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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
1年生
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1年生 その4 第一歩

4 第一歩


 イシュア国の王都は、ただ王都と呼ばれている。

 王都の北東部に、広大な敷地内にある公爵邸は、単一の巨大な構築物であるが、東西南の三方向の部分が、それぞれ異なる役割を持っている。

玄関と吹き抜けのホールのある南部は、貴族のパーティに使用される場所ではあるが、余りの大きさ故の不便さと公爵家が開催する意思がないために、その豪奢な会場が使われる事は、ここ10年間では無かった。

 東部の建物の2階は、公爵一家の住まいで、各自の部屋や公爵の執務室があり、公爵家において完全なプライベートな空間となっている。1階部分は使用人の部屋があり、常時35名が公爵邸に住み込みで働いている。

 西部の建物の2階は、全て客間でほとんど使われていない。幼少期にエリックがかくれんぼに利用してから、全部屋に鍵をかける事になり、定期的に掃除するメイドからは時々苦情らしきものが出てくるので、常時開錠する事が検討されている。1階部分には大食堂、晩餐室、炊事場、洗濯場、様々な作業場があり、使用人たちの仕事場である。

 3方向にある構築物の中心は戸外であり、地上部分も地下部分も公爵家の訓練場となっている。


 セーラが自室の次に訪れたのは大食堂だった。

 公爵一家だけでなく、使用人が自由に食事を摂れる場所は100席を有して、自由に席を選ぶことができる。

「娘のセーラだ。皆、頼むぞ。」

 当主の力強い宣言を全員が静かに聞いている。

「セーラです。よろしくお願いします。」

 深々と頭を下げる行為が貴族として相応しくないと一言だけ注意を受けるが、この場では、起立した使用人たちが一斉に頭を下げた。

「使用人一同、セーラお嬢様に忠義を尽くします。」

 家令セバスチャンの声に使用人全員が合わせる。30代と思われる使用人の何人かが頭を下げながら涙を落しているのを責める者はいなかった。

「では、いつも通り、食事にしてくれ。」

 公爵家の朝食と昼食は、大食堂で自由に食べる事になっている。大鍋に入っている料理や大籠に入っているパンを自分の食べたい分だけ皿に盛り、お盆に乗せて自分の席に運んで食べる。席が決まっている訳ではないが、公爵家一家はこれから、6人掛けのテーブルにまとまって座って食べる事になった。

「お父様、お母様、食事の後は、セーラにお屋敷の案内をするつもり・・・。他にするべきことはありますか?」

 左側に座っている母と父の方は向かずに声をかけた。正面の妹に笑顔を向けながらレイティアは、妹が綺麗で静かでそれでいて速く食事をしている手際の良さに感心していた。その直後の父親の言葉にがっかりしたが、それを表情に出さずにいられた事に安堵していた。

「それでいい。案内してやってくれ。」

「僕も一緒がいい。」

「エリック、午後は勉強の予定だぞ。」

 兄のアランが左隣の弟をたしなめると同時に、その向こう側にいる新しい姉の横顔を見つめる。

「えー、午前はレイティア姉様だけがセーラ姉さんを独占する予定ではなかったから、そこで僕たちとも話ができる前提の予定でしょ。兄さんは話をしたくないの?」

「いや、話はしたい。」

兄弟が自分達に似ている父親に視線を向ける。

「好きにして構わない。家庭教師が来てくれるような時でなければ、自由にして構わない。セーラも、自由に過ごして構わない。」

「はい。ありがとうございます。」

 13歳の少女が感情を自在にコントロールできるわけでないが、幼少期から食堂で働いていたため、笑顔を崩さずに話をする事が得意だった。


 セーラ・オズボーン令嬢は、屋敷の中で望んだことは全て許された。最初に望んだことは貴族としての常識と礼儀作法を学ぶ事だった。それらを素早く吸収する事ができたのは、母親の教育があったからで、下地となる部分を娘はすでに身に着けていた。

 文字の読み書きは完璧だったし、物言いも場面に合わせて適切に使う事ができた。所作の美しさ、姿勢を維持する事も貴族として申し分ないものを身に着けていた。貴族独特の注意点を説明されれば、淑女としての振る舞いができるようになった。

一週間で一通りを学んだセーラが次に望んだ事は、屋敷の中で働く事であった。料理は食堂仕込みであり、裁縫も母親と同じように商品を作る技術を持っていた。他にも庶民として全てができるように育てられていた。

侍女やメイドとして何もかもをマスターしたミーナの再来のような仕事ぶりにセーラ本人だけは喜んでいたが、公爵邸の面々は困っていた。

娘として迎え入れた時、新しい娘の要望を全て実現する事を決意していた公爵夫婦が、想定していた姿と全く異なる姿が公爵邸に出現した事に戸惑っていた。一般的な貴族とはかけ離れた公爵家であり、労働や献身の尊さを十二分に知ってはいても、セーラ自身のためではなく、他人のために働こうとしている娘の姿に、セーラが幸せを感じているようには思えなかった。公爵家が欲していた娘であって、労働者ではなかった。また、使用人たちもセーラお嬢様をお世話したいのであって、一緒に談笑しながら労働する後輩を求めていたわけではなかった。

「セーラ姉さん、次はどうするの?」

 厨房の隅で、2人の兄弟は姉の指示のもと、焼き菓子を作っていた。白い割烹着と白い三角巾を身にまとっている3人が笑みを浮かべていた。

「もう少し、かき混ぜてから・・。アランの方はそこの実をナイフで皮を剥いてくれる?」

「分かりました。」

 アランもエリックも料理は一通り習っていた。兵士として戦場に行く可能性がある以上、野営の知識が必要であり、その1つとして簡単な料理ができるようにはなっていた。得意と言うほどではなかったが、少し学べばある程度の事はすぐできるようになる2人は、公爵邸の朝食や昼食であれば作る事ができた。

そんな2人にセーラはお菓子作りを教えていた。好奇心旺盛な弟エリックが、セーラがしている事を何でも自分もしたいと言い出して、教えを乞うたからだった。姉と一緒にいたがる弟に対抗してか、兄も一緒にお菓子作りを学んでいた。

13歳、12歳、11歳の1歳違いの3人が、友達として仲良くなるのに時間はあまりかからなかったし、2人が姉から何かを学ぶという関係は、急速に家族としての絆を作り上げていくように見えた。

「作ったお菓子は、晩餐のデザートに出すのですか?」

「え。午後のお茶の時間に皆に出そうかと思っていて。」

「晩餐に出すのはダメですか?」

「料理長の料理構成とかあるだろうから・・・。」

 兄姉の会話に割り込む形で弟が厨房内に響くように聞いた。

「料理長、姉さんのお菓子をデザートに組み込んでもらっても大丈夫?」

 料理長の了解を聞くと、少し困ったように考え込んでいるセーラに対して、アランとエリックは顔を見合せた。

「僕は午後のお茶にたくさん食べると、晩餐をあんまり食べられなくなるから。お菓子は晩餐のデザートにして欲しいんだ。」

「・・・・・。」

「姉さん、気にしすぎです。毎晩、メニューに組み込んでと頼む訳ではないのですから。それに、料理長の仕事に手を出したくないと思うのであれば、こうやって厨房で何かをしている時点で、手を出しているのですから・・・。とにかく、私は午後のお茶の時も、晩餐の時も食べますから。」

「兄さん、ずるい。」

「ずるくはない。エリックより私の方が少しだけ体が大きい分、午後のお茶と一緒にお菓子を食べる余力があるのだから。」

 兄弟の会話にセーラは笑顔で頷いた。

 アランは少しずつ姉の心を形成している何かが見えてくると同時に、公爵邸が自分の家と思ってもらうようになるためには時間がかかるだろうと思った。

 アランにとって、家族の絆の1つは甘えあえる事だった。支え合うとは違った、一方的な要求を受け入れあう事が、家族にとっては不可欠なものであると考えていた。その甘えに対して、セーラは全てを受け入れてくれた。今のところは、エリックが甘える場面しかないので、エリックに対してだけであるが、全てを受け入れてくれた。

しかし、セーラは誰に対しても甘えていなかった。

実際には、セーラは自分が周りに甘えていると勘違いしている。とアランは思った。

大きな自室も本も机も衣装も、この屋敷に来てから手に入れたものの全てが甘えさせてもらっていると勘違いしている。毎日食べている食事でさえ、庶民の日常の食事より高価な食材を使っているからという理由で、自分は甘えていると勘違いしている。それだけでなく、この厨房の一部を借りている事も使用人に対して甘えていると考えている。

他の3人の子供が、公爵家の一員として当然のものとして所有している物を、所有しているというだけでセーラは自分が甘えているのだと考えている。それはアランから見れば間違っているし、その勘違いを取り除きたいと思う。

ただ、それが難しい事だというのはよく分かった。

2年前、他の家族の存在を知らない時に、唯一の家族であるミーナを失った時、セーラは生きて行くために自立した。その決意は、子供が大人になるための第一歩ではあったが、唯一の家族である母親を失った少女にとっては、孤独の道を歩む決意でもあった。

アランは、この事に最初から気付いていたのがエリックだけであり、今気づいているのは自分と弟だけなのかもしれないと思った。


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