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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
2年生
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2年生 その35 波紋

35 波紋


 公子エリックの婚約成立の情報は、貴族社会に大きな衝撃を与えたが、最上位貴族と最下位貴族の婚約は好意的に捉えられていた。

騎士爵の娘を公子が迎えたという事実は、戦公爵が前線で戦う戦士達を単なる傭兵として厚遇しているだけでなく、同等の貴族としても信頼している事の証であるとの認識を下位貴族達に持たせた。武勇で高名なランドルフ・ミクソンの7歳の娘とわざわざ婚約したことは、彼の武勇と忠誠を身内に取り込みたい公爵の意図を示しているのだと、ほぼすべての貴族達は考えていた。

「報告は以上です。」

 公爵邸の広い執務室の机の前に立っている白髪の老紳士が定例報告を行った。

「やはり、多くの者が私の意図で婚約が成立したと誤解をしているのだな。」

「はい。」

 セバスチャンに対面して座っている公爵の脇には、次期当主であるアランが立っていた。社交界デビューを果たした息子にも、公爵家当主と同様の報告を聞かせるようにしていた。暗闇の暴走は9年先の事であるが、他国との戦争の可能性が0ではない上、戦場で死んだ場合の事を考えなければならなかった。公子は武力において何の問題もなかったが、政略に関しては教科書と歴史書から学んでいたが、経験から学べない事は多かった。

「その誤解についてはプラスになるからそのままにして置くが。侯爵派の動きは今のところは何もないのだな。」

「はい。ギルドだけでなく、ロイド様からの情報でも何の動きも示していません。」

「アラン、どう考える。」

今のケネット侯爵は権力闘争に力を入れてはいなかった。手持ちの最強の駒があまりにも優秀過ぎて、それをそのまま成長させるだけで、次期国王の座を手に入れる事ができる状況で、不安定要因を自ら作る事はしなかった。ただ、先代のケネット侯爵が実行した事を考えると、無警戒にはなれなかった。

「エリックの婚約相手が騎士爵家で、当面の政治力のバランスを動かす事は無いと考えているのだと推測できますが。」

「警戒はしなくても良いと思うか。」

「警戒は必要かと思いますが、侯爵派が今動かないのは理解できません。」

「詳しく述べてみろ。」

「騎士爵の1人娘と婚約したエリックは、成人後か結婚時、もしくは暴走後に、母上が名前だけを相続しているレヤード伯爵家を継ぐ事になります。これは公爵家、宰相派の勢力に伯爵家が1つ加わる事になります。それを防ぐためには、ミクソン家に男爵位を与えて、存続すべき家名に格上げして、エリックに1人娘の婿養子になってもらって、男爵家を継いでもらうという筋で話を進める必要があります。」

「未だ時期ではないと考えているのではないか。」

「レヤード伯爵家の名前だけであれば、エリックの来年の社交界デビューと同時に継ぐ事ができます。その可能性を考慮すれば、妨害するのは今しかないと考えるはずなのですが。」

 妨害工作と言っても、今回の場合はミクソン家の爵位を上げるという動きを取るしかないので、権力抗争が激化する危険は皆無であり、損になる事など何もなかった。もちろん、裏にある意図を読み取れる人間の敵意を上昇させる事にはなるが、それが表に出す事はないので、大きな動きになるとは考えられなかった。

「セバスはどう考えたか。詳しく聞かせてくれ。私もケネット侯爵派が今動かない事を不思議に思う。」

「はい。ケネット侯爵派は、エリック様の本当の実力が分かっていないため、全く警戒していないのだと思います。実力のない伯爵家が1つ増えた所で、大勢には影響がないと判断したのだと思います。力のない伯爵家を妨害して、公爵家からの敵意を受ける事の方が損害が大きいと考えているのかと、思われます。」

 アランと異なり、エリックは屋敷外でその力を見せたことは一度もなく、真の実力は知られていなかった。時々、公爵邸から飛び出て街で遊びまわるエリックの姿を見ていた人々は、我儘とまでは言わないまでも、真面目に勉学に勤しんでいる公子だとは思っていなかった。アランが優秀さを前面に出している分、よく似た美少年ではあるが不出来な弟であると思われていた。

「そうか。伯爵となったエリックが、暗闇の暴走で生還して爵位を上げるかもしれないという事は、誰も考えていない。という事か。」

 アランが言った筋道が見えているのは公爵家の人間と、エリックの真の実力を知っている者だけだった。

 公爵夫人エリスの実家のレヤード伯爵家を復活させて、兄弟の功績で侯爵家に爵位を進める事、それは兄弟たちが密かに誓った祖父母への思いだった。母を生み育て、父の命を救った伯爵家の祖父母は、暗闇の暴走でオズボーン公爵家を救った隠された英雄であり、死した後だからこそ、その志を讃えて守らなければならないと兄弟は考えていた。

 祖父母の死と兄弟の誕生は同義であり、自分達が生まれた瞬間から、祖父母の恩を受けていると考えているからこそ、孫として、祖父母に名誉の勲章である貴族家名の復活を送りたかった。

「セバス、引き続き、情報収集を頼む。」

 公爵家に関わってくれた人間が与えてくれたものを、傷つきながらも繋いでいく事が公爵家当主の役目であり、それを果たす事が、一家と関わってくれた人間の幸せにつながっていた。


 公爵家の次男の婚約の情報が貴族社会を駆け巡ると、アランに接近しようとしていた同級生達の動きが止まった。公爵家の政略が全く読めなくなったからだった。

 長男のアランには学園で自由に結婚相手を探す事を許しているのに、次男エリックに政略結婚をさせた。しかも、その結婚で政治勢力拡大における見込める利点が全く見えなかった。婚約者の父親は優れた戦士であるが、9年後の暗闇の暴走発生時には40代の半ばに達する年齢になるため、次男の結婚と引き換えに手に入れたい戦力とは思えなかった。そもそも、公爵の直属の部下で騎士爵を受けている戦士達の忠誠心は高かった。9年後の暗闇の暴走時に公爵の盾になって命を捧げる事を決定事項として受け入れている人間ばかりで、公爵が部下たちのさらなる歓心を得るために何かをする必要性がなかった。

 意図が読めない相手、しかも圧倒的格上の相手、それを相手に政治的な駆け引きを含んだ恋愛をさせたいと考える親も貴族もいなかった。親としては娘の大切な時間を無価値な事に使っては欲しくなかったし、貴族としては政略が全く見えない所に、大切な駒を置きたくはなかった。

「ジェイク殿下、これをご覧ください。」

「アランの似顔絵。そっくりだ。誰が書いたんだい。」

 学園中等部1年上級クラスの最後列で並んで座っている美男子たちが久しぶりにゆっくりと話をしていた。

「妹です。」

「妹・・・。ああ、弟の婚約者の。」

「はい。アイリスです。」

「7歳と聞いたが。」

「はい。とても可愛らしく、父上も母上も、姉上達も可愛がっていて。」

「アランのこんなに嬉しそうな顔は見た事は無いな。」

「私も、妹の存在が、こんなに嬉しいとは思いませんでした。エリックには感謝です。」

「そうか。私も弟が婚約をすれば妹を持てるわけだな。楽しみにしておこう。それはそうと、アイリス嬢は絵が上手と言うか。こんなにそっくり書けるんだな。本当に7歳なのかい。」

 ノートに書いてある黒一色の木炭画似顔絵は、精巧に描かれているため、素材の美しさを最大限に引き出していた。公爵家の人々を描いた似顔絵を販売でもすれば、一財産築くことができるだろうと思える程だった。

「私も初めて見た時には驚きました。」

「本人が努力したのだろうけど、7歳でこれだけ書けると、才能という言葉を使いたくなってしまうな。」

「才能だと思います。それに気づいて、伸ばしたのだと思います。そうだ。これもご覧ください。」

 胸ポケットからハンカチを差し出して、そこにある刺繍を見せた。

「公爵家の家紋の刺繍・・・。」

「どうです。素晴らしいと思いませんか。」

「ああ。」

「弟がもらったものと同じデザインです。」

「エリックは、この才能に魅了されて婚約を。」

「才能を持っているから婚約した訳ではありませんが、この才能に魅了されたのは確かです。何か優れたものを持っている事は大きな魅力です。父上も、誇りを持てるような能力が、婚約を認める決め手と言っていました。」

 アランは自分の婚約者になる条件として、公爵が認める才能を持っている事を、公表する事に成功した。これから先、女性たちが婚約を望むような接触を図ってきたら、父に紹介できる才は何であるかと質問する事ができるようになり、多くの女生徒と距離を作りやすくなった。

 姉セーラがアイリスのために刺繍した見本を見せて、アイリスの作品と誤解させたことは少しだけ申し訳ない気分になったが、自分の隣に座っている殿下の環境を整えるためでもあるからと、自分自身だけで納得していた。

 弟エリックのために勧めた事が、自分自身の救いにもなった事で、アランは兄弟の絆の深さを感じていた。あの時、弟に見合いをするようにと勧めた事は、これまでの人生の中で、最大の功績だと思えた。


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