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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
4年生
132/198

4年生 その128 敵なし

128 敵なし


イシュア暦369年11月。

第2回剣技大会の注目は、公女セーラを破る者が現れて、婚約者の地位を獲得するかであったが、ほとんどの参加者は初日に行われた1回戦の試合を見て諦めていた。速すぎて攻撃が見えないという話は噂話として存在していたが、実際に見えないと感じる動きを体験した戦士達は、公爵家の実力を思い知ったと同時に、去年の公子エリックが手加減してくれていた事を悟った。

「姉さんには手加減をして欲しいと頼んだのに。」

「手加減をしたから、この皮鎧を身に付けているのよ。」

 勝利した赤い戦士に駆け寄ってきた白銀の騎士は姉と同じ目線で話しかけた。

「皮鎧を装備しただけでは、手加減にはならないよ。」

「どうして、動きづらいわ。朝の訓練の時みたいな、魔獣の皮を使った鎧だけが良かったのに。」

「!姉さん、それは絶対にダメ。本当の戦場へ行くならいいけど、いや、その場合でも、固い皮の胸当てと腰当てだけは身に付けて。」

「分かった。だけど、暗闇の暴走の時は、訓練の装備でいいんでしょ。」

「うん。それはね。とりあえず、今の装備について、一応聞いておくけど、固めの装備をした方がいい理由は分かっているよね。」

「分かっているわ。体のラインがはっきり出るのは良くないんでしょ。そのくらいの事は分かるわ。」

 エリックも小さい頃は理解できなかったが、この年齢になると女性の魅力が本能的に分かるようになった。だからと言って、母と姉達にそういう気持ちを向ける事は無いが、そう言う気持ちになってしまう男性の気持ちは仕方がないものだとは分かるようになった。

「分かっているなら・・・。で・・・。もう、今更手加減しても、相手を侮っているようにしか見えないから、これからも全力で戦って欲しい。」

「エリックは注文が多いわね。」

「お願いします。」

「分かったわ。」

 強さを身に付けたセーラの唯一の弱点が、自身の強さと相手の強さを感じ取ることができない事だった。一言で表現すると、手加減が全くできなかった。最強である目標だけを見ながら、強くなるために全力で戦い続ける訓練だけをしてきたセーラの中には、弱い自分と最強の家族という2つの基準しか知らなかった。その中間にいる無数の強さも戦士も彼女の中では存在していなかった。だから、何を基準にして手加減をすればいいのかが分からなかった。

 庶民出で庶民の暮らしの優等生だったセーラは、公女として貴族社会を学び優等生にもなっていたが、戦士としては最強に近づいてはいたが、常識をきちんと理解した優等生ではなかった。戦士としての評価は、常に全力で戦う凶戦士のようなもので、他の戦士からは常識外の存在だった。


 大会4日目が終了した時、第2回大会の16傑が決まった。賭けにすらならない優勝確定者のセーラ以外で注目を浴びたのは、3人の王子達だった。フェレール国第3王子フェリクス、イシュア国第1王子コンラッド、第3王子レイモンド、この3人が、公女セーラに一太刀を浴びせる事ができるかという可能性について注目されていた。若き騎士や若き傭兵ギルドの戦士も16傑に入っていたが、公女に勝利しての大波乱を起こせるはずがないと誰もが分かっているため、特別な注目を浴びる事はなかった。

 大会優勝者は誰になるのかという点への注目は皆無だったが、決勝トーナメントに進出した戦士達はセーラと対戦できるかどうかを気にしていた。勝てるとは思っていないし、一瞬で敗北する事は分かっていたが、あの速さを体験してみたいという興味を誰もが持っていた。自身がたどり着けるかどうかは別として、最上の戦士の強さを実体験したいと思うのは、強さを追求する剣士たちの習性のようだった。

 ただ、15人の戦士の中で1人だけ、セーラに勝利したいと強く考えている若者がいた。

 大会6日目、決勝トーナメント1回戦第一試合。

 観衆の前で闘技場に上がったフェリクスは大歓声を受けた。学園生徒の女性貴族達も声を上げていた。現在、恋人も婚約者も持たない女性貴族の視線を集めていたのが双子殿下の弟だった。

 成長期で身長が伸びて、凛々しさをほんの少し加えただけの彼の容姿は平凡の一言で評価する者が多かった。レイモンドの美しさとコンラッドの勇ましさに敗北していたため、彼の容姿を褒める者はほとんどいなかった。

だが、彼の実績と内面は絶賛されていた。

異国で大取引を成立させて大使職まで得た王子は、すでに両国内に大きな基盤を築いているとの評価を受けていた。王位継承者ではない事を明言している点も、女性達にとっては魅力の1つだった。王としての権力を持たずとも、王弟として国内で確実な地盤を得る事は確定しているのだから、後継者争いに巻き込まれる危険が低い所を、加点要素とする者は多かった。

人柄については、フェレール国から流れてくる噂だけを信じるのであれば、酷いものであったが、その噂を信じる学園生徒は皆無だった。1年8カ月の学園生活でフェリクスが見せる姿は、セーラに叩かれたこと以外はプラスになるものばかりだった。異国の貴族学園で上位の成績を取ることは、その知能の高さだけではなく、学問に取り組む真剣さの証明であり、どう考えても真面目な学生の姿だった。

そして、彼の人気を高めているのは、剣技を学ぶ時の姿勢だった。少しずつしか強くならない彼が、歯を食いしばりながら立ち上がり、訓練を続ける姿は、女性の母性本能を刺激した。そう評価する声を否定する者はいなかったが、それだけでない事は、男性達の信頼を勝ち取っている事が証明していた。

イシュア国の3王子よりも確実に下であると分かる自身の実力をフェリクスが隠すことはなかった。自分よりも実力が上である人間には、階級に関係なく敬意を示し、自分よりも実力が劣る者を貶す事も決してしなかった。

何かに取りつかれたように一心不乱に取り組む姿勢は、それを側で見ている男性陣の方を魅了していて、訓練時の彼の真剣さが女性陣にも伝わったのは、代弁者と言える仲間がいたからだった。

「セーラ・オズボーン!」

 対戦相手の名前が呼ばれた瞬間から、薄茶の皮鎧で身を包んでいる銀髪緑目の王子は、いつもとは違った真剣な表情を赤い戦士に向けた。

 右手の大会用の殺傷力のない剣を強く握りしめてから軽く力を抜いた。左手の手首に付けられた小さな円形の盾は土台が皮製で、表面には薄い鉄が張り付いていた。16傑に残る所まで成長した事は誇らしいと思っているが、現時点で公女セーラに優れている所がない事も理解していた。

 だが、ここは戦場ではなく、剣技を競い合う闘技場である以上、剣技で勝利を掴む可能性はゼロではなかった。フェリクスはその可能性だけを信じて、今日まで訓練を続けて、この機会をようやく得ていた。

赤い戦士公女に勝つ方法は1つしかなかった。相手の攻撃を予測して、左手の円形の小さな盾を攻撃先に事前に置いて防ぎ、相手が踏み込んでくると予想される位置に訓練刀を突き出す事が、唯一の勝ち筋だった。

それは実力勝負ではなく、一か八かの賭けだった。

「始め!!!」

 フェリクスの読みは鋭かった。

首筋に剣先を寸止めして勝負を決める選択は見栄えの問題からないと考えた。見栄えとはフェレール国王子である自分に対する配慮だった。本当に手も足も出ない惨めな敗北を闘技場で与える事を避けるだろうとの予測は正しかった。

次に、見栄えのためから、攻撃を当てなければならないセーラは、出血を伴う傷を与える事を避けると考えた。訓練刀であっても、突きであれば皮鎧を貫き、皮膚を裂くことができるのだから、突きでの攻撃も選択肢から外された。

攻撃は当てなければならないが、怪我はさせられない、できるだけダメージの少ない攻撃を当てて勝利する。そういう筋書きを描いた赤髪の戦士の攻撃は、左脇腹への攻撃だとフェリクスは読み切った

「!!」

 目の前から消えるという感覚を味わいながらも、フェリクスは予定の動きを取った。左手首の小さな円形の盾を脇腹に添えると、右手の剣は最速の戦士の居るだろう位置へと動いていた。

「!」

公女と王子は攻撃が当たる所までは想定通りに動いたが、その後は想定通りではなかった。想定しない方が悪かったと後に反省する事になるフェリクスの失敗は、最速の攻撃を受け止めた時の衝撃の大きさを見誤った事だった。

衝撃によって体ごと1m程横に動かされると、フェリクスは転ばずに立っているだけで試合は終わった。目の前にセーラの剣先があった。

「私の負けだ。」

「勝者、セーラ公女!」

大会唯一の公女の攻撃を直接受けた戦士と呼ばれた事に屈辱を感じる事もなく、ただただ実力差がある事に不甲斐なさを王子は感じていた。


優勝は誰であるのか、セーラ公女の婚約者は誰になるのか、という大会前の盛り上がりは、大会初日から消えていた。第1回大会よりも明らかに盛り上がりに欠ける大会になる事を阻止したのは、準決勝第2試合だった。

第1王子コンラッドと第3王子レイモンドの攻防戦は見応えがあった。相手の攻撃を凌ぐと同時に攻撃に転じる攻防を続けた2人の戦いは、見た目の激しさから、素人達を興奮させた。まるで演劇の殺陣のような動きは見応えがあった。これこそが剣技大会の魅力である事を王都に知らしめた決戦だった。

それを見ていた実力者たちは、両王子の戦い方に感心していた。コンラッドは体格と膂力によって、速さが劣る所を巧みに補っていた。レイモンドは速さと見切りによって、力で勝負する場面をできるだけ回避していた。

「いけ!」

「そこだ!」

「ああ。」

「危ない。」

 騎士団の声援は大きかった、

 コンラッドは近衛騎士や学園教師によって鍛えられた戦士、レイモンドはザビッグの愛弟子として公爵家で鍛えられた戦士、剣技においてはそういう属性を2人は持っていた。王宮の近衛騎士と公爵家所属の騎士団の代理戦争を行っているようなものだった。

特にこの1年間で肉体も精神も鍛え上げられたコンラッドは、弟レイモンドとの差を詰めて、互角の戦いができるようになったのだから、第1王子と剣を交えた事のある近衛騎士達は、自分も師の1人だと思うのか、全力で声援を送っていた。

天才ではなく、凡才と評された人間が、地道な努力によって強くなる様は、多くの人間の共感を得た。この世界の99%以上が凡人であるのだから、それは当然の事だった。そして、いつも勝利するのは天才と呼ばれる側の人間である事も、当然の事だと言えた。

「勝者、レイモンド殿下!」

 2人が王子だからではなく、優れた戦士として賞賛を受けた後、セーラとレイモンドの決勝戦は一瞬で終わった。

 天才にも格みたいなものがあるのだろうと納得した王都民は、一度優勝した戦士は再び大会に出場する事はできない規定を作った大会運営者に心の中で喝采を送った。


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