4年生 その131 姪
131 姪
ロイド・ファロンは宰相府付きの見習い文官として、学園卒業生の10名の同期と入府していた。8か月が経過して、他の同期は適性と希望に応じた部署へと配属されて、正式な文官となっていたが、宰相の孫だけは見習いのままだった。
身内を贔屓する訳にはいかない、孫はしばらく見習いのままであると言う祖父の厳しい対応に、王都民は喝采を与えた。一国を統率する宰相ともなると、身内への親愛よりも国家のための行動を取るのだと褒め称えた。国王を頂点とした貴族社会では、能力よりも血筋や関係性を重視するのは当然であった。対魔獣戦での功績で男爵・騎士爵持ちの貴族をすぐに増やすイシュア国であっても、上級貴族についても実力主義を徹底していると発言できる者はほとんどいなかった。
そんな宰相の希少価値の高い行動が、この後、貴族達のごり押し人事への牽制になり、名宰相の1人として歴史に刻み込まれた要因だった。しかし、実態は全く違った。孫を将来の名宰相にするべく、全ての部署を経験されるために見習いをさせていた。しかも、極めて優秀な孫を使いきるためにも部署を固定させたくないとの思惑もそこにはあった。孫を取り立てるために、厳しい道を用意すると言う身内贔屓を老宰相はしていた。
今、ロイドは12月から始まる貴族達の社交シーズンにおけるパーティーの調整を行っていた。これまでは、ケネット侯爵派閥の動きに配慮しながら、他派閥が小さなパーティーを開くと言う形だったので、宰相府が調整する必要はなかった。
最大派閥の活動が無くなったため、各貴族達がばらばらに動くようになった。しかも、ほぼ全ての貴族達が連年豊作とフェレール国との貿易によってゆとりが出たため、開催予定のパーティーが一気に増えた。単なる増加だけであれば、ロイドに統括させようとは思わなかった宰相も、フェレール国の双子殿下に招待状が50通以上送付された情報を得ると、強制的な介入を実行するために切り札を投入した。
双子殿下の出席可能なパーティー数が限られている以上、最強のカードであっても、どうにもできないと思われたが、見習い文官は実利を与える事での調整を行った。大使代理と副大使代理に、フェレール国の商人を付き従わせる事で、パーティーに商談会の彩りを添えた。
殿下の出席するパーティーを開催して、多くの貴族達に参加してもらう思惑は壊されたが、商談会を含んだパーティーとなれば、参加者は少なくても良かった。むしろ、実利をもたらす商人と深い話をしたいのだから、あいさつ回りをしなければならない上位貴族の参加は迷惑になった。
実利は重要だが、面子も大切にしたいと訴える開催者には、未婚の学園生徒へ招待状を送らせた。賑やかしとしては十分であり、そのパーティーで婚約のきっかけを演出できれば、開催者としては素晴らしいパーティーを誇る事ができるのだから不満は無かった。
この不満の少ない調整をするためには、様々な人物と交渉を重ねる必要があり、ロイドの休日はなくなっていた。夕食に間に合うように帰宅する事だけを守るため、土の日と太陽の日も仕事をしていた。
ロイドとレイティアの新居、公爵邸に比べてはるかに小さい建築物ではあるが、大商人の住まいとしては大きめの屋敷だった。屋敷の女主人は、自室で妹とお茶を飲んでいた。
「セーラ、贈り物、ありがとう。私は裁縫ができないから、手作りの赤ちゃん服はとてもうれしい。」
「お姉様に喜んでもらって良かったです。」
「子供に手作りの物を準備するのが夢だったけど。自分ではできないから、諦めていたの。」
「これからも、作る予定です。」
「本当にありがとう。」
「とりあえず、今日の分は、ヘレンとパルムの2人に頼んで、しまっておいてもらいました。けど、夫婦の寝室でいいのですか。」
「出産してからしばらくは。落ち着くまでは、寝室で育てるつもりだから。」
お腹の大きくなった姉の美しさは何1つ欠ける事がないだけでなく、神秘さが加わっていた。出産前の母親をじっと見つめる初めての機会を得た第2公女は、自分がお腹にいた時の母親も、姉の醸し出す美しさと同じ美しさを母も持っていたのだろうと考えた。そして、その姿を姉を通してみる事ができた事が嬉しかった。食堂のおじさん、おばさんに聞いた事がある光景が目の前にある事に気持ちが温かくなった。
心のどこかに望まれていない子供だったかもしれないと言う思いがあったセーラは、それが完全に消えていくのを感じていた。愛情を注いで育ててもらったのと同様に、愛情と一緒に生んでもらった事を信じる事ができた。
「お姉様、今、幸せですか?」
「ええ、とっても幸せよ。」
「お腹を触ってもいいですか。」
「いいわよ。こっちに来て。」
隣に座りなおしたセーラは、水色のマタニティ服の上から左手で触れた。
「あ。」
「動くのよ。」
「すごい・・・。こんなに動くんですね。」
「ええ。今日は、叔母様が来てくれて嬉しいのかしら。それとも、贈り物へお礼を言っているのかしら。」
「叔母様・・・。」
「ん、そう言われるのは嫌?」
「いいえ、そう呼ばれると思うと、嬉しくて。」
名前ではなく、続柄で自分を呼んでくれる人間が生まれてくる事がこれほど嬉しい事にセーラ自身が驚いていた。家族が生まれてくる事にこれほど心を揺さぶられるとは思わなかった。赤ん坊服を縫っている時にも高揚感と喜びはあったが、こうやって赤ん坊の生命を直接感じた時の衝動は、その比ではなかった。
「また、動きました。」
「今日は本当によく動くわ。セーラ叔母様が来てくれて、嬉しいのね。」
妹の手に右手を重ねた姉は、しばらくお腹の子供の動きを2人で感じていた。もし、妹が公爵邸で第2公女として生まれていたならば、と考えずにはいられない姉妹は、この瞬間が幸せであるとだけ思う事にした。
「良かったわね、ミーナ、叔母様が来てくれて、本当に。」
「・・・・・・あの、お姉様。」
「ん?」
満面の笑みだった妹が怪訝な表情を見せた事に姉は疑問を持った。
「ミーナって。」
「この子の名前よ。前にセーラに許可をもらったと思うのだけど。違ったかしら。」
「母さんの名前を付ける事は何の問題もありません。ただ、この子が女の子だって、どうして分かるのですか?」
「ミーナに聞いたからよ。ほら、今も動いたでしょ。」
「はい。動きました。」
「動きを初めて感じた時に、ミーナって呼んでみたの。そうしたら、返事をしてくれて、それからも何度か呼んだ時、きちんと応えてくれたのよ。」
分かるはずがない事を信じている姉は本当に幸せそうで、水を差す訳にはいかないと考えるものの、男子が出産となった場合でも、ミーナの名を継承するかもしれないのではないかとの危惧がセーラの中に芽生えた。
「でも、お姉様、万が一男の子という事も。」
「ある訳ないでしょ。ほら、動いている。セーラも分かるでしょ。」
動いているのはもちろん分かるが、姉の妄信は理解できなかった。生まれて来るまでは特定の名前で呼ぶのは良くないと思うし、後継ぎである男子を期待するあまり、女子を生んだ事にがっかりしたという話を聞いた事もあった。生まれてくる赤子が男女のどちらでも、親にがっかりされるのは可哀そうだと思った。
「はい。動いています・・・。それで、ロイドお兄様は、赤ちゃんの名前をミーナにする事に賛成しているのですか?」
「もちろん、賛成よ。」
「女の子が生まれたらですよね。」
「ええ。この子はミーナで、次に生まれてくる子が男の子なら、旦那様が名前を付けることになっているのよ。」
唯一、姉を説得できる義兄が問題を認識しているのであれば、どうにかしてくれるだろうと考えたセーラはひと先ず安堵した。
「お兄様はどんな名前を考えているのですか?」
「まだ先の話だから、具体的には聞いていないけど。いくつか候補はあるみたい。そうだ、良い事を思いついたわ。」
「何ですか?」
「2人目の女の子が生まれたら、セーラに名前を付けてもらいたいの。」
「え。」
「駄目?」
「駄目とかではなくて、そういうのは、お父様やお母様に頼むものでは。」
「セーラは叔母さまになるのだから、名前を付けてはいけない事はないと思うわ。嫌?」
「嫌ではありません。嬉しいです。」
「それじゃあ、考えておいてね。2人目も女の子だと思うから。上の2人が姉妹で、下の2人が兄弟になる予定よ。」
「私達と同じようにですか?」
「そうよ。」
私たち4人が体験できなかった小さい頃の4人姉弟をレイティアが再現したい事が分かると、セーラは姉の願望通りに子供達が生まれてきて、幸せな家庭になるのだなと確信していた。ただ、セーラが縫う赤ん坊の品物は、両性に対応できる色合いを選んでいた。




