4年生 その120 落成式典
120 落成式典
レイティアの結婚式から1か月後、フェレール国大使館が完成した。王都東部にある空き地ばかりの一街区に建築された豪奢な建築物は、フェレール国の威信を余すところなく表していた。大使と副大使の住居と迎賓館、貿易関連の事務所の4つの大きな建物を連結した巨大な大使館で、常時50名の文官と100名の使用人が働いていた。
この建築物の主は、大使フェリクスと副大使ビアンカだった。それぞれに代理がいて、実質的な外交及び貿易交渉はその2名の代理が行っていたが、両殿下が留学生としてイシュア国にいる間は、外交組織のトップに据えておかなければならないと判断して、王子王女ながらも大臣クラスの肩書を得ていた。
初の大使館であるため、異例という評価を付けられる事は無かったが、どの程度が適切なのかが誰にも分からなかった。ただ、貿易で得られると推測される莫大な利益に応じてという事になり、とりあえず一街区全てを敷地として大使館を立てた。そして、その周辺の空き地には、フェレール国から移住した者たちの住居が次々と建てられていった。
フェレール街と呼ばれる新たな地区は、王都内における新たな中心の1つになった。今日はその中心地である大使館のお披露目の夜会パーティーが行われた。
「コンラッド殿下、レイモンド殿下のご臨席に感謝いたします。記念すべき大使館落成式典を多くの方々にお祝いしていただける事、フェレール国の大使として、これに勝る喜びはありません。本日は細やかながら、本国の特産品を使った料理を用意いたしました。ぜひ、皆さまには楽しんでいただきたいと思います。」
開催の辞を述べたフェリクスに続いて、ビアンカ王女が乾杯の音頭を取ると夜会が始まった。
「コンラッド様、レイモンド様、今日はお越しくださり、ありがとうございます。」
「大使館の完成おめでとう。ただ、2人共、王宮から出て行ってしまうのだな。父上も、母上たちも、王宮の者も寂しがっている。時々で良いので、顔を出してもらいたい。」
「もちろんです。ですが、寂しさを感じるのは、もう少し先の事かと思います。」
「いや、そうでもない。すでに寂しく思う者もいると聞いた。こちらに慣れる前に、王宮を訪問してもらいたいと願っている者もいる。私自身は、学園で会えるから、余り寂しくは思わない。むしろ、2人がこの館の主になった事の方が喜ばしい。」
「イシュア王家の皆様のお陰です。」
「そう言ってもらえると嬉しい。さてと、フェリクス殿下はイシュア国高官への挨拶をしているようだから、私はフェレール国高官への挨拶をして回ろう。レイモンドは、ビアンカ殿下とここに居て、若手と交流を持つように。ビアンカ殿下にも、レイモンドと一緒にここで、我が国の若手の相手をしてもらいたい。いいかな。」
コンラッドの依頼を受けた2人が、その場で最近の気候の話をし始めたのを確認してからコンラッドは離れていった。
「王宮と大使館では、気温がそんなに変わるのですか。」
「春の風だけは、気温の異なる風を吹かすようなんだ。東部地域の方では時々冷たく強い風が吹くらしい。ビアンカ殿下も気をつけた方がいい。」
「フェレール国で寒さには慣れていますから、大丈夫かと。」
「あ、でも、心配する事は悪い事でないのではないか。」
「はい。お気遣い感謝したします。ところでレイモンド様、最近はエリック様やザビッグ卿と訓練をする事が多いようですが、公爵邸で訓練はなさらないのですか。」
「今までは、王宮に来てもらっていたが。私が習うのだから、私が公爵邸を訪問するのが筋だな。もしそうなれば、大使館の前を通って公爵邸に行くことになるから、偶然会えるかもしれないな。」
「はい。もし、そういう機会があれば、お茶のお誘いをしてもよろしいですか?」
「もちろんだ。」
15歳の美少年王子と16歳の美少女王女は、最初はお互いの容姿に惹かれ合っていた。
金髪金目の輝かんばかりの少年は、端麗な顔立ちの中に、優しさと凛々しさを混ぜ合わせた精悍さをも持っていた。物語の挿絵になりそうな、典型的で理想的な王子の姿は、フェレール国王家には見られないものだった。
銀髪青目のたおやかな少女は、優しさと穏やかさという輝きを全身から放つ真珠のようだった。厳しく子供を叱る母の強さとは正反対の属性を全て持っていた。白のドレスを纏えば、多くの者が思い描く魔王に連れ去られる姫にしか見えなかった。
遠慮しながら徐々に交流する中で、2人は内面にも惹かれていった。
2人共天賦の才を持ち、その才を伸ばすための労苦から逃げることなく立ち向かっていた。輝かしく見える部分が、丹念に磨いたことによって輝いている事をお互いに知っている2人は、学園で見ていた輝きが、どこでも見えるようになっていた。ただ、相手の素晴らしさを発見すればするほど、自分が相手に相応しい人物であるのかと考えてしまい、2人とも小さな勇気を持つことができなかった。
大使館ができた事で、イシュア国とフェレール国の関係は大きく前進したが、フェレール国の方が積極的だった。貿易の目玉商品である魔石をぜひ手に入れたいという、強い気持ちがフェレール国側にはあったからだった。
そんな中、落成式典の夜会でフェレール国の貴族達の注目を浴びて、人気が高いのは公女セーラだった。魔石の産出地である魔獣の巣を最も多く管理下に置いているのが公爵家である以上、公女と交流を持つのはフェレール国貴族として当然で、交流の先にある結婚を考えない未婚の男性貴族はいなかった。
「セーラ公女のご趣味は料理なのですね。」
「はい。」
「こちらの料理はお試しになりましたか。」
「ええ、美味しかったです。」
「このドレスの刺繍は、お手製ですか?」
「いえ。仕立ててもらったものです。」
「刺繍が得意であるとお聞きしました。公女が刺繍されたハンカチがあれば、一度拝見したいものです。」
10名近い若い貴族に囲まれたセーラは、次々と会話を処理していった。不快さは全くなく、自分だけが目立とうとする貴族もいなかった。フェレール国の代表である彼らは厳選され、訓練を積んだ紳士であった。
セーラ嬢のお眼鏡にかなって、夫の座を手にすれば、それが殊勲ではある事は彼らも分かっているが、万が一不快にさせて、公爵家を怒らせるような事になれば、極刑をもって償うしかないとも脅されていた。
積極的に交流を持つことは認められていたが、自らが一線を越えるような事は禁止されていた。公女の方から求めた場合だけ、それに応えても良いというのがフェレール国の方針だった。莫大な利益を生み出す交流先との交流を深めたかったが、嫌われるようなことをして、それを絶たれる事だけは回避しなければならなかった。
最初は、公女を褒め称えるためだけに集まっていた貴族達だったが、だんだん魅了されていった。
「少し、飲み物を。」
「私が持ってきます。」
公女セーラの情報は、フェレール側に正しく伝わってはいたが、その解釈はイシュア国貴族達とは全く違っていた。
イシュア国では、ケネット派閥の悪意が混じった噂話と評価があったため、かつての公女セーラの評判は良いものではなかった。今でも、その一部が残っていて、貶される存在ではなかったが、実績通りの高い評価を得ている訳ではなかった。
一方のフェレール国では、フェリクス殿下、ビアンカ殿下の親友であり、貿易の道を開くことに尽力してくれた公女という認識から始まっていた。政争の敵ではない異国の公女を悪く言う必要もないのだから、セーラの評価はこの最初の認識から上へ向かうしかなかった。
庶子として生まれただけでなく、幼少期にはその存在はほとんど知られなかった公女セーラは、生まれながらの悲劇のヒロインだった。民の中で苦労を重ねながらも、最終的に公女になったというストーリーは、物語のヒロインそのものだった。
イシュア国の中では、敵対する派閥から庶子と罵られて、いじめられていたという話は、フェレール国の貴族達の同情を集めた。そして、モーズリー高原での公爵家の軍功は、全てセーラの軍功であるかのように、フェレール国では広まっていた。
尾ひれの付いた噂ではあったが、虚偽でなかったことを知ったフェレール国の令息達は、冷静さを取り戻しつつも、夜会で出会った赤髪の美女に惹かれていき、一気に覚めると思った熱病を重くする者もいた。
血の繋がらない母に比べて格段に落ちる容姿。
庶子として特に第1夫人からは忌み嫌われている存在。
面倒を見たくないから婚約者を見つけてもらえない形だけの公女。
イシュア国に到着したばかりの時に得られた、そんな情報に触れていた若者達の全員は最初に驚いた。確かに、第1夫人は絶世の美女で、それに比べればセーラの美しさは劣っていた。ただ。比べる相手が悪いだけであって、公女は十分に美しかった。10人中10人が美人であると認める美しさを持ってはいた。気の強そうな顔立ちとつり目気味の眼差し、深紅の髪と燃える瞳、それらが好みかどうかの質問に対しては、半々の回答を導き出すかもしれないが、美しさのみを問われたら、美しくない女性だと言い切る者はいなかった。
公爵夫妻と公女が乾杯した後、笑顔で会話をしているのを見た時、その笑顔が作り物には見えなかった。確実に、娘を愛する夫婦に見えた上、娘も両親を愛しているように見えた。忌み嫌われていたと言うのが流言であると考えた者と、最初は嫌われていたが、愛さずにはいられない娘との生活で第一夫人の心が変わったと考える者の2つに分かれていた。そのどちらであっても、庶子ながら生さぬ仲の母から愛情を受けるのだから、公女の心が美しい事は間違いないと考えた。
面倒を見たくないから婚約者がいないのではなく、一部の噂として入ってきた情報が正しいと分かった。
第2夫人として満額の愛情を結婚で得る事ができなかった実母とは違う、幸せな道を歩んでもらいたいから、公爵は政略結婚をさせるつもりがないという噂こそが、真実なのだと若い貴族達は確信した。
「セーラ公女は、昨年の弓術大会で優れた成績を収めたとか。大陸一の武勇を持つ公爵閣下に習ったのですか。」
「弓は、母と姉に教わりました。」
「ほう。さぞかし、3人で訓練する姿は美しいのでしょう。」
セーラはこの群れの目的が、貿易関連の話をするのではなく、自分との交流を深める事であると気付いた。踏み込んできての攻撃は一度も無いが、包囲されたまま逃がさないようにしているのは明白だった。
セーラと対話を重ねて、褒める機会があれば、しつこくならない程度に褒める。それを代わる代わる実行してくる彼らの結束力は見事だった。不快ではないが、何の実りもない時間ではあった。この場をどうすれば良いのか考えている時、セーラは母親がこちらを気にしているのを見た。そして、公爵夫人が怒りのような感情を持っているように見えた。
恋愛結婚をして欲しいと常々話している母は、社交パーティーで男性と話をしている娘を優しい眼差して見ることはあっても、負の感情を持っている事は一度も無かった。娘が結婚相手を探しているという場面でどうして、という所まで考えた時、セーラはようやく気付いた。
セーラに纏わりついている虫が、魔石の交易権が欲しくて周囲を飛んでいるように公爵夫人には見えていた。セーラと政略結婚を目指している害虫を排除しなければならないと、そう母親が考えていることに気付いた。
「皆様、そろそろ他の方々とも会話をしたいと思います。」
「まだ、お話を始めたばかりではありませんか。飲み物も来ましたから。」
「いえ、もういりません。皆様も承知かと思いますが、私には婚約者がいません。結婚相手を探していると言われれば、それを否定はしません。ですが、私も戦公爵の娘です。相手には相当の武を求めます。もし、そう言う気持ちがあって、私と対話をしたいと言うのであれば、我が国の弓技大会か、剣技大会で、私よりも強いという事を示していただきたく思います。それでは失礼します。」
淡い黄色のドレスと共に包囲網を粉砕したセーラは、政略結婚を阻止するために何かをしそうだった母親が暴走をするのを防いだが、自分自身の結婚相手に望む条件を宣言してしまった。
その宣言に血を滾らせるものは公女の実力を全く知らない者で、実力を知り好意を向ける者は、絶望的な現実に打ちのめされていた。
今年の7月の弓技大会の優勝賞品は金貨100枚と公女セーラとの婚約であるという情報が、次の日には王都中に広がっていた。




