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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
3年生(2回目)
113/198

3年生(2回目) その110 交渉

110 交渉


剣技大会は、公子エリックの優勝で幕を閉じた。第一王子コンラッド、第3王子レイモンドはベスト8にまで勝ち残ったが、準決勝、準々決勝でエリックに破れていった。決勝戦では、傭兵ギルド所属の冒険者がエリックと剣を交えて、観衆を沸かせはしたが、番狂わせはなかった。

大会期間が終わると、祭りの喧騒は消えていたが、12月から始まる冬の季節への準備で王都の慌ただしさは変わっていなかった。

 王都北部の大街路を豪奢な馬車が進んでいた。王家の紋章を見た住民たちは、その場で礼を示して見送ったが、馬車が視界から消えると興味を失っていた。誰もが乗車する貴人とその目的を知っていた。王家の馬車が使用される時、前触れが王都の商業ギルドに送られているからだった。

 公爵邸の門内に入った馬車から、フェレール国第1王女ビアンカと第3王子フェリクスが下りてきた。

紺色を基調とした紳士礼服には、金糸と銀糸の刺繍が入っているだけでなく、勲章や王家の紋章が付いていた。王城における公式行事の中でも、厳かな儀式で着用する衣装だった。学園での制服姿からは想像できないような凛々しさを感じさせるのは、姉に薄化粧を施してもらったからだった。

水色のドレスは格式のあるデザインではあるが、豪奢に見える付属品は一切なかった。その代わりに、銀髪の上に載る金と青の宝石で彩られた小さなティアラは、ビアンカの容姿を完全な可愛らしい姫にしていた。

この日、双子殿下は、公爵家とフェレール国との貿易の話し合いをするために公爵邸を訪れた。両国の友好を深める事が第1の目的として順調に進んでいる今、第2の目的である貿易、特に魔石の購入に関する交渉を行う事にした。

「ビアンカ王女殿下、フェリクス王子殿下をお連れしました。」

 セバスチャンの案内で、公爵の執務室に入ってきた両殿下は、応接用のソファーから立ち上がった公爵夫妻の方へと歩みを進めた。級友セーラの自宅であり、何度か訪問しているため驚きはしなかったが、一部屋の大きさは王宮と比べても異質で、広いという感想が毎回に出てきた。

 公爵夫妻の装いも公式行事の儀礼用のもので、公爵の青色の紳士礼服には勲章がいくつもついていた。公爵夫人は深い紺色のドレスでシンプルなものだったが、その中身が美の女神と称される程の美しさを持っているため、美丈夫公爵の豪奢な装いに負けてはいなかった。

「公爵、公爵夫人、以前、セーラ嬢に非礼な行為をいたしました。今までご両親に謝罪をしていませんでした。この場を借りて、謝罪する事をお許しください。」

 両殿下の着席を待っていた夫妻は、顔を見合わせた。

「フェリクス殿下、娘はすでに謝罪を受けたと申していました。私どもへの謝罪は不要です。顔をお上げください。ただ、殿下の気遣いには感謝いたします。」

 交渉する上で、不利になるカードを切る事を両殿下が選んだのは、公爵家に対しての駆け引きは無駄だと考えたからだった。フェレール国にある公爵家とは全く異質の公爵家に対する唯一の有効策は、何も隠さない事であると2人は判断していた。

「これをお読みください。」

「これは?」

「父王ロベールからの書簡です。」

 受け取った書簡を少し読み始めてから、公爵が一度書簡を折り畳んだ。

「これは、殿下への私信ではありませんか?魔石を購入する際の支払える限度額が書いてありましたが。私に見せてよろしいのですか。」

「はい。最後まで読んでいただいても構いません。」

「両殿下にとっては、どれだけの魔石を購入できるかでフェレール国の評価が決まるのではないのですか。この限度額で購入した場合、評価が下がるのではないのですか。」

「公爵のおっしゃる通りです。私は評価を得るために、どれだけ多くの魔石を購入できるかをずっと考えてきました。どのように交渉をしようかと、姉とも相談していました。」

「これでは、交渉が不利になります。」

「はい。私達は魔石を単なる便利な道具であると考えていました。ですが、イシュア国に来て、この魔石が、命を代価にして得るものである事が理解できました。貿易をする以上、金額を決めねばなりませんが、私と姉には、人々の命に値段を付ける事はできませんでした。いずれ、王族としてそう言った事をしなければならない事は分かっているのですが、未熟過ぎて、できませんでした。」

「取引額はこちらで決めてよろしいという事でしょうか。」

「はい。公爵の定めた金額に異は申しません。ただ、量については、冬を越す民のために、交渉させてください。」

 午前2時間、昼食を挟んで午後2時間の計4時間で交渉が終わった。


 ザビッグの案内で、双子殿下がセーラの個室を訪問した。

「セーラ、ありがとう。」

 扉の前で待っていた赤髪の友人に姫が抱きついた。

「え、え、どうしたの?」

 公女は小さな姫をしっかりと抱き止めながら、姫の後ろに立っているフェリクス王子の方を見つめた。自分の胸の中で泣き出している水色の妖精への戸惑いは、双子王子が頭を下げてきた事で混乱へと変わった。

「セーラ嬢のおかげで、交渉は成功、いやそれ以上の成果を得た。フェレール国を代表して感謝したい。」

「え、あの、殿下、ビアンカ、どういう事?」

「イシュア国ブレッド陛下に報告してからでないと、私の方から詳しい事は言えないが。公爵には、本当に格別の配慮をしてもらった。ありがとう。」

「ありがとう、セーラ。」

「ううん、とりあえず、少し時間が取れるなら、部屋でお茶でも。」

「ごめんなさい。すぐにブレッド国王陛下に報告をしなければならないの。」

「分かった。でも、言っておきたいけど。私はお父様やお母様に、この交渉について、何のお願いもしていないし。いくら娘からのお願いだからと言って、お父様が国の取引について、特別な便宜を図るような事はしないわ。」

「それは分かっている。公爵夫妻が、自国に不利になるような事はしない。ただ、私達を信頼して、お互いの利益になる提案をたくさん出してもらった。」

「私たちが信頼してもらえたのは、セーラがいたからよ。」

「姉さん、そろそろ。」

「ええ。セーラ、本当にありがとう。また、学園で話をしましょう。」

「分かった。」

 本当に何もしていないセーラは、2人を見送ると、すぐに執務室の方へと向かった。


 第2公女はモーズリー高原戦役の活躍で、自身が公爵家の娘としての最低限の義務を果たしたと考えていた。しかし、公爵夫妻から過大なご褒美をもらえるような貢献をしているとは思っていなかった。

 娘の友人に昼食を提供するとかであれば、特別に気にする必要はなかったが、娘のために、娘の友人の家に莫大な利益を提供すると言うのであれば、その真意を聞く必要があった。もし、それが公爵夫妻から娘に示す愛情表現の1つであると勘違いしているのであれば、それを訂正しなければならないと考えた。

「お父様、両殿下が、とても喜んでいました。ですが、両殿下が私の友人だから・・・。特別な配慮を、なさったのですか?」

 自分でも驚くほどに強い口調で大きな声で両親に意見を述べたようで、母親が驚いた表情をした。それに気づいたセーラは、後半は小さな声になっていった。

「セーラは、娘の友人である両殿下のために、公爵家が不利になるような取引をしたのかもしれないと、心配したのか?」

「・・・。はい、お父様。」

「イシュア国が不利になるような取引にはなっていない。」

「ですが、両殿下は、本当に喜んでいました。まるで、私がお父様に何かをお願いしたかのように。」

「セーラ、先に質問があるのだが。」

「はい。」

「私が娘のために、公爵家が不利になるような取り引きをした場合、セーラはどう思う?」

「されたのですか?」

「今回はしていない。後で、説明をする。」

「・・・公爵家が不利になるような事であれば、お父様の私への配慮だとしても嬉しくはありません。」

「分かった。」

 公爵夫妻は、良き友人を作った事を褒めてから、今回の交渉の結果である契約書を娘に見せた。

「両殿下が喜んでいる理由だが、一番大きいのは、魔石の購入金額が現在の相場の半額だからだろう。」

「・・・・・・。」

 計算するまでもなく、記入してある購入額がそのまま通常価格との差額であり、両殿下がフェレール国のために得た利益の値とも言えた。

「そこから、下に書いてある部分が、半額にしても手に入れたかったものだ。」

 イシュア国の鉱山資源は他の二国に比べて少なかった。金銀は殆ど産出されないし、銅と鉄の生産力は、フェレール国の20分の1程度だった。宝石類も産出量が少なかった。イシュア国内に流通している貨幣や鉄の武具、貴金属及び宝石の装飾品のほとんどが、フェレール国とドミニオン国から入ってきたものだった。イシュア国が魔石を販売していなければ、両国に経済的な支配を受けていたのは間違いなかった。だからこそ、魔石の値段は高価であると同時に、国力の関係を変動する要因でもあり、半額で販売する事は異例中の異例だった。

「代金を金ではなく、銀と銅中心で受け取る事が、イシュア国の利益になるのですか?」

「今、我が国は大きく発展をしているが、金属の算出が少ないため、通貨不足になりつつある。高額の取引は、ギルド発行の手形で対応できるが、小額通貨が足りない。ただ、我が国の利益と言うのであれば、その下の鉄農具の取引をすることになった事が大きい。」

 鉄の輸入については、フェレール国とドミニオン国は禁輸措置を行っていた。言うまでもなく、イシュア国の鉄武具を増やさないためだった。そこで、公爵は鉄そのものではなく、鉄製農具の輸入を提案して、それを承諾してもらった。

「開拓地に鉄製農具が行き渡れば、生産力が上がりますね。」

 セーラは契約書を読みながら、学園での政治経済学の知識と当てはめて考えてみた。莫大な利益と引き換えたものは、貿易の拡大と必要物資の継続購入だった。

 契約書には、これから5年間5回分の魔石取引額が定められていて、継続性を保証していた。そして、唯一の貿易路である国境を通る一本の街道を両国がそれぞれ整備する事も契約に書き込まれていた。また、農作物、家畜などの、イシュア国に不足している物品についての、最低貿易数が定められていた。これらは、イシュア国の経済基盤の強化につながるため、10年後の発展までを考えると、一方的に不利な交渉結果ではなかった。

「セーラ、これはあなたの功績よ。」

「え、どう言う事ですか。お母様。」

「両殿下と長期の契約を結ぶことができたのは、セーラを通して、公爵家が信頼を得ることができたと同時に、私達も両殿下が信頼できる人物である事を知ることができたからよ。相手を信頼して、相手の利益を考えながら、交渉できたから、この契約書を作る事ができたのよ。」

「それに、セーラからビアンカ殿下の優秀さを聞いていた事も功績と言える。準備が足りないと考えて、国境の町ファルトンの領主であるジグムント男爵に街道整備や貿易に関する報告書を提出してもらっていた。それが参考になった。」

「ビアンカ殿下は、本当に優秀だったわ。瞬時に各地の農作物や家畜の生産数を言えるんだから。」

地理や経済の学問があまり大切ではないと考えて、苦手のままでも構わないと考えていたセーラは反省した。社交界で貴族の会話のネタなるのは事実であるが、それは副産物の一部であって、国を発展させるための基礎データとして使う事で、莫大な利益を手にすることができる事を知った。他の地域の特産物や生産力を知れば、貿易に活かすことができると教科書に書いてあったのを思い出した。

 役に立つかどうかではなく、役に立つように使うかどうかが重要である事を第2公女は理解した。

「私も、ビアンカみたいになれるように頑張ります。」

「それは、いい心がけね。ところで、セーラはジグムント男爵の事を何か知っている?」

「町の領主様で。皆は領主様か、ライオンズ男爵と呼んでいました。一度だけ、町のお祭りに来てくださったのを、遠くから見た事があります。」

「町での評判は聞いたことがある?」

「私が生まれる前と比べると、街がすごく発展したと商隊の人が話しているのを聞いたことがあります。他の町より、税金が安いから、とても人気がありました。商隊の人も、街の人も。領主様を悪く言っている人はいませんでした。」

「良い評判で、具体的なものはある?どんな事でもいいの。」

「おじさんとおばさんは、色々な投資をしてくれるから、町全体が発展していると言っていました。街の一部を建て替えて、大きな商店街を作った時に、移住した人たちに多額の補償金を渡したので、皆に喜ばれていました。うちの食堂で商店街完成記念パーティをした事もあります。」

「農業とか林業で良い評判を聞いた事は無い?」

「狩人で木こりの人たちから、山の解放をしてくれた事を感謝していると聞いたことがあります。農家の人たちは、街の南部地域に農場地区があったので、街の中央部にあるうちの食堂に来る人はいなかったので、農業の話は聞いたことがなかったです。」

「そうなの。」

「急にライオンズ男爵のお話になったのはなぜですか?」

「陞爵の推薦を考えている。」

 フェレール国との取引物資は全てライオンズ男爵の領地を必ず通過するのだから、この取り引きにおける中心地になる事と大きな利益を作り出す場所になる事は確定していた。そうなると、他領からの牽制が入る可能性は高かった。

爵位を上げる事は、防壁強度を一段階上げると同時に、王家から貿易を任せるとの信任状を得るのと同じ効果があった。その看板を掲げさせる以上、相応しくない人物であった場合、王家の威信が低下する事になるため、事前の人物調査は重要だった。

その情報を持ち、遠慮なく発言してくれるセーラに、尋ねるのは自然な事だった。


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