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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
1年生
15/198

1年生 その15 後半戦

15 後半戦 


 ケネット侯爵家の夜会に参戦したアランとエリックは、2人の姉たちを見守れる位置のテーブルで飲み物を手にしながら軽食を腹に入れていた。セバスチャンが着るような黒い紳士服の上下を纏っているため、給仕役の若者が貴族に混ざって勝手に飲食しているように見えたが、周囲の貴族は勝手に食事をしている給仕を叱るような事はしなかった。

全ての貴族たちは、その顔を見ただけで、黒服の2人が公子であることが分かった。美男子と名高い公爵と親子としか思えない容姿を兄弟は持っていた。美少年の威圧感に貴族たちが圧倒されたからではなく、ケネット侯爵家から公女以外との接触を避けるようにとの依頼があったため、2人を遠巻きに見守っていた。

「ここの料理、あんまり美味しくないね。」

「普通だと思うが、屋敷の料理に比べるとそうかもしれない。」

「セーラ姉さんが来てから、うちの料理の水準が上がったもんね。これが普通だった事を思い出した。」

「エリックの協力もあったからな。」

 公爵邸の料理人の腕前は確かなもので、彼らが調理した晩餐は絶品と言ってよかった。ただ、公爵邸の朝食と昼食は、使用人の賄いであり、戦場における兵士たちの食事を基準としているので、そもそもプロの料理人が精魂込めて調理するようなものではなかった。そんな公爵邸の朝昼食を劇的に変えたのが、セーラが持ち込んだ庶民食堂の知恵だった。一手間加えるだけ、食材の組み合わせを変えるだけで、今までの食事をランクアップさせて、その種類も増やした。そこに、好奇心で何でも首を突っ込みたいエリックが、料理人とセーラに新料理の研究をするように要請して、王都の商店街から珍しい食材を買ってきては厨房に投下していた。

「あ、学園長って人が、援護に出てきた。」

「侯爵派閥の重鎮の1人だったが・・・。」

エリックがセーラを見守っていた。いつでも助ける事ができるように準備をしていた。兄アランも姉セーラを助ける準備をしていたが、全体を視界に入れながら、長女の方を気にはしていた。

「大丈夫みたいだね。」

「ああ。姉様は大丈夫だと判断したみたい。」

 兄弟にとっての使命は姉セーラを守る事だったが、社交界で姉を負かす事ができる人間が登場するとは思っていなかったため、不安な気持ちにはならなかった。今の兄弟の不安は、長女の暴走だった。

姉レイティアは、信愛を向ける対象であると同時に、乗り越えつつある剣のライバルであり、自分たちを厳しく指導してくれる教官でもあった。アランの4つ年上の姉は、彼が訓練を始めた時には、すでに父母に厳しく鍛えられた戦士として成熟し始めていて、次世代の守護神の覚悟を持っていた。自分の力が、弟たちの力が、大切なものを守る事ができる力だと誰よりも知っている美姫は、戦う事に関しては、誰よりも厳しかった。

兄弟は甘える事に関して、父母と姉に違いがない事をよく理解していたが、父母に逆らう事はできても、姉に逆らう事はできなかった。それは、長女が次世代の公爵家戦士筆頭の立場を守ろうとしたからだった。レイティアへの反抗は、全て武力でねじ伏せられてきたのだから、兄弟たちは姉に内部にある苛烈な性質を恐れていた。

姉が理不尽の塊であれば、どんな境遇になっても反抗を続ける事ができたが、それなりの理を保っている姉に一切の妥協はなかった。それを幼い頃から叩きこまれてきた兄弟にとって、姉の暴走を止める事は容易な事では無かった。

このパーティーで、姉セーラが深く傷ついて、涙を流す事があれば、それを許さないレイティアが怒りのまま行動するのは間違いなく、それを止める事は2人の力をもってしても容易ではなかった。だから、2人が意識を向けているのは、長女の動向であった。

「レイティア姉様は、セーラ姉さんの自慢話ばかりをしているみたいだが。変に警戒される事になるからやめた方がいいのに。」

「兄さんは勇気があるね。言ってきてあげてよ。」

「いや、こういう時は、弟の甘え上手を見せて欲しいのだが。」

「セーラ姉さんの方は、別の話になった。」

「どんな話になった?」

 麗しい美少年見習い執事が笑顔で談話しているように見えるが、周囲をきちんと警戒していたし、自らの身を守るための警戒もしていた。

「ウェンデル伯爵領の・・・貿易についての話。」

「どうして、貿易の話に・・・。政治的な能力を試されているという事だろうが。13歳に聞く事か。」

 来年にはデビューするアランは、次期公爵として貴族の夜会に出る回数が増える想像をすると楽しい気持ちにはなれなかった。

「ところで兄さん、強い人っていた。」

「この中だとケネット侯爵が一番強い。」

「え、門衛していた騎士じゃないの。」

「招待された中でだと思った。門衛していたのは、第4騎士団の小隊長の1人。派遣してもらったんだろう。」

「先週の夜会にはいっぱいいたけどね。」

「姉さんのお披露目会では、騎士爵の当主が大勢来てくれたからな。それで、姉さんの方は?」

「ジスコット男爵家と・・・共同で商隊を組んで、北の公爵家かフェレール国のどちらかと貿易すると、利益が・・・。どうして、セーラ姉さんはこんな事を知ってるの?家庭教師の授業でこんな知識無かった。」

「食堂で働いている時に仕入れた話らしい。」

「兄さん、よく分からないんだけど。食堂が貿易するの?」

「食堂で、昼に貿易の商隊が食べに来てくれることがあって、そこで情報を仕入れるとの事だ。」

「情報を仕入れるって、情報を売り買いするの?食堂なのに?」

「買いはしないが、重要ではない情報を聞く代わりに、食事でサービルをする事があるらしい。」

「その情報をどうするの?」

「他の商隊との話のネタにするのだそうだ。そうすると、食事だけでなく、情報も手に入れる事ができる商人達が常連客になってくれるらしい。商人達は、商隊として街を訪れるから、食堂としては利益が大きい。との事だ。」

「売買さないような情報で人が集まってくるの?」

「もちろん、重要な情報を教えてもらえるわけではないが。方々の物価や流行みたいな情報も価値があるらしい。それぞれの商隊が重要ではないと考える情報も、他の商人にとっては貴重な情報になる事があるそうだ。」

「兄さんは、セーラ姉さんから聞いたんだよね。僕は聞いたことがないんだけど。」

「自習の時に、エリックは厨房で研究するんだと、そう言ってすぐに学習室を出て行ったりするだろ。そういう時に姉さんに話をしてもらったんだ。」

厨房で一緒にいる時間が長い分、兄よりも仲良くなっていると喜んでいたが、兄は兄できちんと姉さんとの距離を詰めていた事を知った。

「食堂で、そういう事を始めたのは、ミーナ母さんの考えだよね。」

「そう言っていた。」

「すごいね。」

「すごいな。会ってみたかったな。」

 会う事のできない女性であるから、その名を直接呼ぶ事は無いが、その名前を言う事はあった。その時は、きちんとミーナ母さんと言うようにと姉から厳命されていた2人は、記憶にはないらしいが、第2夫人に世話をしてもらった事がある長女を羨ましく思った。


「行ってくる。」

「兄さん。」

 アランが動くと同時にエリックが声をかけた。姉レイティアが動き出す前に何とかしないとならないと、次期当主は真剣に考えていた。姉が普段から宣言している、妹のためなら何でもする、とは、何でもできるという意味を含んでいて、妹セーラだけを気にするという宣言でもあった。

「戦公爵の御令嬢なのですから、武門の誉れ高い貴族として、自身の強さに誇りがあるはず。私ごときより強いと言い切る事を躊躇う事はございますまい。先程も申し上げましたが、私も強者になりたいと尽力する者、また自身の未熟さを知る者、自己の弱さを指摘されたとしても、侮辱などと思わず、自身への叱咤激励と受け止めるこ。」

「そこまでにしていただこう。騎士殿。」

 セーラの正面に立ち並んでいる4人の騎士達の背後に、金髪の黒服が颯爽と現れて、力強い声で制止した。

「これは、公子アラン様であられますか。自分は。」

「名乗りは結構。恥をかかせたくありませんので。姉上が困惑しているのは分かるはずです。」

「・・・私の未熟を御指摘いただき、自己の反省材料として、今後の励みにしたいと考えて、公女様に色々とお伺いしていたのです。」

「姉上は、訓練を始めたばかりで、誰かを評する経験がありません。正確に評する事は難しく、貴殿のためになるとは思えません。」

「公女様は、武技においては未熟であると。弟君であられるアラン様はお考えなのですか。」

 会場の注目を集めている中、姉レイティアの視線に背後から貫かれたアランは、冷や汗を流した。次女のために上手に収めなかったら、自分が出て行って、問答無用の処置をするぞと脅されているのを、次期公爵の背中ははっきりと感じた。

目の前の騎士に冷笑を見せた。

「姉上が未熟?確かに戦公爵と呼ばれる父上に比べれば未熟ですが。ここにいる全員よりも姉上は強い。戸惑っていたのは、弱すぎるあなた方に、真実を告げる事が良いのか、どうかを迷っていただけの事。」

「な、公爵邸で生活を始めて3か月と・・・伺いましたが、私はともかく、この場にいる全員より強いというのは信じられません。」

「そうでしょうね。あなた方の常識では。」

「学園でも午後の武技訓練に参加する事がなく、その実力を見た者は誰もいません。ご長女のレイティア様は、訓練に参加して、その実力を示しておられる。セーラ公女にも実力があると言うのであれば。」

「楽しい夜会の邪魔にはなりたくはない。しばらく黙って聞くがいい。レイティア姉上は、訓練に参加しているのではなく、訓練で指導している。セーラ姉上は、指導する力はありませんが、学園で習う必要がないだけの指導を。弓術天下一のエリス母上と同様の力を持っているレイティア姉上から指導を受けているのです。学園での訓練に参加しないのは、櫃王が無いからです。それを、弱さを隠すためだと考えるのであれば、公爵家を侮る事と同じだが。」

 その場を支配したアランが続けた。

「剣術も戦公爵である父上の指導を直接受けている。その姉上が強さを持つのは当然。そおそも、力が無ければ、父上が指導する訳が無いのです。セーラ姉上は謙遜して、自分が強くないと言うかもしれません。ですが、それは、私達公爵一家の中では弱いというだけの事。セーラ姉上の基準は、戦公爵なのです。その事を良く理解して口を開いた方がいい。」

 目の前にいる12歳の美少年に圧倒されたのは4人の騎士達だけではなかった。会場の貴族達全員が、次期公爵の放つ威圧感に小さくなっていた。公子公女の4人だけであれば、英雄である公爵夫妻が居なければ、他の貴族達の令息令嬢と同じように扱っても、大きな問題にはならないだろうと考えた自身たちの愚かさに後悔していた。

主催者であるケネット侯爵は収拾するために動き出した。国内で最大ン派閥を率いている貴族は、怯んでいる他の貴族達とは格が違った。

「公爵家の方々とお話しできる機会が初めての者ばかりで、舞い上がる者が出てきた事、私の方からも謝意を示したい。アラン殿、セーラ嬢、失礼の段、お許しください。」

「私はアランが言うように、戸惑っただけです。失礼な事をされた覚えはありませんから、侯爵様に許しを与えるようなことはできません。」

「私も姉上のエスコート役だけを果たしに来た、使用人と同じような立場です。誰かに謝罪を受けるような立場にはいません。侯爵をはじめ、皆様のお耳汚しをしてしまった事をお詫び申し上げます。弟のエリックが心配そうに見ていますので、この場は失礼いたします。」

舞台を降りながら、アランが気にしているのは、長女からの視線だった。姉様が動き出さない事から、自分が合格点をもらった事は理解できたが、問題が起こらないように、事前準備ができていなかったという反省点がある以上、反省会が開かれる事だけは覚悟していた。その後、警戒体制のまま過ごした夜会は、特別な問題が再び起こる事は無かった。


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