1年生 その25 祭り
25 祭り
3月第3週の土の日と太陽の日の連休に第2初等学校発表祭が開催された。
祭りの目的から想定された来訪者は、生徒の親と卒業生で、催し物としては小規模になるはずだったが、近隣住民や中小規模の商家が予想外に来訪していた。公爵家が企画した事を知った近隣住民が、恥をかかせてはならないと声を掛け合って賑わいを作った。商家の面々は公爵家との取引のきっかけを作れるかもと期待していた。
特に公爵家との取引がある御用商家3家が、この催しに関しては利益を得るために動くことはしなかった。きっかけ作りを目的として参加したら、暴利を貪る事が無ければ、発表祭で利益を得る事が自由であったため、中小商家は全力で参加して利益を得る事になった。
そして、公爵家と新たに接触した商人達は、公爵家の経済感覚が、自分達と大きく違う事を目の当たりにした。当代ギルバード公爵は変わった貴族であるとの話を聞いたことはあったが、これ程にバランスの良い経済感覚を持っている事に新顔の商人達は驚いていた。
魔石販売による莫大な資産を持っているが、無駄遣いをするような事は無かった。魔石は戦士達が命がけで手に入れるものであるため、どれほどに莫大な利益を生み出したとしても、公爵家は体面だけを気にしてお金を使うような事は無かった。
ただ、公爵家が倹約している訳ではなかった。貴族がお金を使う事で、経済を回す必要があるという貴族の役割はしっかりと理解していて、財を惜しまずに購入する場面もあった。今回の発表祭では、準備のための費用は公爵家が全て出していた上、学校にいくつかの施設を増設もした。
中小の商人達が、公爵夫人から衣服の注文が入った事に泣きながら喜んだというのは事実であったが、彼らの喜びは続く事は無かった。
「普通の服はないの?」
広大な屋敷の一室に50着もの厳選した夜会用のドレスを持ち込んだ商人達は、しばらく硬直していたが、家令の紳士に声をかけられて、ようやく現実に意識を戻す事ができた。
公爵夫人から入った注文には、」夜会用のドレスとは書いていなかったが、庶民が着るようなデザインの服を求めているとは思わなかったのだから、商人達が最上級貴族である公爵夫人のための、豪奢で華麗なドレスを準備するのは、公爵家でなければ当然であった。
貴族女性の普段着の衣服であっても、ほとんどがドレスに準ずるようなデザインの物が普通であると考える商人達の思考は正常だったが、公爵夫人には通用しなかった。
庶民が着るような服が普通の服であって、貴族達がコルセットとセットで着用するようなドレスは普通の服ではなかった。エリスにとって夜会のためのドレスとは、レースや刺繍をふんだんに使うような豪奢なものではなく、町娘が収穫祭で着るような、少しだけ特別感のある衣装であった。もちろん、普通の貴族達が着る華麗なドレスも所有していて、それを着る事もあるが、好んで着る訳ではなかった。小さい頃からの習慣と、戦士として動きやすい事が、服の基本条件だと考えている戦士にとって、動きづらいという一点で、夜会用のドレスは価値の低い物に見えていた。
しばらくして、公爵邸を訪問する商人達は、最高級の布地で作られた庶民が着るような服が大部分となった。この時、商人達が、第2公女セーラに夜会用のドレスを強く勧めていれば、高利益の注文をする事ができたが、公爵夫人の注文に合わせる事だけを考えていたため、商機を失ってしまった。
公爵家と取引をする事は名誉な事ではあるが、多くの利益を手にする訳ではないと気付いた中小商人達は、大商人達が新顔商人達に公爵家との取引を自由にさせている意味がよく分かった。
公爵家がお金を使う事に躊躇いが無いのは確かだったが、高価な物だけを求めている訳ではなく、利幅の小さい商品を大量に購入していたから、総額が大きくなっていただけだった。
公爵家御用達商人の名前が、商業的にはそれほど利益にならない事を知った商人達は、発表祭で利益を得るために全力投球しなければならなかった。
発表祭と名付けられたように、第2学校が提供する商品は、生徒や卒業生が作った物であった。見習いが作った安価な商品ではあるが、一定の水準を超えたものだけを出品しているため、見学に来た者の目を楽しませることができた。費用と品質のバランスが取れている商品は、次々と購入されていった。公爵家との関りでは、それほどの利益にはならないと判断した商人達は、発表会そのものに利益の種を探し始めていた。
優れた職人は1人でも欲しかったが、少しでも名が売れた人材はすぐに大手に囲われてしまうため、中小の商家が王都で職人を得るためには、利益度外視の給与を提示する方法しかなかった。しかし、この祭りで生徒や見習い職人である卒業生の才能を見抜にいて成長させれば、大きな利益を得る事ができる事に気付いた。仮に一流にまで成長しなかったとしても、王都で一定水準の職人を抱える事は、ここでの成功の条件の1つだった。
発表祭開催準備のための事務室が、そのまま開催時の本部となり、今はアランとセーラが緊急事態に備えて待機をしていた。
扉が開き、興奮している様子の公爵夫人が入ってきた。面白がってレイティアが母親に自分の制服を着せていて、見た目は貴族学園の女生徒だった。
「母上、何かありましたか?」
「これを見て。」
胸に抱えていた一枚の額縁を2人に差し出した。
「セーラ姉さんの似顔絵?」
「そうよ。素敵でしょ。似顔絵販売の店に飾ってあったものを買ってきたのよ。」
「素敵であることは、そうだと思います。でも、どうして、セーラ姉さんの似顔絵が・・・。姉さんは、似顔絵を描いてもらった?」
「描いてもらった事はないけど。」
「大分前に書いたと言っていたわ。似顔絵を描く店で、看板代わりに見本だったものを買って来たのよ。そっくりでしょう。金貨一枚の価値はあるのに、銀貨一枚だなんて。素敵な絵を描く小さい女の子だったけど、金銭の価値を分かっていないみたいね。そういった事も学校で教えないのかしら。」
姉弟が顔を見合わせながら、三カ月前の事を思い出した。孤児院で一緒になった少女が同じタッチで似顔絵を描いていたから、あの時のセーラを思い出して描いた可能性が一番高かった。
「お母様。買ったとはいえ、看板代わりにしていたのであれば、それがないと困るのではありませんか?」
「そう思って、セーラを連れて行くと言ったのよ。」
「では、今すぐ行った方がいいのでしょうか。」
「問題ないわ。私をモデルにして、似顔絵を描いて、それを看板にしたいと言うから、モデルになって来たから大丈夫よ、」
そう言ってから、額縁をひっくり返すと、嬉しそうに似顔絵を見つめていた。本人がいるのだから、似顔絵をじっと見つめる必要はないのではないかとアランは考えた。
午後になるとセーラは同級生6人組となって校内を見て回った。学園の制服ではない、庶民の装いの姿に新鮮さを感じた。
「カーニーは女の子の服でも似合いそう。」
「セーラ、一番気にしている事を言わないでもらいたい。」
文句の言いようがない美少年は、女の子寄りの美しさを持っていた。黒いズボンと白いシャツと紺色のベストという男子の定番の服装で身を包んでいるが、男装した少女だと言われると、そのように見えた。美しさは貴族の能力の1つだと言われているが、騎士としての強さを求めている彼には不本意な高評価ではあった。
彼の理想の姿は隣に立っている第一王子だった。厳つい訳ではないが、男性らしい逞しさを滲み出している姿は、王家の人間としての風格を示しているようで、戦士としての成長を遂げれば、騎士王と呼ばれる風貌を持つようになるだろうと、カーニーは非常に羨ましく思った、
「コンラッドには護衛が付くんだ。」
リリアとキャロットと談笑しながら、展示されている装飾品を見て回っているコンラッドの佇まいに威圧感のようなものはなかったが、それを見守る護衛から感じる強さは、第一王子である事を強く意識させた。近衛騎士団の隊長であろうか、帯剣していなくても強さが滲み出ていた。
「あの方のように、貴人の護衛任務を任せられるようになりたい。」
カーニーの望みはよく分かっているが、セーラはそうはならないような気がしていた。特殊な人間と言えるのだから、特殊な任務を与えられるだろうと予測した。
「女装して護衛に着くとかになりそうだね。」
「・・・それでも、護衛に選ばれるように強くはなりたい。」
考え方が全く違う同級生だが、王家を守る騎士であろうとしている姿は立派だと思った。頬を叩かれた愚行も、貴族としての立場を果たすための任務の1つを果たそうとしただけで、したい事をした訳ではないのは良く分かった。そして、自分の目標に向かって邁進しているカーニーの事を、セーラは評価するようになっていた。
庶民出の公女という上にも下にも自由に行き来できる存在である自分が、何になろうとしているのかを時々考えるようになった。そして、明確な目標を見つける事ができない自分と比べると、この発表祭で自分達の人生に影響を与える機会を掴もうとしている生徒達が、立派に見えていた。
「セーラ、展示品に農作物関連はないのか。」
「料理人を目指している子供達で、軽食を出すところはあるけど、農作物関連・・・。学校に品種改良とか授業はもちろんないし、農家になる事を目的とした授業もないわ。」
「そうだよな。王都が求める労働者に、農民は入っていないからな。」
ペンタスも農作物改良によって、自領を豊かにするという目的に向かってまっすぐに走り続けていた。他者からは暴走しているようにも見えるが、成功が見えない中、走り続ける姿は、見通しの効かない森林の中をまっすぐに走っているように見えた。
セーラ自身は食堂で働く生活の中で、生きる事に強くなり、様々な力を持つようになった。公女となり、貴族の生活の中でも様々な事を学んだ。何でもできる力と立場を手に入れつつあることは、幸運な事ではあったが、幸福な人生が確約されたわけではなかった。
幸福な人生とは、達成した先で味わえるものであるのか、歩んでいる時に味わうものであるのかを、14歳となった少女には答えを出す事はできなかった。
2日目、庶民に紛れ込んだ貴族達が校内を歩いていた。公爵家主催に引き寄せられた訳ではなく、宰相の孫が画策したからだった。王都の庶民の生活を知る事は貴族の嗜みであるという説得力皆無の理由で、貴族達を説得し続けた孫の意図を正確に把握した者はいなかったが、何かあるのかもしれないと考えて、行くだけなら行ってみようと考えた貴族達は多かった。そして、第2学校へと足を向けた貴族達は、ロイドの孫の働きかけに感謝する事になった。
お忍びで校内を見学する国王、第一王妃、第一王子の3人を見かけた時、自分達の出席を画策したロイドの意図をはっきりと把握した。同時に、貴族として国王陛下に挨拶しなければならない所を、3人に話しかけないという正しい選択をする事ができた。ロイドが第2学校で公爵家の人間に出会っても、庶民のような服を着ている場合、貴族同士の挨拶は絶対にしないようにと、何度も繰り返し説明していた事を思い出して、それが国王陛下対する配慮である事を理解した。
1日目は、生徒達と近隣の住民のための発表祭であったが、2日目は王都全体から賓客を招いていた。そのため、学校門に臨時の第2運営本部を設置すると、庶民姿のアラン、エリック、セーラの3人が来訪者への対応をしていた。簡単な校内マップを作成して、それを配布していた。
「兄さん、さっきの強い人、誰か分かる?」
「近衛の団長。」
「その後ろの人も強い?」
「その人は、第4団の第2小隊の隊長。」
アランは公爵と共に挨拶回りをしたことがあったので、近衛騎士団の顔と名前が分かっていた。今回の実績を持った兄が、来月の社交界デビューと学園入学で、名実ともに次期当主としての地位を固めると思うと、弟は嬉しさで笑顔になった。
その兄弟を見守る姉は、2人の間にあった危惧を知る由もなかったが、相変わらず仲が良い事を微笑ましく見つめていた。そして、自分がレイティアを敬愛しているように、とまではいかなくても、2人の弟が姉としての自分を慕ってくれるのだろうかと考えた。
「え、どうかしたの?」
セーラの方を向いたアランが笑顔を向けたまま、しばらく見つめていた。
「姉さん、ありがとう。」
「何が。」
「発表祭を開けたこと。」
「手伝ったけど、それは当たり前の事で。」
横にいた弟が首を振った。
「兄さんは、この祭りのきっかけをくれた事を感謝しているんだ。どんな事でもきっかけや、最初の第一歩が大切だと思うよ。」
「そうかもしれないけど。」
「けど、たいした事は無い?姉さんはそう言いたいの?」
「え、ええ。」
「そろそろ、姉さんは自分の価値を正しく理解しないとダメだと思うよ。」
「価値・・・。」
1年前に出会った姉は、着た瞬間から大切な人ではあったが、ミーナの娘という肩書があるから大切だった。でも、今はセーラというとして姉として大切であって、自分達も姉にとって大切な弟達だと思ってもらいたかった。公爵の血筋と言うつながりではなく、共に生活する中で作り上げていった絆でつながった姉弟でありたかった。
セーラがそれを望んでいるように、2人の弟もそれを願っていた。
「私が、セーラ姉さんを頼りにしていて、綺麗な姉だと考えているいう事を知ってもらいたいという事です。」
「僕は、素敵な姉で、楽しい姉で、一緒にいて嬉しい姉で、あー、顔はタイプではないから、綺麗とういうのは素敵には入らないけど。」
「二人ともありがとう。私も素敵な弟がいて嬉しいと思うけど。素敵には綺麗とかタイプとかは入っていないから、エリック。」
前半は真剣に、後半は冗談として話をしたから、エリックがにやにやしているのは理解できたが、アランが落ち込んでいるようにしか見えない態度を取ったのが、セーラには理解できなかった。
「???」
「姉さん、僕に対する意趣返しだとは分かっているけど。アラン兄さんと僕は双子かって言われるぐらいに似ているんだから。」
「あ、アラン、違うの。そういう意味ではないから。」
「そういう意味って、どういう意味なの。」
「エリック、そう言う事を今は言わないで。」
軽口を言いあえる事が親密さの証であると、エリックは信じていたし、そういう関係になれた事が嬉しかった。




