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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
3年生(2回目)
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3年生(2回目) その113 結婚準備

113 結婚準備


白の結婚衣装に身を包んだ男女が、微笑を少女に向けていた。少女は手を器用に動かしながら、画板の上の白上質紙に婚約者達を写し取っていた。

「お話されていても大丈夫です。」

「そうなのね。じゃあ、ロイド、いつになったら新居に一緒に行けそう?」

「20日過ぎになると思う。すまない。」

「宰相のお爺様から卒業前に学園の最終点検をするようにとでも命令されたんでしょ。」

「ああ。」

「その時には、ヘレン、パルム、テッドの3人は来れるの?」

「その辺は大丈夫だ。13日から新居での仕事を始めてもらう事になったから。」

「良かったわ。私は、その日から新居に住むようにするわ。」

 祖父からの無茶ぶりの仕事に対する不満はあっても、来月の結婚に向かっての準備をレイティアは順調に進めていた。

 自然な笑顔を見せている2人の表情を素早く写し取って行く10歳の少女アイリスは、今この瞬間も人物画を描く能力を伸ばしていた。元から得意でお絵描き上手だったが、婚約者エリックから贈られた優れた絵道具によって、数段の進歩を果たしていた。それに加えて、大量の白上質紙を贈られたことと、公爵邸の客間の一室をアトリエとして提供された事で、才能を最大限まで伸ばす環境を手に入れた。

 婚約者が手にした剣技大会の優勝賞金である金貨100枚は、アトリエへの改造費と紙代に変わった。このような贈り物を最初は断っていたが、エリックから公爵家専属の芸術家として人物画を描くようにとの依頼を受けると、贈り物を素直に受け取った。

 公爵家において何の役目も持てない自分に対する憤りを心の中に秘めていたアイリスにとって、それは自分を解放してくれる提案であった。公爵家一族の1人として戦える事は喜び以外の何物でもなかった。

 描いた絵を見て喜んでもらうという事が、どれだけの価値を持っているのかを、幼いアイリスは完全に理解していなかった。ただ、結婚を前に笑顔で話している2人の姿と、自分の絵を見て笑顔になってくれる人々が重なって見える事から、自分の絵が小さいものだとしても幸せを届ける事ができると確信していた。

 アイリスの側でその技量を見学していたセーラが声をかけた。

「やっぱり上手ね。あ、ごめん、話しかけて。」

「大丈夫です。セーラお姉様。話をしながらでも。」

「そうなの、エリックがいないから、集中しないと書きづらいのかと思っていたわ。」

「レイモンド殿下がエリック様をお誘いして、訓練をされています。」

「同級生で、いつも学園で一緒なのに・・・。」

「セーラお姉様だって、休日もビアンカ様といつも御一緒ですよ。」

「そうね。」

「お姉様、1つお聞きしたいのですが。」

「何?」

「この前、お渡しした肖像画をどう思われましたか?」

「素敵な肖像画だと思うわ。とても嬉しかったわ・・・。もらった額縁と一緒に飾っているわ。」

「ありがとうございます。えっと、お聞きしたいのは、お姉様の目から見て、似ているかどうかという事なのです。」

「そっくりだと思ったわよ。鏡を見て確認したもの。アイリスはあの絵で気になっている事があるの?」

「書いた時は、すごく上手に描けたと思ったのですが。お姉様にお渡した時、少し年上に見えるかなって思って。お姉様が成人した時の姿みたいだなって思ったんです。」

「そう言われると、そう思えるかもしれないけど。笑顔ではなくて、澄ましている表情だから、大人っぽく見えるかもしれない。」

 これだけ優れた実力を持つようになると、分かる人しか理解できない何かが見えてきたりするのだろうと思いながら、セーラは結婚を間近に控えた姉夫婦と、自分の大好きな事を一身に取り組んでいる妹を見ている幸せを噛みしめていた。


 姉夫婦の衣装合わせのついでに、セーラも結婚式用のドレスの衣装合わせを行った。薄い緑色を基調としたドレスには、濃い緑色の刺繍糸で全面的に草のモチーフが刺されていた。スカートの裾に一輪だけ真っ赤なバラの刺繍が刺されていて、赤髪赤目のセーラの美しさを引き立てていた。

 少し彩りが足りないと弟エリックに評されたが、結婚式の主役は姉であり、妹が会場で目立つ必要はないと考えたセーラは、好きな緑色のドレスを気にいっていた。

「お姉様とお兄様は、もうお部屋に戻っていただいた方が良いのではありませんか。私を待っていただかなくても。」

「セーラを眺めていたいのよ。」

「妻がそう言うので。」

 若夫婦の結婚式の衣装姿を描き取ったアイリスは、セーラのドレス姿を描き取り始めていた。

 集中して自分を描いているアイリスと、その後ろで自分に笑顔だけを見せている姉夫婦にセーラが笑顔を見せた瞬間、芸術家がモデルに注文を付けた。

「セーラお姉様、笑顔ではなくて、澄ました表情で、あ、軽くで、いいので、そのままの表情で奥歯に力を入れてもらえますか。」

「はい。」

 2人分を描いている姉の時よりも時間をかけている事と、真剣な表情で描いている事についての質問をしたかったが、姉が指を立てて静かにするように合図を送ってきたので、沈黙を守りながらモデルを務めた。

「1枚目ができました。」

「色はつけないの?」

「はい。彩色作業は後日でドレスをお借りして、絵具の調合をしてから、一気に仕上げるんです。レイティアお姉様。」

「アイリス、今、1枚目と聞こえたけど。2枚目があるの?」

「はい。セーラお姉様。あ、お疲れですか?でも、次は椅子に腰かけてもらいますから。」

 とことこと駆け寄ってきた妹が側にあった椅子を設置すると、座るように指示を出した。それだけでなく、座る角度や、視線の角度まで注文を出した。さらに、少し距離を取ってから全体を見て、スカートの広がり方やワンポイントの赤い刺繍の見え方が違うと言い始めて、ポーズを固定するだけでも時間を取った。

「レイティア、私も見ていたいけど。もう、屋敷に戻らないと。」

「そうね。そんな時間ね。」

「お兄様は夕食を御一緒なさらないのですか。」

「セーラお姉様!表情が崩れるので、話さないでください。」

「あ、はい。」

 この部屋がアイリスのアトリエで、愛らしい妹の領域である事を考えると、セーラは指示に従う事にした。

「じゃあ、行くけど。」

「はい。」

 花嫁衣装の婚約者に口を重ねる事は儀式まで我慢しなければならなかった。その代わりにその頬に唇を当てると、白い礼服の男性が立ち去って行った。

「セーラお姉様、急に赤くならないでください。」

「え、え。」

 後ろで行われた愛の儀式を見ていないアイリスに叱られたセーラは、顔の熱が収まるまで謝り続けた。


 モデルの任務を果たしたセーラは、レイティアと一緒に自室へと向かった。

「お姉様、アイリスはどうしたのでしょうか?」

「芸術家の血が騒いだのかしらね。」

「何か知っているのですか?」

「何かって?」

「それは分かりませんけど。」

「エリックから、絵具も上質な紙も、公爵邸での一室をもらったから、嬉しいんじゃないの。」

「それは、前からも同じです。今日だけ違うのはどうしてなのかと。」

「アイリスに叱られて落ち込んでいたりするの?」

「別に、叱られた訳ではありませんから。」

「きっと、今日は特別な日なのよ。」

「・・・後で聞いてみます。」

「その内に分かると思うわ。」

「やっぱり、お姉様は知っているんですね。後で聞かせてください。着替えたら、お姉様の部屋に行きますから。」

 自分の部屋の前の扉に手をかけようとした妹を姉が制止して、一緒に自分の部屋に来るようにと言った。

「着替えてから。」

「そのままで来て欲しいの。」

「はい。」

 姉の部屋へと入ったセーラは、全体を見渡そうとする前に、部屋の中で立ち上がった女性に気付いた。巨大な部屋の壁際にある応接セットのソファーから立ちあがった水色のワンピース姿の母親が不安そうに姉妹を見つめていた。

 最近見せる事の無かった不安と恐怖に押しつぶされるような表情の美女神は無言のままだった。

「セーラこっちに来て。」

「はい。あの、お母様は。」

「いいから、こっちへ来て。」

「はい。」

 花嫁衣装の姉の方が堂々としていて、姉か母のように見えた。公爵夫人の灰青色の瞳がすでに潤んでいるのが分かったセーラは、近づいていく母親に話しかける事ができずに、姉と一緒に応接セットの前を通り過ぎて、全身を映す事ができる大きな姿見鏡の前まで連れてこられた。

「セーラ、鏡の中の自分を見ていて。」

「はい。」

 薄緑の女性の後ろに純白の花嫁が立っていて、鏡の中で首飾りを外していた。

「ちゃんと前を見ていて。」

「・・・。」

 三日月形の金の土台に青い宝石の付いた首飾りは、見た目は豪奢ではなかったが、宝石の貴重さから高価なものだった。ゆっくりと首飾りを装着する鏡の中の自分をセーラは見つめていた。

 この青い宝石の首飾りは、初め公爵家で嫁ぐ娘のために設えられた一対の耳飾りだった。エリスの両親が贈った唯一の宝物は、娘の唯一の我儘で2つの首飾りに分けられた。その一方を侍女ミーナに渡したいと訴えた娘の意見に反対する者はいなかった。

 伯爵令嬢に6歳から侍女として仕えた2歳年上のミーナが、常にエリスの心の支えである事を誰もが知っていた。どんなに姉のように慕われていても、令嬢と侍女の間にある一線を崩さなかったミーナも、この首飾りだけは辞退する事はできなかった。

 公爵邸に移り住んだ12歳から結婚する18歳までの6年間、宝石箱の中に鎮座していた青の輝きは、結婚式に花嫁の結婚衣装を彩った。その時、もう片方も侍女の緑色のドレスを彩る予定だったが、主と同じ装飾品を結婚式場で身に着ける事ができないと主張した侍女は代案を提示した。結婚式のドレスの衣装合わせの日に、お揃いの輝きを放つ事で主を満足させた。

 そして、お互いの娘達が結婚する時、娘達を彩る一対の首飾りとして、結婚式を彩る事を約束して再び宝石箱の中で眠りに付いた。

 その3年後、暗闇の暴走と戦い、崩壊しかけた公爵家を救うために、公爵の子を宿したミーナは青の輝きと共に出奔した。最初は事件に巻き込まれたと考えていたエリスが、侍女の意志で公爵邸を出ていった事を悟ったのは、宝石箱の中に青の輝きが無かったのを確認した時だった。

 出奔した理由が、妊娠した事だったとエリスが気付いたのが、10年後の事で、手掛かりは青の輝きだけだった。その輝きを公爵家が見つけた時、すでにミーナは鬼籍に入っていて、侍女と公爵家をつなぐ輝きにはなれなかった。しかし、ミーナの娘であるセーラと公爵家をつなげた輝きになった。

 ただ、その時イシュア国の市場を転々とした宝石は、セーラの所有物ではなかった。母の命を救うための特効薬を買うためにセーラが売った。それを買い戻したエリスは、セーラを迎え入れる時に譲り渡そうとしたが、娘は受け取りを拒否した。

 自分自身が公爵令嬢として受け入れられる事に戸惑い、その資格があるのかと悩み考えていたセーラは、公爵家からの施しを受ける事をよしとしなかった。母の命と等価と言える首飾りを受けとるだけの功績がないまま受け取る事はできないと考えていた。

 これは新たな母の思いをセーラが拒否したものではなかったが、新たな母には親子の愛情を育てる事を拒絶されたように思えた。しかも、その思いは正当なもので、反論の余地はなかった。12年間も母娘を見捨てていた公爵家が恨まれていない事だけでも感謝すべきであって、それ以上の何かを求める資格がないと公爵夫人は考えていた。

「似あっているわ。セーラ。」

「お姉様、これは。」

「ミーナ母さんが持っていたものよ。元々、一対の耳飾りだった宝石で、少しだけ向きが違うのよ。お母様―!」

 応接セットのテーブルの上にあった2つの宝石箱の1つを開けた公爵夫人が慌てるようにして、もう1つの首飾りを持ってきた。鏡の中の母親が花嫁衣装の娘に首飾りを付けていた。

 娘の幸せを願いながら付けるはずの母親の表情が強張っていた。

 一緒に注文した姉妹のドレスの衣装合わせが同じ日である事に不自然ではなかったが、主役と脇役の関係から言えば、今日は姉の衣装合わせのみを行っても良かった。それをわざわざ妹の衣装合わせを一緒にしたのは、母親の相談を受けた姉の考えだった。

 その事が分かったセーラは、両手の拳を握りしめた。表情を変えれば、エリスお母様をさらに傷つけてしまうと考えて、微笑を必死に保った。

「セーラ、似合っているかしら。」

「良くお似合いです。お姉様。」

 姉が自分に求めている台詞が何であるのか分かった。姉と同じ言葉で質問して、同じ対応を受ける事で、この首飾りの受け取りが完了する事が分かった。

「・・・。エリスお母様、私の首飾りを付け直してもらっていいですか。」

 泣くのを堪えている母親が鏡の中で、セーラの首飾りを一度外して、すぐに戻した。

「よく、似合っているわ。」

 背後で震えている母親に振り向いたセーラは、自分より少しだけ背の低い水色の妖精を抱きしめた。お互いに思いあっている2人の片方だけが傷つく事がなんてありえなかった。公爵夫人と侍女は異なる思いからではあったが、同じ傷を負っていた。その傷を娘として継承したセーラは、一緒に治療をしなければならなかったと反省した。反省して、遅れたとしても、今の機会を失いたくはなかった。

「ありがとう。お母様。大切にします。」

「セーラ。」

「はい。お母様、泣くのは待ってください。そのままだと、セーラのドレスが涙で濡れてしまうわ。セーラは、鏡台の所からハンカチを2枚ぐらい持ってきて。離れがたいのかもしれないけど。」

「はい。」

 慌てて離れた娘は姉の鏡台へと駆け寄り、母は泣き始めた。

「受け取ってもらえて良かったね。」

「うん。」


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