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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
4年生
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4年生 その123 賞金の使い道

123 賞金の使い道


セーラ・オズボーン公女は、第2回弓技大会で優勝したことを当然の事として、冷静に受け止めているように見せかけていたが、浮かれる程に喜んでいた。イシュア国で一番になり、公爵家の武を全国に示した事がとても嬉しかった。

戦公爵の娘として誰からも認められたいと願いながら武を磨き、実際に認められた今、満足感、達成感、そして、安心感、セーラは幸福につながる様々な感覚に包み込まれていた。

「セーラ、優勝おめでとう。」

「はい。お母様。」

「よくやった。」

「はい。お父様。」

 公爵夫妻の祝賀と賞賛を受けた公女は晩餐の席で満面の笑みで応えていた。紺色の紳士礼服、紺色のドレスの父母は、いつもと同じ晩餐用の装いだったが、いつも以上に美しく見えた。斜め正面にいる青の紳士礼服の弟もいつも以上に美しく、凛々しく見えた。セーラも記念すべき日に、淡い黄色のドレスと銀の髪飾りだけでなく、珍しくメイドに頼んで燃えるような赤髪を編み込んでもらっていた。

「姉さん、弓の腕、去年よりも上げていますよね。」

「エリック程ではないと思うけど。」

「もう、弓だと姉さんには勝てないと思うよ。姉さんは、そろそろ自分を低く評価するのを止めた方がいいかもしれないよ。強くなるためには、自分が未熟である事を知る事は大切だけど。自分の力を最大限発揮するには、過大でもなく、過少でもなく、正確に自分の力を認識する事だと思うから・・・。」

「エリックの言う通りね。自分の力を正しく評価するようにするわ。」

 武術師範が語るような戒めの言葉を聞きながら、セーラは改めて弟との差を理解した。ようやく公爵家の娘として認められた自分に対して、3人の姉弟はもう1人立ちをしている大人だった。レイティアは妊娠していて母になろうとしていた。アランは公爵代理として領地運営をしていた。エリックは言葉遣いと態度で子供らしさを装ってはいるが、現状では第3王子レイモンドの剣術師範の役割を担っていた。

 セーラ以外の人間であれば、セーラがフェレール国の双子殿下の接待役としての役割を果たしていると評価をするが、本人にしてみれば、ただ友達でいる事を役割として、評価されると考える事はできなかった。

「姉さん、優勝賞金をどうするの?今回は貸してくれなんて言わないから。」

「食堂のおじさんとおばさんに送りたいんです。よろしいでしょうか?」

「ああ、セーラの好きなように使ってもらって構わない。」

 公爵から了解の言葉をもらった事にセーラは喜べなかった。一瞬だが、父の表情が暗くなったのを見たからだった。

「あ。」

 娘の表情が急に闇を纏い始めると、隣席の公爵夫人は慌て始めた。

「ふー、父様も母様も姉さんも、分からない事は聞くようにしてください。言いたい事も言ってください。色々と考える前に、です。」

 セバスチャンとザビッグが頷きながら、晩餐室の隅へと移動した。

「父様、姉さんが食堂に送ると言った時、表情を変えましたが、送る事が嫌だったのですか?」

「嫌な筈はない。セーラが、ケインさんとペニーさんのためにお金を送る事は良い事だと思う。2人はセーラやミーナの恩人で、私達公爵家にとっても恩人だ。」

「それでは、表情を変えたのはなぜですか?嬉しそうには見えませんでした。」

「それは。セーラが優勝しての賞金だから、自分のために何かを買うようにしてもらいたいと思ったのだ。今までもそうだったが、セーラは誰かのためにお金を使うのだが、自分のために使う事が少なかったから。」

「姉さん、安心できた?」

「ええ。」

「去年は貸して欲しいとお願いした僕が言う事ではないのだけど、自分へのご褒美を買ってもいいんじゃないかな。額が額だから、自分のためだけに買うという方が難しいかもしれないけど。」

「必要なものは、全部買ってもらっているし。お小遣いも毎月もらっているから。」

庶民出身のセーラに限らず、公爵家の姉弟は毎月金貨1枚を支給してもらっているが、それを1月以内で使い切るのは難しかった。基本的な生活を送るための物品はすでに用意してあって、しかも、それらは全て公爵家の品位を維持するために最高級品だった。

足りない物が無かった長女はずっと蓄えていて、新居を建てるための一部に充てていた。長男もほとんどが蓄えていて、弟に付き合って町で買い物する時に少し使うぐらいだった。次男は町中で食べ物を中心に購入していた。時々、町で一緒に遊んだ子供達に奢る事もあったが、使い切る事は無かった。

毎月半額は食堂に送り、残りで裁縫道具や食材を買っていたセーラが一番お小遣いを貯めていなかったが、そのほとんどが誰かのため使っていた。自分のために使うのは、高級な刺繍糸で、自分の好みに合わせてドレスに変化させる時ぐらいだった。それも本来は仕立て屋に注文すれば良い事で、公爵家の出費を抑えるための行動と言えた。

「姉さんが、好きにすればいいと思うけど。自分のために使ってもらいたいと、父様と母様は願っている事は、心にとめておいてもらいたいな。」

「はい。」

「で、姉さんも、暗い表情をしたんだけど。」

「それは・・・。」

「食堂のおじさんとおばさんの事ばかりを気にする姉さんに対して、父様が気を悪くしていると思ったんじゃない。姉さん。」

 俯いて何も言えなくなったセーラの表情が肯定していたが、エリックはその答え方を許さなかった。

「姉さん、父様と母様のためにも、言わないとダメだよ。」

「お父様が気を悪くしたと考えた時、自分がしている事に気付いたんです。おじさんとおばさんは、恩人で、大切な人で、母さんも恩を忘れてはいけないって言っていて。だから、私の中では当然の事をしていると思っていたけど。お父様とお母様は、今までどう思っていたんだろうかって。まるで、公爵邸より、食堂の方がいいって、そう思わせる事ばかりを、言っていたことに気付いて・・・。」

「セーラは、二人の所に戻りたいの?」

 震える声で公爵夫人が質問した。

「会いたいとは思います。でも、戻りたいとは思いません。ここが私の家だから。」

「良かった。」

「セーラ。顔を上げて。」

「はい。お父様。」

「ケインさんとペニーさんを、セーラが家族のように考えるのは当然で。私達夫婦よりも、2人の方が長い時間を、家族として過ごしている。セーラが一番大切にしたい家族は2人だと言っても、怒るような事もないし、気分が悪くなる事は無い。もちろん、私達の方がセーラの事を大切にしていると、いつか言えるようになりたいとは思っている。」

「大切にしてもらっていると、そう思っています。」

「本当に?」

「本当です。お母様。その、あの、素直に言えなかった時もいっぱいあって。だけど、お母様とお父様、お姉様、アラン、エリック、他にも公爵邸で働いている皆に、感謝しています。私の事をいつも大切にしてくれて。」

「セーラにそう言ってもらえて、嬉しい。」

 次男が2人の執事に合図を送ると、晩餐の続きが始まった。すれ違いを無くしたいのであれば、きちんと言葉で伝える事を怠ってはいけないとの教訓をエリックは得た。


 王都の中央通りは、普段から賑わいのある売店通りであり、休日の2日間は祭事のような賑わいがあった。

 お揃いの薄いオレンジ色のワンピース姿のセーラとアイリスは手を繋いで街路を歩いていた。アイリスの右隣の姉は、不満顔で婚約者の左手を握っている弟に笑顔を向けていた。

「今日は殿下たちと訓練するって言うから、アイリスと出かける事にしたのよ。別に、エリックを無視した訳ではないわ。」

「2人だけで出かけるなんて、婚約者の僕を・・・。」

「その婚約者を放っておくからいけないのよ。」

「放っていた訳ではなくて。訓練だって、屋敷でする事になっていて、すぐにアイリスに会えるようにはしていたんです。」

「分かったわ。今度は、エリックに訓練の予定があっても、声をかける事にするわ。」

 セーラは弟を責めるつもりはなかった。自分に気を使ってくれているエリックを信頼もしていたし、先日のお礼も兼ねて、何かをしてあげたいと考えていた。だからこそ、休日に寂しい思いをしている婚約者の相手を買って出た訳だが、弟はそれを2人の仲を裂くような行為として非難してきた。その非難をセーラは笑顔で打ち返した。

「そうしてください。それで今日は、何をするのですか。」

「買い物よ。」

「何を買うのです?」

「刺繍糸と布になる予定よ。」

「刺繍糸は分かりますが、布って・・・。まさか、服を仕立てるつもりですか?」

「仕立てると言っても、赤ちゃんの服よ。」

「ああ、甥か姪の。」

「私もセーラお姉様に習って、レイティアお姉様に送る予定です。」

「そう。僕もそうしようかな。何着あっても困らないだろうし。姉様が作る事は無いから、喜んでもらえそうだ。」

 3人は最初に刺繍糸と布の店へ入ると、個人客にしては多過ぎる量を購入して、公爵邸へと運んでもらうように手配した。その後は、売店通りの様々な店を回りながら、買い物を楽しんでいた。

 昼食を食堂で済ませた3人は、少しだけ人通りが減った街路を歩いていた。

「アイリス、しばらく、声を出さないでね。」

頷くのを確認してから、セーラが正面を見ながら、言葉だけをエリックに向けた。

「監視されているみたい。」

「うん、監視されている。誰か分かった?」

「後ろの茶色の商人風の人と、左斜め前の緑のズボンと白いシャツの男。」

「正解。」

「捕まえた方がいい?」

「害を及ぼすつもりはないみたいだけど。こちらが何もしないと思われると、後で大きな問題が起こるかもしれないから。」

 婚約者アイリスと同行している時点で、エリックに引く選択肢はなかった。それが単なる偵察行為であったとしても、一部の隙もない事を示さなければならなかった。自分自身を囮として使う事ができない以上、敵は最強カードに仕掛けるのではなく、そのカードを封じ込める事ができる弱いカードを狙うのは常道だった。それを防ぐには、隙の無い防衛力の高さを示す以外の方法がなかった。

「私が2人を封じるから。エリックはアイリスを守って。」

「分かった。仕掛けるなら、もう少し先の装飾品店の前で。あそこの店主は、商業ギルドの重役だから、即応できる。」

「分かった。アイリス、もう少ししたら、一度私の手を放して。すぐに私が指でアイリスの指を軽く掴むようにするから。その指が離れたら、その場に立ち止まって。エリックの側を離れないで。」

 声を出さずに頷いた緑髪緑目の少女には、怯えも動揺も無かった。ケネット侯爵家が起こしたエリック暗殺未遂事件を経験した事で、少女は歯を食いしばって踏み止まる事を覚えていた。公子に愛されて伴侶として求められて、それに答えた時は、幻想の中に生きている少女でしかなかったが、今は命を賭けて愛する事ができる女性になっていた。

 自身が最弱である事を自覚して、公爵家における最大の弱点だと理解した時から、その弱点を消す方法についても理解していた。それが、愛する人を守るための最良の方法であるから、その恐怖を飲み込むことができた。

 所定の位置まで歩いた時、アイリスはふと右側の姉が消えていたことに気付いた。

「ぐぅう。」

 後ろの方で呻き声が聞こえたと同時に、左前の緑色のズボンの男性が振り向こうとしていた。その男性をじっと見ていたアイリスは、自分の横を何かが通り過ぎたような気がして、視線を少し外した瞬間、男性の背後にオレンジ色の何かが接近して、その男性の背後から制圧していた。


 ピンク色の布で一束に結んだ赤髪を靡かせながら、茶色の商人の真正面に立ち止まった公女は、あまりの速さに驚いたままの硬直している男性の鳩尾に右手の正拳突きを加えると、その場を駆け出した。

 呻き声に振り向こうとした緑色のズボンの男の背後から襲い掛かると、そのまま首を絞めた。抵抗しようとする男性の背後から膝蹴りで脇腹に攻撃を加えて抵抗力を奪うと、そのまま絞め落とした。

「店主、茶色の奴を捕えてくれ。そのまま店の一室を貸してくれ。」

「はい。」

 装飾店の店主の他に、向かい側の店主2人もうずくまっている男性に向かって動き出していた。公爵邸から3人が売店通りに向かう事前連絡は入っていた。取りまとめ役と治安維持任務を与えられていた商業ギルド役職付きの商人達は、いつものように警戒体制を敷いていた。今までに一度も街中で襲撃された事は無かったが、彼らが油断する事は無かった。約2年前とは言え、公爵邸に直接襲撃が加えられたという大事件は、王都の民達から忘れられる事はなかった。

 25年に1度、自分達の命と財産を守ってくれる公爵家への襲撃は、自身への攻撃であると考えていた。特に、王都で莫大な利益を手にしている商業ギルドの人間達は、まかり間違っても街区内でそのような事件を発生させてはならないと警戒を怠る事は無かった。

 公爵家が王都を守ってくれるのだから、王都が公爵家を守るのが当然であると誰もが考えていた。


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