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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
2年生
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2年生 その47 重鎮

47 重鎮


老執事が入ってくると、メルヴィンが嬉しそうな笑顔を見せた。

「辞職が決まったぞ。来年の3月まではこのままだがな。」

「それはようございました。旦那様。」

 そう応じた執事が3人の客の前にカップを置いていった。喉の渇きを癒した公爵がその後の話をした。

「メルヴィン卿、2人の前ですが、辞職後の話をしてもよろしいですか。」

「うむ、構わないぞ。」

「辞職後は、領地へ戻るのですか。」

「もちろんじゃ。」

「領地で、しなければならない仕事はありますか。」

「のんびりするつもりじゃ。」

「それでは、公爵領の財務監督の仕事をしていただけませんか?」

 笑顔ではなく、仕事人の表情に戻った財務卿は頭の中の様々な情報を整理しているようで、必要な質問を引き出しているようだった。

「訪問できないとはいえ、公爵と夫人が王都でしっかりと監督できている。まあ、書類が正確であるという前提ではあるがな。わしがその仕事をする目的は何じゃ。」

「メルヴィン卿に、給与を出すためです。これまで受け取ってきた財務卿の給与は全て仕事で使っていて、個人的な蓄えはほとんどないはずです。また、子爵領もご子息が尽力なさっていますが、もともと肥沃な土地ではありませんので、財政が豊かという訳ではありません。」

「この老体を憐れんでくれると言うのかの。」

「そうです。これだけ国に献身なさった方に報いる者がいてもいいと思います。」

「監督と言っても、公爵領を見て回る事だけになってしまうと思うぞ。現時点で、書類とはしっかりできているし、領地の官僚たちが不正をする事はないだろうからな。あまり役に立つとは思えんが。」

「それで構いません。公爵家と前財務卿がつながっている事を国中に見せる事が重要なのです。」

 セーラは父親と財務卿の話が見えてこなかった。財務卿を交代する事は理解できたし、その理由も分かった。だが、公爵領で働いてもらう事は理解できなかった。あまり仕事がないのに多額の給与を支払う事が良い事だとは思えなかった。国に対する功労があるのだから、国が十分な手当てを支払うべきで、公爵領が豊かであり、余裕があるからと言って、無駄にお金を使っていいとは思えなかった。

「なるほどな、そういう心づもりであるなら、わしは喜んで働かせてもらうがの。セーラ嬢は納得しておらぬようじゃ。少し説明してあげた方が良いぞ。セーラ嬢も疑問に思う事があれば、聞いた方が良いぞ。」

「え、あ、はい。仕事があまりないのに、給与を支払ってまで働いていただく理由が分かりません。」

「説明しよう。ここへ来る途中に、貴族の多くが財務卿を恐れていると言った。それによって、不正はほとんどなくなった。だが、私に代われば、不正を企む者が出て来るかもしれない。」

「お父様に対して不正をする者がいるのですか?」

 財務卿とは違うが、戦公爵の名を誰もが知っているように、公爵もまた恐れられていた。不正を企む貴族がいるとは思えなかった。

「普通に考えれば、公爵相手に不正を働く者はいないだろうと言いたいところだが。とりあえず、不正が通じるかどうかを試しに来るじゃろうな。書類の書き間違いと可、勘違いとか、財務処理については言い訳がしやすいからな。」

「公爵家がメルヴィン卿を雇用しているとなれば、貴族達の多くは、私の背後にメルヴィン卿がいると考えて、これまで通りに不正をしないように心掛けるであろう。公爵家で働いている事、そのものが私の仕事の手助けになる。メルヴィン今日の場合は。」

「分かりました。引継ぎの混乱を避けるためなんですね。」

「そうだ。」

 メルヴィンは、父親に信頼の眼差しを向けている赤い瞳の少女が、これからどのように成長していくのかが楽しみになった。自分が引退した後から徐々に起こるであろう世代交代の波の中で、若者たちが活躍してくれることを期待していた。期待を向ける同時に、セーラに対してしなければならない事があった。

「では、財務卿の交代と公爵領で働かせてもらう事は決定事項にしても良いな。」

「よろしくお願いします。」

「さて、ここからは別の話として、セーラ嬢と話をさせてもらいたいが、構わんかな。」

「もちろんです。」

 公爵夫人も黙って頷いた。

「セーラ嬢、第1王子の命を救ってくれたこと。本当にありがとう。また、その後の罪を背負ってくれたことにも感謝している。セーラ嬢のおかげで、国内の大混乱を避ける事ができた。」

「どうして、ご存じなのですか?」

「誰かから聞いたわけではないぞ。少し考えれば分かる事じゃ。情報収集も財務卿の仕事だからな。まあ、それはともかく、愚かな大人どもの仕打ちを許してくれ。」

 テーブルに額をこすり付けるように深々と頭を下げた。国内の全ての貴族から恐れられている財務卿の茶色の頭頂部を見たことがある人間の数は、片手で数えられる程だった。

「頭を上げてください。」

「そうか。」

 困った表情の少女には、意図が全く伝わっていないようで、どう伝えるのが一番良いのかと老官僚は悩んだ。自分自身を過大評価して尊大な態度を取るよりは良いのかもしれないが、自分の価値を過小評価して、力の発揮を制限するような事があれば、国家の損失につながった。

庶民の生まれと言う重荷はすでに消えていると周りがどれだけ言っても、本人がそれを重荷と自覚している以上、その呪縛から逃れる事はできなかった。今回のセーラへの処罰は、そこに正当性がないという事も問題だったが、セーラ自身に庶民の自分が犠牲でなるのは構わないと考えさせる事も問題だった。

メルヴィン卿は、セーラ・オズボーンを非常に高く評価していた。第2公女は、財務卿から予算を獲得しようと動いた数少ない人間であり、財翔と財務卿が長年作り上げたシステムに風穴を空ける意志と能力を持っている、稀有な存在だった。イシュア国が何らかの進化をするのであれば、その中心に居るのがこの赤目の少女であると、辞意を示した財務卿は直感で理解していた。

「セーラ嬢、感謝も謝罪も本心なのじゃが、それを見て、気付いてもらいたい事があるのじゃ。他人から見た自分の価値というものをな。他人から見たじゃぞ。それをいつもとは言わん。時々で良いから真剣に考えてもらいたいのじゃ。今日、わしが感謝と謝罪をした意味を、自分で考えてもらいたいのじゃ。良いかの。」

「はい。」

 実りを得るための種蒔きに該当する財務卿邸宅訪問は、セーラへの謝罪と感謝で終わった。


 イシュア暦366年12月1日、財務卿補佐に任命されたギルバード・オズボーン公爵は、公爵家初の財務官僚になった人間として、戦公爵以外の呼称で、歴史に名前を刻む事になったが、その日の晩餐では全くその話題は出なかった。

「僕は来年の4月に社交界デビューをしなければならないのですか?」

「急にどうしたの。」

 紅茶で喉を潤してから長女が末っ子の真意を尋ねる役を名乗り出た。

「13歳以降のデビューが慣例で、13歳でなければならない訳じゃないから。僕は5年後にアイリスと一緒デビューをしたいんだ。」

「・・・・・・。」

 長女からの視線を、長男と二女は避けた。物分かりの良いエリックが唯一聞かん坊になるのが、愛妻予定のアイリス嬢絡みであった。そして、それが常識を外れた内容である時、何らかの説得を必要とするが、途中でアイリスが可哀そうだと言って涙目になる事が多かった。そうなると、巻き込まれてしまった姉兄は、疲労感の多い時間を過ごす事になった。

「でも、来年の4月には学園に行くわけだから、その前にデビューをしておかないとね。一度だけでいいのよ。その後は出る必要はないのだから。」

「アイリスも、一度だけだから気にしないと言って、悲しそうな目で僕を見てくるんだ。レイティア姉様がアイリスに話をしてくれる?傷つかないように。」

「そうね、アイリスちゃんの事を考えると・・・。」

「エリック、流石にデビューをしない訳には行かないぞ。」

 恋する乙女に弱過ぎる長女の撃沈を確認すると、何の勝算もなく長男が説得に出て行った。貴族社会においての子供達のデビューは、本人のためと言うよりも、一家のためのものであった。一家の戦力を披露する場でもあるため、一家としても大切な儀式でもあった。

「兄さんが、アイリスに話をしてくれるの?」

「待て、アイリス嬢はデビューに反対してはいないんだろう。説得をするもなにも・・・。」

「じゃあ、アイリスが、僕だけのデビューを喜んでいると言うの。」

「それは、違うと思うが、反対と言ってくれない以上は・・・。」

「兄さんが、そんなに薄情だとは思わなかった。アイリスが我慢して言わないからって・・・。」

「先伸ばしができない訳ではないが、5年は無理だぞ・・・。」

 アランは、好きにすればいいと言いかねない両親には視線を向けずに、斜め前にいるもう1人の姉に視線を向けた。弟から愛の天使と評されている真っ赤に燃えるドレス姿の姉に託すしかなかった。

「エリック、私は、デビューは4月にした方がいいと思う。」

「どうして、姉さん。」

「アイリスが悲しそうにしていた理由は、自分の不甲斐なさに対してだと思うの。自分がエリックの足を引っ張っていると考えていて、それを悲しいのだと思う。」

「アイリスが僕の足を引っ張るような事は何1つしてない!!」

「エリック、声を荒げるな。姉上の話をきちんと聞こう。」

「う、うん。」

「私たちが違うと思っていても、アイリスはそう考えていると思う。でも、それは私たちの配慮が足りないからとかではなくて・・・。」

 隣の妹が言い難そうな雰囲気を出している時、ほとんどが両親絡みで、公爵夫人に大きな衝撃を与える内容である事が多かった。

「言いたい事は言っていいのよ。私たちは家族なのだから。」

「はい。お姉様・・・。アイリスも周りの目を気にしていると思う。私たちではなくて、他の人たちの目を。そういう意識を持つと、自分の事を、冷静に見るようになってしまう。騎士爵家で、年齢もまだ子供で、公子であるエリックの隣に立つことが身分不相応に思えたり、相応しくないと考えたりした事もあると思う。」

「もし、アイリス嬢がそう考えているのだとしたら、エリックが社交デビューを遅らせた場合、自分が公子の足を引っ張ったと考えてしまう訳か。それに、公爵家に悪意を向けたい人間が、そういう悪口を流そうと考える可能性もある。そんな事になったら、アイリス嬢は傷つくだろうな。」

「アランの言う通りだと思う。そういう状況になってからだと、慰める言葉も、アイリスには重荷に感じてしまうかもしれない。」

 セーラの援護射撃に便乗しての攻撃であったが、アイリス嬢のためにもエリックの思い込みは討ち取っておきたかった。

「うん。分かった。デビューの延期はしないで、普通にデビューする。ダンスはなしで。ダンスをするなら、セーラ姉さんと踊りたかったけど。」

「気を使ってくれてありがとう。私のダンスは、どうにもならないと思うから。婚約者がいるからダンスはしないでいいと思うわ。」

 エリックの悩みが解消されたわけではなかったが、現時点での方向性が決まると、アランは1つ違いの姉の言葉の重さを確認しなければならなかった。

「セーラ姉上、お聞きしたいのですが。公爵家に来てから、アイリスと同じようにお考えになる事は多かったのですか?」

 食卓の席順から、セーラは母親エリスとだけは視線を交じり合わせる事ができなかった。時折、間にいる姉が椅子を下げる事があるのは、2人が目を見て会話をする必要があると判断した時だった。そして、今回もそうだと判断して、椅子を後ろにずらした。

「今でも、公爵家の娘として足りない部分もあると思うけど。」

「そんな事はありません。姉上。」

「うん。今は、アランの言葉を素直に嬉しいと思えるようにはなったけど。少し前までは、自分が全然足りていない事が分かっていて、それでも何とかしようと努力を続けていても、うまくいかない事ばかりで。お父様やお母様、お姉様、アラン、エリックに励まされたり、慰められたりして、それは嬉しかったんだけど、気を遣わせた事が申し訳ないと思う事もあって・・・。」

 今までにも自分が良かれと思った行動で娘を傷つけた事はあった。悪意はなく、気付かなかっただけではあるが、気づ付けたのは間違いなかった。娘のそのままを全て受け止める事であっても、娘に傷を与える結果になる事も知った。そして、いつものように、娘に配慮したいのであれば、話を聞く事を最初にしなければならないと肝に銘じた。

「セーラ、私はこれから必要のない事で謝る事はしないわ。傷つけるかもしれないと怖がって、話ができなくなるのは嫌だから。でも、できるだけ傷つける事はしたくないから、セーラには私が気付かない事でも、何でもいいから、話をしてもらいたい。」

「はい。分かりました。」

 母親と視線を重ねたセーラは、灰青色の瞳がキラキラ輝いているのを美しいと思った。涙を流す寸前で我慢をしている美の女神は、瞳に決意の意志を乗せている方が、涙をぼろぼろと流すより美しかった。

「自分が足りないと考えて、励まされたり、慰められたりしたことで、一番つらいと感じたことを教えてもらいたいの。」

「今は、少しだけ自信が付いたから、つらいとかは思う事は無いけど。今までで一番気にしていたのは、私が強くなかった事です。」

 常人から見れば強いと思える能力も、最強の一家の1人としては圧倒的に能力が足りなかった。そして、その現実を毎朝受け止めながらセーラは生活していた。それは決して楽しい事ではなかったが、家族の絆を深め、セーラに公爵家の一員としての誇りを持たせてくれた。

 命に係わる事だから、訓練の場では決して妥協しなかった事が、今のセーラと家族の関係を作った。強さが一定値を超えた瞬間から、セーラは自身が公爵家の人間であるという認識を強く持つ事ができた。

「まだ、強くなれます。強くなってもらいます。一緒に頑張りましょう。セーラ、レイティアも、アランも、エリックもよ。」

「はい。」

「はい。」

「はい。」

「分かったけど。アイリスの事はどうすれば・・・。」

 エリックが普通にデビューする事は決まったが、アイリスの背負おうとしている重荷については、何かしなければならないと一家は考えていた。

「その事だけど。アイリスは絵が上手だから、別館で絵の鑑賞会をしてはどうかと思うの。空き部屋を使って絵を飾って、そこで茶会をするの。ドレスアップもできるから。デビューと言う訳ではないけど、似たような感じを体験してもらえると思う。」

「いい考えだと思うわ。鑑賞会には他の人も招いたりするのかしら。」

「今月末の孤児院の子たちを呼ぶ時と重ねるのもいいと思うけど。姉上はどう思いますか。」

「孤児院の子たちの茶会は、特別なものにしてあげたいから、別にしてあげたい。鑑賞会は他の絵が上手な子達にも参加してもらったり、両親を招いたりして、別の日にすればいいと思う。他にも音楽会とか、そういう事をできればいいなと思う。」

父親の方に視線を向けたセーラに、当主が発言を促した。

「遠慮しないで、言ってみなさい。」

「はい。お父様は個人的に、騎士爵の方々を厚く遇しています。それは領地がない方が多くて、あまり裕福ではないからだと思います。」

「そうだな。そういう面はある。」

「ただ、金銭を直接渡す事は憚られるから、武具の整備費や武具そのものを贈ったりしているのだと思います。」

「私の直属の部下ではあるが、あくまでも王国の騎士だから。勝手に金銭を与えるような事をして、私兵にするのはまずいからな。」

「それは、騎士様にとっては嬉しい事だと思いますが、その奥方や子供達が直接喜ぶような事ではないと思います。だから、鑑賞会か演奏会を公爵邸で開催して、家族ごと招いてみてはどうかと思います。公爵邸に招かれただけでも喜ぶ騎士の方と同じように、ご家族の方々も喜ぶと思います。そして、そういう妻子を見る事ができれば、騎士様も喜ぶと思います。」

「その上、絵が得意であれば、公爵邸で絵を。演奏が得意であれば、演奏を披露できる。そういったものであれば、小さな子供を連れてくることもできる。」

 アランが自分の頭の中を整理する形で家族たちの意思統一を図ろうとした。

 最上位貴族であり、武の貴族である公爵家にとって、社交界というのは価値のあるものではなかった。むしろ、共に戦う騎士との交流の方が大切であり、公爵は騎士達と食事を共にする事の方を大切にしていた。王都の酒場で傭兵ギルドの戦士達と杯を傾ける事もあった。

 それこそが大切であると考えていたが、他にも大切なものがないとは言い切れなかった。騎士爵位は貴族社会の中では、傭兵上がりの爵位と呼ばれて、蔑まされる対象になる事もあった。だが、騎士爵を手にした騎士は、文字通り命がけの功績を評されたものであるから、それを大切にしていたし、誇りにもしていた。もちろん、貴族という階級そのものも大切にしていた。

 ただ、そういった人々が、自身の大切にしていたものを、周囲の人間に認められるような機会は少なかった。命を賭けて手に入れた貴族と言う称号が良いものであると認識できる場面が少ない事を、セーラは生徒会を作るために様々な意見を聞く中で理解していた。


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