2年生 その29 人気者
29 人気者
公爵邸晩餐。
4月は社交シーズンであるため、公爵家の晩餐はドレスアップしての本格的な装いになる事が多かったが今年は違った。テーブルマナーは完璧だったが、6人家族は庶民にしか見えない気軽な装いで、今日も夕食を楽しんでいた。
「今年はセバスが、晩餐のドレス着用を言ってこないから楽でいいわ。」
「レイティア、セバスは私たちのためを思って忠言してくれているのだぞ。」
「分かっています。お父様。セバスがいる時には、こんな話はしません。」
「レイティア姉上、父上が仰っているのは、そういう事ではなく、ドレス着用の必要性を理解してほしいと。」
「アラン、分かっています。会話を楽しんでいるだけです。それよりも、大人になった事をアピールしての、姉上、父上なのだろうけど。隔たりを感じるわよ。ねえ、セーラ。」
「私は、響きが素敵だと思います。」
「セーラ姉上。」
「お姉様に、言われると恥ずかしくなります。」
談笑しながらの晩餐が終わり、メイドがお茶を用意すると、自然と家族会議が始まった。最近の重要議題は、パーティー参加者の様子を報告する事と、アランに接触してくる家に関する評価などが主なものであったが、公爵夫人の一声で議題が変わった。
「アラン、もう2週間になりますけど。報告がありません。」
「あ、あれは。」
「兄さん、何の報告?」
「母上、ここで話しても良いのでしょうか。」
「構いません。大切な事です。」
「何の報告なの?兄さん。」
唯一学園へ通っていない弟は、どのような話題でも楽しい上に、兄と共有できる何かを求めていた。よく似た兄弟は、初めて異なる場所での時間を過ごす事になり、内面的な部分で大きな差が生まれていた。
「セーラ姉上の人気調査だ。」
「人気調査?」
エリックは声を出して驚いた。姉妹は声を出さなかったが驚いた。姉は左隣の自分と同じ顔の母親の横顔を見つめながら、妹を困らせるような事がなければいいとだけ願った。
「お母様、私の人気調査とは、どういう事なのですか。」
「まずは、アランの報告を聞きましょう。」
「学園に入ってから、私に姉上に関する事を質問してきた人数は12名です。いずれも好意的な興味を持っていました。」
「セーラ姉さんは人気があるって事でいいの?」
「私に話しかけて来た者という範囲では・・・。以上です、母上。」
14歳の公女が未婚であるのだから、公爵夫人としては様々な情報収集を行って、婚約者候補を何人か探し出し、婚約を実現するというのは、当然の行動であった。だが、美の女神であるエリスは、子供達の前ではただの母でしかなく、公爵家の権力を理解しながらも、権力維持のために子供達の婚姻を考える事は無かった。子供達が幸せを感じる結婚が良い結婚、幸せを感じない結婚が悪い結婚という、庶民の母親と同じ認識しか持っていなかった。
「セーラが美人で優しく、女性の鑑と言える事から、皆に好意を持たれているのは分かっています。アランに頼んだのは、特にセーラに近い男性、近づこうとしている男性についてです。」
政略結婚などさせるつもりは無かったので、セーラ本人に近づかない男性の情報は無価値なものでしかなかった。
「学年が違うので、姉上に直接接近する男性に対して、私が接触する事はできませんでした。」
「え、あの3人にそういう気持ちはありません。」
「セーラの気持ちは知っています。ですが、3人がセーラを好き。」
「お母様、3人もそうではありません。友達として仲が良いだけです。」
何度か同じような話はあったが、その都度同じような対話が繰り広げられてきた。それを嫌った事は無かったが、アランに調査を依頼したというのが、自分の言葉が信じられていないように思えた。その思いが口調にはっきりと現れた。
憤りを含んだ声と口調に夫人が怯むと誰もが思った。セーラも感情を露にした声で母を威嚇してしまったことを後悔した。
「セーラ・・・。レイティアは少し席をずらしてもらっていい?」
「はい。」
「セーラ、こっちを向いて。」
「はい。お母様。」
「母として言わなければならない時が来ました。」
レイティアの前で母娘が見つめ合っていた。ミーナを常に意識しているエリスが、セーラに対して母という立場で言葉を発する事は珍しい事だった。自らが母であると明言してから話をするのは初めてだった。
「セーラは最近鏡を見たことがありますか。」
「???・・・はい。毎朝、髪を梳かす時に。」
「では、鏡の前で裸になった事がありますか?」
「え、え、え・・・。」
「ありますか?」
何を言いたいのかが全く分からなかったが、灰青色の瞳から強い意思を感じると、冗談を言っていないことだけは分かった。
「ありません。」
「では、今夜寝る前に見てみなさい。そうすれば今からの話に納得できるはずです。」
「はい。」
「いいですか、セーラ。この1年間で成長して、少女ではなく、女性になりつつあります。今までは可愛らしい女の子としてしか見られませんでした。でも、これからは違います。男性を魅了する女性として見られるようになるのです。今まではただの友達という認識だったとしても、急に恋心を持つようになる事もあるのです。」
いつもの褒め過ぎとは言い返せない真剣さがあった。政略結婚で幼少期から1人の男子を愛する事しか経験していない女性の言葉だと、軽い言葉と受け止める事はできなかった。
「見た目が少し変わったからと言って、急に恋に落ちるような事はないと思います。」
「では、セーラに聞きます。今のアランとエリックを見て、1年前と同じように思えますか?」
「大切な、弟達です。それは変わりません。」
「変わらない所ではなく、変わった所に気付いて欲しいのです。2人共、背が高くなり、身体も少しだけしっかりとして来ました。1年前、2人を可愛い弟達だとは思いませんでしたか?」
「思いました。」
「では、今も可愛いとだけ思いますか。エリックはまだ可愛らしさを持っていますが、アランはどうですか?可愛いというより、逞しいとか頼りになるとか、そういう風に思いませんか?」
「はい。1年前とは違うと思います。」
2人の弟が公爵と似ていて、その姿を重ねたことで、格好いい弟達だと思ったことはあったが、純粋に2人だけを見ている時には可愛い弟達だとしか思えなかった。それが今、父の姿と重ねなくても、格好いいと思えた。姉として、弟に恋い焦がれるような事は無かったが、学園でアランが女生徒達の注目を浴びるのは理解できた。
そして、毎日の生活の中で少しずつ変化していったから、今までの違いを強く認識する事は無かったが、母親に指摘されてみると、アランには男らしさが加わっているように感じられた。
「同じ家族の中でさえ、見た目が少し変わっただけで、受ける印象が大きく変わります。その変化は、見ている側の心にも変化を与える事があります。体が成長するように、心も思いも成長する事があります。セーラもそう思いませんか?」
「はい。思います。」
「セーラも、アランも、エリックも、いずれ婚約、そして結婚する事になります。それは、生涯の伴侶となる異性を見つけなければならない事を意味しています。過剰に意識するように思えたとしても、自分の成長と共に周囲からの見方が変わる事を理解しておくべきです。」
「はい。良く周りも見るようにします。」
神妙な表情で返事をしたセーラに向けていた真剣な眼差しと表情が変わった。
「いえ、セーラ、早く結婚して欲しい訳ではありませんよ。長く一緒にいたいとは思っています・・・。結婚が遅くなるのも良くないわね・・・。どうしよう、セーラがいなくなったら。え、あ、レイティアも結婚すれば、ここを出ていくのよね。」
「もちろんです。お母様、ロイドの所に嫁ぎますから。」
「どうしましょう。レイティアもセーラも出て行ってしまうなんて。どうしましょう。旦那様・・・。あ、婿をもらう事にすれば。」
「いや、エリス、そういう訳にはいかない。嫁に出す事になる。一緒の屋敷に暮らすのは無理だが、近くに屋敷を構えてもらえれば、会う事はできるから。心配する必要はない」
「そうね、そうすればいいんだわ。でもそれなら、セーラの相手は王都在住ができるという事が条件になるから。」
「母上、気が早すぎます。落ち着いてください。」
次期当主の自覚があるからか、思考が暴走し始めた母にアランは注意をした。
英雄、弓術天下一、公爵夫人、美の女神などの呼称通りの女性である外面に対して、内面には少女と変わらない華奢な心が存在していた。3人の子供達は小さい頃から、その弱さをどこかで感じていたが、確信が持てるものではなかった。しかし、セーラの存在を知ってから、その弱さは明確になり、母親が幼い子供のように見える事さえあった。ただ、それを愚かだと思う子供達はいなかった。3人共母に対して深い愛らしさを覚えていた。
アランが学園に入学してから1カ月が過ぎた。学園中の女生徒が貴公子に恋をしたかのように、アランは方々で囲まれていた。上級生に声をかけられる事も増えてきた所で、長女に救援を求めたが、恋する乙女を止める事はできない。という時々出没する姉理論で無視された。
もう1人の姉は、この件についてはアランの敵だった。同級生から頼まれて、アランとの昼食会なるものを催す事に尽力していた。母親の言いつけを守る事を弟に訴えて、アランが女生徒と触れ合う機会を増やす事を、姉の使命だと認識していた。公爵家の跡取りが、素敵な女性と結婚する事は一家として重要な事であり、その女性を探すための機会を増やす事は、姉の使命とさえ考えていた。
「お姉様。」
「セーラだけ?」
学園内の小さな休憩室に入ってきた金髪をなびかせた女性が、笑みと共にセーラに近づいてきた。テーブルの上に乗っているバスケットからは良い香りがしている訳ではないが、妹のお弁当準備を厨房で見ていたので、どんな香りの料理が入っているのかは知っていた。
「3人だけで昼食をとるのは初めてかしら。」
「はい。3人だけなのは。アランは。」
言いかけの言葉が止まると、扉が開いて、学園の貴公子が焦った表情で飛び込んできた。外では笑顔を決して絶やさない弟が何に焦っているのかを姉達は知っていたが、それを嫌がっているような弟の態度が間違っているとしか思えなかった。
「女生徒に声をかけられるのが嫌なの?」
「レイティア姉上、助けてください。」
「とりあえず、お姉様もアランも食事を取りながらのお話でいい?」
落ち着きを取り戻した演技を見せながら、今日ここで勝負を決める覚悟のアランは、2人に語り掛けた。
「年上の女性が苦手ではないのですが。恋愛対象には思えないのです。レイティア姉上には、この話を広めてもらいたいのです。セーラ姉上には、2年生の方々との食事への同席については、すべて断ってもらいたいのです。」
「年上が恋愛対象ではないというのはどういう意味なの?」
婚約者ロイドの1歳年上であるレイティアには気分の良くない意見だった。
「年上と言っても、2年生には誕生日が来るまでは同じ年という事もあるから。」
「少しでも年上なのはダメなのです。」
「アラン、初めて聞くけど、私たちを騙そうとして、そんな事を言っているのではないのよね。分かっていると思うけど。」
「分かっています。公爵家の跡取りとして、早く婚約する事の大切さも、今の状況も婚約が決まるまでの一時的なものであって、ずっと続く訳ではないから、面倒だとか、飽きるとか、そういう気持ちで物を言ってはいけない事は分かっています。」
「でも、急に年上が恋愛対象ではないなんて、今までに一度も聞いたことがない事を言われたら。もしかして。私やセーラの事は嫌いって事なの?」
「え、アラン、そうだったの。」
いつもは燃えるような赤い瞳が火の消えるように弱い輝きになった。表情を維持する事が得意な姉であっても、その瞳から多くを知れる事をアランは理解していた。そして、今回の作戦の成功への手ごたえを得た。
「お二人とも大好きです。嫌いなはずありません。ただ、私が年上を恋愛対象として見る事ができ尚には、お二人が原因なのです。」
「私とお姉様が原因?」
「はい。これは最近まで自覚していなかったのですが。年上の女性を恋愛対象として考えようとすると、頭の中で姉上たちとの比較が始まるのです。家族への愛情と恋愛感情が違うのは分かっているのですが。こういう所がレイティア姉上の方が優れているとか。こんな所はセーラ姉上の方が圧倒的だなとか。そういう事を考えてしまうのです。」
「それって、私やお姉様の方が。その、素敵な女性だと考えてしまうという事なの?」
「はい。私が未熟なのかもしれませんが、今年上の女性と交流しても、姉上たちほどの女性ではないと考えてしまって、好意的な感情を持ちにくいのです。しばらく時間が過ぎれば、変わるのかもしれませんが。何というか、今のままでは年上の女性の欠点を見つけるために会うようになってしまっているのです。」
比較的感情を表情に出しやすい白肌の姉が戸惑いを見せた。姉自身の中で筋が通っている時の議論では無類の強さを発揮するが、それが揺らいだ時の脆さは母親譲りである事をアランは良く知っていた。ここで止めを刺すセリフは3日の時間を費やした傑作だった。
「出会いは大切だと分かっています。誰とも会わないという訳にはいかないので、レイティア姉上には、セーラ姉上よりも素敵な女性を紹介してもらいたいですし、セーラ姉上にはレイティア姉上よりも素敵な2年生の方がいれば、ぜひ紹介してもらいたいのです。」
姉妹愛の深さを利用する事にはなるが、現状を打破する方法がこれしかなかった。
「アランの言う事は分かったわ。そうね、年上の女性をセーラと比べてしまうという気持ちは分かるし、そうなると、確かに。」
姉達との戦いには勝利したが、アランの戦いは終わった訳ではなかった。アランへの道が狭まっただけで、完全に閉じた訳ではなかったため、その道に侵入しようとする者は減る事は無かった。




