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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
1年生
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1年生 その5 立場

5 立場


 王都の北部に王城があり、北西部に学園がある。王都内の唯一の学園である事から、特別な呼称は与えられていない。貴族または高額の入学金を支払うことができる商家の13歳から18歳の男女が通う学園は、6年制で前半3年間を中等部、後半3年間を高等部と呼ぶ。

 公女であるレイティアは高等部1年生で、セーラは中等部1年生に入学できる年齢ではあるが、4月には入学しなかった。入学は貴族の義務ではなかったため、セーラの意志に任される事になっていた。

 公爵邸に行くと決めた時、セーラは公爵の娘として生きて行く事を受け入れた。

 その決意を持っていたセーラは、公爵邸で貴族としての厳しい教育や指導を受ける覚悟をしていたが、教育や指導はあったが厳しいものには思えなかった。実母ミーナの功績によって得られた公爵家の娘の肩書を与えられていたが、何でも自分の希望を受け入れてくれる公爵家に甘えているだけでは、本当の意味での公爵家の娘になれないとセーラは考えていた。

 この現状を変えるために、学園に中途入学したい旨を伝えると、それは受け入れられた。準備期間を考えて7月1日から学園に通う事が決まった。


 学習室の長机にいつもなら3人が座っていたが、赤髪の少女だけが生徒だった。その前で講義をするのは、白髪長身の老紳士セバスチャン。満面の笑みしか向けた事がなかった家令が、険しい表情をセーラに見せたのは初めてだった。

「今日は、政治の話です。イシュア国の権力闘争についての話と、セーラお嬢様にどのように関わっていくかの話になります。」

 食堂で飛び交う様々な情報の中には、貴族達の権力闘争の話があった。ただ、詳細な話が語られる訳がなく、何某家の兄弟が後継者争いをしている、という程度のものであった。貴族達の争いについて、セーラは親の財産をめぐって兄弟喧嘩をする庶民と同じようなものであるとの認識を持っていた。それは間違いではなかったが、規模と国家への影響力の大きさから、全く違う側面も持っていた。

「ウェルボーン王家には、三人の王子がおられます。王太子は定まっておりませんので、お三方が後継者として争っている事になります。姫君はおられません。」

 第1王子 コンラッド 13歳

 第2王子 ジェイク  12歳

 第3王子 レイモンド 11歳

「第3王子のレイモンド様は、第2王子のジェイク様の派閥ですから、後継者争いは第1、第2王子の御二方の間に発生しています。」

 淡々と説明するセバスの言葉をノートに書き取りながら、先日習ったことをセーラは思い出していた。

 各王子にはそれぞれの母がいて、王は3人の王妃を持っている。結婚した順番に第1王妃から第3王妃までの呼称が与えられている。王子を出産した順番が結婚した順番と同じであるため、第1王妃が第1王子、第2王妃が第2王子、第3王妃が第3王子のそれぞれの実母となっていて、学ぶ側としては分かりやすかった。

「第1王子の後見人となっているが、宰相であるセドリック・ファロン様です。宰相派または第1王子派と呼ばれています。」

「オズボーン公爵家は、宰相派という事?」

「形式上はそうです。」

「形式上って・・・実態は違うの?公爵様は宰相補佐のようなお仕事をしているし、お姉様は宰相の孫のロイド様と婚姻を結んでいると聞いたけど。」

「貴族の派閥の説明を先に話をしておきましょう。」

 現在、派閥の大きさで言えば、第2王子派が最大派閥である。実母である第2王妃の実家が、国内最大勢力のケネット侯爵家であり、全面的に第2王子を押している。しかも、イシュア国に2つしかない公爵家に匹敵する財力を持っていて、歴代の当主が権力を求めて多くの貴族家を支配下に置いている。

「ケネット侯爵家は、本来は他の侯爵と同じ立場なのですが、筆頭侯爵と呼ばれるぐらいに、侯爵家の中では圧倒的な力を持っています。現当主であるホイラー様は露骨な権力闘争をなされる事はありません。ただ、圧倒的な力を持っているので、特別な動きをする必要がないと考えているかもしれません。」

 2つしかない公爵家が共に、農業と軍事という重要な役割をそれぞれ担い、それに専念するために、貴族間の権力闘争からできるだけ離れるようにしていた事が、ケネット侯爵家が勢力を拡大することができた要因であった。

「宰相様は、強くなり過ぎたケネット侯爵家に対抗するために、第1王子を押しています。派閥を作っていますが、積極的に第1王子を後押ししようとしている訳ではありませんし、宰相派として集まる貴族も、ケネット侯爵の傘下に入るのを嫌っているだけという家が多いです。」

「うちは、どうなの?」

 うちという言葉に家令は少し頬を緩めた。

「当家はこれまで、派閥に入る事を避けていました。どの派閥にも入らない中立派だったと言っても良いと思います。ですが、暗闇の暴走で亡くなられた先代当主のアンシェリア様のご遺言で、レイティア様とロイド様の婚姻が決まった事と、暗闇の暴走の後の当家の苦境を助けてもらった事もあり、宰相補佐の任を受けて、宰相派に入る事になったのです。」

「他に派閥はないの?」

「第1王子派、第2王子派に属さない貴族を、中立派と呼ぶことがありますが、第3王子を押すようなことはなく、単純に両方の派閥から距離を取っている貴族をまとめてそう呼んでいるだけです。派閥とは言えません。」

「公爵家の実態としては、中立派に近い、宰相派寄り、でいいの?」

「そうですね。お嬢様と同学年になるコンラッド様の後押しをするような事をして、第2王子派と対立するような事は避けたいと、公爵様はお考えかと思います。」

「後継者争いには関与しないという方針なの?」

「はい。公爵家が動くと、軍部が動くことになり、内乱の可能性が高まりますから。」

 家令として政治にも関わってきた熟練の老紳士は、全く同じ事象も、それを見る方向や見る人によって、全く違うように見える。権力争いを避けつつ、身を守るための最低限の行動を取っているだけであると公爵家が認識していても、他の貴族からは全く違うように見える。

 赤い瞳とつり目から感じ取れる強気な表情は、野心を秘めているのではないか。

 実際に庶民だった少女が公女になった。

可愛らしさに凛々しい美しさが加わるような成長をしている少女は、いずれ妖艶さを増して、男を誑かすようになるのではないか。

実際に少女の母は公爵家の子種を得て、娘を公女にした妖女だった。

こんな言葉のやりとりが、様々な意を汲みながら駆け巡るのが貴族の社会だった。他家の動向を知り、事前手を打つ事で利益を得る事ができる貴族社会の中で、虚偽に近い何かが真実に陽に語られるのは特別な事では無かった。


「ミーナ夫人は、ハミルトン男爵家の令嬢でした。継承権利を持った親族が全員亡くなってしまいましたので貴族籍を失いました。ですが今は、公爵家の第2夫人としての貴族籍を持っています。セーラお嬢様も公女です。」

貴族としての生活が3カ月間に満たないセーラは、貴族籍や貴族としての呼称の重要性は知っていた。家令のセバスチャンが何度も話してくれたことを、この授業において再び口にしたから大切であると認識しただけであって、どこまで重要であるのかは本当の意味では分からなかった。

「他の貴族は、私の事を公女として認めてくれない可能性が高いのですか?」

 公爵邸の中と外の人では、生きて行く上での厳しさの質と内容が全く異なっている事を誰よりも知っている家令は、外から注ぎ込まれる厳しさの陰湿さに耐える事の難しさも理解していた。その理解している何かを伝える事が使命となっている時間において、これほど強い気持ちを持たなければならないとは、思ってもみなかった。自分が戦場に立つ事の方が、自分が大切な者を戦場に立たせる事より、容易な事で、軽い気持ちで行えることを改めて理解した。

「公女であることを認めない者はいませんが、お嬢様を公女として接する事をあえて避ける者は少なくありません。」

「言葉を選ばなくても大丈夫。」

「・・・了解しました。ほとんどの生徒が様子見をすると思います。ただ、ケネット侯爵派は、隙を探すための様子見ですから、隙があると見れば何かを仕掛けてくると思った方が良いでしょう。しかも、学園の生徒の8割はケネット侯爵派です。」

「それだと、他の生徒も私と仲良くしない方がいいと・・・。」

「はい。お嬢様と仲良くなり、一緒に何かを仕掛けられる可能性があります。その危惧から、親からも距離を取るようにと言われている生徒も多いと思います。」

生徒同士に身分差はない。身分差に関係なく教師と生徒は師弟関係の礼を重んずるとの建前は、学園内でのみ働いているが、大人側の事情でそれが崩される事は珍しい事ではないし、悪い事だと考える者はいなかった。セーラを介して公爵家に接近したい家は多いが、宰相派に与して、ケネット侯爵に不評を買いたくない家の方が圧倒的に多かった。

「仕掛けられるのであれば、どのような事をされるの?」

「噂を流して、聞こえるように悪口を言うのが常套手段です。他には夜会に招いて、恥をかかせる事も考えるでしょう。」

成人前のセーラ自身が関わる事ができるのは、政治的には小さい物であり、彼女を揺さぶったからと言って、公爵家をどうにかする事はできなかった。しかし、小さな傷をつける事に成功すれば、言葉の武器によって、大きな傷に成長させることができる。大きな傷になれば、それは人と人、家と家の関係を粗悪にする武器にする事もできた。大人たちが行う闘争における分断作戦の効果を高める事ができる可能性がある以上、貴族社会は子供達を無条件で守ろうとするというような慈愛を持つような事は無かった。

筆頭侯爵家の実力を養ってきたケネット家にとって、不確定要素であるセーラの存在は、不動の公爵家に揺さぶりをかける機会を作ってくれた女神であった。


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