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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
2年生
42/198

2年生 その41 帰宅

41 帰宅


 医務室での治療1時間後、ノックの音が響いた。

「自分は、第2近衛師団のコティス・ハルナードであります。入室の御許可を。」

 引き戸の向こうの気配が1つしかないのを感じたアランは、近くまで歩いてから話かけた。

「入室は禁止している。要件を述べよ。」

「第2近衛師団長のカルス様が、調査本部となった事務室に、6名の方に来ていただくようにとお伝えするように命令を受けました。」

「戻ってカルス殿に伝えよ。セーラ姉上は明日の未明までは起きる事はできない。いずれ公爵邸に戻るから、調査をしたいのであれば、明日の昼過ぎに屋敷に来るようにと。それと、5名を事務室に招くのであれば、小隊長を1名、小隊長の実力を持った6名、合計7名の護衛を寄越せと。カルス殿が直接来るのでも良いが。そう伝えろ。意味が理解できないのであれば、調査担当を外れて、他の団長に仕事を譲れと伝えよ。以上だ、行け。」

アランは騎士を追い返すと、長椅子に座っている5人の前に近づいた。

「魔獣の巣で何かが起こった推測はありますが、それを皆さまに伝える事はできません。捜査の質問には自分の知っている事だけを正直に話してください。ご自身の推測や他の人間から聞いた事を述べるような事は避けてください。」

公子アランが身の安全のために医務室で6人を保護していた事が理解できれば、自分達がどのような状況に置かれているのかは自然に分かった。余計な事を話して、事件に踏み込むような事は避けるようにとの忠告であると同時に、王子に対しては身を守る事に細心の注意を払うようにとの警告だった。

「魔獣の巣で、命の危機だったことは事実です。一段落するまでは、決して1人でいる事がないようにしてください。それと、公爵家はいつでも助けます。何かあれば公爵邸に連絡をください。こちらからも連絡員を出します。」

 第2近衛騎士団長カルスが部下を引き連れてアランのもとに訪れると、セーラが魔獣痕となった傷を受けていた事と、5人の背中に針状の物体で刺されたであろう傷があった事を伝えた。この情報と騎士団の魔獣の巣の調査によって、事件の概要を掴めるであろうが、首謀者への捜査がどこまでできるかが問題だった。

実行犯が首謀者につながる証拠を現場に残しているはずはなく、捜査の基本線は第2王子を支援する貴族に向けられることになるが、ケネット侯爵派が捜査協力をするはずがなく、妨害する事は確定していた。現に、第2近衛騎士団長はケネット侯爵派の重鎮の1人でもあり、重要な証人に護衛を付けようとしなかった。第1王子の暗殺の機会を作るためだと思われても仕方がない事をしていた。もちろん、彼らが次の反抗を計画していないため、護衛は不要であると判断したのかもしれなかったが、対立軸に立っているアランには、危機感を煽る行為にしか見えなかった。

2人の姉を視野に入れながら、長椅子に腰かけている金髪青目の美青年は、様々な想定を頭の中で描いた。父母が社交界に消極的であることから、使用人やギルドを活用して情報収集だけは丹念に行っていた。そのため、組み立てる情報のパーツが多くて、様々な可能性を検討できたが、行き着くところは第2王子かケネット侯爵のどちらかに責を取ってもらう事でしか解決の道はなかった。

第2王子と半年間同じクラスで学んできて、善性を持った人間であることは分かっているので、彼に責を負わせるような事は避けたかった。となると、ケネット侯爵に責を負わせる事になるが、どのような責を負わせるかが政治的に難しかった。

先代よりも穏健である事は間違いないが、混乱を収束するためだけに自ら責を負うような事をするとは思えなかったので、結局は権力闘争の中で勢力を削ぐ方向で動くことになりそうだと考えていた。

 セーラの友人達を送り出して、医務室に家族だけになってから1時間が過ぎた。

「入るぞ。」

「父上。」

「お父様。セーラが。」

 青を基調とした騎士礼服の美丈夫がちらりとセーラを見てから、アランの方に近づいていった。

「ここで残って、何かをする必要はあるか。」

「何もありません。」

「分かった。門の所に馬車と騎馬を準備させてある。レイティアは御者を頼む。アランは騎馬で護衛を。」

「はい。」

「はい。」

 ベッドに眠るセーラの唇に触れ、口をそっと開けてから小指で口内の水分を確認した公爵は娘を抱き上げた。


 公爵邸に書簡で一報が届いた時、それを手にした公爵夫人は最初の数行を読んだだけで、手から書簡を落として何も考えられなくなっていた。

 セーラが魔獣の巣で傷を負ったから治療をした。命に別状はなく、傷も残っていないが、気を失っているから。

 という所までで、エリスの体の時間は止まった。回復補助剤の後遺症を受けているという事は、セーラが飲まざるを得なかった状況にまで苦戦した事を意味していて、今のセーラがそのような状態になるのは、五匹以上の魔獣に包囲された場合だけで、それは死と隣り合わせの場所に立ったことを意味していて、何か1つでも悪い方向に傾いていたら、亡骸と再会する事になっていた。

「母様。」

 側に立つエリックが手紙を拾って読むと、セバスチャンを呼び出して、セーラの部屋の準備を命じた。

「母様、セーラ姉さんの部屋で待つからね。ね。行くよ。」

 次男に手を引かれた夫人は、無人のベッドの前の椅子に腰かけながら、枕をじっと見つめていた。ベッドの周りには、4つの食事用ワゴンが運び込まれて、飲み物、医療用食事の準備、治療薬が用意された。ベッドの横には大きめの異なるクッションなどが持ち込まれていた。

 公爵夫人はこの光景を見た事は無かったが、この準備を知っていた。16年前に自分がこのベッドの主であった事を思い出した。このセーラの部屋が16年前は自分の部屋で、暗闇の暴走を戦い抜いた後に意識不明で運ばれた部屋で、3カ月間ミーナの献身で生き続けた部屋で、ミーナとの絆がある部屋だった。

 セーラを公爵邸に迎える時、この部屋こそがミーナの娘に相応しい部屋で、セーラが公爵家との絆を感じてくれる場所になると思っていた。実際に、そうなりつつあると1時間前までは、そう思っていた。

 この部屋に、今からセーラが運ばれてくる。明日の朝には目覚めるだろうが、意識がないままの状態で、この部屋に運ばれてくる。

戦公爵家の、魔獣を狩り続ける一族の女性として、その宿命を感じさせる帰宅であったが、エリスはこんな絆を感じさせるために、この部屋を与えた訳ではなかったし、公爵家に迎えた訳ではなかった。

穏やかな幸せの多い人生を送ってもらうために、ミーナに感じてもらう事ができなかった、包み込まれるような幸せを、娘であるセーラに感じてもらうために。

「そんなの、何も与えていない。」

「ん、母様、何か・・・。」

 隣に座っている母親の顔色はいつものように白かったが、人の血の温かさが全く感じられない真っ白さで、灰青の瞳の青い成分が全くないように見えた。

「姉さんは、無事だから。ね。」

息子の声に小さく頷いたが、夫人の視線は枕に向かったままで、表情は全く変わらなかった。

母親が色々な意味で不器用で、大切な娘のセーラに愛情を注ごうと必死になればなるほど空回りして、自分が望んでいる物を娘に与えるために試行錯誤しながらも結果が出ずに、後悔を繰り返していた。

そんな母親の後悔は、公爵家に迎い入れていなかったら、こんな死と隣り合わせの人生を歩む事は無かったのに、だと確信していた。エリック自身もそう考えていた。

「あ。」

 母が声と同時に扉の方を向くと、部屋の扉が開いて、セーラを抱えた公爵がゆっくりと部屋に入ってきた。ベッドに向かってくる2人の後ろに、制服姿のアランもレイティアもいるが、夫人の視線はセーラだけを追いかけていた。

 生きているのは分かった。唇がカサカサで、肌もパサパサになっていて、1つにまとめた赤毛の三つ編みも艶やかさを完全に失っていた。回復補助剤の副作用が発生しているのが分かった。

 ベッドに横たわらせて、布団をかけた公爵は容態を話した。

「口内の水分は十分だが。回復補助剤を飲み干したと思われるから、目覚めるのは明日の明け方頃だ。左脇腹に魔獣痕があったが、アランが処置をしたから、今は傷1つ無い。強壮剤も飲んだと思われるが、一瓶だけだから現在の症状には関係はない。」

 セーラの状態が分かっているからこそ、取り乱す事は無かった。何かを言っても改善される事は無く、ただ時間が過ぎ去るのを待つしかできない事を全員が良く知っていた。魔獣との戦い方はもとより、戦いの後の治療についても、公爵家には知識と経験の蓄積があった。

「3人は、食堂で昼食を取りなさい。ゆっくりでいい。戻ってきたら、私たちと交代だ。」

 両手を握りしめたまま硬直していた弟の手を取って兄が部屋を出て行くと、姉はベッドに近づいて、妹の髪を少しだけ撫でてから食堂へと向かっていった。

 ベッドと椅子の間に立っている公爵が、真っ白な表情の夫人に話しかけた。

「セーラの手を握ってあげないのかい。」

「私に、その資格はありません。」

「私も後悔した。もっと別の、戦いのない道を用意する事ができたが・・・。同じ道を歩むと言ってくれた時、私は嬉しかった。エリスも嬉しかった?」

「許されたと思ったから。」

「そうだ。私達は許された。だが、過去の事ではない。私の過去は許されない・・・。ただ、未来を一緒に歩む事を許された。それが嬉しかった。」

「私も嬉しかった。未来も過去も許してもらえたと思ったから、嬉しかった。でも、でも・・・。今日の事がなくても、9年後には、もっと酷い事になるなんて、分かっていたのに。たった一度だけ、止めた振りをしただけで・・・。」

 庶民として生きてきた少女が1年間ですさまじい成長を見せて強くなっていく姿を公爵夫妻は喜んでいた。一緒に戦えるからではなく、周囲の皆に認められて、褒められる事を喜んでいた娘の姿を見る事ができたから、それが嬉しくて仕方がなかった。娘が幸せな道を歩んでいく事を少しでも手伝えることができるのが幸せだった。

 進む道にどんな困難があっても、その中で幸せを得る事ができる事を自分達が体験したから、セーラも大丈夫だろうという期待していた。正確にはその期待で、当たり前の不安を打ち消していただけで、現実の困難が消える事は無かった。

「エリス、もう、後悔してもどうにもならない。セーラが、別の道を選んでくれると思うかい?」

「思わないわ。」

「だったら、共に歩む道を・・・。私は選んだ。エリスはどうする?セーラに触れてあげて欲しい。」

 椅子から立ち上がった公爵夫人は、ベッドで眠るセーラの髪に触れ、唇に触れてから、顔を重ねて頬にキスをした。子供達の中で一番遅く歩み始めた娘が、誰よりも早く戦公爵の娘になった。


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