4年生 その127 赤髪の戦士
127 赤髪の戦士
セーラ・オズボーン第2公女の強さは、公爵家の中では最弱であったが、それ以外の場所では最強の名を手にするまで成長していた。
赤黒い魔獣の皮装備の戦女神は両手の短剣で巨人に攻撃を仕掛けていた。一瞬で間合いを詰めると突きを繰り出した。
後方に下がることなく、ハルバードと籠手で巧みに攻撃を受け止めながら、呼吸の瞬間を待った。
「ツ。」
右手首を回す事で防御から攻撃に切り替えたザビッグは、重厚な攻撃をセーラに向けた。攻撃を完全に避ける事ができない公女は、短剣で攻撃を受け止めながら、その力を後方に流し続けた。
「ぬ!!」
ザビッグが強烈な突きを放った瞬間、ハルバードの半月部に短剣を合わせたセーラが、突きの力を利用して後方へと離れていった。黒い地を踏みつけると、赤い弾丸が銀の巨兵に向かった。突いたハルバードを引き戻すのと同じ速さで突っ込んできた2つの刃を籠手で巧みに受け止めた。
攻防を入れ替えながら30分の連闘が終わると、セーラとザビッグは一気に汗を流し始めて、呼吸を整え始めた。
「セーラ、相手の力を利用して後方に下がるのであれば、相手の力を受ける時間を少し増やして、もっと距離を取れるようにした方がいいわ。さっきの距離だと、一呼吸の時間が確保できない。」
「はい・・・。お姉・・様。」
「戦いながら休む訳にはいかないけど。呼吸が乱さないための間が大切なのよ、その時間を作りながら戦うことを意識して。一呼吸ができる一瞬であっても、大切にしないとならない。」
「はい。」
水色のワンピース姿の女神は妊娠中で訓練には直接参加できなかったが、妹への指導をしていた。
公爵邸の地下訓練所は、真っ黒な壁に囲まれた空間で、明るさは魔石の灯りで作られていた。魔獣の巣を模した空間での戦いは、対魔獣のための訓練が毎朝行われていた。
「セーラ姉さん、行ける?」
「もう少し待って。」
「焦ってはダメよ。呼吸を整える時は、覚悟を決めて。ゆっくりと時間を取るの。」
「・・・・・・。」
弟エリックとの手合わせは、攻防のある訓練ではなく、ただエリックの攻撃を躱すだけの訓練だった。2本の刃を30分交わし続けるセーラは、2本の短剣を握っているが、それで攻撃する事も受ける事も無かった。
次子エリックの速さについていけるようになったセーラが、手首を切り落とされる事は無くなったが、ギリギリで刃を避ける事ができずに、かすり傷を受ける事はあった。ただ、その傷があっても、2人の訓練は所定時間になるまで続けられた。
「今日は体の傷はなしね。よくやったわ。やっぱり、魔獣の皮はいくつか切られているのね。ここまでギリギリで避けられるのは凄いわ。」
「そうだね。セーラ姉さんは凄いよ。」
「・・・・・・。」
呼吸を整えながら姉弟の誉め言葉に笑顔を見せながら、セーラは自身の課題を意識していた。頭の中に叩きこんでいた。この後、父母と剣を交えてから訓練を終えるが、一日中剣を使わない訓練は続けていた。常に一定のペースで呼吸をする事を体に覚えさせていた。
公女の訓練は今、暗闇の暴走時に中の魔獣と戦う事を目的としたものになっていた。公爵家の歴史上4年と言う短期間で、この訓練を始めた者はセーラだけだった。公爵ギルバードの血のなせる業であり、公女の訓練への姿勢が尋常ではないからであるのは間違いなかった。同時に、後世の公爵家の人々が奇跡であると評する事態がセーラの身に起こっていた。
モーズリー高原での戦いの後、セーラの体は大きく成長した。大人の女性の肉体を獲得しつつある時に、適切な訓練を続けた事で、家族たちも驚くような成長を見せた。そして今も、暗闇の暴走戦を想定した訓練で、その技術と強さを例のない速さで手に入れ始めていた。
誰かの犠牲を前提にしなければ乗り越えられない暗闇の暴走を、犠牲者なし乗り越えられるかもしれないという期待は、確信に変わりつつあった。今は、セーラの強さが問題になる事は無く、公爵夫妻が加齢と共に、どの程度力が衰えてしまうのではないかと言う点の方が気になっていた。両親にその兆候がないのだから、公爵家の準備は順調に進んでいた。
公爵邸の敷地は、大の巣、中の巣、小の巣の3つを含んだ高原地域全体であるため、1つの町を作る事ができる規模を誇っているが、いくつかの建築物と通路以外は未開発の草原地域であった。
この広大な敷地の中に、大規模なガーデンパーティーを開催できる場所を整備してみてはどうかと進言したビアンカ王女は、セーラとザビッグと一緒に完成品の視察に来ていた。
「1000名が一度に食事できるようになっているわ。」
「それは見れば分かるけど・・・。立食パーティーができるようにと言ったのだけど。」
「座れるようにしただけよ。その場で立ち上がれば立食パーティーが開けるわよ。」
王女の目前に広がっているのは、兵士達が戦場で食事をするための巨大な野営地のようだった。
「そうなのね。私のイメージとは全然違うのだけれど。」
「もしかして、公爵邸の前庭に丸テーブルを並べて、軽食とお茶を用意するようなパーティーをイメージしていたの?」
「そう。そうよ。」
「ビアンカの言う通りのパーティーだったら、前庭ですればいいと思うわ。」
「それだと、100名も入ったら、身動きできないわよ。」
「1000名規模のパーティーと言ったら、こういう形にするのが一番良いと思うわ。それに、これなら、美味しい料理が作れるしね。皆が楽しめるという事を考えると、どうしてもこうなるの。中央の細長い竈は、鍋料理でも、鉄板料理でも、一度にたくさんできるし、目の前で良い匂いを楽しめるわ。屋根を付けたから、急な雨でも困らないし。煙が籠らないようになっているのよ。魔石ではなくて、木材で料理した方が良いという人にも対応できるの。あ、料理をしながら食べる事がマナー違反だというのなら、四阿も複数用意してあるから、料理だけを楽しめるわよ。」
王宮での食事だけで生きてきたビアンカと庶民出身のセーラの食事観が全く違うのは当然と言えたが、セーラが純粋な公爵家出身だとしても同じ結果になった。公爵家では夕食だけが貴族の晩餐で、朝昼の食事は兵士の食事と同じだった。だから、食事に対する考え方は、兵士寄りのものになった。
パーティーでの豪華な食事と言うのは、主食である穀物の他に、野菜たっぷりの濃厚なスープがあり、十分な魚肉類の焼き物がある食事の事だった。焼きたての柔らかい白パンがあれば最高だが、パン焼き用の竈を野外に設置するのは難しかった。そう考えた上で、公爵邸の野外食事場は大勢の戦士達に、最高級兵士食を提供できる場所として整備されていた。
「分かったわ。私がイメージするような立食パーティーの場所は、王宮の方で作ってもらえるように頼んだ方が良かったのね。」
「何だか、ビアンカの要望とは違うみたいね。」
「そうね。でも、これはこれで楽しめるかもしれないわね。その内、公爵家にここを貸してもらえるようにお願いすると思うわ。」
貴族のドレスではなく、庶民のようなワンピースに着替えた時点で、こうなる事を想像するべきだったと考えると同時に、フェレール国とイシュア国の考え方の違いには慣れてきたつもりだったが、根底から何か違うものがあって、簡単には理解できないものなのだと異国の姫は考えた。
「あちらの四阿でお茶でもいかがでしょうか?」
「そうね。お願いするわ。」
ザビッグの先導で四阿の1つへと向かうと、バスケットの中からお茶道具を取り出すと、執事見習いが手際よく準備を進めた。
「セーラ、ザビッグと話がしたいのだけど、良いかしら。」
「ええ。ザビッグ、ここへ。」
黒い執事服の巨体が四阿の中へと入ってきた。
「ビアンカ様、どのようなお話でしょうか?」
「剣術の師として、話をして欲しいの。いいでしょうか。ザビッグ卿。」
「畏まりました。」
「剣技大会の話なのだけど。セーラは優勝できると思いますか。」
「戦いには絶対はありません。また、見知らぬ強者もいるかもしれません。」
「では、質問を変えます。対魔獣戦における強さと、対人戦における強さは違うと聞いたことがあります。セーラの対人戦の強さと言うのは、対魔獣戦の強さに比べてどうなのでしょうか。よろしければ、理由も教えていただきたいのです。」
「セーラお嬢様の対人戦の強さは、対魔獣戦の強さと変わりがありません。対魔獣戦に強い戦士は、対人戦でも強いです。対魔獣戦に強くなるためには、速さが重要です。そして、対魔獣戦の訓練で身に付けた速さは、対人戦でも有用なものです。」
「速さが重要なのは分かります。ですが、2つの強さが異なるという話は、大げさに言っているものなのですか。」
「いいえ、対人戦で強くても、対魔獣戦に強いとは限らないというのは本当の事です。対魔獣戦を経験していない、フェレール国やドミニオン国の騎士は、魔獣の前では弱者です。」
「専門の訓練を受けていないからですか?」
「その通りです。戦い方が違います。」
「よく分かりました。ザビッグ卿、ありがとう。」
「お役に立てたようで、何よりです。」
ビアンカが最近剣技大会を気にしている事はセーラにも分かっているが、気にしている内容には誤解があった。セーラが敗北して意に沿わない婚約者を迎える事への心配ではなくて、第3王子レイモンドが万が一にもセーラに勝利して、婚約者の地位を獲得する事を心配していた。
そして、勝てないだろう事が分かっても、2人が戦いの中で気持ちを通じ合うような事があるのではないかとの不安を大きく感じていた。剣や武技への適性が全くないお姫様は、ただ見守るしかできない自分の嘆きをセーラの前では上手に隠していたが、今度の大会で何かが起こるような予感に恐怖していた。




