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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
1年生
16/198

1年生 その16 弱点

16 弱点


 赤髪の公女は注目を浴びる存在であった。ケネット侯爵派の多い学園では観察対象ではあったが、見られていただけで、セーラに積極的に関わろうとする同級生はほとんどいなかった。それでも、リリアとキャロットという友人がいたから、セーラが学園生活で孤独を感じるような事は無かった。

 お揃いの制服にお揃いの青いリボンにご満悦の姉は、時季外れの夜会以降楽しくて仕方がない生活を送っていた。落ち着いた学園生活を送る事ができたセーラが、通学中の馬車で緊張している表情を見せているのだから、姉はそれを質問せずにはいられなかった。

「セーラ、緊張しているように見えるけど。何かあるの?」

「え、はい。今日はダンスレッスンの授業があって・・・。」

 男子が全員パートナーを断るような嫌がらせをしているのであれば、どうしてくれようかと考えたが、妹の学園生活を考慮して、できるだけ話し合いで解決するべきだと考え直した。

「もしかして、レッスンのパートナーがいないとか、なの?」

「いえ、そうではなくて・・・。」

「なくて?」

「私、ダンスが苦手で。パートナーになってくれる男性の足を引っ張る事しかできずに・・・。」

「セーラ、何を言っているの?え、苦手な訳ないでしょ。屋敷でセバスやアランと躍った時は、上手とまでは言わないけれど、普通に踊っていたでしょ。姿勢も崩れてなかったし、綺麗だって、私が褒めたこともあったわよね。」

「普通ができないんです。ステップが相手と合わなくて、踏んでしまう事もあって。」

 自分が完璧令嬢とは程遠い存在である事はレイティアも自覚していた。目立つ分野では王国一と呼ばれている事もあるが、料理や裁縫などにおいては壊滅的な能力しか持っていない上、衣服の着こなしも上手とは言えなかった。女神とも称される美貌でカバーしているだけであって、女性としては万能どころか、マイナス評価を得ても仕方がなかった。

 だから、何でもできると思い込まれていながらも、多くのことができない国内一の才女は、妹が一分野の能力が低い事で悩んで欲しくはなかった。悩んで努力して技能を上げる事は素晴らしい事で応援したいとは思うが、深刻に考える必要はないと考えた。

「苦手だからレッスンする・・・、そんなに・・・。いえ、やっぱり、セーラが苦手だとは思えないわ。屋敷では普通に踊れたでしょ。」

「ミレーネ先生からは、男性のリードがとても上手な場合、どんなに下手な女性でも普通に踊っているように見せる事ができるって・・・。」

 授業で指導してくれた講師よりも家令の老紳士の方が圧倒的に踊りやすかった事を思い出したが、今は妹の気持ちへの対応をしっかりとしないと笑顔で励ました。

「少しずつ頑張ればいいし、そもそも誰にだって得意ではない事はあるわ。私だって料理は全然だめだし、練習もしないから、ずっと苦手なままは決定しているしね。」

「ダンスは夜会で披露する時が来るから、公爵家の恥になってしまいます。」

「恥だなんて、大げさな。」

「驚くほど苦手なんです。笑われる事すらなく、ただただ心配されてしまうぐらいなのです。」

「何か原因があるかもしれないから、それを見つければ。」

「ミレーネ先生には、よく分からないと言われました。」

「ミレーネ先生は、この道でも・・・。」

 俯いて膝を見つめているセーラが少し可愛らしいなどと思った後に、はっとして励ましの言葉をかけようとした。

「エリスお母様から、ミーナ母さんがダンスもとても上手だって聞いたことがあるわ。だから、そのうちに・・・。」

「似ない事もあるんです。」

「あのね、ええっと。」

 お母様がセーラのために何かをやろうとして失敗した時の気持ちを実体験した姉は、何の解決法も提示することなく、学園の門を通過した。


 4月から6月と11月から翌年1月の社交シーズンを外して、学園の初等部ではマナー授業としてダンスレッスンが組み込まれていた。8月の第1週からクラスごとの授業が始まり、今日は2回目の授業があった。その授業中に特別指導が必要だと判断された2人が、小さめのレッスン室に呼び出されていた。

 昼食後の自由選択授業時間を活用した補習授業。

「ミレーネ先生、よろしくお願いします。」

 救いの女神に深々と一礼した。その隣で頭を下げた男子は、セーラより小さく、人懐こい顔付ではあったが、赤い瞳の中に不満の色を混ぜていた。

「ペンタスは補習を受けるのが不満なのかしら。」

「時間を作っていただいている先生には感謝していますが。ダンスは苦手なままでも良いと考えています。」

「マナーの成績にも関係するのよ。」

「それは分かっていますが・・・。」

「セーラ、練習前に話になるけど、いいかしら。」

「はい。」

「ペンタス。あなたが農業関連分野で頑張っているのはなぜなのかしら?」

「将来、自領を豊かにするためです。」

「豊かにするために何をしようと考えているのかしら。」

「品種改良です。最終的には新品種の開発ができればと考えています。」

同級生のペンタスは、アトキンズ男爵令息で農業分野及び行政分野で優れた成績を示していた。両親も共に学生時代からその分野に精通していて、才能や好みが血によって継承されるという俗説を、確かなものとして証明できる一例でもあった。

学園では彼の両親を講師として招こうとしたぐらいで、その優秀さは認められていた。だから、2人が男爵領の経営と農業研究をする道を選んだ時、その地から革新的な何かが生まれるだろうと期待されていた。男爵領の経営は成功していたが、研究の方はうまく進んでいなかった。成果が確定している方面での投資が優先されていて、失敗が前提とも言える挑戦に資金を回す余裕が、男爵家という経済規模では作り出す事ができなかった。

「その開発には莫大な資金が必要です。では、セーラ、資金不足を解消するには、どうすれば良いと思いますか?」

「ギルドの商業部門に資金を借りるか、資金を出してくれる商人を紹介してもらうか、のどちらかだと思います。」

「現実的な対応だけど。資金を出してもらえると思いますか?」

「難しいと思います。資金を出しても、成功しなかった場合、無駄になってしまいます。」

「無駄にならないようにする方法はあるかしら?」

「・・・。品種改良の方であれば、失敗しても食べられるような工夫をすれば、全てが無駄になるような事はないと思います。ただ、すでに利益が出ている作物を栽培した方が利益が出るから。商人達がお金を出してくれる可能性は低いと思います。」

「セーラの言う通りです。では、ペンタス。どうすれば良いのか分かりますか?」

「成果が出せるものを開発するしかないと思います。」

 自分でも解答として0点である事は分かっているが、そう答えるしかなかった。確実性が無いから研究を重ねる必要があるのであって、その不確か故に出資者がいなかった。それで両親も研究を一旦中止して、自領を発展させて、自前の資金源を作る事に専念していた。

父母が資金を蓄える世代となり、自分が研究開発を進める世代になるとペンタスは考えていた。両親がそう明言した訳ではなかったが、多額の費用をかけてまで王都の学園に送り出した両親が、そう望んでいる事は容易に想像できた。

「成功するまで、利益がほとんど出ない状況でも、資金を提供してくれる出資者を探す必要があります。その出資者とは、上級貴族です。利益を度外視してお金を出してくれる商人はいませんから。」

「公女であるセーラ嬢のレッスンに協力して、公爵家からの将来の援助を狙えという事ですか。」

「それも良いかもしれません。ですが、ここで私が言いたいのは、ダンスは社交界で自分をアピールする技能であるという事です。できるだけ多くの貴族と交流を持つようになれば、資金を出してくれるような上位貴族に出会える可能性が増えます。ダンスが苦手な人より、得意な人の方が可能性は広がります。分かりますね。」

 赤い目をキラキラと輝かせたペンタスは、農業研究に関係しない事には興味を持たなかったが、関係する事には没頭した。その関係が多少強引に結ばれたものであっても、本人がそう認識すれば、その瞬間から没頭するべき科目となった。自分が第1王子、第2公女と同窓生であり、来年には、第2王子、第1公子、再来年には第3王子、第2公子が入学してくるのだから、上級貴族と交流を持つ可能性は高かった。

 ミレーネも中等部の3年間は、勉学以外に興味はなかった。名ばかり貴族と呼ばれる冒険者上がりの騎士爵の娘であった自分が、華やかな社交界で活躍する姿を思い浮かべる事はできなかった。だから、より実のある何かを学び、それを活かす事だけを考えていた。

 高等部に入って恋をした。その男性に見てもらいたいと考えて、お洒落にも興味を持ったし、苦手と避けていたダンスにも力を入れるようになった。美の女神と呼ばれるような美貌でなくても、身だしなみを整える事と少しのお洒落で、自分への好意を大きくする事はできた。努力の末、学年で一番のダンスの名手と呼ばれるようになると、卒業間際に意中の男性からダンスを誘われた。

その男性が今の夫であるグリント男爵だった。何かに挑戦したり、自分の持っている何かに気付くことで、欲しかったものを手にする事ができた。それを教え子たちにも知ってもらいたいというのが、教育者としての信条の1つであった。

苦手だと思っていたものが、努力によって上達するのはとても嬉しい事で、その喜びをきっかけにして一流の域にまで成長した者をミレーネは何人も知っていた。

そして、そんな場面に出会えることを期待していた教師は、ダンスの補習授業が終わった後、にこやかな笑顔で慰める事しかできなかった。

「また、来週も補習をする事になると思うから、予定を開けておいてもらえるかしら。」

「はい。頑張ります。」

「はい・・・。」

 元気よく答えたペンタスがすぐに上達した訳ではないが、この2時間で着実な進歩を見せていたが、補習に期待していた少女は一歩も前進できないでいた。下手だという事がはっきりと分かったが、何が原因なのかが分からなかった。

「それと、セーラ。青色のリボンは、あなたの髪には似合ってないと思うわ。大切なものかもしれないけど。カバンに付けるとかにしてみてはどうかしら。」

「あ、俺も・・・。私もそう思いました。ピンクとか、黄色とかの方が似合っていると思います。」

「はい。私もそう思っていました。」

 好きな色が似合う色とは限らないとのダメ出しを受けたこの日は、帰宅中の馬車で姉妹がほとんど会話をしなかった初めての日になった。


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