表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
1年生
21/198

1年生 その21 公子の仕事

21 公子の仕事 


 大陸の四季の変化は小さく、寒冷地帯がほとんどないイシュア国では、冬の季節である12月であっても、少し涼しさを感じる程度の冷えを感じるだけの地域ばかりだった。王都も一番寒い時期であっても凍えるような事は無かった。

 王都の賑やかな街路を歩いているのは、深緑のワンピースに茶のベルトでウエストを絞っているセーラと、紺のズボンと白いシャツに黒いベストのアランの2人だった。公子の方は身なりの良い商家の坊ちゃんに見えるが、公女の方は商家に仕える少女のようにしか見えなかった。それは見た目が貧相と言うのではなくて、服が着古したものであって、労働者としての雰囲気を纏っていた。

「どこに行くの?」

「第2初等学校。」

「公爵家が支援している学校よね。」

「そこで、子供達の遊び相手になってから、セーラ姉さんの意見を聞いてみたい。その時に、色々と説明する、でいい?」

「分かった。」

 2人が向かう場所は、庶民たちの学校であり、貴族達が通っている学園とは大きく異なっていた。5歳から12歳ぐらいまでの子供達の学校で、読み書きの基本を学ぶ事を目的とした施設であった。ここで基本的な事を学んだ子供達は、ギルドが運営する各種の職業訓練場へ移り、自分に合った仕事に就くための訓練を始めた。これが多くの庶民たちの生き方であった。

義務教育ではないため通わない選択もできた。ただ、その選択をするのは学費を払う事ができない家庭であり、その場合直接職業訓練場での学習を始めて、すぐに仕事が就こうとした。

どの町でもこういった学校は大抵あった。領地を運営する貴族達が、領土の発展のために教育施設を作っていた。階級によってかける予算が違っているので、規模と質の違いはあった。セーラの生まれ育った町にも小さな規模の初等学校はあったが、セーラは通わなかった。その代わりに、母ミーナより、初等学校以上の教育を受けていた。貴族達が通う学園の上級クラスに入るだけの力を持っていた事は、ミーナの指導力の高さの証明でもあった。

「王都にある初等学校は3つだよね。」

「第1が王家支援、第2が公爵家支援、第3が複数の貴族家支援だけど、今は最大勢力のケネット侯爵家が主に支援している。」

「孤児院も併設しているんだよね。」

「そう。今日は孤児院の手伝いをする予定なんだ。」

王家と貴族が支援としていると言っても、金銭を提供するだけで、今まで公爵家が学校の運営に関わる事は無かった。孤児院の慰問のような事をしたことも一度もなかった。その公爵家の公子が、孤児院での手伝いを始めたのは、2カ月前の10月からだった。

「最近、太陽の日に出かけていたのは、孤児院だったんだ。」

「そうなんだ。」

 学園に入学する半年前、アランは父である公爵に、公爵家の仕事の手伝いをさせて欲しいと頼んだ。入学と同時に社交界にデビューする彼は、次期公爵として注目を浴びる事になるから、実績となるものが欲しかった。

公爵家を侮られないようにという思いではなく、弟エリックのためだった。1つ年下の弟の才能はずば抜けていて、勉学も武技も兄である自分と同等の力を持っていた。幼年期の1年は大きい差であるはずだが、それを埋めるだけの努力も才能も弟にはあった。そして、その兄と匹敵する力を持つが故に、エリックは外部に対して自身の力を秘していた。公爵家の跡目争いが起こらないようにと配慮して生きていた。

その配慮の必要性が理解できたからこそ、今まで弟に対して何も言わずに来たが、兄である自分に次期公爵としての実績が加われば、弟が自分の力を隠しながら生きる不便さから解放されると考えた。

それで父親に仕事をさせてもらいたいとの直談判に望んだのだが、未熟者の実績作りのために仕事を任せる事はできないと公爵は断った。

父の公爵としての判断は正しいと思いながらも、自身が公爵家のためを思っての行動をしているとの考えもあったため、自分ができる仕事を探す事にした。公爵家の仕事リストを見せてもらって検討した結果、第2初等学校の改善と言う新たな仕事を提案した。

運営費を出すだけの公爵家の公子が、改善策を提案したからと言って、誰かの迷惑になる訳ではなく、未熟者が最初にする仕事としては適切だった、失敗しても迷惑を殆どかけない上、改善に成功すれば、発案者の実績となるのだから、公爵は公子の具体的な提案を拒否する事はできなかった。

そのために、アランは休みを利用して2カ月間、頻繁に第2学校を訪問していたが、改善策は未だに見つける事ができなかった。


 平日は3000人を超える子供達が学ぶ場所ではあるが、休日は併設する孤児院の子供達の声がそのまま響いていた。暗闇の暴走の直後か流行病が大流行した時は、孤児が増えるが現在は25名だった。

「こんにちは、お姉さん、お兄さん。」

孤児院の門の前に、6歳ぐらいの小さな女の子が1人で立っていた。

「こんにちは、私はセーラよ。お嬢ちゃんのお名前は?」

「アイリスです。」

「学校の生徒と待ち合わせになっているんだけど。まだ来ていないのかな。」

「私が学校の生徒です。今日は、孤児院のセリスちゃんに、絵を頼まれたの。」

「どんな絵なの?」

「似顔絵を書くの。」

 少女を引き連れて孤児院へと入ると、待ち構えていた子供達の女子たちがアランに集まって来た。

「王子様が来てくれた。」

 その声にセーラは吹き出しそうになったが、笑うのはこらえて自然な笑顔に維持した。子供達がアランを王子様と言いたくなる気持ちも理解できた。セーラは家族として慣れているが、慣れていない子供たちにはアランがキラキラ輝いてように見えるのは理解できた。弟でなければ、1人の少女として憧れを抱いても不思議はないくらいに、美少年であった。

「お姫様みたい。」

 近寄ってきた小さな少女にそう言われたセーラは、赤髪と赤目と赤い頬の同色の表情を作りながら、純粋に喜んだ。王子様の輝きに目がくらんだために、子供達が隣の姉も輝いているように錯覚したのかもしれなかったが嬉しかった。

公女との認識が無い子供から、姫と呼ばれた事は、自分が成長して公爵家の娘としての高貴な何かを身にまとうようになったと考える事ができて、ここに自分を連れて来てくれたアランに感謝した。

「ありがとう。お嬢ちゃんのお名前は?」

「ヘレンだよ。」

「可愛いわね。」

 レイティアのような母性を感じさせる姉の姿には程遠いが、久しぶりに自分より年下の子供達に囲まれたセーラは、自分の理想とする姉の姿に近づこうとした。普段はあまり使わない部分の表情筋を駆使して、吊り目が威圧感を発揮しないように、穏やかな表情と目つきを維持した。

「アイリス、来てくれたのね。」

「はい。」

 セーラより少し小さいだけの女の子が、アイリスという少女に似顔絵を書いてくれと依頼した子で、もう1人の来客をとても歓迎していた。公子と公女が広めの遊び部屋で様々な遊びをしている中、絵描きのアイリスも人気だった。部屋の隅の方で様々な形の木炭を駆使して描いた似顔絵は、白黒ではあったが、余りにも似ているために、子供達の感嘆を集めた。

普段とは違う楽しみを提供された孤児達の喜びが爆発したのは昼食だった。

師匠と弟子のコンビが厨房で準備を始めると、子供達は邪魔をしないように2人を囲んでいた。

「お昼ごはんは任せてね。」

「セーラ姉さんは、料理がとても上手なんだ。私も習ったんだ。」

「王子様の先生ってこと?」

 アランの厨房での今までの働きを見ていた子供達の期待が膨れ上がって、自分達も料理を習いたいと言い始めると、セーラは4歳になる一番小さな子供達にも手を洗うように指示を出した。

「3人は、アランが切った材料を、この中に入れてから、こねこねしてね。」

「包丁で手伝った事がある子たちは、この大きさに揃えるように、切ってね。」

「男の子達は、この実の皮を向いてから。実を絞って。」

 幼少期から食堂で働いた経験があるから可能との姉の説明に嘘はないが、それだけでない事はアランとエリックはよく分かっていた。食材の特性をよく理解して、その活かし方を複数知っていた。それらを組み合わせる事によって、どのような料理になるのかも頭の中に入っていて、料理の過程も完成形もすぐに思い浮かべる事ができた。

同じ食材を用意しても、全く異なる料理を提供できる姉の応用力が、孤児院の子供達を活躍する中でも存分に発揮されていた。

孤児院が用意した材料では、少し硬いパンに、簡単な野菜スープと野菜と少し硬めの肉の油炒めの定番の昼食になる予定だった。しかし、その同じ材料でセーラ達が作った一品目は、挽肉団子と甘みのある野菜の重厚なスープだった。二品目は大きめの挽肉団子を焼いてからソースをかけた物で、肉の味が溢れているだけでなく柔らかくて、複数のソースが用意されてあるから、色々な味が楽しめた。そのソースを少し火で炙った固いパンにかけると、いつものパンとは別物になってものが三品目になった。さらに、甘いソースを使って簡単なおやつを作っていると聞いた子供達が、興奮しながらも、難しくはない作り方を覚えるのに懸命だった。

 昼食の片づけが始まると、一番小さな女の子が、ずっとセーラの側に立っていた。食器を洗うには小さ過ぎるので、手伝いはできなかった。その少女はセーラが仕事を終ると話しかけてきた。

「お姫様みたいなスカート。」

 最初は、庶民の普段着にしか見えない緑のワンピースがどうしてお姫様みたいなのかが分からなかった。

「お姫様みたいかな?」

「これがかわいい。」

 少女が指差したのは、食堂従業員の衣服の敵である染みを目立たないようにするために同系色の糸で刺した花々の刺繍だった。それをずっと見つめていた少女が、自分の服にも刺繍のようなかわいい柄が欲しいと思っているのが、セーラにも分かった。

庶民として暮らしてきたセーラも、普段の服に母が刺繍を施してくれた物は宝物だったし、その時の嬉しさは今でもしっかり覚えていた。

「すいません。院に刺繍糸は置いてなくて。」

「それでは、端切れの布はありませんか。」

「はい。それならたくさんあります。」

 大人の職員から針と縫い糸と端切れ布を受けとると、色取り取りの端切れ布をさらに小さく切ってから、簡単な加工をしていった。セーラは女の子達に、飾りを付けたい服を1つだけ選んで持ってこさせると、要望を聞きながら可愛らしいものへと変えていった。

 子供達にとっては特別な何かを作ってもらうように感じたが、セーラには母ミーナにしてもらい、自分でもできるようになった事をしただけだった。自分もこんな風に母親を見つめていたのだと知る事ができて、セーラはアランに連れてきたもらった事に感謝していた。

 

 この日は、4時まで孤児院で一緒に遊んで、4時半には公爵邸に帰宅する予定だった。ただ、セーラが他にも皆が作れる美味しい料理があるよと言ったことから、夕食も一緒にと言う事になった。

 休日を満喫した孤児院の6名の職員も戻ってきたので、皆で孤児院の厨房で談笑しながら、調理を楽しんでいた所へ1人の男性が飛び込んできた。

「アラン坊ちゃん。セーラお嬢様、ここでしたか。」

「ユージン、慌ててどうした。何かあったのか?」

 公爵邸の御者兼庭管理のユージンは安堵した父親のように笑みを浮かべた。

「帰宅の予定時間を過ぎたので皆様が心配なさって、もう5時になります。」

「すまなかった。連絡すべきだったな。皆には夕食を食べてから戻ると伝えてくれ。7時半に迎えに来てもらいたい。」

「畏まりました。そのように伝えて、時間が来ましたらお迎えに上がります。」


 家紋の付いていない普通の馬車で迎えに来たユージンに公爵邸まで送ってもらった。その場所の中でアランは相談を持ちかけた。

「孤児院に限らずに、学校全体の改善策をと考えているんだけど。まずは孤児院の改善を考えたいと思っている。何をすればいいのかを相談したくて。父上からは毎月金貨20枚をもらっている。」

 公爵邸の4人の公女公子は毎月金貨1枚の自由に使えるお金をもらっていた。この金額は、成人男性が1月に稼ぐ給与と同価値であり少ないものではなかった。生活に必要なもの購入とは別のもので、この金額は純粋に自分の好きに使う事ができた。これとは別に、公務としての予算をアランは使う事ができるようになったが、今までほとんど使っていなかった。使うような策が思い浮かばないでいた。

「そのお金で何をするかの相談でいいの。」

「そう。ただ、お金を配るようなこと、孤児院への寄付は。主導的に対策を実行した事にならないから。」

「その二つ以外で、孤児院の子供達に何をしてあげ事ができるか、って事でいいの。」

「うん。何をしてあげればいいのかが分からないんだ。」

 公子として生きてきたアランには、生活に不自由する事がなかった。父母からの愛情もしっかり受けていたから、孤児達の気持ちを完全に理解する事は不可能だった。もちろん、話を聞いて、感情移入する事はできるが、それはあくまでも、全てを持つ者の勝手な妄想ででしかなかった。

 アランが姉セーラに助けを求めるのは正解だった。母親やおじさんやおばさんのおかげで、寂しい思いをする事はなかったが、父親が欠けていた事実と向き合ってきたセーラには、孤児達の気持ちを自分の物として理解する事ができた。だから、公子は赤毛の姉を頼りにしていた。

「少し、考えさせてもらっていい?」

「もちろんだよ。」

 何もかもがない孤児達に、何かをするのは簡単だった。しかし、孤児達の気持ちを満足させる何かとなると難しくなった。父が居ない事が現実で、そのための不都合がたくさんあったにも関わらず、セーラはその事をできるだけ考えないようにして生きてきた。

 それは、父親の話を一度もした事のない母への配慮であったが、父親がいない事で憐れみのような同情を買いたくないという意地がセーラにあったからだった。昔は分からなかったが、公爵を父と呼ぶようになってから、昔の自分の感情を整理して認識する事ができるようになった。

 今日の子供達も、助けられるだけの存在ではいたくないと考えも持っている事は理解できるので、安易な発想で何かをするような事だけは避けなければと、第二公女は馬車の中で考えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ