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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
2年生
33/198

2年生 その32 太陽の日

32 太陽の日


 週の7日目の太陽の日は、土の日に続く休日ではあるが、国民全体が一斉に休む訳ではなかった。イシュア国では特定の宗教が国教となっている訳ではなく、存在する宗教も全て多神教であり、宗教上の戒律が民衆の自由を制限する事は無かった。強い宗教が育たなかったのは、ほとんどの民が自分達を助けてくれない神とやらよりも、魔獣を駆逐して国を開拓してくれた王家を頼りにしていたからだった。

 そして、王家の剣であるオズボーン公爵家も王家と同様の敬意を向けられる存在であったが、公爵家の人間は、戦闘に強い部分では人間離れしていたが、多くの部分では単なる人と同様であり、経験不足が原因であるのか、未熟な部分もあった。

 公爵邸の昼食は、大食堂で使用人も主一家も同じ皿と鍋から自分が食べたい分だけを取って、席へと運んで食べる事になっていた。

「姉上、そんな不機嫌な表情で食べなくても良いのではありませんか。」

 庶民のものと少しも変わらない飾り気のない水色のワンピースは、姉と母親の部屋着のような位置づけで、美人母娘を着飾りたい機会を狙っているメイドたちへの、構ってくれないで欲しい合図だった。

「料理は美味しいわよ。」

「午後は母上と楽しくお茶会でもどうですか?」

「・・・そんな気分ではないわ。」

 午後の予定をキャンセルされた第1公女は不機嫌極まりない表情であった。

「母上、そんな落ち込まないでください。姉上は、ロイド兄さんと遊ぶ予定がなくなったから気が立っているのであって。」

「別に気が立っている訳ではないわ。お母様だって、セーラがお出かけで寂しいと思っているだけでしょ。」

「レイティアがいなくても寂しいと思うわ。」

「・・・ごめんなさい。お母様。お母様に憤りを向けても意味がないのに・・・。」

宰相を祖父に持つ婚約者ロイドは、時々宰相から任務を命じられる事があった。その場合、レイティアとの約束がキャンセルされるのは、余暇の時間を全てレイティアが独占しているからであった。最初が孫に仕事を任せる度に、レイティアは苛立ちを隠すことなく面に出していた。今回の苛立ちは、アランから見れば中レベルで、上手に家庭内で処理すれば、宰相府に抗議しに行かなくて良さそうだった。

「そう言えば、エリックが朝食後に街へ出る事は聞きましたが、昼食は外で食べる事を聞きましたか?」

「アラン、話を変えても、私の憤りは消える訳ではないのよ。任務が任務だから、宰相様には抗議しには行かないけど・・・。」

「ロイド兄上は、将来を嘱望されている優秀な文官でもあるから、宰相様も力を借りたいのでしょう。」

「未成年の学生に仕事を任せるというのが間違っているのよ。宰相府にだって、人はいるでしょ。何のために文官を揃えているのよ。」

話題を逸らそうとしても、それが実現できない時には、苛立ちの度合いは高く、どこかでガス抜きをしないと爆発してしまう事をアランは理解していた。ロイド絡みでなければ、理想の姉であるのに、3歳からの婚約者の事になると、まるで別人のように落ち着きのない少女になった。愛と言う感情が自分ではどうにもならない事がある実例としてアランは認識していた。そして、それが姉上だけの性質ではない事をこの後、後継者は理解する事になった。


 朝食を取ったエリックが1人で出かけようとすると、御者のユージンが門で声をかけた。実力的に公子公女に護衛は必要なかったが、単身での外出においては、一応護衛を付ける事が推奨されていた。ユージンは護衛として、第2公子に従って外出した。

 公子公女が外出する場合、前夜に家令を通して護衛役に話が下りてくるが、今朝は突然エリックが公爵邸を出ようとしていた。紺のズボンに白いシャツと青のベストを着用しているエリックの姿に特別な何かはなかったが、街へ出るとアクセサリーの店へと直行した。

「エリック様、ここでお買い物ですか。」

「うん。そう。」

「食材探しではないのですか。」

「今日は違うな。1人で選びたいから、店の外で待ってもらってもいいか。」

「はい。」

 1時間以上店の入り口で待っていたユージンは、美少年の若君が手にした紙袋に笑顔を見せている姿にしばし見惚れていた。二公子が生まれた時から仕えていたが、こんな嬉しそうな幸せそうな表情を見たことがなかった。

「花屋に行く。」

「はい。」

 花屋に着くと、何かを探すように店内を見回して、緑のガーベラを指定すると、その一種類のみで花束を作るように依頼したのを見たユージンが声をかけた。

「エリック様、アクセサリーと花束をお贈りする相手をお聞きしてもいいでしょうか?」

「アイリス嬢に贈るんだ。」

「ランドルフ様のご令嬢・・・。昨日、ご訪問されたお礼という事ですか。」

「うん。そんなところ。」

 それから、ランドルフ邸に向かう間にユージンが思いついた事を聞いてみた。

「アイリス嬢に、婚約を申し込むとか、ないですよね。」

「そうだよ。」

「え、エリック様。お待ちください。公爵様にお話は通しておられるのですか。」

「通しているも何も、昨日は婚約者候補とのお見合いをしたんだ。その流れとして、婚約を申し込むのは当然だろ。」

「・・・・・・。」

「アイリス嬢に受け取ってもらえなかったらどうしたらいいと思う?」

「え!え?」

「最初から、そんな事を考えるのは失礼だよな。でも、こういう事をするのは初めてだから。ユージンはプロポーズの時は、どうだった?」

「食堂で、そろそろ結婚しようかって・・・。」

 若様が突拍子もない行動をする事には慣れていたが、今日の行動は優秀な護衛であるユージンの思考を乱した。

「そうか。昨日の帰る時に言えば良かったのかな。いや、贈り物は何もなかったから。」

 公爵邸に連絡をしなければならない事態が発生していたが、1人護衛を離れる訳にはいかず、そのままエリックに従って、ミクソン家へと吸い込まれていった。


「エリック坊ちゃん、どうして?」

「アイリス嬢に取り次いでもらえないだろうか?」

「あ、あの。ユージン殿。」

「あなた、誰が来たの?」

「エリック様が来たんだ。」

 玄関と2階を繋ぐ階段に母娘が姿を現した。

「失礼する。」

 屋敷内に入った公子が颯爽と階段を上がっていく、3段ほど残して接近したエリックは、緑の花束を差し出した。少しだけ下からアイリスを見上げたエリックは、真っ赤になりながらも真剣な瞳でしっかりと見つめた。

「僕と婚約して欲しい。」

 3人の大人たちは驚き、何かをすればいいのかと考えると同時に、絵画から飛び出してきたような美公子が人生最良の時を得ようとしている事を見守るしかできなかった。

「はい。喜んで。」

 自分の髪と瞳と同じ色の花束に自分への思いが籠っているのが分かった。7歳の少女に愛情は分からなかったし、恋心もまだ誰かに向けた事は無かった。昨日、自分に積極的に話しかけてくれなかった公子に嫌われてしまったのかなと少しだけ落ち込んでもいた。だから、自分の事を好いてくれていた事が嬉しくて、ただそれだけで返事をした。

 両手を差し出して、花束を受け取ると、そのまま胸で抱きしめた。花束からエリックに視線を戻すと、王子様の笑顔が眩しくて、とても嬉しそうだった。

「これも贈りたいんだ。」

 ポケットから小さな紙袋を、その中から小さな青い宝石のついた金色の髪飾りを取り出した。最後の3段を上がって、自分の胸の高さにある婚約者の髪にそれを差した。年齢と勢力図の関係から言えば、政略結婚ではあった。ただ、この場にいた5人は、素敵な恋愛結婚の一幕の美しさにしばし見惚れていた。


 5月末の太陽の日の休日、セーラは王家が支援する第1初等学校で作業をしていた。公爵家が成功させた祭りを、第1初等学校にも導入する事になり、第1王子コンラッドの指揮の下、セーラはいつもの同級生達と手伝いする事になった。アランがまとめた仕様書があるので、セーラはそれを伝えるとともに体験談を語った。

 最初の会合という事もあり、昼食後は懇親会になったが、セーラは途中で抜け出して公爵家の馬車に揺られていた。昨日のミクソン家でのエリックの対応が酷すぎたので、お詫びに懇親会でも提供した焼き菓子を持参して、お詫びをしようと考えていた。形式的な見合いだとは言え、遊びに行ったのだから、もっとエリックは話しかけるべきだった。

 ミクソン家に到着した。庭とは言えなくもない広さの敷地内に馬車が止まると、別の馬の嘶きが聞こえた。セバスチャンを待たずに馬車から降りると、公爵家の家紋の付いた馬車が目の前にあった。家令と令嬢が顔を見合っていると、玄関の扉が開いて、公爵家の御者であるユージンが飛び出てきた。

 エリックが婚約を申し込んで、アイリスがそれを受けた後、ユージンはランドルフに護衛を頼むと、公爵邸に戻って夫人に事の次第を報告した。すぐさま、夫人はレイティアを引き連れてミクソン邸に駆け付けると、1階の応接間でエリックを叱り続けていた。

「アイリスちゃんは?」

「ミクソン夫人と一緒に2階の自室で待っています。レイティア様が、エリック様とは一緒にいない方が良いと仰いまして。」

 セーラはユージンに玄関の所で馬車と来客者の対応を続けるようにと指示をすると、セバスチャンを引き連れて2階へと上がった。

「セーラです。ミクソン夫人、入ってもよろしいでしょうか。」

「はい。」

ベッドに腰かけた母と娘が、輝かしいはずの透き通ったエメラルドの瞳から不安を溢れされていた。公爵夫人が乗り込んできて、エリックを階下で叱っていた。普段を知っていれば、それが恐れるようなものではないのが分かるが、暗闇の暴走で魔獣をなぎ倒した英雄としか知らない2人が、怒りの公爵夫人に怯えるのは当然だった。

アイリスの部屋の壁に飾ってある公爵夫人の似顔絵は発表祭で書いたもので、本物ではなくても、美の女神の絵は美しく、アイリスにとっては飾るに相応しいもの、もしくは宝物に思えた。今日はその女神を義母と呼ぶ事ができるようになった事を笑顔で喜べるはずだった。

セーラはアイリスだけでなく、その部屋もしっかり見回した。ベッドには緑のガーベラの花束があり、頭には髪飾りがあった。

「セーラお姉ちゃん。」

「アイリスちゃん・・・。夫人、話をしてもいいでしょうか?」

「はい。」

 アイリスの前で跪くと、膝の上にある両手に優しく触れながら微笑みかけた。

「お母様も私も、公爵家の皆が喜んでいるの。そんな顔をしないで。ただ、いくつか聞きたいことがあるのだけど、聞いてもいい?」

 アイリスが神妙な表情で頷いた。

「エリックが、婚約を申し込んだのよね。」

「はい。」

「それを聞いて、嬉しかった?それとも・・・。その時の気持ちを聞きたいの。」

「嬉しかったです。驚きましたけど。」

「それは驚くよね、でも、嬉しい気持ちもあったんだね。」

「はい。」

「婚約の申し出を受けてくれたのよね。」

「はい。」

「私も受けてくれて嬉しい。だけど、困らなかった?急に申し込まれたから。」

「・・・・・。」

 セーラは義妹が困るという言葉を言いたくないのが分かった。叱られているエリックの不利になるような事をしたくなかったと考えていると推測できた。その事がとても愛おしかった。言葉を選びながら自分の言いたいことを伝えたいが、どう表現をすればいいのかが分からない時、沈黙を選んでしまう幼い少女の視線から、セーラは強さを感じていた。

「別の事を聞くけど。申し込んでいる時のエリックをどう思った?どう見えたかな?」

「格好良かったです。」

「王子様みたいだった。」

「はい。キラキラしていて、綺麗で、格好良くて・・・。」

「アイリスも可愛いね。」

 セーラの言葉に対してか、自分の言葉に対してか、あの時を思いでしたのか、それは分からなかったが、笑顔を取り戻した義妹が顔を真っ赤にしていた。義姉が自分を歓迎している様子だと分かって、アイリスはこわばった表情を溶かしていった。

「あ、ありがとうございます。」

「ふふ、キラキラしていたから、婚約を受けてくれたの?」

「違います。」

「どうして受けてくれたの?」

「頑張っていたから。」

 エリックが必死に申し出ている姿を、頑張っている姿と表現したアイリスの評価を、エリックは喜ぶだろうと姉は笑顔で聞いていた。少なくとも、弟の気持ちはしっかりと伝わっている事に安心した。

「頑張っていたんだね。じゃあ、エリックにおめでとうを、言ってあげたいんだけど。その前に、少しだけ叱る事になるわ。アイリスは許してくれる?」

 叱るという言葉に妹は表情が固めた。今、世界一美しく、世界一強い女性が、それをしている事に恐れ嘶いていたのだから、7歳の子供にとって、すぐに同意する事はできなかった。

「叱るの?」

「叱るわ。だって、エリックは順番を間違えてしまったの。」

「順番?」

「昨日の料理は手順を変えただけで、とても美味しくなったでしょ。」

 アイリスだけでなく、2人を見守っていた夫人も大きく頷いた。

「今回も、エリックが順番を間違わなかったら。もっと、もっと楽しくて、嬉しい時間になっていたの。私が持ってきたお菓子でお茶を飲みながらの楽しい時間になっていたの。それをエリックが間違ってしまったの。」

「でも。」

「婚約を申し込む時に焦ってしまったエリックの気持ちも分かるのだけれど・・・。これは今後のためなの。それに、エリックが叱られても、後でアイリスは慰めてくれるんでしょ。」

「はい。」

「では、少しここで待っていてね。セバス、アイリスちゃんと夫人に、エリックの小さい頃の話とかをしてあげて欲しいのだけど。」

「畏まりました。」

部屋にもう1人がいる事に驚いたアイリスの頭を撫でながら、髪飾りを褒めるとセーラは階下へと向かった。


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