に近づくにつれて、母親とは違う自分だけの何かが欲しくなった。

その欲している何かの答えが、目の前に座っている姉の顔にある事に気付いたのは、一緒に暮らしていてから1カ月が過ぎた頃だった。

優しい笑みが欲しい。気が強そうと言われてしまう深紅の瞳とは違った、柔らかな青い瞳をセーラは欲しいと思った。

「お姉様は、制服姿も綺麗ですね。」

妹は顔を真っ赤にしていた。その様子から、妹が心の底から姉を綺麗だと言ってくれている事が嬉しかった。

「セーラも、よく似合っているわ。制服。3年違いだから、同じ緑色のラインが入っていて、お揃いで嬉しい。」

 中等部と高等部、共に1年生は緑、2年生は青、3年生は赤で、襟元にラインが入っている。袖の飾りボタンの一部にも同じ配色がなされていて、学年を分かりやすくしている。

 公爵邸では2人で途切れることなく会話をしていたが、学園へ向かう馬車の中では会話がすぐに途切れてしまった。今まで話題の中心となっていた学園の話は、これから体験してから話をした方が良いと考えるし、今日の予定や注意点は5日も前から2人で何度も確認するかのように話題になっていて、話しておきたい事は全て話題になっていた。

 この馬車の中で話しておかなければならない学園の話題はなかった。だからと言って、学園へ行く途中に、屋敷の話をするのもどうかと思ったセーラは、赤いリボンで1つに纏めた姉の金色の束に視線を向けた後、大好きな姉の顔を見つめながら学園へ行くことを決めた。


 学園中等部1年生の上級クラスの担当教諭であるミレーネ・グリント男爵夫人は、経理及び行政分野の優秀な学者で、32歳の若さで学年主任を任される才女である。教諭室に隣接する応接間に入ると、公爵家の姉妹が席から立ち上がって一礼した。

「待たせてごめんなさいね。」

 ソファーに腰かけるように促してから向かい側に座った。3年間レイティアの担任であったから、姉の方は良く知っていた。容姿から優しい女神と呼ばれているが、全く違った性質こそが彼女の本質で、一言で表現すると戦士であると、男爵夫人は良く知っていた。

 赤髪とつり目の赤目が姉と同じ性質が発現したものであれば良いのにと、生徒をじっと見つめるが、可愛らしい13歳の少女にしか見えなかった。3カ月前まで庶民として食堂で働いていたから、生き抜くための力強さを持っているのは間違いないが、貴族として上手に周囲をあしらっていく事ができるとは思えなかった。それでも、この姉が入学に反対しないという事は、それができる妹だと判断したのだと思いたかった。

「中途で入学したから、担任としてできるだけの支援はします。ですが、教師としては対応できない事もあります。その時は、お姉さんを頼るようにしてください。」

「何かありましたか?ミレーネ先生。」

「入学試験を受けていないから、上級クラスに入れるのは、公爵家の権力を使ったのではないかという、抗議が学園長の所に来ました。」

 二週間前に実力試験を受けたセーラは、ぎりぎりではあったが上級クラスで学ぶ資格があると判断されていた。そのテストには公爵家への特別な配慮はないと説明された生徒の中には、入学試験とは異なる実力試験をする事が異例であると抗議の内容を変える者もいた。そもそも4月の入学に間に合わなかったのだから、次年度に入学させるべきだという意見もあった。

「ミレーネ先生に迷惑はかけたくありません。私に対する抗議があったら、私に直接言ってもらうようにしてくれませんか?」

「内容にもよります。陰で色々言うような生徒になって欲しくありませんから、そういう生徒には直接意見するように伝えるようにします。ただ、何事も1人で解決するようにするのではなくて、私に相談するようにしてください。」

 学問のみで自分の価値を高めてきた教師は、庶民生まれと言われ続けるであろう目の前の少女が、自分の力で公爵家の娘としての価値を高めていく事を、全力で応援したくなった。そういう決意をもって学園に乗り込んで来た庶民だった公女には好感しか持てなかった。


「セーラ・オズボーンです。皆様、よろしくお願いします。」

 40名の生徒に対して淑女の礼で挨拶を済ませると、最前列の右隅の席に座るように促された。濃い茶の革鞄から教本と筆記用具を出したセーラは、背中で全生徒の視線を受け止めていた。

教師の咳払いで視線をようやく外した同級生たちは、赤髪の少女のあまりにも堂々としている態度に戸惑っていた。庶民生まれの公爵家の隠されていた娘が、40名の貴族子女に対して、何の陰りを見せなかった事に戸惑っていた。自分達が同じような立場にいる訳ではないが、貴族社会の外で生まれた子供達がどのような人生を歩んできたのかという実例の数々は多くの貴族達が知っていた。

もし、自分が貴族でなければ、能力を持っていても第一王子と同じクラスにいる事はできなかったのは理解できたし、その能力を引き出すための幼少期からの教育を受ける事すらできなかった事も分かっていた。そして、その事を3か月前に公女となった少女一番理解しているはずなのに、実体験しているはずなのに、生まれた時から公女であるかのような態度で教室にいた。

後ろめたい様子のかけらも見せなかった。本心では動揺したり、混乱していたとしても、それを表情にも態度にも出していないのであれば、それは高位貴族としての資質の1つを備えていると言えた。短い時間ではあったが、同級生たちは、侮ってはいけないのではないかと感じ始めていた。


公爵家の隠し子騒動と貴族達に認識されているセーラの出現は、ケネット侯爵派にとっては警戒すべきことであり、公爵家の中で彼女がどのように扱われているのかは気になるところであり、今後の権力闘争に大きく影響してくる問題点であった。

今までの公爵家は、権力闘争と言う面で注意を払う必要はなかった。軍事面での権限の大きさは「暗闇の暴走」を抑えるための対価であり、国を支える根幹であるため、それを他者が奪うようなことはなかった。また、公爵家はその分野さえ守られていれば、他の分野に権力を広げる事はしてこなかった。歴代の公爵が、他の貴族家に対して何かを強制したという記録は存在していなかった。

長女レイティアと宰相の孫との婚約があり、公爵が宰相補佐の役職についている事は、両家の絆の強さを示しているが、その両者が協力して権力を広げるような事はしていなかった。だから、公爵家とは最上級の貴族としての礼節を向けていれば良いだけの存在であって、政治的配慮を向ける必要はなかった。

その公爵家が今、未婚の公女という強力なカードを手に入れた。庶子であるとはいえ、正式な貴族としての籍を持ったのだから、そのカードはイシュア国で最強の嫁として、どのような家も取り込む力を持っていた。

この切り札を向けた先によっては、王家の後継者争いを激化させる可能性があった。圧倒的に有利と評されている第二王子派であるケネット侯爵派が、最大限の警戒態勢を取るのは当然の事だった。これまで順調に勢力を拡大してきた彼らにとって、いきなり登場したカードは要警戒の爆弾だった。

ただ、そのカードがどれだけの破壊力を持つかは、庶子であるセーラが、公爵一家の中でどれだけの価値を持っているかにかかっていた。公爵夫妻が新たな娘に、長女レイティアに向ける愛情の何分の一を向けるのかで、彼女の影響力も大きく変わった。

特に、エリス公爵夫人にしてみれば、侍女に裏切られ、夫に秘匿された事を好意的に思っているはずがなく、憎しみすら心に秘めているかもしれないと、多くの貴族達が考えていた。自分の腹を痛めたレイティア以上の立場をセーラに与える事を許すはずがないと、安堵する意見の後に、ケネット侯爵派の面々を身震いさせる意見を出す者がいた。

「慈悲深い女神とも言われる公爵夫人が、生まれてきた娘に罪はないと考えて、実子同様に可愛がっているという可能性があるのではないか。」

「数カ月前まで庶民だった者を中途で学園に入れるのは、第一王子と同じクラスに入れたいからではないか。」

「もう少し、貴族としての教育を受けてから、次の学年で入学するのが普通の考えだと思うのだが、第二王子ではなく、第一王子との接触を狙っているのではないか。」

公爵夫妻に愛されている庶民出の公女が、第1王子の婚約者候補に挙がるだけでも、第1王子派の勢いは増し、第2王子派との勢力さを一気に挽回できる可能性があった。王家との関りをタブーとする公爵家がそれを望んでいるとは誰も思わなかったが、宰相は別の思惑で、その動きに出る事もあった。

庶民出であるからこそ、他家の養女になって第一王子と婚約する事で、タブーを回避する策が存在する以上、セーラの実力を見定める必要があった。

セーラという少女の価値を探るための情報が欲しかった。能力でも、家族からの信愛度でも何でも知りたかった。第一王子に近づく可能性があるのかをも探りたかった。


 学園の必修授業は午前中に2時限。午後は自由選択時間で、成績には関係する授業は存在していないため、午後は何も受けずに帰宅する者もいる。

 最初の経理の授業が終わると、セーラの前に2人の少女が出てきた。

「セーラ様。(セーラ様)」

「キャボット子爵の娘、リリアです。お見知りおきください。」

 セーラと同じくらいの身長のスレンダーな少女が笑顔で挨拶した。同じ薄い色合いの青髪青目のリリアは淑女の礼を取ることで、敵意ではなく敬意を向けていることを伝えようにした。

「こちらこそよろしくお願いします。敬称は不要です。同級生ですから。敬語も不要です。」

「分かりました。」

「ヘイマー騎士爵、の娘、キャロットです。」

 小柄で可愛らしい少女は緊張しているのが分かるほど、いつもの穏やかな口調ではない上に、息継ぎのタイミングを間違った。自分よりも小さな緑髪緑目に微笑みながら、敬称と敬語が不要であることをセーラは伝えた。

 挨拶をしてきた2人が、自分と同じ3人机の真ん中と左端に座った事から、ミレーネ教諭とこの2人の意図をセーラは理解できたが、もう少し様子を見てからの方が良かったのではないかと心配した。

 キャボット子爵もヘイマー騎士爵も、緊急時には公爵のもとに駆け付ける矛であり、公爵の直属として戦った事もあった。公爵から恩義を受けていると考えているのだから、自分の娘に対して、公女の盾として動くことを厳命していた。陰口を全てやめさせるようにするのは無理だかが、公女に聞こえるように吐き出された言葉の刃については、ことごとく叩き潰して構わないと伝え、上位の貴族に睨まれるようなことがあっても、盾としての役割を果たす事を優先しなければならないと、父親達は娘に何度も言い聞かせていた。

 親からの命令があったからこそ、最初の友人になろうとして動いた2人は、纏わりつくような視線がずっと気になる事を覚悟していたが、わずかな授業の合間の時間と授業後の会話で、それが気にならないようになっていた。

 貴族としての社交性は未知数であったが、食堂の看板娘であったセーラが、同年代の少女たちと仲良くなるのも得意だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ