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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
2年生
53/198

2年生 その52 試験へ

52 試験へ


 生徒会活動で盛り上がる学園の中で、3月を前にして、ある種の恐怖に追いかけられている学生達もいた。後期の期末テストで新学年のクラスが変更する可能性がある生徒達だった。上級クラス42人のうち、30位台の成績を取り続けてきた公女は、強烈な危機感を持っていた。

「リリア、ここの所を聞きたいの。」

 生徒会本部の会計室でセーラは学習ノートで勉強をしていた。

「ごめん、この書類が終わるまで待ってて。」

「うん、それまで自分で考えてみる。」

 そう言うものの、すでに分からないから聞きたいのだから、いくら考えても解答に辿り着く事は無かった。思考の速さは十分だったが、幼少期の学習の蓄積が欠けていたため、学園の教科のいくつかはセーラにとっては難問にしか思えなかった。生徒会準備が始まる前は、ペンタスを始めとする友人を頼りにして、午後の時間の多くを学習時間に費やしていたため、どうにか上級クラスの成績を維持する事ができた。

 リリア以外の友人は活動に夢中で一緒に勉強する時間を作る事が難しくなっていた。セーラ自身も会計の仕事があるため、図書室で勉強する時間を取る事もできなかった。リリアよりも会計処理は速くできるため、学習ノートを用意して、隙を見つけての学習で、どうにかしようと考えたが、どうにもならなかった。

「終わったわ。」

 会計室の扉が開くと、第2王子ジェイクが数枚の書類を持って入ってきた、グレーの騎士礼服の簡易版のような制服は地味そのものの衣装であるが、金髪の輝きと紫水晶の瞳と美しい顔立ちが霞むような事は無く、貴公子であることを全力で表現していた。この王子とほぼ毎日会って話をする事ができる2人は、女生徒から羨望の眼差しで射抜かれていたが、入ってきた男子生徒の登場を、セーラは作り笑顔で迎えるようになっていた。

「2人には、申し訳ないのだが、昨日の申請書の修正したものを提出してもらったのが。これだ・・・。」

「ありがとうございます。」

 リリアが立ち上がって一礼してから受け取った。公女の方は書類ではない何かを見つめていたのを王子は気にした。会計の仕事をしているのではなく、学習ノートと向かい合っているが分かった。

「セーラ、書類が来たから、分担を決めましょう。」

「うん。分かった。」

「手伝いましょう。」

「いえ、私たちの役目ですから。」

「セーラ嬢、生徒会の役員として協力するのは当然です。私も何度も会計書類のチェックをしています。力になると思います。」

「はい。お願いします。」

 リリアは断った方が良いと考えたが、セーラが時間を惜しんでいるのが分かったので、殿下の力を借りる事にした。公女セーラや第1王子コンラッドと友人になった事から、上位階級に対する配慮が無くなってしまう事を時々自分で戒めてはいるが、第2王子の人当たりの良さと包容力を感じされる雰囲気にリリアは押し流されてしまった。

 天才と名高いだけあって、処理速度は速く、セーラと同じペースで仕事をこなしていた。自身の才能に溺れている事は無いが、正確に実力を把握するようには心がけていた第2王子は、自分と同程度の公女の処理速度には感嘆していた。2年前から貴族としての学習を始めた中で身に着いたのか、庶民としての生活で身に着いたのかは分からないが、どちらにしても賞賛されるべき能力であったが、この公女が褒められる事はあまりないのだろうとも思った。

褒められるだろうが、本人が納得しながら褒められる事はないのだろうと考えた。常に姉レイティアという比較対象がある以上、及ばないという言葉が漂う中で褒められて来た事を心から喜べないのは、兄コンラッドと同じだと考えた。

「セーラ嬢、速いですね。」

「慣れていますから。」

 書類の確認が終わると、テーブルの上の学習ノートに視線を落としながら、授業の復習を始めた公女が、自分自身との会話に興味がない事を知った。隣に座っているジェイクの目にノートの内容が見えると、中等部2年生が学ぶ内容であると同時に、すでに幼少期に家庭教師から学んだ内容であることを確認した。

「セーラ嬢、そこの所で躓いているのであれば、説明ができると思います。教えましょうか?」

 学年が1つ下の人間に教わる事に抵抗があるかもしれないと思いながらも、全力で取り組んでいる姿を見ているうちに、何かをしてあげたいと王子は思った。

「殿下は分かるのですね。1つ学年が上の内容なのに。」

「王宮の教師から学んだ事があります。不快なら、この話は忘れてもらっても。」

「いえ、教えてください。お願いします。」

 年下の男子に教えてもらうことに慣れているセーラに抵抗はなかった。アランを抑えての学年1位を取っているジェイク殿下に教えを乞う事を恥ずかしいとは思わなかった。自身の窮地に手助けしてくれる人は、誰でも恩人だった。成績が足りずに上級クラスから中級クラスに降格した場合、誰がどう見ても公爵家の恥にしかならず、セーラは庶民生まれの娘だからと蔑まれるための話題を提供する事になって、そのまま母も蔑まされる事になるのは間違いなかった。何も反論できない状態の母は黙って耐える事しかできなかった。それを考えれば、自分より能力が優れた人間に頭を下げる事も、格下だと言われる事も気にする事ではなかった。

「ここは、ここと一緒に考えると。」

「あ、分かります。そうか・・・。」

「そこの所は別々の事を、この課題についてだけ組み合わせて。違う。ここ。」

「そうなんだ。でも、両方とも覚えておかないとならないのですね。」

「次の学年で学習する範囲でも使う所だから。時間をかけてでも覚えておいた方がいい。」

 この日、セーラは初めて第2王子が格好いい少年に思えた。美形の少年である事を否定はしないが、毎日公爵家の男子3人を見ているセーラにとって、ジェイクだけが特別な美男子だとは思えなかった。食堂で接客商売をする中で、様々な人と顔を合わせている間に、一般的な美しさよりも個性のある魅力の方が大切である事を理解していた。食堂のおばさんは、少しふっくらとしていて、美人という基準で言うのであれば、母ミーナよりも劣っていた。ただし、食堂で給仕に出ている時に客を笑顔にしている数であれば、おばさんの方が少しだけ優れていた。それはまとめて言えば接客技術の差であったが、場面ごとに好まれるものが異なっていて、それに適応できるかどうかが重要であることを示していた。一般的な美という1つの尺度で人間の魅力を語る事はできない事をセーラは良く知っていた。


 水色の寝間着は、金髪の美姫の体を覆っていたが、その美の根源である肉体を隠していなかった。18歳の美の女神は、完全に母の美を受け継いだ成長を遂げていた。完璧なシルエットを描く女性のラインは理想的であると言えた。母よりも少しだけ背が高くなり、瞳の色がサファイアブルーである事以外は双子のようだった。

健康的な白い肌は湯の熱をため込んで少し赤くなっていた。

「待たせてごめんなさい。セーラ。」

「私の方こそ、寝る前に部屋に押しかけてすいません。」

「セーラの寝間着姿が見られるから嬉しいわ。綺麗よ、セーラ。」

 もうすぐ15歳になる妹の体つきは女性に近づきつつあったが、姉に比べると少女であった。赤い視線の強さが大人びた表情を見せる事は多かったが、薄いピンクの寝間着姿の少女には愛らしさがあった。

「お姉様の方が綺麗です。」

「ありがとう・・・。姉妹で褒め合うのは、何だか恥ずかしいわね。」

「そうですね。」

「勉強を始めましょうか。」

 大きめの事務机の上に広げたノートに書きこみながら、セーラは姉の指導を受けた。指導と言っても、目の前で問題を解きながら、躓いたところで説明をしてもらうという形であった。公爵夫人と第1公女は極めて優秀な能力を持っているが、それは独特の感覚で鍛え上げられたものであって、他者に伝える事が難しく、誰かに教える技能に関して言えば、無能に近かった。

 ただ、セーラはこの勉強方法が好きだった。姉に教えてもらえるというのも好きな要因の1つだったが、自分の解けない所だけを教えてもらうというやり方が、自分が成長している実感を与えてくれることが大きかった。もちろん、指導者の時間をより多く貰う事に対しては、申し訳ないとは思っていた。

「ここは、私はこう解くのだけど。」

「そう解けばいいのか・・・。こうですか。」

「それで答えが出ると思う。」

 目前で学習する妹の意識が恋愛に向かうのはいつになるのだろうかとレイティアは考えていた。妹が進む道が何であっても応援するつもりであり、歩みを止めたり、迷ったりした場合もただ応援する事には変わりがなかったが、恋愛結婚への道については、そろそろ前に進んでもらいたかった。

 4カ月前の暗殺未遂事件で、その武力を証明してしまったセーラは、8年後に発生する暗闇の暴走において主戦力として戦う事が決まった。それだけは止めようと考えてはいたが、十二分に戦える事を証明されてしまった以上、セーラの申し出を拒否する事はできなくなった。

妹が一緒に最前線で戦ってくれるのであれば、生存の可能性はかなり高くなるが、安全な最前線などは無かった。セーラが23歳の時に訪れる死と隣り合わせの戦の前に、セーラには結婚と出産をしてもらいたかった。母ミーナが実現できなかった恋愛の先にある幸せな結婚と出産、そして子育てもしてもらいたかった。

公爵家を救うために犠牲となったミーナの娘が、再び公爵家を救うためだけに犠牲になるのであれば、それはあまりにも救われない未来でしかなかった。

妹は今、公女として相応しい存在になりたいと勉強していて、その気持ちを尊重したいが、時間は限られていた。確定的な死が訪れる訳ではなかったが、そこで多くの人間の時計の針が止まってしまう事は間違いなかった。そして、それまでに幸せを掴む事ができなかったら、永遠に掴み取る事ができない可能性があった。

セーラが死ぬというのではなく、セーラが愛した人がその戦いで亡くなる事もあり得るのだから、一度停止する時計の針を見守るが1人ではいけなかった。少なくとも2人、願わくば、小さい子供達を含めた家族でその時を迎えて欲しかった。

「セーラは、今、気になる男性はいないの?好きとかではなくて、優しい人だなって思ったりする人とかでもいいの。」

「ロイドお兄様が優しいと思います。」

「うん、ロイドは家族みたいなものだから。家族以外で、頼りになれるなぁと思う人はいないの?」

 ノートに答えを清書している時なので、セーラにも考えて応える余裕があった。

「メルヴィン卿がお優しいです。会計書類の不備を丁寧に指導してくれますから。」

「そうね。財務卿として恐れられていると聞いていたけど、セーラの話を聞く限りは、面倒見の良いご老人ね。」

 恋愛に関する話をして、セーラの意識の方向を変えたいのに、レイティアが上手に話を誘導したことは一度も無かった。恋愛の話である事を強調すると、レイティアには婚約者がいるため、それはセーラの恋愛話に限定され、そのまま政略結婚の話に移行した。貴族になった自分が政略結婚をする事が、公爵家への貢献になるとセーラが考えているからだった。

 好きな男性と結ばれて欲しいという、貴族としては幼子の思考と言われてしまう考えを、セーラ以外の公爵家の人間は持っていた。それは使命のようなものとして認識していたが、セーラ自身はその真反対の事を使命として認識していた。

「セーラは特別に好きな男性とかはいないの?」

「はい。いません。私に結婚の話でも出ているのですか?」

「ううん、そういう訳ではなくてね。」

「私もお姉様のように、公爵家のために結婚できればいいと思います。」

「一応、言っておくけど。私とロイドは、恋愛結婚みたいなものだから。」

「はい。お姉様もお兄様も素敵です。」

 久しぶりに挑戦してみたが、誘導する事に失敗した。レイティアの3歳での婚約は、紛れもなく政略結婚ではあるが、結婚前の長い交流の中で、幼馴染から恋愛対象へと進化しながら、結婚の地に辿り着いた2人は、ある意味貴族の結婚としては理想的なものであった。家も良し、当人も良し、皆が幸せになれる政略結婚、結婚する前に当人同士が愛を深め合う事に成功した政略結婚が、お手本としてセーラの目の前にあり、それを目指すと言われると、それはダメだとは言えなかった。

 エリックみたいに一目惚れという可能性があるのだから、政略結婚が理想であるという考え方だけは解除したかったが、この日の挑戦は妹に学力的な手ごたえを感じてもらっただけで終わった。


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