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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
2年生
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2年生 その43 激昂

43 激昂


「この決定は、全て私の責任で行いました。異議があるのであれば、この場で仰ってください。」

 総団長の力強い言葉に、ギルバード公爵とエリス第2夫人は完全に止まっていた。娘を褒めた時に、娘が見せてくれた笑顔が2度と見られないという恐怖に打ち勝つことはできなかった。

 公女レイティアはベッドの左側に立っている両親が思考さえも止めている事に気付いて、自分が代わりに考えなければならないと思った。右斜め前にいるセーラの赤髪を見つめながら、愛するロイドの力を借りて、宰相を動かして、犯人をあぶり出して、妹の名誉を取り戻す方法を考え始めた。

「ふざけるな!!調査もせずに、裁定を下すのはありえん。侯爵派の差し金か!!」

 美男子になっている公子アランの声が部屋の中を圧迫した。姉の価値を知らない事は構わないが、姉を害する行為は許せなかった。弟としても、次期公爵としても、イシュア国の人間としても、価値ある宝玉を傷つけようとした人間を許す事はできなかった。

 アランの声が終わると同時に、エリックが殺意と共に動き出した。

 総団長であるバースは動き出した死の戦士の気迫に一瞬で飲み込まれていた。武器を持たない12歳の美少年の殺気を受けた時、こちらの攻撃を全て躱して、手刀で自分の首を切り落とす光景しか想像できなかった。

 学園に入学する前の12歳の子供にこれだけの武技を持たせる事ができるから、公爵家を敵に回す事も、何かに巻き込む事をしてはいけないのであり、それをした自分達が許しを請うためには、誰かの命を捧げるしかなかった。

 セーラのベッドの右側に並んで立っていた兄弟の少し小さい方が右足を踏み出した瞬間、兄も全力で動き出していた。弟が殺意と共に総団長に向かった目的が殺害以外にない事がはっきりと分かった。

 エリックが三歩目を踏み出したと同時に、アランは弟の襟を後ろから掴む事に成功すると、足を払って床へと倒した。ちょうど布団の上での事でエリックは布団に押し付けられた。

「ぐぅ、は、な、せ。」

 全力で抵抗しようとする弟を、背後から全力で布団に押し付けながら動きを封じ込めた。このまま締め技で、気絶させるしか止める方法がなかった。後ろから兄に止められるとは予測しなかったから不意を突けただけで、予測していたらすり抜けて、バースを一撃で仕留めていた。そう思わせるだけの殺意を弟はまとっていた。殺気は、こうやって抑え込まれていても、一向に途切れる事は無く、アランは力を抜く事ができなかった。抑えつけている兄と、そこから脱して使者を殺そうとする弟の攻防は続いていた。




 

 3年前、僕が9歳の時に、初めてセーラと少女の名前を聞いた。

その少女は父様と母様の侍女だったミーナと言う女性の間にできた娘で、僕の2歳上の異母姉だった。

父様が手を出した侍女が妊娠を隠したまま公爵邸を出て行ったため、その存在に気付くことなく時間が過ぎた。ミーナの死と娘の確証を得る事ができたのは、少女が11歳になった時の事だった。

公爵夫人の侍女であったミーナが、主を裏切って、公爵と関係を持ったという構図なのだろうと最初は考えたが、事情は全く違った。母様に忠義を尽くした侍女は、薬物後遺症による暴走を発症した父様を止めるためにその身を捧げ、その時に妊娠してしまった。そして、妊娠を知った時、それを秘密にしたまま公爵邸を出て行って行方不明になった。

暗闇の暴走の戦いで死にかけた上、二度と妊娠できない体になったかもしれない母様が、あの時点で侍女の妊娠を知ったら、二度と立ち直る事はできなかっただろうし、父様との関係が良好なものにはならなかった。だから、ミーナがいなかったら、出て行く選択をしてくれなかったら、兄さんも僕も生まれてはいなかったと言われた時、母様が涙ながらに、セーラと言う少女を姉として公爵邸に迎い入れる事を許して欲しいと懇願してきた事に納得した。

姉様と母様が迎えるために辺境の街へ向かってから3週間後に公爵邸に戻ってきた時、新しい姉は馬車に乗っていなかった。公爵邸に来ることも、母様が渡そうとしたお金の受け取りも拒否したと聞いた時、初めて姉セーラとその母であるミーナと言う女性に興味を持った。

公爵邸から脱した母は娘に公爵の血を引いている事を最後まで明かさなかった。娘はそれを知った後も公爵家から何かを受け取ろうとしなかった。公爵家の一員と言っても、庶民に混じって遊ぶこともあった僕は、庶民の常識もそれなりに知っていた。その常識に照らして考えると、この母娘の行動は理解できないものだった。

それから1年、セバスチャンが屋敷に戻ってこない事は寂しかったが、毎月送られてくる手紙は楽しみの1つになった。姉と同じ町に住み、交流を持ち続けた家令からの手紙は姉の様子を詳細に報告するものだった。直接会ったことのあるレイティア姉様は、その手紙を何度も母様から見せてもらっていた。そして、姉セーラが公爵邸に来ることに同意したという手紙を受けた瞬間は嬉しかったが、その理由を聞いて素直には喜べなくなった。

ミーナさんが亡くなった原因である流行病は、特効薬の生産量が少ないため極めて高価だった。特効薬が安価であればミーナさんを救う事ができたと考えた母様は、人生で初めての父様への我儘として、特効薬の生産体制強化の投資をお願いした。

流行病が発生しなければ、薬の生産は全く無駄になるが、翌年にはその投資が生きた。全く嬉しい出来事ではないが、投資による効果はあった。セーラが世話になっている食堂の夫婦が流行病にかかったが、すぐに特効薬で回復した。

この時、姉は公爵家の莫大な投資額を知り、公爵家が自分を娘として迎える事を望むのであれば、それに従うと決めた。

「公爵邸には来たくないけど、借りを返すから来るって事?」

 会ってもいないし、話もした事もないのだから、その性格を知る事も、考えている事も分からなかった。ただ、公爵家の娘と言う地位を欲している訳でも、財産や自分の利益を求めている訳ではないのは知っていた。ただ、新しい姉が公爵邸に来ることを選択した本当の理由は分からなかった。

3か月後に公爵邸に来るという連絡を受けた時、なぜすぐに来ないのかという疑問を持ったが、自分の今の常識では思いつかないと、考えるのをやめた。

4月になって公爵邸に降り立った赤髪赤目の少女は、気の強そうなややつり目の凛々しい顔立ちで、美しい女性ではあったが、レイティア姉様より美しいとは思えなかった。母様の優しさと柔らかさを持った美しさに叶うはずもなく、この少女とそっくりだというミーナさんが、父様の心を一瞬でも奪ったのが疑問だった。ただ、兄から聞いていた事のある好きなタイプの女性と合致していたから、人それぞれの好みがあるのだから、この少女も美しいと言って良いのだと考えた。もしかすると、父様の好みのタイプは、レイティア姉様より、セーラ姉様に近いのかもしれないと考えた。

姉として迎える事は決めていたし、公爵家に何かを求めている訳ではなさそうなので警戒する必要もなかったため、すぐに仲良くなることができた。

そして、セーラ姉さんをすぐに好きになった。僕だけでなく、家族の全員が、使用人の全員が好きになった。ミーナさんを知っている人間も、知らない人間も好きになったのだから、セーラ姉さんにはたくさんの魅力があるのは間違いなかった。

とにかく、セーラ姉さんは働き者で、気配りもできて、僕の知っている女性達とは異なって女性らしい様々な技能をすでに持っていた。その技能を使って、誰かのために何かをしているのが、姉セーラの基本的な生き方のように見えた。僕たち家族だけでなく、使用人にも誕生日には自らが刺繍を施した何かを贈っていた。これから毎年贈る事はできないけど、一度は贈りたいからと言う理由で使用人に受け取ってもらっていた。

「いつもお世話になっているから。」

 その理由に疑問は無かったが、彼らには彼らの仕事があり、その対価として十分な給与を払っているし、1度だけかもしれないが、誕生日に贈り物を渡す必要があるだろうかとは思った。

 嫌な気持ちは何1つ無かったし、楽しい時間だけが過ぎていく中で、姉の事が大好きになったが、いくつかの疑問は残ったまま、どんどん積み重なっていった。

「セーラ姉さんは、公爵家に何を望んでいるのだろう?」

 この疑問に対する最初の答えが出たのは、社交界デビューをした日だった。

 ミーナ母さんに対する破格の待遇を公式に発表して、セーラ姉さんの公女としての立場を明確した日に、公爵と公爵夫人はお父様、お母様と呼ばれるようになった。それは家族のつながりを築くための第一歩であったが、家族にとっては、特に父様と母様にとっては重要な第一歩になった。

 姉さんが一番求めていたのは、家族の絆なのだなと考えたことに間違いはなかったが、セーラ姉さんにとっての家族の絆とは、公爵家の娘として生きて行く事であって、普通の家庭の家族の一員になる事ではなかった。

「朝の訓練を、地下で、家族として、したいと思っています。」

 デビューの翌日の朝、地下訓練所の入り口で待っていた姉の言葉に全員が反対した。

 公爵家の地下で展開される訓練は実戦で、しかもお互いに傷つけあう事を前提で戦っていた。公爵家が発展させた薬草学と薬草の力で、頭部と心臓を貫かれない限りは、ほぼ1分以内で治療できた。怪我をしても死ぬ心配はしなくていいから、過激な訓練を続ける事ができたが、死から逃れる事は可能でも、体を切られる時の痛みが消える訳ではなかった。痛みと恐怖を心と体に刻み込みながら訓練するのが、公爵家の訓練だった。暗闇の暴走での戦いに必要な訓練だった。

僕も7歳で初めて右腕を切り落とされた時は泣いた。痛みと恐怖で泣き喚きながら失禁した。今では、呻き声を出すだけで耐える事ができるようになったが、切られる痛みが消える事は無かった。恐怖は克服できたが、痛みは痛みのまま、体から消える事は無かった。

この痛みを姉さんに感じさせたくはなかったし、今からこの訓練を始めたとしても、公爵家として暗闇の暴走の主戦力になるのは無理だった。苦労に見合う成果が得られないのに、公爵家の訓練を実施する必要はなかったし、するべきではなかった。

家族と言う言葉に、両親と姉は強く反対できなかったが、僕と兄さんは反対した。特に兄さんは僕以上に止めようとして、必死に説得していた。初日は話し合う時間は無いからという理由で、姉を地下訓練所にいれないことに成功したが、その日だけだった。

セーラ姉さんには剣技の才が確かにあった。セバスと行っていた通常訓練の中で、すでに普通の騎士と互角に戦える力を手にしていた。13歳の少女という属性だけであれば、女性騎士になれるであろうと褒められていたのは間違いなかった。そんな姉さんが強くなるのは確信できるが、なれたとしても近衛騎士の小隊長クラスであって、その実力者たちの暗闇の暴走での役割は、中の巣における時間稼ぎ、命の盾役だった。

主戦力であるレイティア姉様の疲労回復の時間、呼吸を整えるための時間を稼ぐために、命の盾となる事を、セーラ姉さんは喜んでするだろう。それは家族の絆としては美しい話に聞こえるかもしれないが、当人達には美しさも感動も何もなかった。家族を犠牲にして生き延びた罪悪感だけしか残らない。

セーラ姉さんがこれからの訓練で得られるものが、命の盾役では、あまりにも可哀そうで、セーラ姉さんが公爵邸に来なければ良かったと思うようになってしまうと、僕も兄さんも説得を諦めるつもりはなかった。

「試して欲しい。逃げ出すかもしれないけど。」

 その言葉で兄さんが折れた時、僕は一日でも早く姉さんに逃げ出してもらいたかった。地下の訓練から逃げ出した事で姉を馬鹿にするような者は屋敷にはいないし、屋敷以外の人間が公爵家の訓練について知るはずもなかったから、セーラ姉さんが逃亡者という非難を浴びる心配はなかった。

長い歴史の中、公子公女で戦いに参加しない者も大勢いた。だから、セーラ姉さんが自分の実力を理解して、魔獣の巣での戦いを避ける選択をする事は当然の事で、そうする事が家族のためにもなった。

少し強くなった後に、これ以上強くなれない事を突きつけて説得する事を人さんは考えているみたいだったが、僕は諦めさせるのであれば、1日でも早い方が良いと考えた。だから、僕は姉さんの右手首を訓練中に切り落とした。実力差があり過ぎる僕達には容易にできる事だった。もしかしたら嫌われるかもしれないという心配はしなかった。

セーラ姉さんには強さがある事を僕は知っていて、そして、その強さを過小評価していた。

切り落とした手首の治療が済み、混乱が収まった後に、この訓練には耐えられないと姉さんが言ってくれると思っていたが、その予想は覆された。

姉は手首を落とされて、脱力したまま膝を地面に落としたが、上体を地面に着ける事は無かった。痛みでのた打ち回るどころか、一言も発する事もなく、痛みに耐えていた。奥歯をかみ合わせないように口を開けたまま耐えていた。

僕は母様が治療をしているのを見つめながら、姉が痛みで失禁しているのが分かった。それでも泣くことも呻き声を上げる事もなく、腕がつながるまで耐えていた姉が、求めていた家族の絆とは、公爵家に役立つ娘になる決意が土台となって作られるものだった。

僕なんかよりも、誰よりも、公爵家の血の重さを知っていた姉を僕は敬愛した。

そして、僕の愛する女性との絆をつないでくれた恩人でもあった。


「兄さん、放せ!!」

 気を失う寸前に部屋中に響き渡る絶叫をエリックは発した。

「エリック。」

震えるような部屋の中に静けさを取り戻すように、透き通った声が広がった。ベッドの上から発せられた姉の声は、少しかすれていたが優しかった。その優しさがエリックの殺意を消し去ると、アランは押さえつけていた弟の体から手を放した。

「エリック、ここに来て、私の手を握って。」

「ね、え、さん。」

 立ち上がったエリックが向きを変えると、姉の方に向かっていった。ポロポロと涙を落としながら、ゆっくりとベッドに上がると姉に這い寄った。カサカサ肌の右手を両手握り締めると、エリックは何も考えずに泣いた。

「ありがとうね。」

 セーラは俯いているアランを見つめてから、自分の右後ろに立っている姉と視線を交わした。美しさは何も変わっていなかったが、明らかに悲しそうに妹を見つめていた。

 左側にいる母親が小刻みに震えながら、自分の方を見ているのに気付いたセーラは、母親が失敗してしまったと考えた時の悔恨の表情の中で、一番色を失っているように思えた。あの美しさが霞むほどに色を失った公爵夫人は、死人のような印象を周囲に放っていた。

「お母様も、手を握ってくれませんか?」

 崩れ落ちるように膝を床に落とし、ベッドにすがるように両手を差し出すと、セーラの左手を夫人は握り締めると、娘が生きているという事だけを感じていた。泣かないと決めた誓いは破られて、自分が支えるようになろうと言う誓いも破られて、母親は守るべき娘の手の温もりだけに身を委ねた。

 公爵は何が起こったのかは把握していたが、動くことができなかった。セーラが公爵家の娘として功績を手にしたと考えたから、セーラが死地に立ったことへの恐怖と怒りをコントロールすることができた。その功績がなくなった瞬間、恐怖と怒りを暴走させて、この恐怖を与えた相手を抹殺する事に何の躊躇いもなくなっていた。だからこそ、動かなかった。暴走を止めるために何もしないという選択をする他なかった。

「お父様、勅をお受けください。公爵家の人間が、国勅をお受けする以外の事はできないはずです。」

「バース殿の決定に異議はない。セバスチャン、総団長をお送りするように。」

「畏まりました。」

「それでは、失礼する。」

 公爵の顔を取り戻したギルバードはこの場をレイティアに任せると、アランと共に自室へと向かった。


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