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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
4年生
126/198

4年生 その122 第2回弓技大会

122 第2回弓技大会


一度優勝した者は大会に参加できないため、公子エリックの出場は禁止されていた。そのため、第2回大会の優勝候補筆頭は第2公女セーラだった。そして、この大会の優勝者が公女の婚約者の地位を得られるという王都での噂は、もはや噂ではなく、確定情報として広がっていた。

「姉さん、優勝した者と婚約するって本当なの?」

「噂よ。」

「でも、お姉様、優勝者が現れたら、どうなさるのですか?」

「・・・負けるつもりはないけど。勝てなかったら。そうね。」

「え。本当に婚約するの?」

「婚約はしないわよ。でも、優勝者とはお茶ぐらいは。」

 赤髪のセーラが憂いのある苦笑いをビアンカに向けていた。将来の弟夫妻と向かい合って、茶を飲んでいる姉と異国の姫はそれぞれに困っていた。

「それって、婚約を前提に話を進めるって事なの?」

「前提ではないし、相手が望むかどうか。」

「そんなの望むに決まっているでしょ。」

 青色の瞳が力強く公女を見つめながら主張した。姫殿下にとって、自分と真逆の容姿を持った美しき公女は、双子女神と同格の存在になっていた。気の強さの象徴である瞳は女王の魅力を備えていた。性格もそれに似合った強さを持っていて、側にいると自分をきちんと引っ張ってくれた。それは支配される感覚ではなく、心酔して従う感覚だった。そして、時折見せる弱さを露呈するような戸惑う姿や、謙虚さに俯く姿は、女性のビアンカからも可愛らしく見えた。

 外見だけであれば、気が強く見える事を好まない男性が距離を取ろうとするかもしれないが、内面に触れる機会があり、より多くの公女の姿を見れば、魅了されないはずがないとビアンカは考えていて、それを恐れてもいた。

「褒めてくれるのは嬉しいけど。そういうのは人それぞれだから。」

「私もお姉様を好きになるのは仕方がないと思います。」

「そうそう。今回の大会だって、普通に考えれば優勝は無理だって思っているのに、物凄く頑張っている人は多いから。」

「アイリスも、エリックも、そんな事はないわ。姉だから、そう思えるだけよ。大会出場者が頑張るのは当然の事でしょ。」

「近くにいるから、お姉様の良さが分かるんです。全員ではなくても、ほとんどがお姉様との結婚を望んでいるんです。」

「そうそう。姉さんは、もっと自分の魅力に気付かないと。そうですよね。ビアンカ様。」

「・・・そうね。」

「とりあえず。噂だって事は3人も分かっているでしょ。それにお父様とお母様が、政略結婚みたいな事を認めないから、私以外が優勝しても、婚約にはならない。それより、これからお勉強の時間になるのだから、そろそろ準備を。」

 婚約の話を避けてはいけない立場と年齢である事を自覚しながらも、セーラはこの話をできるだけ避けようとしていた。結論を出しようがない議論をしても意味がないと考えていた。公爵夫婦が政略結婚を許さず、セーラが好きな相手と結婚する事以外を認めていない以上、セーラの結婚や婚約は、恋愛を経由しなければならなかった。だが、セーラが恋愛感情を向ける相手が現れなかったため、セーラは恋愛の話をするのが難しかった。第2王子ジェイクへの失恋で傷ついたセーラを周囲がどのように扱えば良いのかが分からなかったから、周囲は常に受け身でしか対応できなかった。そして、公女自身は新しく心惹かれる相手を見出すことができなかった。

「セーラは、どういう男性となら、結婚を考えられるの?」

「え。」

「以前の事を私は知らないから、不躾な話になるかもしれないけど。セーラの考えを聞いておきたい。フェレール国からこちらに来ている令息の中には、本気でセーラに気持ちを向けている者もいるから。」

 モーズリー高原戦役の高揚感と戦い抜いた満足感で、セーラの傷ついた心は快癒していた。苦い思い出という認識はあるが、第2王子ジェイクの影を求める気持ちが湧き上がってくる事は無かった。そもそも、公爵家と王家が交わることは避けるべき事であったし、ケネット侯爵家に取り込まれるような事も避けるべき事だった。冷静さを取り戻した今、失恋をした方が良かったのだとセーラは納得できた。

周囲に今の気持ちを言っても、心配をかけないように強がっていると思われてしまうため、その話をセーラは誰にもしていなかった。

「不躾な話ではないわ。過去の話は過去の事だから。驚いたのは、直接そういう話をされる事がほとんどなかったからよ。」

「それで、セーラの好み?の男性は。」

「好み?」

「僕も聞きたいな。」

「私も聞いてみたいです。」

「好みって言っても。はっきりとは。」

「セーラの理想に近い人とかはいないの?」

「理想?」

「例えば、公爵とか、」

「え、お父様。」

「見た目よ、見た目。他にも性格とか。」

「特に、そういう事を考えた事がないから。」

「家族以外で、信頼できる男性でもいいわ、そう言う人はいない?」

「家族以外で信頼できると言うと、セバスチャンかな。」

「セーラ、年上すぎるでしょ。若い頃は素敵だったかもしれないけど。若い人で。」

「うーん、ザビッグかな。」

 セーラの発言に3人が完全停止した。

 ザビッグの年齢は37歳で、セーラに比べて20歳年上ではあるが、それ以外は満点の恋愛対象と言えた。武勇に優れていて、公爵一家と同じ地下で訓練する事を認められる程の強者であり、その信頼もセバスチャンに匹敵した。ドミニオン国の元男爵であり、貴族としての教養も礼法も身に付けていた。戦場でセーラたちに破れてからは、セーラを主として仰ぎ仕えていた。王都に来てからは、側で働けるように執事見習いの仕事を得ていた。その仕事ぶりも真面目で、物覚えが早く、何でも正確に処理する事ができた。

戦場で芽生えた恋心、敵方の男爵との運命の出会い、国を変えながらも仕えようとする騎士と異国の公女、様々な恋愛物語の題材に事欠かない男性像であった。親子ほど離れた男女の純愛を描く本がある事を考えると、年齢差が減点にならない可能性もあった。

「そうなんだ。セーラが好きな人は。」

「待って、ビアンカ、好きな人ではなくて、信頼できる人の話よ。」

「信頼できる人は嫌いではないでしょ。」

「もちろん、そうだけど。そもそも、亡くなられたけど、ザビッグには奥さんがいて、子供もいたのよ。私と恋愛関係になる訳ないでしょ。」

「お姉様は、恋愛関係になってもいいとお考えですか。奥様とお子様の事は、ザビッグさんがお姉様に対する恋愛感情を否定する理由であって、お姉様が恋愛感情を否定する理由はないですよね。」

「アイリスまで。」

「姉さん、そんなに困った顔をしないでください。アイリスもビアンカ様も、今の姉さんには、特別好きな人が居ないって事で納得してあげてください。信頼が一番厚い男性と聞かれれば、家族以外では公爵家の使用人になるに決まっています。セバスチャンとザビッグ、それにユージンの3人だけではないけど、名前を出すなら3人の誰かになります。姉さんがザビッグの名前を出すのは当然です。ただ、ザビッグが姉さんの恋人候補だなんて、母様の前で言うのは絶対にやめてください。母様には、冗談が通じないことがありますから。」

「とにかく、エリックの言う通りだから。予定通りの勉強をしましょう。」

恋愛感情は無かったが、親近感は持っていた。それは、巨体のザビッグを見上げてみる必要があったからだった。幼い頃憧れていた父を見上げる娘、これを再現できるのは彼だけだった。


第2回弓技大会の参加者は昨年と同規模だった。弓術の人気は上昇していて、訓練に力を入れる戦士達は増えていたが、対人戦ではなく純粋な個人競技であるため、出場前から結果が分かっていて、実力が足りないと考えた者は、大会への参加を断念していた。

昨年よりも一回り小さい的での競技は、昨年よりも優れた戦士達を苦しめた。初日で200名の参加者が15名まで減っていて、2日目の午前の3回戦では6名だけが10射全中だった。

「セーラ、優勝してね。」

 出場選手の控室代わりになっている簡素な四阿の1つで、赤い皮鎧と金の髪留めで装備を整えたセーラが休憩していると、青色の簡素ではあるが貴族ドレス姿のビアンカが話しかけて来た。

エリックとアイリスも姉の側に控えていて、笑顔で顔を見合わせていた。

「精一杯やるわ。」

「他の選手で気になるのは誰かいる。」

「レイモンド殿下と優勝争いになると思う。」

「やっぱり・・・。」

 第3王子レイモンドは肉体的な成長と共に、戦闘力を格段に上昇させていた。エリックとザビッグの2人との戦いで経験を積んだ若者は、15歳でありながら近衛騎士の小隊長を圧倒できるだけの武技を身に付けていた。

「ビアンカは、レイモンド殿下に頑張ってもらいたいの?」

「いいえ。セーラに、ぜひ勝ってもらいたいわ。」

「・・・さっきまで、向こうにいたようだったけど。」

「挨拶をしないとならなかったから・・・。」

「・・・最近、何かあった?いつもと違う感じがする。」

「いつもと同じだよ。」

 2人の姫君の会話が楽しくて仕方がないエリックは、笑いを堪えながら、恋愛模様は人それぞれである事を実感していた。一目惚れして暴走するように恋愛を成就する自分みたいな人間もいれば、一国の王女として我儘が言える立場なのに、自分の意を貫く事を躊躇う女性もいた。

 そして、その女性は賢く、様々な事が分かっているのに、恋愛に関してだけは愚かで、何も分かっていないようだった。第3王子レイモンドがセーラを好きになるはずがないのに、彼の心が公女に惹かれている事を本気で恐れていた。好みの女性像を聞けば、つり目気味の姉が恋愛対象から外れている事が分かるのに、それを聞く事すら知恵ある異国の姫は恐れていた。

公女セーラではなく、異国の王女ビアンカの方が圧倒的に好みである王子レイモンドはビアンカ姫に恋していた。弓技大会に向けて頑張っていたのは、優勝を手にして王女に告白すると決意していたからだった。

「そろそろ、決勝戦が始まるようです。姉さん。」

「行ってくるわ。」

「セーラ、勝ってね。」

「分かったわ。」

 決勝戦出場者6名を大歓声で迎えた王都の民は、6人の熱戦に魅了された。


 最初の10射で脱落する者は1人もおらず、延長戦へと突入した。15射目、23射目、25射目、28射目で脱落者が現れると、セーラとレイモンドの決戦となった。

「2人共集中力が切れていないな。」

「セーラの方が勝つわよね。」

 29射目。

「的に当てるだけの技術は2人とも十分にあるから、姉さん勝つ保証はない。レイモンド殿下にも意地があるから。」

「殿下はセーラの事を・・・。」

「ビアンカ様。レイモンド殿下の親友として言いますが、それはないです。別の目的のために戦っているのです。」

「何のために?」

「それは、男同士の友情で言えません。」

 30射目。

「今度お姉様の武装姿を描いてみたいなぁ。」

「アイリス、それについては、それとなく聞いておくから。それまでは直接聞かないで。ああいう姿を姉さんが好きなのかどうなのかは分からないから。」

 31射目。

「引き分けになればいいのに。」

「・・・。次の次ぐらいで決まる。」

 32射目。

「・・・。」

 33射目。

「お姉様が勝った。」

「どうして分かったの。」

「レイモンド殿下の弓を引く力が少しだけ弱くなったから。」

「ここから、そんな事が分かるの?」

「はい。」

 第2回弓技大会は、赤の女戦士が優勝を飾って幕を閉じた。


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