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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
1年生
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1年生 その3 自室にて

3 自室にて


 ミーナは8歳時、6歳になるエリス・レヤードの侍女となった。家族を失った1人一人ぼっちの彼女は、雇い主であるレヤード伯爵への恩義を、その娘であるエリスに捧げるうちに、2歳年下の伯爵令嬢の姉となっていた。本人にはそんな意識はなかったが、結果として幼いエリスは姉として慕っていた。

 6年の月日が過ぎた。12歳になったエリスは、正式な結婚は18歳まで待つ必要はあったが、次期公爵夫人としての教育を受けるために、公爵家に入った。ミーナは同行して、エリス専属の侍女として公爵家に仕えた。

 戦公爵の妻としての役割は様々とあるが、エリスに課せられたのは戦士として、夫の隣に立つことであった。その役割を果たそうとしたエリスを支えたミーナは、姉というだけでなく、親友であり、母親であり、分身とも言える存在となっていた。

 そして、さらに8年後、イシュア暦350年10月7日の「暗闇の暴走」が起こる。25年に一度発生する魔獣たちの大量出現に対応したオズボーン公爵家は、辛うじて魔獣たちの暴走を抑止するには成功した。

成功したが、公爵家は崩壊しかかっていた。

先代当主であるギルバードの母親は戦死し、ギルバードとエリスは生き残ったものの、戦闘時の薬物使用の後遺症のために身動きが取れなかった。公爵家の人間が機能不全になり、多くの家人が絶望に飲み込まれそうになる中、エリスに寄り添うだけでなく、公爵家を切り盛りして、家人を、公爵家を支えたのがミーナだった。

もちろん、それができたのは、優れた能力だけでなく、エリスと共に公爵邸に来てからの8年間で公爵邸の全ての人間から信頼されたからでもあった。

そして、公爵夫人エリスの14年間を、ミーナが必死に守り支えた事を、エリス自身が正しく評価していた。

どのような事があっても揺るがないほどの信愛を向けるに相応しい家族である。


 セーラはレイティアに導かれて自室に入って、すぐにその大きさに驚こうとしていた。

長大な廊下を歩き、扉と扉の間隔から、その大きさを想像していたが、目の当たりにした空間に対して驚いていた。セーラ基準の食堂が2件分入る空間に、大きなベッド、豪奢な飾り彫りがある机、その側にある本棚、鏡台、向かい合ったソファー、その間にある低めの机も豪奢であり、それぞれの家具類が部屋の中に点在している。

その光景に半開きの口から、何らかの言葉が出かかった瞬間。

目の前の淡い水色の妖精が、金色の扇と共に舞うようにして振り返り、静かに優しくセーラを抱きしめた。

背中に回った右手、左手は赤い髪を撫でるようして包み込んだ。赤い瞳は妖精の右肩と胸の間に沈んで行った。

花の香りがする。低い机の上にある花瓶に刺された赤い花の香りがする。

触れた所が温かい。母ミーナと食堂のおじさん、おばさん以外の人間のぬくもりを感じる。

重なった胸が柔らかい。15歳の少女は女性になろうとしている。

深紅の瞳の奥が熱い。泣かないと決めていたから赤い瞳を隠す。

静かな空間にレイティアの鼓動だけが浮かんでいる。

「今まで放っていてごめんなさい。」

 柔らかい声であったが、力強かった。

「家族になってくれてありがとう。セーラ・オズボーン。」

 力強い声であったが、柔らかかった。

 姉の体の柔らかさと温かさを感じながら、両手を回しながらセーラは抱き着いた。

「レイティア姉様。」

 ぼそっと呟いたセーラを一度力強く抱きしめてから、すっと力を抜いた。それに応じたセーラが手を緩めた。肩を優しく掴まれて、顔を肩下から離されたセーラは、視界を取り戻しながら、サファイヤブルーの輝きをじっと見つめた。

「え。」

 両手で両頬を優しく掴まれたセーラは、つま先立ちになったレイティアが自分の額に信愛の口づけをするのを硬直したまま見つめていた。自分が真っ赤になっているのは分からなかったが、心臓から流れ出した血液の全てが顔に上っているような感じだけは分かった。



 セーラとレイティアが姉妹になるための儀式は終わった。



「確認だけど、この部屋の物は全てセーラの所有物よ。自由にしてもらって構わないわ。」

「分かりました・・・。」

「家族として当然の事・・・。で納得できないのなら、ミーナさんが受け取るべき公爵家からの褒美を、セーラが受け継いだと考えて納得して欲しいの。」

 1年程前セーラの存在を探し出した公爵家は、娘として迎い入れる旨を伝えるために、エリスとレイティアが北の国境の町まで出向いていた。新しい妹を迎え入れる事しか考えていなかった姉は、公爵家に入る事を躊躇っている言動に驚いた。しかも、拒否する方向で考えていることに気付いた時、公爵家と庶民という立場の違いではなく、根本的な何かが違っていて、それが自分達にどうにかできるものではない事を悟った。

 父親の名前すら知らなかった庶民の少女に、公爵家の娘であることを受け入れるには時間が必要なのだろうと無理に考えた。説得を中断しようと決めた日、せめてセーラに金銭的な支援を渡したいと考えた母親の行動は、ただ拒否されただけでなく、傷つけた結果しか生み出さなかった。

 セーラが公爵邸に来てくれると聞いた時、とても喜んだと同時に、あの失敗を繰り返したくないという決意も持った。一方的に何かを与える事でセーラを喜ばす事ができない事だけは、経験から学んだので繰り返すつもりはなかった。ただ、生活に必要な最低限の物品は贈らなければならないし、それを受け取る事に納得してもらいたかった。

「分かりました。ありがとうございます。嬉しいです。本も服も嬉しいです。ただ、化粧品は使ったことがありませんので、必要・・・。貴族としては、しなければならないのですか?」

「しなければならない、という事はないわ。私も化粧品は必要ないと思ったけど。メイドたちが簡単なものでいいから絶対に用意した方が良いと、セーラも喜ぶと言ったから・・・。口紅ぐらいはあってもいいと考えて、用意してもらったのだけれど・・・。」

「姉様が必要ないと思うのに、メイドさんたちの意見で用意とかするんですか?」

 見慣れていないからセーラには分からなかったが、レイティアは戸惑った時の目を細める仕草と、何かを決意をした時の目元に力を入れる表情を見せた。

「後でわかることになると思うから説明しておくわ。」

「はい。」

「セバスから聞いたかもしれないけど。私たち公爵家は、一般的な貴族のイメージからはかなり離れた生活をしているわ。戦公爵の異名があるように、半分以上は戦士、兵士としての生活をしていると、考えると分かりやすい。と思う。」

 セーラは公爵家に行くと決意してからの3か月間、自宅で一緒に生活をしてくれたセバスから公爵家の生活と貴族としての必要とするいくつかのものを学んできた。その中で一番理解できなかったのが、公爵邸では貴族と庶民の中間のような生活をするという説明だった。

 レイティアは自分の生活と侍女の仕事について具体的に話をする。

 朝は自分で起きる。

訓練服に自分で着替えて、訓練場に向かって訓練を済ませる。その間に侍女はお風呂の準備と部屋の掃除をしてくれる。

訓練後に汗を流すと、学園に通うための制服に着替える。この時、侍女が部屋の掃除中か、洗濯物を取りに来るタイミングであると、鏡台の前に座らせて、髪を美しく編み込んでくれたりする。タイミングが合わなければ、適当なリボンで髪を1つに纏めるだけにする。ただ、これをすると侍女にお小言を言われるし、せめて髪を梳かす時間を取るようにと念を押される。

朝食は大食堂で使用人と一緒に食べる。侍女やメイドが給仕をするのではなく、自分で食べたい分を皿に取り、それをお盆に乗せて、自分の席まで自分で運ぶ。

「食事は皆で食べるんですか?」

「昼食の時に分かると思うけど、大食堂で皆で食べるわ。でも、夕食だけは晩餐室で家族だけで食べるわ。マナーの練習になるから。」

「その時は、ドレスを着るんですか?」

「ドレスを着るのは休みの日と。パーティーの練習が必要な時だけ。」

 100着以上のドレスが収納可能な衣装室の中に、ドレス5着とワンピース20着が入っていたが、それが多い方なのか、少ない方なのか、妥当な数なのか分からないとセーラは考えていた。

 それからレイティアは、公爵家の考え方を一通り説明してから、セーラにとって衝撃的な事を言い放った。

「私たち公爵家の考え方は、倹約ばかりする、そう貧乏貴族みたいな考え方と思われているわ。」

「公爵家は貧乏なのですか?」

「貧乏ではないわ。ただ、お金の使い方が違うだけだと思う。ああ、セーラに節約して欲しいとか、そういう事を求めている訳ではないのよ。必要なものはきちんと用意するし、お金を使うことは、王都の・・・。この辺はまた後の話でいい?」

「はい。」

「それと話がずれたかもしれないから、改めて言うんだけど。私とエリスお母様は、他の貴族の夫人や令嬢とは何かずれている所があるみたいなの。だから、セーラが納得できない事があれば、どんどん聞いてもらいたい。それと、他の使用人の意見を聞いた方がいい事が多いわ。」

「化粧品を用意したのは、そういう事だったんですね。」

 頷いてからしばらく沈黙していたレイティアの表情が、急に真剣なものになった。優しさや温和さが消えたのではなく、それを含んだまま、ただただ真剣な眼差しをセーラはしっかりと受け止めた。

「お父様もエリスお母様も、それと私も・・・。セーラにどう近づいていけばいいのかが、分からないの。だから、不安で。どう話しかければいいのかが分からない・・・。私は今、こうして話す中で、寄り添っていけばいいと分かったけど。」

 セーラも同じ気持ちだった。

「お父様とエリスお母様にとって、セーラは自分達の大切な娘であると同時に、恩義に報いる事ができなかったミーナさんの娘でもあるの。」

 レイティアはうまく表現できないだけでなく、両親の思いを勝手に代弁してはいけないのだと考えた。

「時間をあげて欲しい。いつになるかは分からないけど、2人が色々と話す事ができるようになると思う。だから、それまで待ってあげて欲しい。」

「はい。」

 しばらくしてからノックの音がした。

セバスチャンがセーラの荷物を運び入れた時、姉妹が楽しげな会話をしている姿を見た。2人の娘たちは、2人の母親にそっくりで、十数年前の公爵邸の一室で見た事がある光景を、セバスチャンは再び見る事ができた。


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