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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
3年生
59/198

3年生 その57 綺麗

57 綺麗


 ピンク色の寝間着姿で豪奢な鏡台を見つめているセーラは、自分の赤髪を右手で少しかき上げてみた。公爵邸の歴史を刻んできた鏡の中で輝いている紅の瞳をじっと見つめてから、鏡の中の自分の体を舐めまわすように見ていた。回転する丸椅子の角度を変えて、自分を斜め前から見て、次には真横から見ていた。

 女性らしく成長した体のラインがはっきりと出るような寝間着ではなかったが、胸が大きくなったのは見た目で良く分かった。

「綺麗って、言ってくれた。」

 呟きであったが、声として認識できた言葉を聞き間違える事は無かった。その言葉が心を舞い上がられる程に嬉しかった。

 公爵邸に来てからの2年間で、セーラは綺麗との言葉を何度もかけてもらっていたが、それが心の底からの言葉だと思って聞いた事は一度も無かった。第2公女に対する社交辞令だと分かっていた。中には本気で美しいと思ってくれたかもしれないという期待もセーラにはなかった。

 自分の家族として側に立つ女性が、エリスとレイティアの2人で、セーラ自身がこの2人の美しさに全く及ばないと考えていた。女性である自分でさえも魅了する美しさを目の当たりにした時、セーラが持っていた自身の容姿への思いは砕け散っていた。

「綺麗に見えるのかな・・・。」

 公爵邸に来る前まで、セーラは自分の容姿に自信を持っていたし、自惚れも間違いなく持っていた。それは、母ミーナが世界で一番美しい女性であり、強気に見えるつり目気味の赤い瞳も燃えるような赤髪も、魅力を増す素敵な装飾品であり、その母とそっくりな自分も美しい女性だと思っていた。

 家で微笑んでくれた表情も、食堂で働く姿も、病で苦しんでいる時でさえ美しいと思えた女性と同じ容姿を持っている事は少女の誇りでもあった。それは母と姉の存在によって粉々にされていたが、セーラの中で再生を始めていた。

 鏡台の上にあるブラシを手にして、赤い髪を梳いてみた。こう言う姿も美しいと思ってもらえるのだろうかと期待をしながら、鏡の中の自分を見てみた。肩まで髪を伸ばしたことのなかった母親が、こうして長い髪を梳いていていたら、きっと美しかっただろうと思った。それは母への賛美であると同時に、自画自賛でもあった。

「また、綺麗だって言ってくれるかな・・・。」

 第2王子が呟いた事は、公爵家令嬢には大きい事だった。美への自信を失ったあの日、セーラは社交辞令で褒める側ではなく、社交辞令で褒められる側に立った。庶民出の娘と心の中で蔑まされたとしても、公爵家が認めた公女となった以上、セーラの身分は最上位貴族となり、もう1つの公爵家の人間が北部の領地から出てこない以上、セーラが頭を下げなければならない人間は、この王都には王家の7人しかいなかった。その7人以外から放たれる賞賛の言葉には、どんな思いが入ったとしても、身分差の配慮が加わっていた。

 セーラを褒める必要がない7人の中の1人、それも会話の流れの中でではなく、ただ自分を見ている時に零れ出た言葉は、その人間の本心からの言葉だと、セーラにも思う事ができた。

 母ミーナの美しさが単なる外見だけではなくて、愛情を込めた表情であったり、労働する尊い姿であったりと、その人間の生き様が加わって成立するものである事を思い出したセーラは、お母様とお姉様という2人への認識したくない劣等感から解放されていた。

 

 6月第3週の月の日、公爵家の家紋の付いた豪奢な馬車が4人の公子公女を学園へと運んでいた。

「セーラ姉さんは、今日は機嫌がいい?」

「ええ、昨日はお姉様に褒められたから。」

「ドミニオン語の勉強だっけ。」

「そうよ。」

 エリックは褒められた事を素直に受け止めて喜んでいる姉を初めてみたような気がした。今までにも褒められて喜んだ姿を見たことはあるが、その表情には戸惑いや躊躇いがいつもあった。

「レイティア姉様がきちんと教える事ができているの?」

「あら、エリック、私だって、会話の練習相手ぐらいはできるわよ。セーラは大陸共通語も普通に使えるから、ドミニオン語だって、単語を覚えて、慣れるだけで使いこなせるわ。」

 イシュア語、フェレール語、ドミニオン語の3か国語のうち、ドミニオン語が大陸共通語の土台になっていた。セーラはすでに3つの言語を自在に使いこなす事ができたので、ドミニオン語を身に着ける事はそれほど難しい事ではなかった。

「それじゃあ、今から、馬車の中だけドミニオン語にしてみよう。毎朝練習すれば、習得が早いと思うよ。」

 ドミニオン語。

「いい考えね、エリック。」

「さっそくだね、レイティア姉様。」

「2人で話しても仕方がない。セーラ姉上、質問してもよろしいですか。」

「いいわよ。アラン。」

「休日の父上と母上との勉強は何を学んだのですか。」

「戦史、戦の方法、ドミニオン国の戦闘方法について。」

 サファイヤブルーの瞳に戦意が浮かんだのをセーラは感じた。特に弟に身長差を見せつけていた兄は危機感まで帯びていた。

「国境に何か異変の情報があったのですか。」

「それは違う。・・・ドミニオン語を勉強しているから、お父様にその事について話をしていて、11年前の国境戦でドミニオン人と直接話をした事を聞いた。ドミニオン語の本を読む事になって、当時の報告書、ドミニオン語で書かれた報告書を読んだ。それで、一緒にドミニオンの戦史、戦の方法を学ぶ事になった。」

「なるほど、兆しでもあったのかと思いました。」

「動きがあれば、すぐに知らせが来ると、お父様が言っていました。」

「セーラ姉さんは、戦闘方法を学んでみて、どうだった?」

「どうだった・・・。500対500で戦う方法は分かった。しかし、どうして、そんな大勢で戦うのか。説明してもらったけど、納得はできなかった。」

 イシュア国は北のフェレール国と東のドミニオン国と異なり、大量の魔獣の巣を抱えていた。そのため、25年に1度発生する暗闇の暴走を乗り越える事を前提にして、物事を考える必要があった。

 権力闘争をしても、優秀な戦士を大量に殺すような大規模戦闘は可能な限り避けなければならなかった。大規模戦闘を行う事そのものが批判の対象であり、そのような戦闘を行った後に、民衆の支持を得ることは不可能だった。そもそも100名以上の集団が国内で戦争に参加しようとしたら、方々から介入されて抗議されるだけでなく、傭兵ギルドが傭兵を送り出す事を当然のように拒む事ができた。

10年後に戦死した兵士と同じ戦力を整えてくれるというのであれば、傭兵を出す事はできますが、いくら侯爵でも無理でしょう。

ギルド長が侯爵に啖呵を切ったセリフとして有名なこの言葉が、そのままイシュア国の多くの人間の考え方に合致していた。

「他国は魔獣の巣が少なく、あっても周辺の森林を立ち入り禁止にして放置している。それで国内の武力を魔獣ではなく、人に向けて使っている。武力で権力闘争をする事は愚かしいと思うのは、イシュア国だけの考え方なんだ。」

アランが説明した事を両親からもしてもらっていた。人間の感情の中に頂点に立ちたいという気持ちがあるのは分かるし、そのために殺し合いを伴った権力闘争をするのが人間と言う集団の1つの性である事も分かっていた。ただ、その殺し合いが大規模になると、勝ったとしても権力を手にした後の利益が減ってしまうのだから、できるだけ避けるべきだとセーラは考えていた。

「犠牲を少なくするために、戦い方を選ぶことが大切だと学びました。でも、ドミニオン国の戦史では、犠牲が大きくなるような戦い方を選んでいる事がありました。負けるのが分かっているのに、降伏をしないで全滅した戦いもありました。どうしてなのか、よく分かりません。」

「セーラ、何に価値があるかは、によって違っているのは分かる?例えば、セーラは今ドミニオン語を勉強しているのだけれど、なぜ勉強しているの?」

「公爵家の人間として必要だからです。」

「そうね。戦公爵と呼ばれる私たちは、国内では魔獣退治、国境では防衛線を担うから、他国語は学んでおくべき事だけれども。フェレール国とは大規模な戦争をした事は無いわ。ドミニオン国とも11年前の戦の前の大規模な戦闘となると、先々代のお爺様の時代の話になるから、そうそう他国との戦争はないわ。学ぶ意味がないとは言わないけど、学んだ事による利益は少ないと言えるわ。」

「はい。お姉様のおっしゃる通りだと思います。」

「それでも、ドミニオン語をセーラが学ぼうとしているのは。私達家族全員が話す事ができるから、自分も話せるようになりたいと思っているからではないの?」

「将来役に立つかもしれない。教養の1つだと思う。でも、お姉様のおっしゃるように、自分だけ話せないのが嫌だから頑張っているのは正しいです。」

「私は小さい頃に、勉強するものだからと言う理由以外の事を考えた事は無かったわ。言い方を変えれば、深く考えずに勉強していたわ。同じ言語学習、公女としての学習であっても、そこに見出す価値は全く違うわ。だから、他の国の人間が全く違う考え方をするのは当然の事よ。」

「はい。」

「セーラには、自分の考えをしっかりと持った上で、自分以外の人間の考え方も理解して欲しいの。戦場を学んだのだから、公女として戦場に出る可能性もあるわ。その時に、幅広い考え方ができないと負けてしまう事があるから。」

「はい。よく分かりました。色々な考え方を学びたいと思います。」

 姉達と兄の語学学習を見守りながら、自分達が様々な事を体験しながら成長していく実感をエリックは得ていたが、それが良い方向に進んでいるのかが少し不安だった。悪い方向に進んでいない事には自信があったが、必ずしも良い結果をもたらすとは思えなかった。破格な能力を持った家族たちの進む道が、平坦であるはずがなく、公爵家とは違う道を歩んだことのある第二公女が、様々なものを背負いながら歩んだ時、その重さで道から外れてしまうのではないかと心配していた。

 正確には、道を外れそうになった時、この3人と両親がしっかりとセーラと共に歩む事ができるかが心配だった。金髪の愛らしさを残している弟は、最上位の貴族として最上位の武力を手にした公爵家の人間が、最上位の人格者とは程遠い幼さを持っている事を自らの体験で理解したため、とても不安だった。


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