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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
2年生
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2年生 その36 メイド服

36 メイド服


 イシュア国第1王子コンラッド・ウェルボーンは、様々な能力が弟達より劣っていた。特に第2王子ジェイクの才能と能力が輝かしいものであったため、実態よりも低い評価を受ける事が多かった。それは内面に押さえ込んでいた憤りを爆発させる寸前にまで第一王子を追い詰めていたが、爆発させる事は無かった。

 それは学園で友と呼べる仲間を得たからだった。


「コンラッド、ここの指示って、どういう風にすれば良かった?」

 身長の低い赤目黒髪のペンタスは、第1王子を呼び捨てにする唯一の人間だった。形式上の発言である、名前を呼んでくれという言葉をそのまま実践していた。敬語や敬称が使えない訳ではなく、学園で農作物改良の研究をしている教員と先輩に対しては、きちんとした敬語を使って話をしていた。

 生きるためには食べる事が必要で、食べ物こそが唯一の尊いものであり、その研究者と農作物を作る者が最も敬うべき人間であるという揺るぎない信念を小さな彼は持っていた。

「頭が良いのだから、もう覚えたんじゃないのか。」

「どうでもいい事を覚えても仕方がないだろ。初等学校に農業部門がないのは間違っている。コンラッドもそう思うだろ。」

「農家で働く時に、農家で実地で学べば十分だからだと思うが。」

「十分?農業そのものの深さが分からないとは。それで王族と言えるのか?」

 農民は王族よりも上であると言い放つことができる男爵令息が、ここで王族の義務のような話を始めた事に苦笑いをしたが、王子はこの1つの信念だけを貫こうとする強さは、滑稽に見える時はあるがとても好きだった。芯のある強さを彼は持っていた。


「殿下、本当に私が着るのですか。」

「いや、カーニーにメイド服を着せるというのは、どうかと思うが。」

 ペンタスは興味を持っていないが、女子3人はぜひと要望していた。

美少女とも言える容姿を持った金髪金目の子爵令息のメイド服姿に、第一王子も興味がないとは言い切れないが、男らしさを求め、自分の今の容姿を嫌っている彼の味方にならなければ可哀そうな気がした。

 ただ、美少女令息は、嫌っている容姿をきちんと受け入れて、それを活かす事も忘れていなかった。毎晩寝る前に肌の手入れはきちんとしているし、服装も男性に見られるような粗暴さを感じさせるような着こなしはしていなかった。

「カーニー、着てくれたら、髪を触ろうとした事を無かった事にするわ。」

「ここで、それを言うのか。」

 1度だけセーラに借りは返すからと言ったことがあった。その後、セーラからその話が出てくる事は無かったが、いずれダンスの手助けをする事になるのだろうと予測をしていたから、ここで出てくるとは思わなかった。そして、それを持ちだされたカーニーに拒否権は無かった。

「ははは、似合っている。カーニーは、本当は女性なんじゃないのか。後継ぎがどうしても欲しいから男装させて育てられたとか。」

「そんな物語のような話がある訳はない。セーラ嬢。これで納得してくれたのだな。」

「ええ。ええ。」

 女性3人は敗北感と後悔に襲われていた。今までにも綺麗な女性に似た顔立ちを持っている美少年との認識はあった。ただ、あくまでも美少年であって、自分達と比較する存在ではなかった。それが自分達を守ってくれていた壁だったことに思い至らず、カーニーにメイド服を着せてしまった。男性ながらも美少女と評価されるだけの美貌を持っているのだから、卓越した美貌を持っているに決まっているのだから、女性対女性の戦場に参入させれば、カーニーは無敵の強さを持ち、彼女となった一撃で、3人のそれなりの可愛さ、それなりの美しさが敗北するのは当然だった。

「コンラッドは、3人に言葉をかけるべきじゃないのか。」

「キャロットは可愛らしいから、カーニーとはタイプが違うから。」

「私が子供っぽいと仰いたいのですか。」

「そうではなくて、可愛らしいという事実を言っただけで・・・。」

 ペンタスが目で合図をした。

「リリアはすらっとしていて、ダンスも上手だから・・・。」

 怒りを含んだ視線を向けられた第一王子は、女性を怒らせてはならないとの母親からの教えを理解した。

「カーニーもすらりとしていて、私よりもダンスは上手です。」

「ダンスをしている姿の美しさに見惚れた事があったから、その事を言っただけで・・・。」

 王子に慰めの言葉をかけられた事で徐々に冷静になり始めた2人に対して、セーラは未だ何も言われないままで固まっていた。自分自身よりも遥か上の美しさを誇っている母と姉に比べられる事も、美男子の父子3人と美形に関して比較される事も慣れていて、外見の美に関して嫉妬したり、慰めを必要とする事からは、卒業したと思っていた。

「その、セーラは、格好がいい・・・。」

「ははは、コンラッド、それは褒める事にも、慰める事にはなってない。格好いいは、男性への誉め言葉だぞ。ははは。」

 コンラッドは、第2公女が女性としての魅力十分に持っていることを知っていたが、彼女に対して抱くのは異性への向ける愛情ではなかった。王子にも怯まない庶民出の気の強い公女は、驚愕するべき存在であって、目の離せない存在ではあったが、愛でるような存在ではなかった。

学園で出会い、王子と公女という身分的にはバランスの取れた2人だと言われるのは分かっていたし、自分でもそういう可能性もあるかもしれないと考えていた時期も短いながらあった。

だが、セーラが社交界デビューを済ました後から、公女の雰囲気が変わった。どうやら、他の同級生には感じ取れないようだが、王宮で近衛騎士達に囲まれて生きてきたコンラッドにだけは、騎士達と同質の何かを感じ取れた。その瞬間から、セーラを普通の女性には思えなくなった。友人にはなれると考えて、実際に友人にはなったが、その先の感情に発展する事は無かった。

そして、2年生となり、初めて刃を交えた時、王子の中で公女はライバルであり、戦士として目指すべき存在になった。彼女の持っている美しさは、騎士の強さを纏った美しさになり、彼女の持っている可愛らしさは、騎士の優しさを纏った可愛らしさになった。自分の数歩先を進んでいる戦士は、目指すべき対象ではあるが、共に歩みたい異性と見る事はできなかった。

「本当に、格好いいと思っているんだ。」

「だから、それは。ん。セーラは、執事みたいな、いつも迎えに来ているセバスさんみたいな恰好が似合うんじゃ。髪も後ろで1つにまとめたら。」

 空気を読まない同級生の単なる思い付きなのか、話題を変えるための配慮なのかは分からなかったが、カーニーに敗北している現実から逃げ出すために、この話に2人の女友達は食いついた。

「似合うかも。」

「格好いいかも。」

「キャロットも、リリアも。」

「カーニーと並んでみたら、美男美女だな。」

「ペンタス・・・。」

「はぁ。」

美少女メイドの溜息姿が美しいと思ってしまったセーラは、苛立ちを維持する事が出来なった。

「着替えるのは後にするから、話を進めましょう。支援者を招いたお茶会では、殿下が主催者として対応してもらいますが、参加者が予想以上に多くて、私たち6名と初等学校のメイド職希望の学生だけだと対応が難しい。」

「クラスの皆にも手伝ってもらうしかない。」

「ペンタスの言う通りなのだが、手助けしてもらった上で、配置をどうするのかって事を考える必要がある。」

「私とセーラが、軽食の準備をするから裏方に入って、3人は殿下に従って、クラスの皆には会場で支援者の相手をしてもらう、ではないの?」

「キャロットの言う通りなんだけど。会場を大講堂にして対応すると、給仕をする学校の生徒を取りまとめる役、失敗した時のフォロー役が現場に必要になると思う。発表祭という形に拘ると先生に直接現場に出てきてもらうのは避けたいから。」

「私とキャロットが会場に出ていくのはダメなの?軽食の準備は事前に終わってしまうから。」

「セーラはそれでいいの?」

 キャロットの質問の意図が理解できないのはセーラだけだった。

「え、私がメイド服姿で出ていくのは似合わないからダメなの。」

「違うわ。そうではなくて。公女なのに大丈夫かって事。」

「貴族でも侍女を職に選ぶ人もいるし、花嫁修業でメイドとして働く事もあると聞いた事があるけど。違うの?」

「その通りなんだけど。そういう働き方をする場合は、自分より上位の貴族家で働くのが常識なの。上位者に仕えるという形も大切なの。だから、最上位である公爵家の人間が、そういう職に就く事は無いの。臨時とは言え、メイドとして働く事が許されるのかどうかを皆は気にしているの。」

「問題は無いと思うけど。お父様に確認してみる。」

「そうね。そうしてもらって、セーラと2人で担当すれば、あの広さでもカバーできると思う。」

「まあ、ダメならダメで、超絶美少女を投入すれば・・・。いや、真剣な話だったのに、申し訳なかった。カーニー、話を続けてくれ。」

 ペンタスはメイド服の件を誰にも言わないように何度も釘をさされた事に反発したが、こういう話ができる程に親しい友達は他にはいなかった。


 7月に入り、社交シーズンが一段落すると、公爵家の晩餐会の衣服は、庶民のものと変わらないほどに簡素なものとなっていた。それは、公邸内の普段の衣服も同じ物である事を意味していて、豪奢な屋敷に比べると貧相としか言えない装いだが、服の中身の容姿が優れているため、許容範囲内に収まっているとセバスチャンは判断していた。

料理皿を下げると同時にお茶を注いで出した。セーラお嬢様が来てから1年間で、公爵邸の食事の水準と飲み物に関する拘りが上昇していた。それは人生を楽しむ上で、重要な要因であると考えていた家令は、この変化を喜んでいた。

暗闇の暴走を生き抜いた人間の中には、生きている事そのものに、強い喜びを感じるようになって、他の喜びが希薄になってしまう者がいた。セバスチャン自身は生き延びた後、やらなければならない事が山積していたため、自然に普通の状態に戻ったが、公爵夫妻はそれを長く引きずっていた。

長女の成長と兄弟の誕生がそれを解消してくれると期待していたが、子供達を抱きしめる事ができるだけで幸せであると考えるようになり、1人の人間としての小さな喜びを見つけようとする事から遠ざかった。美の女神だから着飾る必要はないという理由は一定の説得力を持ってはいるが、少女エリスが自身を着飾る事を喜んでいた時期もあり、公爵夫人が自身に装いに興味が無さ過ぎるのは、何らかの要因があるに違いなかった。

「セーラお嬢様、どうぞ。」

「セバス、ありがとう。」

 公女らしく優雅に飲んでいる少女の微笑みに見えた緊張感から、今宵も楽しい家族会議が催される気配を感じ取った。

「お父様、お聞きしたい事があります。」

「セーラ、なんだい?」

「今度、第1初等学校発表祭の寄付をしてくれた方々をお茶会でもてなす事になっていて、その際にメイドとして参加する学生を取りまとめる役として、私自身もメイドとして働きたいのですが、よろしいでしょうか?」

「問題はない。ただ、私に許可を求める事なのか?」

「友人が、公女として誰かに仕える事が問題になるかもしれないと心配してくれたので、確認したかったのです。」

「そういう事か。公爵家となると階級で仕えるのは王家しかない訳だが、仕事の関係上誰かの下に配属されることはあるし、大分昔になるが、公女が花嫁修業で王宮の侍女として王妃に仕えた事もあるから。特に問題になるような事は無い。」

「はい。分かりました。」

 公爵夫人が2人のやり取りを聞いた後に、満面の笑みで少しお茶を口にした。

「旦那様、お願いがあるのですが。聞いていただけますか。」

「ああ。もちろんだ、エリス。」

「セーラの頑張っている発表祭に、公爵家からも寄付金を出したいのです。」

「・・・それはできないな。」

「どうしてですか?」

 少しかすれた声で質問した母の意図がレイティアには分かった。

「王家が取り仕切っている祭だからだ。公爵家が力を貸すと、王家から功績を奪い取る形になってしまう。公爵家としては、第2初等学校の祭りも開催するし、発案者としての名誉をアランが得ているのだから、第1の方への関与は避けた方がいい。」

「そうかもしれませんが。多大な寄付でなくていいのです。それに公爵家としては、すでにセーラが力を貸しています。」

「だからこそだ。セーラの助力以外で力を貸す事は望ましくない。」

「はい、お父様。口を挟んでもよろしいでしょうか。」

「ん、どうした、レイティア。関係する事であれば、会話に参加してもらっても問題はない。」

「では。お母様も、公爵家ができるだけ、手出ししない方が良い事は分かっています。ただ、支援者として、お茶会に参加して、セーラのメイド服姿が見たいだけなんです。そうですよね、お母様。」

「・・・・・・。」

 沈黙が肯定だった。

「後でセーラの部屋で見せてもらいましょう。お母様。誰かに借りればいいのだから。」

「私はセーラを着せ替え人形にしたい訳ではないの。」

「お母様、大げさです。母親が娘に色々な服を着せて楽しむのは、母親の特権です。とメイドの誰かが言っていました。」

 セーラは母親が何を気にしているのかが良く分かっていた。第1公爵夫人エリスにとって、メイド服に身を包んだセーラは、まさに侍女ミーナの姿だった。娘であるセーラをミーナに重ねて見る事が、娘を傷つける事であると考えたから、自分の都合だけでメイド服を着て欲しいと言えなかった。

1年間、一緒に暮らす中で親子としてだんだん近づいてきた事は実感できた。そして、近づけば近づくほどに、母親が自分の中にミーナ母さんを見出してはいけないと、自身を強く戒めているのがセーラにも分かった。

エリス夫人とセーラ嬢を親子として繋いだのは第2夫人ミーナであるが、セーラと言う存在をミーナが飲み込んでしまうような事があれば、2人の親子関係が何かに飲み込まれて消えてしまうかもしれない、そんな共通の恐怖が母娘にはあった。

セーラではなく、ミーナの代わりに抱きしめてしまったら、母親に戻れなくなってしまう事をエリスは恐れていた。

自分ではなくミーナ母さんの代わりとして抱きしめてもらったら、2度と娘としてはみてもらえなくなってしまう事をセーラは恐れていた。

お互いに血のつながりがない唯一の公爵家の家族は、エリスとセーラだけだった。ミーナによって繋がれて、消されてしまうかもしれない家族関係が2人の間にだけ存在していた。

「私は、ミーナ様に似ておられるセーラ様の姿を見る事に幸せを感じます。」

 自分にだけ聞こえるか聞こえないかの大きさの声が、セバスチャンの口から放たれた。その声はセーラの耳から心に入ってきた。。

「エリスお母様。」

 優しいけれども透き通った声が食卓を貫いた。母の体がこわばったのをセーラは見る事はできなかったが、それを感じる事はできた。左に体を向けると、姉レイティアが椅子を引いて、母と二女の線を開放した。

「私の部屋にメイド服を見に来てください。」

「え、いいの。」

そう言って右側の娘を見た。

あの姿を見たいし、抱きしめたいし、謝罪もしたかった。今、その光景を想像しただけで、喜びで心がいっぱいになり、公爵夫人は涙が出そうだった。

「はい。」

 慈愛に満ちた表情の娘に向かって、ミーナと声をかけそうになったエリスは踏み止まった。そして、灰青の瞳が完全に光を失っていた。

「お母様、そんな顔をしないでください。私はミーナ母さんにそっくりです。お母様がミーナ母さんに重ねて見てしまうのは、悪い事でも、私を傷つける事でもないのです。ずっとだと多分悲しくなると思います。ただ、時々だったら、ミーナ母さんと重ねて見られる事は嬉しい事です。小さい時に、大好きなミーナ母さんに似ている、って言われたのは嬉しかったし、誇らしかった。今もそうです。似ているって言われて嬉しいし、ミーナ母さんに間違えられても笑顔になると思います。それに、エリスお母様が、無理やり、ミーナ母さんを、私の中に見ようとしないのは辛いです。ミーナ母さんが忘れられるような事があったら、それは一番つらいと思います。」

 しばらく沈黙が支配した。母親のすすり泣く声だけが食堂に響くと、席から立ったセーラが母親に近づくと、その胸へと抱き寄せた。

 ミーナ母さんも、私もこんなに愛してくれているのに、それを知っていたのに、どうして今までこの話をしなかったのかとセーラは後悔していた。ただ、嬉しそうに泣いている美の女神は可愛らしかった。今、自分に母親の魂が宿るのであれば、ミーナ母さんは再び大切なお嬢様を抱きしめる事ができて、喜んでいるはずだと2人の母の娘は信じていた。


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