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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
4年生
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4年生 その126 新事業

126 新事業


セーラは毎月、食堂のおじさん、おばさん宛への手紙を欠かした事は無かった。公爵邸に来たばかりの時は、自分への配慮を欠かさない公爵邸の人々の報告だった。生活が慣れてくると、自分自身の事、自分の気持ちが書かれるようになった。第2王子ジェイクへの思いを書いたものもあれば、モーズリー高原での戦いに参加した時の気持ちを書いたものもあった。セーラが生涯を通して一番自分の気持ちを込めたのはこれらの手紙だった。

1年に1度届けられる返事には、おじさんとおばさんとミーナとセーラの話がぎっちりと書かれていた。セーラの幼少期の話は、本人が覚えていない内容もあって、公女にとっての楽しみで、1年に1度のご褒美でもあった。

「セーラお嬢様、公爵領からの書簡が届いております。」

「ありがとう、ザビッグ。」

「キャロライン嬢からのものですが、何が問題でも起こったのでしょうか?」

「どうして、そう思うの?」

「頻繁に書簡が届いていますので。」

「事件性のある問題ではないわ。近況報告よ。」

「さようですか。失礼いたしました。」

学園から帰宅したセーラは玄関で手紙を受け取ると自室へと向かった。


 イシュア国の通信制度は未熟であった。手紙と言っても、それだけを運んでくれる組織は無かった。手紙を送る場合、商業ギルドに依頼を出すが、それは通常の物資の運搬と同じ仕組みであった。もちろん、書簡1つだけを輸送するのでは非効率的で、費用が大きくなってしまうため、他の荷物を輸送する商人に書簡の輸送も依頼する形を取った。費用は安くなるものの、届くまでの時間は依頼を受けた商人の都合で決まり、迅速な配達は期待できなかった。どうしても、速く伝えたい場合は、傭兵ギルドに使者を依頼して、一通のみを配達してもらう方法しかなかった。

現状を不便であると考える者は少なくなかったが、国全体の制度を整えたいと考える者は現れなかった。しかし、現状を大きく変えたいと願った女性がいた。それは、次期公爵の秘書官を務めているキャロライン・ロナガンだった。

広大な公爵領に加えて、魔獣の巣を管理するための飛び地の騎士団領が複数存在していていた。それらの地域も含めて、大規模な開発を実行しようとするには、迅速な情報収集の仕組みと、命令指示伝達の方法を確立する必要があった。

単純に考えれば、莫大な費用を投じて、専用の伝達役を各都市に配置すれば、書簡の配達を迅速に行うという目的は達成できたが、効率よく開発するという視点から見ると、不合格の案だった。

「手紙を早く送る方法はうまくいきそうね・・・。」

 キャロラインに相談された時、セーラが提案したのは、食堂で行っていた商人達の情報交換の方法を利用してみてはどうかだった。

 食堂では誰でも見る事ができる掲示板を設置して、商人達の情報収集の場を作っていた。その上で、個別商人への手紙を食堂で預かっていた。食堂が手紙を届けるのではなく、食堂を利用する時に商人達が自分宛への手紙を受け取るという仕組みだった。

これは貿易商人達には大好評だった。本店はあっても、常駐しない商人達は適宜手紙を受け取ることが難しかったが、街を通る度に食事をする場所で自分宛の手紙を預かっていてもらえば、確実に手紙を手にすることができた。しかも、利用条件が食堂で普通に食事をする事だけだったため、無料で利用できた。

ファルトンの町を通過する商人達が一度は食べに行くという食堂は、良質な食事だけでなく、情報、書簡、保存食なども提供していた。それは商業ギルドと同格と言えるだけの交易拠点になっていた。

セーラの体験談と言うヒントを得たキャロラインは、次々と通信制度の素案を固めていった。膨大な資金を投入する力技ではなく、財務官として効率性を重視した制度の構築を考えた。公爵家の物流を統括できる立場にいた彼女は、各方面のピースを繋ぎ合わせて、国を大きく変える仕組みを作っていった。

フェレール国から購入できた馬を各都市に分配すると、商業ギルドに定期的な物資運搬の仕事を依頼した。各地の特産品を扱う事で、定期運搬業務は安定的な利益を得る事ができた。その定期便には、書簡の運搬業務を担わせた。ただし、これまでとは違って、商業ギルド間だけの運搬であって、個別の配達は業務外であった。こうする事によって、商業ギルド間の書簡のやり取りの費用はほとんど0だった。

領主や貴族、大商人達は、各商業ギルドを訪問して、書簡の有無を確認すると同時に受け取る事になっているため、商業ギルドの負担は郵便物を仕分ける棚を作るだけだった。これまで高額の輸送費を支払ってまで書簡を送るのは、富裕層の人間だけだったが、基本的な郵送料が低下した事で、庶民が所管のやり取りをする可能性が高い事も、キャロラインは想定していた。

商業ギルドで受け取った書簡のうち、個別に配達しなければならないものは、未成年労働者に一軒一軒届けてもらう事にした。都市内の地域ごとに配達してくれる子供達を選定して、配達の仕事を与えた。お駄賃程度の安価の仕事ではあったが、近所の人に届けるだけの簡単な仕事であったため人気があった。後には、信頼されている証である仕事との認識も広がり、商人を志す子供達の登竜門的な仕事になっていった。この安価な郵便制度は公爵領と飛び地公爵領を繋ぐ都市間から整備され、全国へと広がる事になった。


 フェレール国との貿易での利益獲得構造は、魔石を売却して得た資金で、フェレール国の物産を手に入れて、それらを国内で売却するものだった。しかし、この構造から外れた利益を得る領地もいくつかあった。

 国境の町ファルトンでは、郊外に大牧場を建設すると、馬の増産を順調に進めていき、運送業を強化していった。中継貿易の拠点であると同時に、両国の中間地点での運送業は利益が出ないはずはなかった。

 貿易の目玉である特産品がある貴族達は、特産品の輸出での利益を得ようとしていたが、魔石売却を超える利益を得る特産品は少なかった。その中で、唯一無二の特産品と呼ばれたのは、ノーランド侯爵だけが真剣に取り組んだ美術品売却だった。

 芸術家侯爵と呼ばれるバルム卿は、先代から領地経営を受け継いだ直後、必要最低限の投資以外は芸術の発展のための投資に回していた。全領民から、もっと有効な投資をして欲しいとの嘆願が出る事態に発展した時、愚息の愚行に怒った先代は、領地経営権を取り戻して王都へと追放した。

せっかく始めた美術品産業を絶やす訳にはいかないと考えたバルム卿は、侯爵と言う地位を利用して王都内で投資を集めようとした。利益が出るかどうかの投資に他家を巻き込んだ場合、詐欺として訴えられる可能性があると考えた先代は、すぐにその投資を中断させる代わりに、一定額の資金を息子に渡す事にした。

その範囲内で好きな事をやるのは構わないが、範囲外に出る事は許さないと宣言された芸術家侯爵は、王都で単身美術の火を灯し続けていた。そして、公子エリックとの出会いにより、安価な白上質紙を手にした侯爵は、絵画を商品とした一大市場を作り上げた。

愚息の愚行が、国内唯一の権威者かつ投資家による天才的な先行投資になった時、侯爵領は王都に並ぶ芸術の都へと変わり、バルム・ノーランド侯爵の名は、イシュア国の歴史書だけでなく、大量の美術品を輸出されたフェレール国の歴史書にも記載される事になった。


「長期保存の方法はうまくいったみたい。」

 キャロラインからの報告に安堵したセーラは、この実験の成功がどのように発展するのかは理解していなかった。

 イシュア国では豊作が続いて、食料の生産量が一気に増えた。それが人口増加の土台になっている事、庶民の幸福度上昇の土台になっている事を喜んでいたが、豊作の年が続くと余剰食糧をどうするのかという問題が発生した。

 生産調整を行うにしても、先年の収穫物を保存できる技術が必要だった。その技術について相談を受けたセーラは、いつものように母ミーナが語っていたことを思い出して、キャロラインにいくつかの解答を提示していた。

乾燥肉や乾物の燻製で保存性が上昇する事は一般にも知られていた。ただし、特定の植物を加える事で、虫除け効果が加わり、さらに保存性が上昇する事は知られていなかった。また、大量の穀物を一度に処置するための方法も確立されていなかった。

その欠けている知識をセーラが伝えた事で、公爵領の余剰食糧は、保存可能な食料となった。特に、穀物の保存期間を延ばす技術は、フェレール国との関係にも影響を及ぼした。

フェレール国はイシュア国の北部にある国で、植生が異なっている上、冷害による不作が頻発する国でもあった。その不作が原因で小規模な戦争が起こる事もあるフェレール国にとって、冷害対策と食糧問題は重大な被害をもたらす可能性のある事案だった。

長期保存の効く、南部地域の穀物を、公爵領ではフェレール国に輸出した。暴利を貪るつもりはなかったが、国内価格の3倍以上の値で売れたため、公爵領の余剰穀物は特産品となって、公爵領の発展に寄与した。

数々の発展の引き金となる対話の多くは、セーラとキャロラインの間で行われていた。提案された事を最終決定するのが、次期公爵アランである以上、公子の功績を無視できるものではなかったが、今後数十年の発展の土台を作ったのは2人の女性だった。歴史書にはそう書かれることになった。


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