2年生 その34 祝福
34 祝福
王都が例年にない活況を得たのは、第1王子コンラッドが第1初等学校発表祭の陣頭指揮を取ったからだった。公爵家が後援する第2初等学校でも9月の収穫祭に連動した発表祭を開催する事が決まっていて、その真似という形で第1初等学校でも発表祭が開催される事になった。
第2初等学校の小さな祭りという認識で始まった催し物は、それに参加した中小商家が発展する起爆剤になっていた。それを見た大商家や貴族達が参加を要望したが、第2初等学校の方に新規参入枠はなかった。
そうなってくると、他の初等学校でも実施して欲しいという要望が宰相府や王家に持ち込まれるようになり、王家が第1王子に命じる形で、待望の発表祭が催される事になった。
「今日はミレーネ先生にも参加してもらった。」
第1初等学校の一教室に集まった6人組は、担任であり、行政分野の専門家でもあるミレーネ男爵夫人を招待していた。5月の初会合から様々な検討をしていた結果、いつくかの問題点が浮かび上がっていて、優秀な教員のアドバイスを必要としていた。
「私の方から報告します。」
制服姿のリリアが立ち上がって注目を浴びながら説明を始めた。
「第2初等学校での成功を再現したいと検討してきましたが。現状では、同様の規模で成功させるのは難しいです。」
公爵家の支援を受けていた第2初等学校は施設が充実していた。これは学校に潤沢な資金を次々と提供をするが、学校運営に干渉してこなかった事が要因であった。毎年使えきれない資金を寄附してもらった学校側は、最上位貴族に返金する訳にはいかずに、使い切るために建物の増築や職業訓練場の設備を拡大していった。余剰教室が多数あるため、準備や発表に使える教室を簡単に確保する事ができた。
2つ目の問題としては、資金の問題だった。第1の予算は第2よりも少なかったが、額はあまり問題ではなく、王家からの寄付は国の予算の一部であって、自由に出し入れができない点が大きな問題であった。公爵家の公子アランは父親から予算を与えられて、自由な決済を認められていた。準備期間が3カ月でも大きな成果を出せたのは、司令塔であるアランの即断即決でお金を動かせたからだった。
3つ目の問題は人であった。こちらも学校の教員の質が悪い訳ではなく、3学校の中でも優れた教員が多かったが、国の完全な管理下に置かれていて、効率的な運営を実施しているため、祭りに割く人材が限られていた。外部からの人材を投入する事で対応するしかなかったが、公爵家の力を全面的に借りる訳にはいかなかった。第1王子に功績を立てさせたいというのではなく、王家としての指揮力を示さなければならない状況になったからだった。
「ミレーネ先生、報告は以上です。」
「分かりました。人材面での協力はできます。2年生の行政に関連するレポートのテーマを発表祭にする事を認めます。同級生だけですが、力を借りる事ができます。このために私を呼んだのだろうけど。誰の考えですか。」
「ペンタスです。」
「なるほど、発案の理由は聞かなくても分かりますので。それで他の事はどうするのですか。王宮から特別な予算をもらう訳にはいかないのでしょ。」
「はい。申請をしてから実際に動かすには3か月以上かかります。」
「となると、どうすればいいと思いますか?カーニー。」
授業中のような雰囲気で教員の指名を受けた美少年は背筋を正して答えた。
「貴族か商人の寄付を募るのが良いと思います。参加希望者に声をかければ、それなりに集まると思います。」
「その答えでは不十分です。キャロットはどう思いますか?」
「参加希望者に寄付ではなく、参加料として一定額を出してもらうようにした方が良いと思います。額の大小で対応を変えるのは無理ですから。」
「それは良い考えです。他に意見はありますか?」
セーラが手を上げると、第1初等学校内での特別授業の様相を見せた。
「セーラ。」
「はい。参加希望者をお茶会に招くのが良いと思います。学校内で生徒たちの力を借り事もできます。」
「そうですね。良い意見です。私としては、夜会を開くことが良いかと考えていましたが、発表会の趣旨を考えると、茶会の方が良いですね。コンラッドが出席する事もできますから。参加者たちが茶会に不満を持つ事はないでしょうね。」
セーラはダンスパーティーを開くことにならない事に安堵した。茶会であれば自分の得意分野を活かす事もできて、第1初等学校の生徒達にも活躍の場を作る事ができた。弟のエリックを見ていて気付いた事の中に、主役が誰であるかを常に意識して思考するというものがあった。自分が主役ではなく、他人が主役であるとの視点で考える事で、幅広い視点で状況を分析する事ができた。
「教室数が足りないのをどうするか・・・。」
普段がちょうどで足りていると言う事は、特別な何かをするためには足りなくなった。緊急で増設するにしても、貴族街に近い立地から、土地を確保する事が難しかった。
「学校の周辺の街路に屋台を出すのが良いと考えます。」
庶民セーラが体験した祭りは、その街の大広場や大通りに屋台が並び、周辺のお店が特別な飾りつけをして、皆で楽しむものであった。これが小さな思い付きで、後になってセーラの功績であると主張する者はいなかったが、この事によって、第1小塔学校の発表祭の規模と盛り上がりが大きくなったのは間違いなかった。
公爵邸の晩餐は久しぶりにドレスと礼服を着用しての開催だった。6月の半ばでそろそろ社交シーズンが終わろうとしていたため、テーブルマナーの総復習だった。
青を基調としたいつもの男性陣の紳士礼服は、美男子3人の美しさを引き立てていた。ピンクのドレスのセーラ、薄青のドレスのレイティア、紺色のドレスのエリスも美しさを引き立てている装いだったが、公爵夫人のデザインは体のラインが分かりやいもので、妖艶さを感じさせるものであった。
少女の可愛らしさをもった母親と言う印象だけだったが、美の女神である以上、どんな衣装も似合うし、妖艶さを演出するドレスであれば、容易に妖艶さを纏う事ができた。その夫人を見つめた公爵は嬉しそうに眺めているのを見たセーラは、夫婦である事を強く意識した。
ギルバード公爵が美男子で、36歳と言う年齢より若くは見えるが、10代後半に見える事は無かった。年齢相当の威厳を発していたし、30代の男性であると言われた時に、絶対に違うとは主張できなかった。
エリス公爵夫人の方は、どう見ても30代には見えなかったし、20代前半でも、限りなく20歳に近いと言われないと納得できなかった。肌の張りやきめの細かさなどは、少女のものにしか見えなかった。子供っぽく見える行動や態度があったからではなく、肉体そのものが少女と同じようにしか見えなかった。
その夫妻が並んで居るのを見る時、親子のように見える事が何度もあった。剣を握り、弓を放つ姿は、英雄の戦友であり妻にしか見えなかったが、それ以外の場面では、父ギルバードが娘レイティアと並んで居るように見えた。
その2人がお似合いの美男美女の夫婦に見えた事を堪能しながら晩餐が終わると、緊急家族会議がエリックから提案された。
「アイリスと一カ月以上過ごしてきました。」
「もしかして、告白をされたの?」
公爵邸の話題は、アイリス嬢がエリックに対して、好きだから結婚したいと、いつ言うのかであった。エリックが正式な婚約を獲得するための課題であり、エリック側が誘導するような会話はしてはいけないという条件があったため、屋敷内の予想の多くは時間がかかるというものだった。
「違います。」
「それじゃあ、何の話し合いをするの。誘導するのは禁止という事になっているわよ。」
長女レイティアとの会話中に、セーラの方に何度も視線を向けた弟が泣きだしそうに見えた。
「セーラ姉さんが、土の日にアイリスと遊ぶのをしばらく禁止にしてください。」
「エリック、気持ちは分かるけど。理由をきちんと説明しないと、セーラ姉上が可哀そうだぞ。」
「兄さん。」
「どうして、アランもエリックも、私が悪いみたいに言って、そんな顔をするの。」
「姉さんが悪い訳ではないは分かっているけど。アイリスが、セーラ姉さんの話ばかりをして、土の日は屋敷に来てくれるけど。すぐに姉さんの部屋に行って、しかも2人きりでいて・・・。」
「それは私も少し可哀そうだとは思うけど。セーラが悪い訳ではないでしょ。それを禁止だなんて、良くないと思うわ。焦る気持ちは分かるけど。」
長女としてまとめ役を期待されているのは分かったが、セーラとエリックが対立の中心にいるのが初めてであったから、どういう方向に進めば良いのかが分からなかった。家族会議と言っても、公務案件であれば、公爵と公爵夫人の意見が通る事になり、私事については中心となる人間の意向が優先された。家族間で対立する事は珍しく、結論が見えづらい事案は少なかった。
「ごめん、禁止は言い過ぎたよ。ただ、実際には姉さんに、用事を作ってもらって外出してもらいたいんだ。セーラ姉さん、お願いだ。僕にもチャンスを。」
懇願されたセーラは困った。今度の土の日に解決する問題である事を知っていたが、それをここで今、言う事ができなかった。
「セーラ。今度の土曜日だけ、少し用事ができたと言って、エリックに譲ってあげてはどうかしら。」
長女の妥当過ぎる提案だが、今度が一番大切な日になる予定だから、それを受け入れる訳にはいかなかった。そして、それを強く拒否すれば間違いなく、何かがあると気づかれてしまうから、どう対応すればいいのかが分からなくなった。
母親エリスとは姉レイティアが壁になって視線を合わせる事はできなかった。正面側にいるアランは今回、弟に賛同していた。左右に家族を従えて座っている公爵家当主の美丈夫にセーラは助けを求めて視線を向けた。
カップを手にして、口を潤わせてから、ゆっくりと当主が意見を言い始めた。
「レイティアとロイドのように時間をかけて仲良くなればいい。アイリス嬢は7歳だ。焦る必要はない。」
私事に関する家族会議で父親が意見を述べる事はほとんどなかった。公爵家の全権を握っているため、できるだけ自身が介入しない事で、家族の意見を優先させようとしていた。ただ、今回は娘からの訴える視線を受けて、エリックを諫める形の意見を述べる事にした。
「それに、アイリス嬢に来てもらっているのは、私たち家族に慣れてもらうためでもある。私はこのままで良いと思う。」
父親にもう一度視線を向けると、セーラは初めて父親から視線で合図をもらった。それは明確な動きではなかったが、自分が視線を向けた瞬間に、視線を交差させただけの事だった。
「私はお父様の意見に賛成。エリックはどう?」
「分かりました。」
レイティアに促されるまでもなく、父親の意見は簡単に動かせるほど軽いものではなかった。
「お父様、家族に慣れてもらうというのであれば、次の土の日の晩餐に、ミクソン一家をご招待してはどうでしょうか?」
「分かった。そうしよう。招待状は私が書く。」
父親が自分の意を読み取ってくれた事がこれ程嬉しいものであると言う事を初めて知った。自分と一番血のつながりが深いのに、間にいる母ミーナの存在によって、一番近づきたい存在でもあった。近づくことができないでいた父親に少し近づいたと感じただけで、こんなに幸福感に包まれるのだと言う事を知った。
オズボーン家とミクロン家の晩餐会の直前、セーラの部屋から出てきたアイリスはエリックの自室に向かうと、公爵家の家紋を刺繍した絹のハンカチと愛の言葉を送った。7歳の少女から放たれた好きですの一言はとても強力だった。ポロポロと泣き始めたエリックは、泣き姿に慌てふためいているアイリスに、戸惑わせたことを何度も笑顔で謝った。
大切な宝物になった髪飾りと押し花にしたガーベラの花の贈り物に対して、何を贈り物とすれば良いのかを、アイリスは最も頼りになるセーラに尋ねた。得意の似顔絵を贈る事を勧められたが、婚約の贈り物には相応しくはないと考えている事を告げると、ハンカチに刺繍を施して贈り物にするのが淑女の定番である事をセーラから教えられた。
公爵家の家紋を刺繍する事を決意したアイリスは、一度もしたことがない刺繍をセーラに教えてもらうために、休日のほとんどをセーラと一緒に過ごしていた。エリックを驚かせたいからと、2人だけの秘密にしてもらっていた。
晴れてエリックは、条件を達成した事で、正式な婚約を結ぶことになり、両家は晩餐の前に手続きを行った。
この日の晩餐が両家にとって、エリックとアイリスにとっての記念日になった。




