4年生 その117 王都の結婚式
117 王都の結婚式
イシュア歴369年4月6日土の日、王都はまさに公女と宰相の孫のための街だった。新居から王城に向かって出発した凱旋用の豪奢な馬車は、大歓声に包まれながらゆっくりと進んでいた。
絶世の美女と讃えられた母と、双子とまで評される公女レイティアの美しさを見るために集まった民衆は、小さく手を振っている公女に魅了されていた。
「お母様が乗っていても、誰も気づかないかしら。」
「気付かない訳ないだろ。」
「私から見ても、そっくりよ。」
「瞳の色が違うし、全然違う。目尻の角度、笑う時の口の開け方、髪の生え際の形も違う、左の耳たぶの大きさも違う。右手の小指だけ公爵夫人の。」
「もういいわ。私とお母様が違うのだって分かってくれていればいいから。」
「どうして、そんな当たり前の事を。」
「いいから、ロイドも手を振って。」
「いや、私が振っても・・・。」
「今日だけは、ロイドが他の女性の注目を浴びても怒らないから。」
「注目を浴びた事は無いんだが・・・。」
「いいから、手を振って。お祭りのイベントみたいなものだから。」
公女レイティアの貴族令嬢としての格は、王家に姫がいないために国内第一位であった。この姫の結婚式で立会人になれるのは、最上位職種を得ている宰相と最上位地位の国王だけだった。宰相が、新郎の祖父であるため、立会人として結婚の儀式を執り行う事ができるのは国王しかいなかった。
そして、国王が取り仕切る儀式が行われる場所は、王城の大広間しかなく、新郎新婦は王都の東端にある新居から北西にある王城までの1時間、手を振り続けた。
王城の門を通過した2人は、馬車から降りると大広間へと向かった。そこまでの通路には、騎士爵や男爵、その家族達が並び拍手で歓迎した。王都に在住している全ての貴族が今日の王城に集まっていた。
純白の礼服と純白のドレスで身を包んだ新郎新婦が、大広間に入ってくると、大拍手が響いた。本日の主役である事を見せるように、中央をゆっくりと歩いていた2人は、大広間の壇上へと上がった。
そこには国王1人が立っていた。目の前にある契約書の載った台座を挟んだ正面に新郎新婦が到着すると、国王は王錫を掲げた。
拍手が止まり、大広間が静寂に包まれた。王冠、王衣、王錫の三装を身に纏った国王の声だけが響き渡った。
「ロイドよ。誓いを。」
「私はレイティアを妻とし、生涯変わらぬ愛を捧げます。」
「レイティアよ。誓いを。」
「私はロイドを夫とし、生涯変わらぬ愛を捧げます。」
「イシュア国王として、この結婚の儀に立ち会い、この結婚が成立した事を見届けた。誓約の署名を。」
台座の上の契約書に、ロイドとレイティアが署名をした瞬間が、イシュア国における結婚成立の瞬間だった。
「誓約の証を、互いに捧げよ。」
白い2人の唇が重なった。レイティアの美しさからか、王宮の大広間が醸し出す雰囲気からかは分からなかったが、どよめいた。どよめいた後に拍手で大広間が包まれた。
再び王錫が掲げられると、静寂さを取り戻すと、国王が宣言した。
「結婚の儀の宴を始める。主役である2人に非礼を働かぬ限り、今日は無礼講だ。2人の結婚を祝おう。」
執事メイドの集団が会場に入ってくると、契約書とその台座を片づけて、食事用のテーブルを運び込んだ。いつもは、王座が設置してある壇上だったが、今日は2人のためだけの空間だった。国王一家も今日だけは臣下達と同じ高さの場所の席に着いた。宴会用のテーブルがすでに並べてある席に座っていた上位貴族の前に、次々と食事と飲み物が運ばれてきた。
「セーラ嬢、隣に座ってもよろしいでしょうか?」
「はい。フェリクス殿下。」
「薄い緑色のドレスが、赤い髪にこれほど合うとは思いませんでした。ワンポイントの花も美しいです。」
喧嘩と言える対立の後、銀髪緑目の青年は、極めて紳士的な言動で女性に接していた。だからと言って、女性に対して過剰な期待を与えるような言葉をかけないようにもしていた。
しかし、今日は普段とは違って、自分を多めに褒めようとしている彼にセーラは違和感を持った。
「御褒めの言葉ありがとうございます。殿下のえんじ色の礼服も美しいです。」
「あ、ありがとう。首飾りの宝石はサファイアとは違うようですが。セーラ嬢にもお似合いです。」
「お気遣いありがとうございます。お姉様と同じものです。」
「今日の主役はレイティア様ですから。一番似合っているのは当然です。それとは別に、純粋に、似合っていると思ったのです。」
姉の圧倒的な美しさに委縮している妹を慰めるつもりなのだと分かると、セーラは自然に笑う事ができた。同級生ではあるが、1歳年下の双子殿下に対して、セーラは弟妹を見つめるような優しい瞳を向けていた。
ビアンカの可愛さは見た目も内面も極上なもので、セーラの中ではアイリスに匹敵するものであった。王女として努力する姿も、それによって手に入れている能力も、尊敬の対象であると同時に、協力したくなる愛らしさを持っていた。
もう1人の双子殿下に対して、セーラはいじらしさを感じていた。努力しても姉に勝てない現状にいじける事もなく、ただただ必死に自分を鍛えようとしている姿は、好意を向ける対象ではあった。イシュア国第2王子や第3王子のように魅了する格好よさではなかったが、好ましいと思える格好悪さを持っていた。
極めて優れている2人の弟の存在しか知らなかったセーラにとって、面倒を見なければならないと思える弟のような存在に見えていた。
「そう言ってもらえて、嬉しいわ。」
「今日は無礼講で、席の移動が認められていると聞きました。ここで食事を御一緒させてもらってもいいでしょうか。」
「もちろんいいわよ。無礼講だから、堅苦しい言葉づかいはやめましょう。」
「・・・分かった。」
2人と一緒の大テーブルにいるのは、公爵夫妻だけだった。2人の公子たちはそれぞれ行くべき席に移動していた。
「フェレール国の結婚式は、違うの?」
「王家主催の結婚式というのであれば、全く違う。法皇を招いて、儀式を執り行ってもらう。その儀式部分を結婚式と呼んでいて、このような宴会は、結婚式の後の夜会で行う事になっている。」
「その方がいいかも。」
「え?」
「私達のドレスなら食事ができるけど。お姉様の結婚衣装で食事を取るのは難しいと思うから。」
「確かに・・・。フェレール国の夜会では、新郎新婦は別の衣装で出席するから。そういった問題になるとは聞いた事は無いな。いや、そもそも、夜会までには時間があって、その間に昼食を取るから、夜会では軽食が出ているだけで、儀式の後に食事を取ってからの夜会になる。」
「そっちの方がいいかも。」
「・・・セーラは、いつも綺麗に食べるな。」
「良く言われるわ。母さんに躾けられたからよ。」
「料理が上手なのも、ミーナさんに習ったのか?」
「料理を習ったと言うなら、おじさんに教えてもらったかな。」
「おじさんと言うのは、働いていた食堂の料理人の事か。」
「そうよ。フェリクスは、こっちに来る時、ファルトンの町には立ち寄ったんでしょ。もしかして、そこで食べたかも。」
「ファルトンには立ち寄ったが、そこでは領主の館に泊まって、そこで食事を提供してもらった。」
「そう。帰る時に食べて行ってもらいたいわ。北星亭という店なの。」
「ああ。帰国するのは3年ぐらい先になるけど・・・。セーラは得意な料理とかがあるのか?」
「料理人ではないから、得意な料理はないわ。作れるだけだから。」
フェリクスは双子殿下の姉が登場するまで挑戦を続けたが、第2公女の笑顔を作り出す事はできなかった。自分自身の話術が未熟であると気付けたことが収穫だったと、この日の会話について反省していた。
ロイドとレイティアの結婚式に合わせて、王都の各場所で結婚式が行われた。王家、公爵家、宰相家の三家が結婚式に合わせて民衆に振る舞った飲食物を、そのまま自分達の結婚式に活用しようと考えた者が多かった上、祝う側も一度にまとめて結婚式をしたかった。
以前の王都であれば、結婚式こそが一大商業イベントであったが、今では結婚式に直接関連する分野では、それほど大きな儲けをもたらすイベントではなくなっていた。特に従業員を多数抱えている商家や商業ギルドでは、1組ずつ別々の日に結婚式を行われると、毎週の休みを潰さなければならなくなり、本体の商業的にはマイナスだった。
それでも、結婚式はそれぞれの夫婦にとっては、特別な日なのだから、近い時期に結婚が決まっても、別の日に式を挙げるのが常識だった。しかし、第一公女レイティアと結婚日が同じという事は、他の人と違う結婚記念日を得るよりも、特別感を得る事ができると考える夫婦が多かった。
結果として、イシュア暦369年以降、4月6日の土の日は、イシュア国における結婚式の日となった。




