4年生 その129 告白
129 告白
第2回剣技大会から一週間後、フェレール国の双子殿下が公爵邸へと招待されていた。招待者は第3王子レイモンドで、場所は公爵邸の中庭訓練場だった。
紺色を基調とした軽装備を身につけた青年騎士はビアンカ姫の前に立った。薄い黄色のドレスは豪奢な装飾品は付いていなかったが、姫の装いとして相応しいレースと刺繍で彩られていた。
「ビアンカ殿下。好きです。誓いの儀を受けてください。」
腰の剣を両手で捧げながら、跪いた騎士は金の頭を下げた。
「お受けいたします。」
震えながら両手で剣を受け取ったビアンカは、涙を落としながら剣を一度抱きしめた。
「生涯、守ってくださることを誓っていただけますか?」
「生涯をかけて、ビアンカ王女を守る事を誓います。」
姫が両手で剣を前に出した。
「剣を授けます。」
「はい。ビアンカ、どうした!」
「嬉しくて泣いているだけです。私もレイモンド殿下をお慕いしていました。」
姫の手から剣を両手で受けたレイモンドは立ち上がりながら、腰へと剣を戻した。そのまま前へ進むと、泣いているビアンカを優しく抱きしめた。
王子と姫を見守っていたのは、公女、公子、公子の婚約者、双子殿下の弟、剣の師の5人だった。2人の女性は、目の前で繰り広げられている光景に驚きながらも、少女たちが夢見る光景に感動もしていた。
フェリクスはかつて奪ってしまった姉の幸せが、姉自身によって取り戻された事に感無量だった。エリックは自身の親友と姉の親友が収まるべきところに収まる事に安堵していた。ザビッグは若者たちが未来に夢を広げる光景を喜んでいたが、この後の行動を年長者として許していいのかが分からなかった。
「んん、今日は、訓練はするのですか。それとも、お茶にした方がよろしいのでしょうか。」
「あ・・・。ビアンカ・・・。呼び捨てでもいいですか?」
「はい。」
「訓練をしてもいいですか?」
「はい。」
「セーラ嬢、アイリス嬢、ビアンカと待ってもらってもいいですか。訓練が終わるまで。」
応接室に戻った3人は、お茶を飲んで落ち着いた。
「ビアンカ様、素敵でした。」
「ありがとう、アイリス。あなたの時も、素敵だったのでしょうね。」
「あ、はい。」
2人は結婚している訳ではないが、婚約者という将来の伴侶がいて、自分とは明らかに違うのだと考えると、寂しさが湧き上がってきた。自身に恋人がいない事から湧き上がるものなのか、目の前の2人にとって、自分が一番身近な存在ではなくなった事から湧き上がるものなのかは分からなかったが、寂しさをはっきりと感じていた。
「ところで、ビアンカは、いつから殿下を好きになったの?もしかして、今回の大会の活躍で?」
「・・・・・・。」
「お姉様、ビアンカ様は、かなり前から・・・。お気づきにならなかったのですか?」
「気づいたと言うか。そうかなって、思った時には、ビアンカに聞いていたけど。その都度、好意的には思っているけど、好きと言う訳ではないって、そう言われたから。え、ビアンカは、私に、え。え。」
「ああ、ごめんなさい、セーラ。その、嘘を・・・。」
「何か理由があるの?」
異国の王女と公爵令嬢という立場から始まった友好的な関係も、個人と個人の関係に発展していたと考えていたセーラはかなりショックを受けていたが、冷静な表情を維持していた。
「レイモンド殿下の事が気になり始めたのは、かなり前の事で。セーラにその事を聞かれた時には、もう気持ちがあったのだけど。殿下は、その、セーラの事を好きなんじゃないかって、そう思っていて・・・。もしそんな状態で、セーラに気持ちを伝えて、私の事を応援してくれるってなったら。何か、その、色々な事がうまくいかないような気がして・・・。だから、聞かれるたびに、否定していたの。」
冷静さを保つ事ができるのであれば、正しい選択ができたかもしれないが、そうでない場合には間違う可能性は高くなり、時には取り返しがつかない失敗に繋がる事だってあった。恋愛でなくても、過去の判断ミスで後悔した経験は多数あり、恋愛でも間違った選択を重ねたと反省しているセーラは、自分の水色のワンピースに視線を落としてから、冷静になるように自分に言い聞かせた。
「ごめんなさい。セーラ。」
「ビアンカ、謝らなくてもいいの。もし、私が同じ立場だったら、同じように言えなかったと思う。結果として、ビアンカも、レイモンド殿下も、お互いの思いを受け止める事になって、皆が祝福の言葉で歓迎しているのだから。言わなかった事は、良かったのよ。私もビアンカが幸せになれて、嬉しいもの・・・。それに、ビアンカの気持ちを聞いていたら、余計な事をして、困らせるような事をしていたと思う。」
隣に座っているビアンカが黙って抱きついてきたのを優しく受け止めると、可愛らしく、妹のようにも思える小さな姫の頭を撫でた。政略結婚が当然であると言われる王家の人間が、お互いの愛に基づいて結婚する事は、極上の幸せだった。その幸せを手にした親友を祝福する側も幸せなのだろうと公女は思った。
ダンダン。
「入ってもいいわよ。」
「姉さん。大変なんだ。」
飛び込んできた騎士姿のエリックは、ソファーで姫を抱きしめている姉に何をしているんだという指摘を忘れたまま、3人の方に近づいてきた。
「どうしたの?訓練は?」
「はあ、ビアンカ様、質問があります。フェリクス殿下以外に、ビアンカ様がレイモンド殿下を慕っている事を知っている者はいますか。」
「エリック、急に。」
手を上げて姉を制すると、ビアンカがエリックの方に顔を向けた。
「護衛に付いている2人は気づいているとは思うけど。直接誰かに言った事は無いわ。」
「手紙で誰かに伝えた事は?」
「この後、父上に手紙を送って、知らせる事つもりだけど。」
「ええ、これからはそうなりますね。今までです。ほんの少しでも、好意を持っているような手紙は書いていないですね。」
「ええ。イシュア王家の皆様に良くして頂いている事を手紙に書いたことはありますが、レイモンド殿下だけを特別にと言う手紙を書いた事は無いわ。」
「分かりました。」
「エリック、慌てているようだけど。何かあったの?」
「レイモンドは、ブレッド国宝陛下に、慕っているという気持ちも、今日、ビアンカ様に誓いを捧げる事も伝えていないんだ。」
「王宮に戻ってから、伝えるんじゃないの。」
「とりあえず、詳しい話をするんだけど。ああ、父様と母様は、ロイド兄さんと姉様の所に行っているんだっけ。わざわざ、行き来すると、良くないか。セバスチャンも姉様の所に一緒だった。」
「エリック。」
「着替えてくるから、ここで待っていて、とりあえず、ビアンカ様とレイモンドの事は秘密だから。ここで待っていて。」
部屋を飛び出していったエリックの様子から緊急事態が発生した事だけは理解できた。
応接間に集まった7人は、エリックが中心になって話を進めた。本日の主役であるレイモンドは身を小さくしていた。
「2人の婚約は、このままだと政治的に利用される可能性が高い。」
「利用するって、誰が?何のために?」
「ケネット侯爵派、言いかえるとジェイク殿下派と言ってもいいよ。」
応接用のテーブルを挟んで置いてあるソファーに座った男女が、3対3で向き合っていた。女性中央のセーラが男性陣右翼のエリックに対していた。
「後継者争いになるって事?」
「それに利用する可能性がある。いや、僕がケネット侯爵派の一員だったら、そうする。」「そんな事、できるの?レイモンド殿下は王位を継ぐ意思はないって。」
「姉さん、問題は、我が国の後継者は決まっていない上、レイモンドも正式に王位継承権を捨ててはいないんだ。もちろん、本人にはその意思はないのだけれど、手続き踏んでいないんだ。」
「公式にそういう話は聞いたことがないけど。後継者争いは、コンラッド殿下とジェイク殿下の2人で、レイモンド殿下が加わるという話は今までは聞いた事は無かったわ。」
「そう、今まではなかった。でも、これからそういう話をされてしまうんだ。レイモンドが王位継承権を捨てないまま、ビアンカ様と婚約するとなると、後継者争いの一番手になってしまうんだ。」
「まず、先週の大会で、レイモンドはコンラッド殿下を破った。武において、王位を継ぐ資格ありと証明した。ここでビアンカ様と婚約するとなると、レイモンドの後ろ盾はフェレール国になる。実際に王位継承について介入をしない場合でも、今両国間の貿易による利益を求める貴族達は、レイモンドを支持する者が多くなる。ビアンカ様がイシュア国の王妃になれば、より貿易をしやすくなると誰もが考える。生まれてくる王子王女は、両国の血を継いでいるのだから、両国はより一層友好関係を深める事ができると、皆が考えるはず。」
「ケネット侯爵派は第2王子を王位に即けたいのでは。」
「もちろんそうだけど、第1王子に王位を取られるぐらいなら、ケネット侯爵派に所属していたレイモンドに王位を継いでもらった方がいいと考えるのが普通だよ。少なくとも第1王子の王位を阻止するために、対抗馬としてレイモンドを利用するに決まっている。2人が争って疲弊した所で、帰国した第2王子に再登場させる策もある。」
フェレール国における後継者争いは、それぞれを擁する貴族同士の争いでもあり、王の決定であっても避ける事ができない事が多かった。一方のイシュア国では、王の決定があれば、ほとんどの後継者争いは収まって、騒乱が拡大するような事はなかった。それはイシュア国における貴族の首領である2つの公爵家が、王の決定に逆らう事が無かったからだった。
しかし、先々代と先代のケネット侯爵によってまとまった派閥は、大きくなり過ぎて、イシュア国の王位に影響を与えるほどになっていた。今は中心人物と旗頭が王都不在のために、巨大な力を効果的に使う事はできないが、力そのものが無くなった訳ではなかった。
「エリックの考えは分かったけど。レイモンド殿下が王位継承権を放棄する事を陛下に宣言してもらえれば問題はないと思うけど。」
「すでに放棄が決まっていたというのであれば、問題は無かったんだけど。ビアンカ様との婚約が決まってから、わざわざ王位継承権を放棄する事になると、両国の関係にひびが入る可能性がある。フェレール国側にしてみれば、将来の王妃という方が利益も体面も手に入るのだから。それをわざわざ潰される事を喜ばない。僕がケネット侯爵派の人間なら、そう言って、陛下に継承権の放棄を宣言するのを思いとどめるように進言する。」
治安を維持する事と乱す事のどちらが難しいかを考えれば、維持する事だった。噂1つで治安を乱すことができるのだから、両国の王家、貴族、商人達の利益に関係する火種があれば、それを大炎上させることは簡単だった。
「どうすればいいの?それだと、2人が婚約すると、騒乱になるって事なの?」
「父様やロイド兄さんに確認する必要はあるけど。1つだけ策はある。」
「エリック、教えて欲しい。自分が準備不足だった事は反省している。次はこんな事がないようにするから。教えてくれ。」
黙っていたレイモンドが懇願した。大切な日になるはずだったのに、自分自身の政治的影響力を無視した行動によって、騒乱を作り出す日になってしまった事を後悔していた。
「まず、2人の婚約成立の発表は、王位継承権の放棄が確定するまでは絶対にしない。多分、婚約成立の発表と王位継承権の放棄の公表は同時になると思う。ただ、この流れだと、発表と同時に騒ぎ出す者がいないとか限らないし、フェレール国への印象は悪くなる。そこで、しばらくの間2人には、王都で目立つようにデートをしてもらう。2人がお互いに慕いあっている事実を広める。それに加えて、しばらくしてから婚約の発表と王位継承権の放棄の噂を流すんだ。騒ぎ出すつもりのある人間やレイモンドを利用しようと考える人間は、この時点で動き出す。動き出したら、説得なりなんなりで1人1人を黙らせればいい。あくまでも噂なんだから、徒党を組んで何かをする事は難しいし、してきた所で、噂だからと言い返すことができる。」
「あぶり出すという事なの。エリック。」
「直接的に言うとそういう事だよ。姉さん。」
「もし、発表まで黙ったままでいて、発表後に一斉に騒いだりしたらどうするの?」
「その時は、噂で聞いていたのに、どうして今になって、そんな事を言い出すんだと言って、反撃すればいいだけの事。」
「なるほど。」
公子エリックの提案した作戦は採用されたが、この作戦がうまく行ったのか、どうかの評価が難しくなることは誰にも予想できなかった。




