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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
3年生
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3年生 その55 新生活

55 新生活


第2公子エリックは13歳となり、学園へ通う事になった。1年前までは、屋敷に居残りとなる不満ばかりを訴えていたが、今は学園へ向かう馬車の中で不満顔を隠そうともしなかった。

「今日だけだよ。」

「アイリスと会える日だったのに・・・。」

 4人乗りの馬車が満席となっていた。公爵家の令息令嬢は、学園到着前の30分間の楽しい時間を過ごしていた。

「もういい加減にするんだ。私もセーラ姉上も、エリックの子守ではないんだ。」

「今週は会える日が1日減ったんだよ。」

「分かった。分かった。ところで、レイモンド殿下と昼食を一緒にしたり、何かの活動をしたりとかを。」

「兄さん、また、その話。仲良くしているから、大丈夫だって。」

 第1王子から第3王子までが1歳違いの3学年、公爵家の姉弟も1歳違いの同級生である事から、それぞれの同級生と仲良くする事が、暗黙の任務だった。

「公爵邸の鑑賞会にも来ていただいて、仲良くしていただいているのは分かっているが、午後の活動を一緒にしてみてはどうだ。アイリスが公爵邸に来る火と木の日の活動を休んでもいいのだから。」

「アイリスが来る日に学園を休む事を許してくれたら考える。」

アイリスは第2初等学校で授業のない火の日と木の日の2日間は、公爵邸を訪問して様々な事を学習していた。3月まではエリックが勉学を教える役目を担っていたが、学園に通うようになったため、午前の学習指導をセバスチャンに任せた。午後の時間だけでも一緒に過ごしたいと考えたエリックは、ほとんどの生徒が熱心に取り組み始めた午後の活動を全くしていなかった。アイリスが訪問しない日も、もしかしたら来訪するかもしれないと言って、学園内で昼食を取らずに1人で帰宅していた。

あれほど、4人姉弟でセーラの作ったお弁当を学園内で食べる事を楽しみにしていると発言していたのに、今のエリックには、アイリスに関係しない事の優先順位は全て低くなっていた。

「土の日は晩餐まで一緒に食べるじゃないか。一日中好きな事ができるだろう。」

「好きな事なんかできていないよ。この間はセーラ姉さんと料理していたし、その前は、母様とレイティア姉様がお下がりをあげるからと言って、着せ替え楽しんでいて、その上、セーラ姉さんとその後は衣服の手直しをしていて、僕と一緒にした時間なんて、全然なかった。」

「エリックも手伝ってくれたじゃない。楽しかったでしょ。」

「ああしないと、一緒に居られなかったからだよ。本当は街に出かける約束をしていたのに。」

「そうだったの。ごめんなさい。」

「セーラ姉さんを責めているとかではないんだ。」

「そうなの、私にはエリックがセーラを責めているようにしか見えなかったけれども。」

「違うんだ。レイティア姉様。」

 完全な大人の女性の姿を持った美の女神が優しく微笑んでいれば、その場をどこまでも穏やかにしてくれたが、微笑みの中に怒りが見えてくると、その美は威圧感を10割増しにした。

 大人びたセーラとアランも、幼さが消えかかっているエリックも、サファイヤブルーの瞳が鋭さを持っている時には怯む以外の行動を取れなかった。

「セーラに悲しそうな表情をさせたのに。」

「セーラ姉さん、ごめん、僕が我儘を言い過ぎた。アイリスの服を手直ししてくれたことは感謝しているんだ。」

「ええ、分かっている。姉様、私はエリックに怒ったりとかはしていませんから。」

 愛らしく美しい姉は大好きだったが、時々見せる感情剥き出しの言動は少し怖かった。貴族令嬢の理想である常に笑顔を守っていながらも、怒りを感じさせるのが技術なのかは分からなかったが、セーラには姉が器用に思えた。そして、その笑顔で見せる威圧感による支配力を感嘆していた。

「そう、それならいいわ。」

 兄弟が問題を起こして、姉が締めて、妹が取りなす形が4人の定番の位置であった。


 エリックの学園生活は兄とは違って女生徒に囲まれる事は無かった。遠回しに眺められて、女生徒に眼福を与えてはいたが、アイリス嬢を溺愛する話は広がっていて、接近する女生徒は皆無だった。代わりに人気を集めたのは第3王子レイモンドで、第2王子に勝るとも劣らない美男子ぶりに、輝く金の王子と呼ばれていた。

「殿下、授業が終わった後、一緒に食堂で昼食をとりませんか。」

「今日は、火の日でアイリス嬢が公爵邸にいる日ではないのか?」

「第2学校の説明会があるとかで・・・。」

「ああ。それでは一緒に。初めてだな。」

「そうですね。申し訳ないんですが、午後に部会の見学に行きたいので、付き合ってもらえませんか?」

 1時限目の授業が終わり、合間の休憩時間に金髪の貴公子たちが話をしていた。最後列の席に並んでいる2人のうち、金色に輝く瞳は生気を放っていたが、透き通った青い瞳は輝きを失っていた。

「構わないが、行きたいとは思ってないのではないか。」

「姉様にそうするように言われたから、言ってみただけです。」

「姉様と言うと、レイティア嬢の方?」

「そうです。断らないで欲しいです。殿下のためにも。」

「私のために、とは?」

「姉様の機嫌を損ねない方がいいと思いますよ。宰相とのやりとりとか聞いたことはありませんか?」

「聞いたことはあるが、どうして、私が関係しているのだ。」

「僕がアイリスと一緒にいる事を妬んでいるんです。」

「余計に分からないのだが。」

「ああ、ロイド兄さんが、2ヶ月ぐらい公爵領に旅行する事になりまして、しばらく会えないので機嫌が悪いんです。僕に対して、公爵家の人間として、王家との交流する事は義務だとか言い出して。まあ、僕が姉様に、ロイド兄さんは自分の役目を果たしているだけだ、なんてことを言ってしまったから、八つ当たりを・・・。しないでもらいたい。」

 前財務卿のメルヴィンに同行する形でロイドが公爵領に出向いたのは、各地のギルドとの交流を持って、情報網を確立するためだった。

第1王子暗殺未遂事件の犯人と思われる貴族達を探し出す事に成功して、牽制球を投げてはいたが、決定的な証拠を掴んでいなかった。処罰まで持ち込めないとなると、敵方は反撃をしてくる可能性があったため、ロイドは備えを構築する事にした。公式的には事件は発生していなかったため、備えと言っても、防衛のための情報収集制度でしかなかった。

仕組みが完成すれば、防御力を向上する事ができるが、その仕組みを運営する人材には様々な能力と権限が必要であるため、人選のためにロイドは直接現場に出向く必要があった。

「分かった、見学には付き合うよ。どの部会を見て回る?軍の部会?剣の部会?見学なら両方の部会を見て回る事もできるか。」

「裁縫の部会と、絵画の部会に行くつもりです。」

「え。裁縫?」

「男性服の仕立て屋は男性が多いですよ。」

「いや、そうではあるが。」

「殿下、当家には兄さんがいて、軍部に関して僕の出番はあまりないと思います。それにアイリスと一緒にできる事を学びたいですから。」

 その日、見学に来た第3王子に黄色い声をあげて歓迎した裁縫部は、王子来るとの宣伝文句を利用して、多くの入部者を勝ち取った。


 学園中等部1年生のエリックは、去年までの学園を知らないから分からなかったが、学園の生徒会、午後の部会活動は貴族の子供達に大きな変化を与えていた。特に女生徒達はこの変化を喜んでいた。

 これまでの学園でも、男子達には活躍の場があった。騎士の道の支援もあれば、政治を学ぶ事で行政官を目指して、後継ぎであれば領地経営という活躍の場があった。

 一方の女性は、家庭に入り、後継ぎを生み育てるという貴族としての大切な仕事はあったが、それを果たすために学園で、特別に勉学に励まなければならない事は何1つ無かった。女生徒にとっての学園は、伴侶を探すための場所、男性に見初められるための場所であった。

 学園の本質的な価値は何1つ変わっていなかったが、女生徒達の将来の選択肢が増えたことは確実で、それを女生徒達は喜んでいた。もちろん、今までにあった活動を部会で行うだけという変化でしかなかったが、部会の活動に国から予算が配分されたという事実が大きかった。

 縫子にしろ、メイドにしろ、画家にしろ、貴族の趣味や結婚のプラス要因でしかなかった分野が、お金を動かす事ができる職業として、令嬢達にも認識された。以前から、趣味を仕事にする令嬢がいなかった訳ではなく、その道も存在していたが、そこを通過する令嬢は少なく、そういった道を進もうとすると、両親たちに結婚が大切なのだからと言う理由で止められることがほとんどだった。

 しかし、これからは学園での予算を受けた活動だから、という理由で両親の阻止をかわす事ができるようになった。また、貴族の大人達も、周りの目を気にして娘たちの進みたい道に立ち塞がるという行為をする必要がなくなった。

「姉さんは、こう言った変化を作り出したのが自分だなんて、気付かないんだろうな。」

「ん。声が小さくて良く聞こえなかった。」

 帰宅時刻の夕方になり、公子兄弟は鞄を片手に校舎を歩いていた。

「学園が去年に比べて大きく変わったのは、セーラ姉さんのおかげだと僕は思うんだけど。兄さんはどう思うの?って言ったんだよ。」

「ああ、セーラ姉上が全てを変えた訳ではないが、きっかけを作ってくれたのは間違いない。」

「でも、セーラ姉さんは、自分の功績を理解していないと思う。」

「そうだな。」

「兄さんが教えてあげるのはどうだろうか、と期待しているんだけどな。」

「言いにくい事を言わせる気か。」

「姉さんを褒めるのが言いにくいの?」

「だったら、エリックにその役を譲る。」

「兄さんは、次期当主だし。」

 姉を褒める時、成果を出した要因について話をしなければならないが、その要因はセーラが庶民の考え方を貴族の家、貴族の社会に持ち込んだ事にあった。検証できる何かがある訳ではないが、兄弟の思考はそう結論を出していた。

 小さい頃から食堂で母と共に働き、仕事をする事の大切さ、お金を稼ぐ事の大変さを身に染みて理解しているからこその発想や提案が、学園に大きな変化をもたらしたこの事を褒めるという事は、セーラが庶民出である事を強調する事にもつながった。

公爵家として、庶民出という事は蔑むような事では無いと認識しているが、周囲はそうではなかった。これを公爵家の弱点として攻撃を仕掛ける者は、ケネット侯爵派閥の中に確実に存在していた。セーラの貢献を評価する動きをすれば、それに反撃する形で、噂をまき散らされる可能性があると考えているから、兄弟は姉の功績を大々的に喧伝したい衝動を抑えていた。

「伝えたいし、周りにも認められて喜ぶ姿を見たい。」

「そうだね・・・。」

「まだ早いと思うか?」

「盛り上がっている今がチャンスだと思うけど・・・。噂を流されても、ビクともしない実績を示すためには、まだ先だと思う。」

 公爵家に対する攻撃は、口での攻撃か、周辺にいる部下達に向けた政治的圧力のどちらかであった。だから、武力では無敵の公爵家も、政治的には無敵ではなかった。

「個人的に姉さんを褒めるだけしかできないか、今は。」

「そうだね。言葉を選ぶと言うか、言葉を制限される感じで褒める事になると思うけど。」「機会があれば、そうする。」

「うん、頼むよ、兄さん。」

「エリックは褒めないのか。」

「僕は姉さんに借りが多過ぎるから。僕が褒めても、気を遣っての発言だとしか思われないから。姉さんにとっては、褒められた事にならないと思う。」

「なるほど、そうだな。」

 対話を止めた直後、美兄弟公子が名前を呼ばれた。

「アラン、エリック。」

 校舎から出て、馬車の停留所へ向かっている兄弟に、赤髪の姉が手を振ってきた。いつもは、昼食も取らずに授業だけを受けて帰宅するエリック以外の3人で帰宅していたが、今日は4人で一緒に帰れることを姉は喜んでいた。今朝も機嫌が悪かった長女も妹の笑顔を見ているからか、いつもの優しい笑顔を見せていた。

 金髪の美男子が手を振りながら姉のもとに駆け寄っていった。


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