表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
2年生
41/198

2年生 その40 戦いの後

40 戦いの後


「コンラッド!」

 両手から剣を放したセーラの声が円形広場の中に響いた。背後で誰かが動きした気配を感じたセーラの声が、麻痺から解けた第1王子の意識を完全に覚醒させた。

「セーラ!」

 自分がいる場所、自分が気を失っていた事、目覚めた時に1人だけ上体を起こしているセーラが自分の名前を叫んだ事。駆け寄らなければならない事。

「戦った。」

 崩れ落ちそうになる戦士を支えると同時に体中に傷があるのが分かった。周辺に魔獣らしき物体と、光を反射している魔石が転がっているのが確認できた。自分が意識を失っている間に、第2公女が戦い抜いた事だけは理解した。

「きず、くすりをぬ、って。」

「ああ、腰のを塗ればいいんだな。」

「剣で服を、切って、はだ、か、見て、い、い、左の、わき、深いから、お願い。」

「ああ。」

「かあ、さん。」

 手の中で気を失ったセーラを横たわらせると、落ちていた短剣を握りしめた。ベストを切り、魔獣の皮で作られた肌に密着した防具を切り裂いた。上半身が裸体となったセーラの体には、いくつもの傷があり、脇腹には大きな傷があった。セーラの腰ベルトに着いていた傷薬を塗ると、傷口が瞬時に塞がっていった。回復補助剤の効果を見つめていると、背中の方で人が動く気配があった。

「カーニー、緊急事態だ。騎士として冷静になってくれ、リリアとキャロットとペンタスを起こしてくれ。」

「で、殿下。」

「セーラの治療をした、こっちには来ないでくれ。リリアとキャロットを起こしたら、側に来させてくれ。何が起こったかは分からないから、今は指示に従ってくれ。ランタンと武器は確保してくれ。」

 麻痺毒で気を失った瞬間の記憶のまま目覚めたから、自分のいる場所と何をしに来たのかは分かっているが、円形広場の端と中央に光を発している魔石は無かったはずで、魔獣らしき4本足の動物が横たわっている姿も少し前までなかった。

 コンラッドは皮鎧とシャツを脱ぎながら、目を覚ましたリリアとキャロットを呼び寄せると、セーラの上体を支えてもらい、シャツと皮鎧を身に着けさせた。

「ペンタス、ランタンと武器を確保したら、入り口の通路口へ走れ。皆も。」

 セーラを抱えた第1王子が命令を下すと、6人は戦場を脱した。安全圏である通用口を少し進んでから、セーラを背負ったコンラッドは、リリアのカバンから切り離した紐で、セーラを落ちないように自分の体に固定させると、入り口まで走り出した。


 学園中等部1年生上級クラスの1時限目の授業がそろそろ終わるという頃、教室の窓から外に視線を向けたアランの目に、訓練服を纏った生徒達が目に入った。

「先生!!」

「どうしたアラン。」

「公爵家の次期当主として命令します。先生は教室で全生徒を待機させて騒がないように。騎士たらんとする者は、ジェイク殿下の守護を。護衛騎士が来るまで守護せよ。」

「アラン。」

「殿下、状況は全く掴めませんが、魔獣の巣で何かありました。護衛騎士が来るまでここに居てください。自身を最優先に。私は状況を確認するために医務室に行きます。」

 この時間に訓練服を着る授業は、2年生上級クラスの魔獣の巣への侵入体験しかなく、夕方まで行う予定なのだから、校舎外を走っている訓練服の生徒はいないはずだった。走った方向に医務室があるのだから、巣で傷を負った人間がいて、魔獣の狩り漏らしがいたとしか考えられなかった。

 だが、1番隊には姉のセーラがいるのだから、狩り漏らしがいても、間違いなく無傷で倒せるはずで、怪我をしたという者がいる事になり、姉が1戦闘で倒しきれないであろう4匹以上の撃ち漏らしがあった。そして、第2近衛騎士団の掃討作戦で、撃ち漏らしする事はありえないのだから、誰かの意図が働いているのは間違いなかった。

「公子アランだ。扉の前から離れろ。私を通せ!」

 医務室の扉を開けたアランは、手前のベッドに寝かされている赤髪の姉と同時に、5人の同級生、引率の近衛騎士、医務担当教諭の存在を確認した。

 そして、医務室に充満している匂いで姉が何をしたのかが分かった。傷薬の匂いだけでなく、魔獣の匂い、強壮剤、回復補助剤、人の血の匂いが混じっていた。もちろん、自分自身がすべきことも分かった。

「公子アランとして命じます。全員すぐに部屋を出てください。教諭は学園長に緊急事態であることを伝えて、全生徒を教室から出さないようにしてください。キリバー殿は、王宮へ急行して騎士団長と公爵に緊急事態が発生したことを伝えてください。5人は後で話を聞きます。扉の前で待機してください。急いでください。」

 全員が医務室を出ていくと、薬品棚からナイフと薬品といくつかの魔石を掴むと、姉の横たわっているベッドに向かった。掛布団を取り払うと、姉の体を覆っていた男物のシャツと下半身の魔物皮をナイフで切った。全裸の姉に向かって水色の魔石からの放水を浴びせた。血塊を洗い流すと左の脇腹に魔獣痕が見えた。次に、ベッドの上でセーラの体をひっくり返した。背中側に放水して傷がない事を確認した。もう一度仰向けにしたセーラの唇に触れ、瞼を押し上げて赤い瞳の状態を確認した。

 治療が必要なのは魔獣痕だけだった。魔獣痕は、魔獣に深い傷をつけられた時、傷口の自然浄化の前に傷口を薬物で塞いだ場合に発生するもので、肉体の一部に魔獣の残留物を取り込んでしまったものであった。肉体に定着する前に除去しなければならなかった。

 左手に2つの魔石を握りしめたアランは、右手のナイフでセーラの脇腹を魔獣痕に沿って深く切り割いた。ナイフを床に落として自由にした右手で、傷口をぱっくりと開くと、左手の魔石から水と光を放出させた。黒墨のような汚れが肉の中から出てくると、水に押し流された。強い太陽の輝きが傷口全体を浄化していった。切り口からうっすらと血が流れて出してから、15秒間その状態を維持した。その間に血の量が増えたが、水流の圧迫効果で大量出血にはならなかった。

15秒後に浄化が完了すると、右手で傷口を閉じると、すぐさま緑の傷薬を切り口に塗ると、回復補助剤の効果が発動して、一瞬にして傷口が塞がった。姉を抱えて濡れていないベッドに移すと、光の魔石を使って、濡れた体を乾かし温めた。

「何が起こったんだ。」

 掛け布団で裸体を隠しながら呟いたアランは、姉が戦った魔獣の数を考えた。魔獣痕は1つだったが、体の各所に血の塊が付着していた。そこには傷があったのだから、五匹以上の魔獣と戦ったとしか考えられなかった。

「アラン、レイティアよ。入ってもいい?」

「姉上、入ってください。」

扉を開けて素早く入ってきたレイティアがベッドで寝ているセーラに駆け寄った。

「魔獣痕の処置はしました。命にかかわる事はないです。事情は全く分かりませんが、魔獣と5匹以上戦ったのは間違いありません。今から、リリア嬢とキャロット嬢を中に入れます。2人を確認して、必要な措置をお願いします。それと、セーラ姉上に予備の服を着せてあげてください。落ち着いたら、隣の第2医務室に来てください。私は男子3人を見ます。」

そう言って出て行こうとするアランの方を向かずに、レイティアは妹のカサカサになった唇に触れた。事情が全く分からないから、怒りを向ける先がないので、怒りに心を支配される事は無かった。ただ、魔獣の巣で孤軍奮闘して勝利した妹には感謝していた。


 男子3人と女子2人は、それぞれ公子、公女の前で全裸になると、魔獣痕のような傷跡がないかを確認された。全員が背中に針で刺したような小さな傷跡を持っていることが分かると、アランもレイティアも、赤髪赤目の第2公女が暗殺未遂事件に巻き込まれた事を悟った。

 傷薬で傷を治療して、浄化薬を飲ませている間に5人から得られた情報は、広場に着いた瞬間に気を失った事と、目を覚ました時にはセーラが魔獣と戦った後で、気絶する前の彼女の指示に従って傷薬を塗った事だけだった。後は、第1王子の命で広場から脱出して走って外へ逃れた情報で、事件につながるものは何1つ無かった。

 しかし、状況からは1つの筋しか見えなかった。

背中に打ち込まれた針には恐らくクゴの実の麻痺毒が塗られていて、魔獣皮を着用していたセーラだけが麻痺から逃れる事ができた。5人が気を失っている間に、刺客である人間を抹殺した上、前日夜に魔獣の巣にバラまいていた魔石から生まれてきた魔獣とセーラが戦った。遺体という暗殺の証拠を消すための魔獣を全て、セーラが排除した事で、6名が生存していた。

暗殺のターゲットは第1王子コンラッドで、犯人はケネット侯爵か、侯爵派閥の誰かである事も間違いなかった。2週間前の第1初等学校発表祭で、第1王子が大きな名声を手にしたことが動機である事も間違いなかった。

セーラの眠る医務室に戻ったアランは、5人を長椅子に並んで座らせると、その前で1つ目のベッドの掃除を始めた。

「皆さんは、座っていてください。疲れもあるはずです。」

 血色の混じった水をふき取り、びしょ濡れのシーツを取り外すと、排水溝の上で汚水を絞り出した。隙の無い動きで戸棚から予備のシーツやまくらを取り出すと、ベットメイクを瞬時に終わらせた。

「レイティア姉上、セーラ姉上をこちらのベッドに移していただけませんか。綺麗に整えましたので。」

「ええ。」

 唇だけでなく、全身がカサカサに乾燥している妹を優しく抱き上げると、清潔になったベッドに寝かせた。近くのテーブルに水差しを用意したアランは、息だけを静かにしている姉の口を少し開いて、その中に小指を静かに入れた。口内の水分を確認すると、このまま眠り続けるだけで体が回復してことに安堵した。

「私もさっき・・・。」

 姉が妹の安全を確認しただろう事は分かっていたが、公爵家の次期当主として確認しなければならない事であった。弟に言いかけて、言葉を止めたのは、その意図に気付いたからだった。

 怒りを向ける相手がいないから静かにしているだけであって、姉の中で荒れ狂う感情は、冷静さを粉々に砕いていた。主犯を探し出して、この手で断罪するという決意を持っていたが、それは次期公爵である弟の役目であると悟った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ