3年生 その56 本部にて
56 本部にて
6月初週、豊作につながる雨天が王都でも続いた。
各初等学校で開催された3月の発表祭は各地で行われる豊作祈願祭と同じ時期に行われたため、3学校の祭りが成功した吉兆が、現実のものとなったと庶民は浮かれていた。学園でも生徒会活動が順調に進んでいる中、子供世代が王都の中心で活躍していた。
グレー制服の襟と手首に緑の線を入れた女生徒が丸テーブルを挟んで座っていた。高等部3年、中等部3年の姉妹は、テーブルの上の食事を2人だけで食べていた。
「美味しいわ。」
「ありがとうございます。」
「2人だけだと寂しい?」
「そんなこと・・・。」
妹として2年間生活する中で、姉の笑顔にも種類があって、特に目の開き方で違いが分かるようになった。今の眼差しは優しさが土台にあるものの抗議の意を含んでいた。全ての嘘を姉に禁じられている訳ではないが、自分が我慢すれば良いと考えての嘘は許してくれなかった。
「リリアとキャロットが居ないのは、少し寂しいです。」
ほぼ毎食一緒だった2人の親友とは、週1での昼食となっていた。キャロットが裁縫部会の仲間と食堂で食べるようになり、リリアも3つの部会に参加するようになって新しい仲間達との交流を深めていた。
「部会の活動が始まって、先輩、後輩で食事を取る機会も増えたから、ほとんどの子達が、いつものメンバーとは異なるグループで食事を取っているものね。日替わりでグループを変える子もいるわね。」
セーラは生徒会本部の会計担当の役職についていて、現時点では部会への所属を控えていた。今年1年は活動開始の初年度であるため、予想外の出費などが出て来ると、会計として財務卿に交渉する必要があった。初年度の出費が、今後の予算の基準になるため、活動が始まってからの出費については厳格に精査する必要があり、会計の役目は軽くはなかった。それ故に、各部会に中立的な立場であるためにセーラは会計専属の立場を取っていた。他の生徒との交流を避けてはいないが、一緒に休憩室で食事ととるような親密な交流は避けていた。特定の生徒や部会が金銭面で優遇されるような事があれば、それは金銭を伴った勢力争いに発展する危険があった。
少人数の集まりとなってしまうお弁当持参の昼食ではなく、食堂での食事であれば、密談するような環境が作れないため、セーラの立場であっても皆と一緒に食事を楽しめるが、セーラにはそれができなかった。
「週に1度ぐらいは、食堂で食べてみる?私が出してあげるわ。」
セーラは言葉ではなく、首を横に振る事で拒否の意を伝えた。これは、話す余地もない拒絶である事を示していると姉は認識していたし、実際にそうだった。いくつかの行動でお互いの気持ちを通じ合う事ができるのは家族として嬉しかったが、妹が甘えるのは甘える事ができると判断した範囲だけであって、その範囲は姉からすると甘えでも何でもなかった。
「そう。分かったわ。私は2人でも楽しいから。」
セーラは2年前の4月から、毎月金貨1枚をお小遣いとして公爵から支給されていた。4人の子供達も同じ金額を与えられていて、どのように使うのも自由だった。成人男性の平均初任給と同額のお小遣いは、公爵家の令息令嬢として多いと言えなかったが、ドレスなどを含んだ生活用品は、その都度購入してもらえることを考えると、子供の小遣いとしては少なくなかった。
これだけの金額があれば、低価格の昼食を提供する食堂で毎食の支払いに困る事は無かったが、セーラは昼食に充てる金額を惜しんでまでしたい事があった。それは庶民として生活をし、働いていた食堂経営者の夫婦に毎月お金を送る事だった。繁盛店である食堂の経営は順調そのものではあるが、お小遣いの半分をセーラは毎月送っていた。母ミーナが残してくれた自宅と墓の管理と言う名目で受け取ってもらっていた。恩人である食堂のおじさんとおばさんへの恩人孝行、母ミーナと同格である夫婦に対しての親孝行である事は、受け取る2人も自覚していたので、受け取りを拒否する事は無かった。
残り半分は、お弁当の食材費用になったり、刺繍糸を購入したり、無地のハンカチを購入したりと、お小遣いらしく自分の好きな事に使ってはいたが、日常生活の中でお金を使う事を抑制するための材料になっていた。
「この後は生徒会本部で待機するの?」
「はい。そこで勉強もします。」
たまにではあるが、予算外の支出を要請される事があるので、会計としては本部から離れることできなかった。
姉のレイティアは、会計を代わろうかとも考えたが、そもそもの企画の意図は、セーラの評価を上げて、王都に流された悪意を打ち消す事であったため、生徒会活動の重要な役目である会計の仕事をセーラにやり遂げてもらう事は必須だった。少なくとも初年度だけはセーラの代わりに姉が職務を執行して、功績を横取りするような事はできなかった。企画段階で主力として活動して、実際に動き出した時にも会計という重要な役をこなしたという実績を得る事が重要だった。
来年の4月からは、卒業したレイティアが外部から参加する会計役としてサポートするつもりだった。1歳年下のロイドと結婚するまでの1年間は花嫁修業期間ではあるが、淑女の嗜みと呼ばれるいくつかの技能は壊滅的に下手だったので、今更訓練するつもりはなかった。時間を持て余すのが確定するのだから、同じ学園内で活動できる臨時職員として会計を担当するつもりだった。
そうすれば、来年の4月からはセーラも自由に活動できるようになるとレイティアは考えていた。
学園生徒会本部は各学年から2名の代表が集まって合計12名で運営されているが、12名全員が重要な役職に就いている訳ではなかった。各部会の代表者を集めた会議の議長と会計責任者の2人が明確な責任を持った役職だった。父親である公爵が財務卿となったためにセーラが会計責任者となるのは唯一の選択視だったが、会議の議長が誰になるのかは何人かの候補がいた。
結果として第2王子ジェイクがその役目に就いた。後に生徒会会長と呼ばれる現議長になったのは、兄であるコンラッドが軍事関連の部会の部長になる事を希望したからだった。企画段階での中心人物だった第1王子と実務段階での議長である第2王子で功績を分かち合って、後継者争いのバランスを取る意図が、大人たちの間には働いていた。
学生達は、第2王子が議長として活動してくれることに感謝していた。美青年そのままの柔らかい対応は心地よく、学年一の頭脳から溢れ出てくる的確なアドバイスには感嘆していた。紛糾しがちな会議をきちんとまとめる指導力もあり、ケネット侯爵家が育て上げた非の打ちどころのない王子という評判を言い過ぎであると考える者はいなかった。
1歳とは言え年長者であり、最初に愛した第1王妃の息子を後継者に指名しない理由は、第2王子が優秀過ぎるから、国王が後継者を誰にするのかを迷っている、という憶測を聞いたことがある学生達は、それを事実として認識していた。
「失礼します・・・。誰もいないよね。」
生徒会本部事務室に入ったセーラは、6人掛けのテーブルを2つ繋げた大スペースの中央の席の椅子を引いた。カバンの中から取り出した教科書とノートをテーブルに広げると、スカートを抑えながら座った。
肩甲骨あたりをまで伸びている赤髪を首の後ろで1つにまとめるとポケットから取り出した黄色のリボンを結んだ。
新学年が始まってから2カ月が過ぎて、ほとんどの生徒が部会活動に熱中している中、セーラは事務室で勉強に励んでいた。これまでの積み重ねで様々な能力を身に着けた自信はあったが、学年が進んで学習内容の難易度が上がったため相変わらず苦戦していた。また、公爵家として学ぶべきことを第一夫人から聞き出すと、毎晩その学習も取り組み始めていた。
学習する事は苦痛ではなかったが、学習を進めれば進める程、自分と3人の差が自分でも分かるようになった。姉と弟達のこれまでの努力の積み重ねを考えれば、自分が及ばない事は当然だとは分かっていても、庶民として母ミーナに育ててもらった年月を自分で否定したくなかったので、少しでも差を縮めたかった。
「卒業までには一人前になりたいな。」
4年後には卒業と18歳の成人を迎えて、結婚できる年齢に達する事になるが、それまでに公女として公爵家の役に立つ人間になれるのかを考える時はあるが、良いイメージを持つ事はできなかった。
「また、独り言を言うように・・・。」
トントン。
「はい。どうぞ。」
「失礼する。」
「ジェイク殿下。会議は終わったのですか。」
「ああ。今日の会計関連の書類は無かった。この書類は、今日の話し合いのメモだから。私がまとめるものだ。」
「はい。」
「今日もここで勉強していくのかい。」
「はい。」
「もちろん、邪魔ではないから。そのまま続けてくれ。」
「はい。」
金髪と紫目の輝きがグレーの制服の中で一段と増していた。美しい容姿が嫌いな訳はないが、セーラは少しだけ第2王子が苦手だった。彼自身が苦手と言うより、天才美少年の圧倒的な存在に押しつぶされることなく努力を続けるコンラッド殿下と自分が重なって見えるから、心のどこかに拒絶感が漂っていた。
第1王子と2年間同級生として過ごしてきて、その努力を間近で見てきたクラスの全員が、常に全力で行動している事に敬意を持っていた。同時に個人能力に関して言えば、第2王子には及んでいない現実も目の当たりにした。その現実を誰よりも理解している本人がまっすぐに生きている事を同級生として誇りに思えたが、その現実が後継者争いにどのように影響するのかと考えると、彼の努力を見守る時、楽しい気持ちにはなれなかった。
セーラは同級生達と同じ事を考えた上で、コンラッドの存在を自分の慰めにしようとする自分がいる事が許せなかった。第1王子でさえずっと努力をしても及ばない相手がいるのだから、ほんの2年前から公女としての努力を始めた自分が、3人の姉弟に及ばないのは当然で、3人を目標としていることがそもそも間違いであって、自分のできる範囲で頑張るだけで十分だから、もっとゆっくりで構わないと、言い聞かせようとする自分が現れてくるのが嫌だった。
自分の心を救ってくれるような甘い言葉を自分に思い起こさせる第2王子が苦手だった。その甘さに身を委ねた先が、惨めな思いにしかならないと分かっていても、魅力的に思わせてくれる事が怖かった。
ゴーンゴーン。
「セーラ嬢。鐘がなったが。」
「え!」
色々な事を考えないようにしていたからか、セーラは時間を忘れて学習に集中していた。鐘の音がすでに遅刻であることを悟らせてくれたが、一応時計を確認してみた。
「行かないと。」
「戸締りは私がしておく。」
「ありがとうございます。」
一緒に馬車で帰るレイティアとアランを待たせている事が確定しているセーラは、第2王子の方を見ることなく、鞄に教科書、ノート、筆記用具を入れた。
髪を1つにまとめていた黄色のリボンを外すと、赤い髪が背中に広がっていった。
「綺麗だ・・・。」
「・・・・・・・・・。」
自分の右側から聞こえた声は小さかったが、はっきりと聞こえた。聞こえたが、どう反応をすればいいのを考える余裕がなかったセーラは、そのまま席を立ち上がって、殿下の方を向いた。美男子が自分自身の言葉に驚いているようで、戸惑っているようにも見えたが、その事をどう会話に組み込めばいいのかを考える事ができなかった。
何をすればいいのか、何を言えばいいのかを考えているようで、まとまった思考ができなくなったセーラの頭脳が導き出したのは、帰宅する時間である現実に対応する事だった。
「先に失礼します。」
挨拶をして、鞄を持って、事務室を出て、停留所に向かう。待たせている姉弟に謝罪をして、馬車に乗って公爵邸へ帰る。普段している事だけが、何も考えずに行動できる事だった。
セーラは耳に残った言葉と共に公爵邸へ帰宅した。




