表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
1年生
20/198

1年生 その20 疑似失恋

20 疑似失恋


 カーニー・ギリアム子爵令息は、父親からセーラ・オズボーン公爵令嬢に関する報告を求められていた。

「特に変わったことはありません。ただ、11月の夜会ではダンスを誘われなかった事を喜んでいました。」

 6人組の1人でありながら、ケネット侯爵派でもある彼は、スパイとしての報告を求められていた。それを拒否する事ができない彼は、他の5人に自分が情報を流すように父親から命令されていて、それに従う事になるから、自分の代わりに宰相派の誰かを入れて6人組を作るようにと進言していた。

しかし、スパイ活動をしても問題はないと5人に言われて、未だに6人組での行動をしていた。いつも話をしている内容も情報として報告する可能性もあるからと第1王子に進言した事もあった。それに対して、第1王子は学生としての会話が筒抜けになっても何の問題はなく、信頼できるカーニーと一緒に学園生活を送っている方が安全であると言い切っていた。それに、カーニーがスパイである事を両陣営とも理解しているとの認識があるため、スパイとして特別な任務を受けるような事はないだろうと第1王子は考えていた。

そして、実際にカーニーを通して流れていく情報は、政略上価値のあるものは何1つ無かった。ケネット侯爵派は、価値のない情報しか存在しない事で、安堵する事を目的として、誰もが知っているスパイからの報告を受けていた。

6人組の関係は、コンラッド殿下を中心とした集団ではなかった。6人がそれぞれの役割を担っていたが、6人の中では序列のようなものは無かった。第1王子に対しては、第2王子、第3王子の話はしないという約束事があるだけで、それ以外の話は咎められる事は無かった。

それは、コンラッドが派閥を拡大する動きをしているように邪推されるのを防ぐためだった。仲間たちがケネット侯爵派に必要以上に警戒されて、何かを仕掛けられるのを防ごうとしていた。

カーニーが報告の中に虚偽を交えないのは、こういった第1王子の配慮を無駄にしないためだった。

「公女がダンスの分野で上手くなる事は無いと思います。ミレーネ先生も諦めていました。公女本人だけは諦めてはいませんが。」

8月からの補習仲間のペンタスは、セーラとのコンビを解消されていた。上達の兆しを見せた彼とセーラを組ませていては、彼の足を引っ張る事になると担任は判断した。ペンタスの新しいパートナーは上手なリリアとなり、セーラはカーニーに相手をしてもらう事になった。学生の中でも上位の実力を持った彼であれば、セーラとのコンビでさらなる上達は無理でも、技能が下がる事は無いとの判断だった。カーニーにしてみれば、最初の無礼に対する罪を償うためという意識もあった。

 報告の最後にギリアム子爵の当主は、息子がセーラに対して恋心を持っていない事を確認した上で、いつもの第一王子と公女の関係がどのようになっているのかを問い質した。公爵家の庶子が第1王子と縁を結ぶことが、第2王子の王位継承の最大の障害になると判断しているのだから、それを確かめる事が必要だった。


 週の初めの月の日は、セーラにとって農業の日と言えた。6人で昼食を取ってから、農作物改良の研究をしている先生の手伝いをした。庶民として暮らしている時の感覚に戻る事ができるようでセーラは楽しんでいた。

「これはうまい。」

「先週のあの作物を使っての料理とは思えません。」

 王子を前にしても、ペンタスは庶民のような言葉遣いを改める事はないし、カーニーは丁寧な発言を崩す事は無かった。

「本当にうまい。農作物改良よりも、料理研究の方がいいかも。とにかく、セーラはすごいよ。」

 収穫量を増やす改良を行ったが、味の悪さから商品価値がないと評された失敗作に救いの手を伸ばしてくれた公女をペンタスが褒めちぎった。褒められて悪い気がしないセーラの方を見ていたキャロットが、一言で5人を硬直させた。

「ペンタスは、セーラの事が好きなの?」

「え。」

「な。」

「!」

 恋愛に関する話は、他の同級生の噂話のようなものであっても6人は避けていた。第一王子に話が飛び火して、誰が気になっているというような話が出た場合、カーニーから侯爵派へと報告が入り、相手によっては権力闘争が発生する可能性があった。

 その事をキャロットも十分に理解していたが、セーラがこの男子3人にそういった感情を抱いていない事を知っていたので、ペンタスには早く気付かせてあげようと考えて、彼のために問いかけた。

自分と同じ低身長の彼は、異性から好意を受けにくいタイプで、貴族階級も高くはなかった。在学中に恋人や婚約者に出会う事可能性が低い上、出会えないまま成人すると、結婚に辿り着くような機会を得る未来を想像するのは難しくなった。届く可能性が0の想いがあるのであれば、それを育てる前に断ち切ってあげたかった。

「キャロットは何を言っているんだ。どうして、俺がセーラを好きになるんだ。」

「え。」

 恥ずかしがっている様子もなく、興奮している様子もなく、淡々と否定したペンタスにキャロットは純粋に驚いていて、他の4人は急に恋愛話に移行した状況に留まっていた。

「どうしてって、この前までは、ダンスパートナーでいつも一緒だったし。研究会に誘ったし、いつもセーラのお弁当を美味しいと言っているし。勉強も教えているし。」

「はあ、ダンスは先生に指定されただけだし、研究会に誘ったのも、とりあえず身近な人間に話しかけただけ。うまいものはうまい。キャロットが作ってきてくれたお菓子だって、美味しいとは言った。勉強を教えているのも、思った以上に研究会で手伝ってくれたから、そのお礼も兼ねている。普通の付き合いだろ。」

「・・・そうかもしれないけど。」

「そもそも、どうして、俺がセーラを好きになるんだ。好きになる要素は何1つ無い。」

 友達を馬鹿にする発言にしか思えなかったキャロットが怒りをぶつけた。

「セーラは綺麗でしょ。可愛いと言うのとは違うかもしれないけど。美人でしょ。所作も綺麗だし、料理も裁縫も上手だし。ペンタスにそんな風に言われる筋合いはないわ。」

「お、怒らなくてもいいだろ。綺麗とかは個人の好みもあるんだし。好きになる長所だって、人それぞれ違うし。」

「ペンタスが、セーラに魅力がないみたいなことを言うから、いけないんでしょ。」

「俺から見たら、魅力はないわけだが。まあ、友達としての魅力はあるけど。」

「どうして、そういう事を言うの。」

「いや、だから、セーラに魅力がないとは言っていないだろ。人によってそれぞれ何だから。俺にとっては、そういう事な訳で。」

「そういう事って、どう言う事なの。言い方を変えたって、セーラを侮辱している事に変わりはないでしょ。」

「いや、侮辱している訳ではなくてだな。キャロットは俺とセーラをくっつけたいのか?」

「そういう事は言っていないでしょ。」

「まあ、とにかく、怒らないで話を聞いてくれ。俺とセーラが、ダンスが下手過ぎての特別補習で出会って、その後、2人で上手になったというのであれば、話にもなるけど。セーラは下手のまま、俺はパートナーを変えてもらった。そんな状況で、2人の間に何かが発生する訳がないだろ。」

「2人とも、色々と言いたい事があるかもしれないが。これ以上、この話は私は前では止めてもらいたい。このままだと、父に報告しなければならなくなる。」

 ケネット侯爵派の最大関心事である公女セーラの恋模様に関連する話となれば、報告後に何らかの大きな動きが出てくるかもしれなかった。今回の場合は、第1王子と公女の関係が恋愛に発展しないという朗報として喜ばれるであろうが、1つの情報で情勢が変化するのが政局でもあるので、カーニーはこの話を終えたかった。

「ああ、カーニーは困るよな。皆に内緒にしていた訳ではないけど。俺、婚約者がいるから。セーラに限らず、他の女子を好きになるような事はないぞ。」

 楽しい気分で盛り上がった訳ではなかったが、セーラとペンタスの事で皆が盛り上がっていたのは確かだった。その盛り上がりに冷水を浴びせられた6人は、一気に冷めていったが、セーラだけは恥ずかしさで顔を赤くしていた。

 ペンタスに恋心は欠片も持っていなかったが、自分を好きだと言ってくれる男性がいる事を知った時、確かに嬉しい気持ちがあった。そして、その思いに応えられないからと、どう気持ちに応えられない事を伝えれば良いのかとも考えていた。

その大きいなる勘違いにセーラは恥ずかしさを感じていた。


 公爵邸の晩餐。男性3人は騎士礼服を着ていた。女性3人はレースで飾られたドレスだけでなく、貴金属でその身を飾っていた。社交シーズンである12月の晩餐はマナーチェックも兼ねた豪華な装いの晩餐会だった。マナーに関しての合格点はもらったものの、経験そのものが少ないセーラには、こういう機会はありがたかった。夜会でダンスでは確実に恥を晒す事になるので、他の部分での貴族の振る舞いでマイナスを重ねたくはなかった。

「お茶の時に大事な話があります。」

 レイティアの宣言にセーラは緊張した。宰相派の夜会の参加要請があり、それがダンスパーティーなのだろうと考えていたため、とうとう逃げ出す事ができない場面が来たのだと覚悟を決めた。だが、話はそれではなかった。

食事の皿が下がり、テーブルには紅茶だけが置かれた。

「セーラ、報告する事があるのではなくて。」

「ダンスは上手くなっていません。ダンスパーティーの招待であったら、できるだけお断りしたいと考えております。ただ、避ける事ができないパーティーには覚悟を決めて、参加します。」

「ダンスの事ではありません。パーティーに参加しても、理由を付けてダンスをしない事もできます。今日は、その話ではなくて・・・。セーラ、恥ずかしい事なのかもしれませんが。大切な事なのだから、家族に相談するべきだと思います。」

「ダンスの事では無く手ですか。」

「そうです。馬車の中で相談してくれても良かったのに・・・。」

「お姉様の仰っている事が分かりません。」

「・・・内緒にしたい気持ちは分かりますが、本当に大切な話だから。私の方から言いますが。いいですか?」

「はい。」

 何の話かが分からない以上、セーラは頷くしかなかった。

「セーラは、失恋したのですね。」

 エリスは右側にいる上の娘と、その向こう側で陰になっている下の娘に視線をやった後、夫と2人の息子に視線を向けてから、再びセーラに視線を向けた。自分の表情が見えていない母親は自分の状態を把握していなかったが、セーラ以外の家族は、公爵夫人がうろたえているのが分かった。

美の女神で、美男子の公爵を夫に持ち、3人の子供を得た公爵夫人が、愛情に包まれた人生を歩んできたのは確かだが、恋愛経験に関しては、誰かに相談を受けるという点も含めて皆無だった。6歳の時点で現公爵と婚約が成立して、たった1人の男性を愛して愛されるという人生を歩んでいるため、そこには恋焦がれる片思いの時期も無ければ、失恋の経験も無かった。

公爵夫人の次に動揺しているのは、公爵であったが、娘の恋愛は公爵家の縁組になる以上、当主として無関心を貫く事はできなかった。

「セーラ、どういう事だい。好きな男性に、告白してもうまくいかなかったという事なのかい。」

「お父様、違います。お姉様、どうしてそういう話に・・・。」

「心当たりがあるのですね。」

 エリックはにやにやしながら紅茶を手にして、アランは少し震えていたためカップと皿から音を出してしまった。

「違います、あれは誤解です。」

「どういう誤解ですか。」

「セーラ、誤解と言うのは、どういう事なんだい。セーラが告白を受けて、それを断ったという事なのかい。」

 父親は戦士らしく動揺の表情を出す事はなかったが、その言葉からは戸惑いが滲みだしていた。公爵家の縁組と言う視点を取り外したとしても、ミーナの娘の幸せにつながる事案であるから、公爵夫人にも公爵にも重要な案件だった。

「違うのです。」

「セーラ姉さんの話を全部聞いてから質問しないと、よく分からないままだよ。」

 エリックの言葉に冷静さを取り戻した訳ではなかったが、黙って話を聞いた家族は、セーラの失恋話が実在していなかった事を納得した。

「誤解してごめんね。ロイドから聞いたのだけれど、宰相様からの情報だろうから。私の方から抗議しておきます。お父様からの抗議は控えてもらってもよろしいでしょうか。」

「ああ。任せる。」

「分かりました。今後の事もあります。3人の結婚についての話がしたいのですが。お父様はよろしいですか。」

「構わない。」

「それでは。お父様は、セーラやアラン、エリックに政略結婚を望みますか?」

「いや。政略結婚を無理強いするつもりはない。結婚相手に高い地位を望むつもりはない。我が家は宰相家との婚約を結んでいる、これ以上の政略結婚は必要ない。エリスも同じ考えだ。」

 王家と公爵家が交わらない歴史を歩んできたため、公爵家が勢力の拡大を望むような政略結婚は基本的に存在しなかった。

長女レイティアの婚約は、宰相との関係を深めるためであったが、先代の女公爵が遺言に残したからで、ギルバードが公爵家の当主として望んだ訳でも、決めた訳でもなかった。暗闇の暴走後に発生する混乱を鎮めるための緊急避難措置であったため、先代の女公爵も政治勢力を拡大する意図はなかった。

公爵は、自分自身と長女が政略結婚で幸せになっているから、そういった結婚を否定するつもりはなかったが、子供達には好きな相手と結ばれて欲しいと願っていた。恋愛結婚をしてもらいたかった。特にセーラにだけは、愛する伴侶を得て欲しかった。その相手が庶民だとしても、結婚を認めるという事は、夫婦ですでに話し合って決めていた。

「分かりました。それでは、宰相家の嫁となる立場で3人に話があります。」

 姉が時々、母親よりも大人びて見える事があった。今がその時で、その時の言葉は自分にとって大切な指針になる事をセーラは知っていた。

「恋愛結婚でも、政略結婚でも、公子と公女の婚約によって公爵家は影響を受けます。良い事もあれば、困難な事もあります。お父様とお母様は、困難な事があっても、親として子供達の意向を優先してくれると仰ってくださいました。姉としても、3人が愛する人と結ばれる事を応援します。だから、恥ずかしい事があるかもしれませんが、すぐに相談してもらいたいのです。事前に知る事ができれば、様々な政治的な困難を避ける事ができます。完全に避ける事が無理でも、諸問題を緩和する事ができます。結婚や婚約は、相手がいる事です。公爵家にとっては問題ない事も、他家においては大きな問題になる事もあるのです。」

 公女としての生活に慣れたため、忘れがちになっていたが、公女として公爵家に貢献する事が、本当の家族になる事だと改めて実感した。宰相の孫と仲良くする事だけを望んでいるように見えた姉は、きちんと公爵家の事を考えていた。もちろん、姉として、妹と弟に向けた愛情の一部ではあるが、きちんと公爵家という立場を踏まえての愛情を向けてくれた。

 庶民だったことを恥ずかしいと思う必要はなかったが、公女として生きると決めた以上、庶民だったことを甘えの理由にする事だけはしてはならないとセーラは、改めて決意を固めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ