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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
3年生(2回目)
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3年生(2回目) その109 暗さの中

109 暗さの中


お姉様には、次の機会が与えられないかもしれない。

ファロン夫人と呼ばれるようになった瞬間から、妊娠出産と訓練の2つを優先して生きて行くのだから、愛する人と2人だけで祭りを楽しむ機会は、今回だけと言えた。自分の命だけでなく、いずれ生まれてくる子供達の命を捧げる事になるだろう未婚者の細やかな望みを取り上げる事ができる人間はいなかったが、それを自ら捧げてしまう人間はいた。

「乱入が駄目なら、普通に御前試合に参加させてもらえないでしょうか。できれば、エリック様やレイティアお嬢様、セーラお嬢様も参加していただければ、一瞬で戦いが終わる試合が増えます。そうすれば、午前中に大会を終わらせる事ができると思います。そうすれば、午後に祭り見物ができるのではありませんか。未成年には資格がないというのであれば、公爵様と公爵夫人に参加していただくというのはどうでしょうか?」

ザビッグは第1公女の個人的な願望を最優先すべきであると考えて、諦めずに提案してきた。彼の忠誠の対象は、公爵家の個人であって、家そのものではなかった。無論、彼らが家を大切にしているのだから、公爵家も大切には思っていたが、優先順位が高いのは個人の方だった。

「出場者は決まっている。1人ぐらいであれば、交渉でどうにかなるだろうが。1人だけ参加して、瞬時に戦いを終わらせた場合は、4戦分の時間を短くできるだけだ。とても、午前に終わる訳ではない。それに、試合会場近くの出店で昼食の時間を取る予定だろうから。午前に終わらせるのは難しい。気を使ってくれてありがとう。」

 婚約者が覚悟を決めた以上、ロイドにはそれに従う事にした。

「エリック様、どうにかならないの?」

「夕方になると、出店の片付けが始まってしまうから。日が落ちると、月明かりがなくなるから。難しい。」

 瞳を潤ませたアイリスの小さな問いかけに、エリックはできるだけ小さい声で答えた。現実を認めるのが嫌で、その言葉を口にはしたくなかった。

「!!!お父様、お願いがあります。」

「セーラ、もういいのよ。」

「お姉様、違うんです。夜に祭りをできるようにすれば、明るくすれば。」

 新月に近い夜の暗さの中で、祭りをするためには灯りが必要で、公爵家には明るくする道具があった。公爵家が所有する魔石を使ったランタンを使えば、王都の一角をかなり明るくする事ができた。

「そうか。魔石を使うのか。セバスチャン、地下倉庫にはすぐに動かせるのは、どれだけあったか?」

「小の灯りが2000。大の灯りが80。でございます。公爵様。」

25年に1度の10月7日は暗闇の暴走で、それ以外の10月7日は暗闇の暴走で使用する道具の確認作業が公爵邸の恒例行事だった。1カ月前に確認した灯りはいつでも使えるようになっていた。

「お父様、一晩とは言え、それだけの灯りを使うとなると、魔石の消費分の金額が多額になります。そこまで。」

「レイティア、公爵家の魔石に関する費用は考える必要はない。それに、軍事訓練の一環と考えれば。問題とならない出費だ。」

「ですが。お父様。」

 父親が娘を手で制した後、婚約者が義父と視線を合わせてから言葉を紡いだ。

「王都の民が喜ぶ。私は公爵の意見に賛成する。」

「ロイド。」

「お茶を楽しみたい所ですが、祖父と話を詰めなければなりませんので、これで失礼いたします。公爵、セバスチャンを借りても良いでしょうか。灯りの実物を確認して、搬出についての話をしたいのです。」

 第一公女の希望は実現する事になった。


 イシュア暦368年11月12日、王都の夜祭りは真昼と変わらない明るさの中で開催された。

「お父様、お母様、あれがとても美味しいんです。フェレール国の方で作られている香辛料を使ったものなんです。」

「セーラは作った事があるの?」

「食堂の手伝いで作った事があります。焼かずに天日で乾燥させると、保存食にもなるんです。商人の旅には欠かせないそうです。」

「ミーナも食べたのかしら。」

「はい。母さんと一緒によく食べました。」

「好物だったの?」

「食堂でも良く売れたので、毎日作っていて、昼食や夕食に出る事が多かったんです。」

 お揃いの淡い黄色のワンピースの母娘は、自分達を繋いでくれた第2夫人の話を楽しんでいた。今までは、エリスが一方的に侍女時代の話を娘に聞かせていたが、最近はセーラが食堂の女中時代の話を母に聞かせていた。

そっくりな赤髪赤目の少女は、ほぼ完成した女性へと成長していた。そのため、第一夫人は、侍女本人から話を聞いているように錯覚する事ができた。それは寂しくて切ない気持ちと、決して触れる事の出来なかった、ミーナ個人の時間を知ることができる喜びを与えてくれた。

「色々なお菓子を作るのが上手だったわ。セーラは作ってもらった?」

「はい。お休みの日には作ってくれました。」

「砕いた緑色の木の実のクッキーが好きだったわ。見た目は、美味しそうには見えない色だったけど。とても美味しかったのを覚えている。」

「ペリルクッキーです。」

「そういう名前だったのね。私は緑のクッキーと呼んでいたわ。」

「よく、本当によく、作ってくれました。私も好きだったから。」

直接的な血のつながりのない2人を繋いでいるのは、間違いなくギルバード公爵ではあったが、2人を家族として深く繋いでいたのはミーナだった。幼い頃にミーナに世話をしてもらっていたという共通の思い出は、ここには居ないもう1人の家族の幻影を目の前に召喚することができた。

「買って来たぞ。」

「ありがとうございます。旦那様。」

「ありがとう・・・。お父さん。」

 紺のズボンに白の長そでシャツに茶色のベスト、庶民の普段服を纏った美丈夫は、父親の仕事をしていた。

「各地から大規模な商隊が王都に着いたらしい。ここの店は、ファルトンの町から来た商人が運営しているそうだ。」

「もしかして、店の人は知っている人?」

「多分、食堂で食べた所を見かけたことがあります。見かけただけで、名前は知らないし、話もしたことはないです。」

肉の味付けに使っている香辛料から作ったソースが、北星亭で作られた物であることをセーラの舌は覚えていた。ファルトンの町でも有名な食堂であるから、その店の特製ソースを王都に持ってくる商人がいても不思議はなかった。

「本当においしいな。」

「多分、おじさんのお店で作ったソースを使っていると思います。」

 美の女神は一度上空を見上げてから、一口一口味わいながら、北の町で暮らした母娘が慣れ親しんだ味を舌に覚えさえていった。


 昼間のように明るい夜祭、見上げると暗闇の空間が広がっていて、それが昼とは違った雰囲気を与えていた。

 その演出が無くても、女神と称される公女は、水色のワンピースと腰まで伸びた金髪をまとめている一本の赤いリボンの彩だけで、その美しさを十分に引き出していた。公女よりも4cmだけ背の高い青年は、紺色ズボンと白い長そでシャツに茶色のベストを身に着けた平凡な容姿だったが、闇夜が作り出す演出によって魅力を増していた。少なくとも、腕を組んで隣を歩いている女神は、いつも以上に魅了されていた。

「皆が喜んでくれてよかったわね。」

「そうだな。」

「公爵邸のメイド達も喜んでいたわ。王都での評判もいいみたい。」

「楽しんでいるのだろう。」

「準備は大変だったでしょう。」

「初めての事だから、大変だったけど。」

「王都の名物になるかしら。」

「間違いなく、そうなるよ。」

灯りが配置された地域の隅から、中央広場に向かって、2人はゆっくり歩いていた。恋人がゆっくりと歩んでいるようでもあったが、2人の頭部だけを見ると、落ち着かないように見えた。視点をあちこちに移動しながら、出店や灯り、街路を歩く人々を、逐一観察していた。2人の気持ちは祭り見物ではあったが、やっている事は視察だった。

「本当に、今から夫人になるのか?」

「駄目?」

「駄目ではないが・・・。」

「これからは、我儘は言わないわ。」

「今までに我儘を言われた事は無いよ。」

「困ったことはあったでしょ。たくさん。」

「困っていたのは、レイティアの望みをどうにか実現しようと思っても、それができなかった時だけだ。本当に我儘だと思った事は無いんだ。」

「だったら、これからはできるだけ困らせないようにするわ。」

 ロイドは最初に会った日の事を覚えていなかった。物心つく前の事で、両家の婚約が為された日に顔を合わせたと、後で祖父から聞いた。本人に絶対に言えないが、ロイドはレイティアに恋心を焦がす事は無かった。物心ついた時から彼女は自分にとって家族で、一番合致する表現では、大好きな姉だった。自分が姉を好きなのも、姉が自分を好きなのも当たり前のことで、相手にどうやって好かれれば良いのかと考えた事は無かった。

 賢い姉に婚約者の定義を教えてもらった時から、ロイドにとってレイティアは目標になった。相応しい夫になるという使命感からそう思ったのではなく、彼女の隣に立ち続けるのであれば、このままだと格好悪いと考えたからだった。

 自分よりも1歳年上の才女に追いつけるはずはなかったが、目の前を走り続けてくれた事で、どんな事でも泣き言を言わずに追いかけることができた。追いかけている内に、文官としての才能が伸びていき、宰相の後継者として周囲から絶賛されるようになった。若き頃から才能を褒められた人間は、傲慢になる傾向が強かったが、ロイドが傲慢さを獲得する事はなかった。

 優れた婚約者のおかげだった。公女の前では、自身の才能に慢心する事はできなかった。そして、多くの女性がレイティアを美の女神と崇める事で、彼女を嫉妬の対象から外していたのと同じ発想で、ロイドはレイティアの才能に嫉妬する事もなかった。これまでも、これからも、妻に対して卑屈になる事が無いのは、彼女の存在がロイドにとっても女神だからだった。

長い間、ロイドが恋人に不満を持つ事はなかったが、寂しさを感じる事はあった。その原因は彼女が自身の願望をあまり言ってくれない事だった。だから、それを初めて言ってくれた時は、一瞬だけ嬉しくなったが、自分にはどうにもできない事だったので、困ってしまった。

それからも、恋人が望んでいる事は、2人で一緒に居る事だけだった。それだけが彼女の願いであり、その願いをかなえるためには特別な能力は何1つ必要なかった。だが、ロイドの才能を利用したい老宰相は、仕事の予定という強制力のある言葉を、2人に突きつけてきた。

ロイドはほとんどの場合、困惑しながら、次の何かで穴埋めすることを約束するという下策を打つばかりだった。

「中央広場に着いた。」

「ええ、皆の休憩場所になっているみたい。」

「じゃあ、休憩しようか。」

 組んでいない方の腕がレイティアの腰に伸びると、2人の婚約者は正面を向けて見つめ合った。急に抱き寄せられたレイティアは、こういう事を望んではいたが、ロイドが自分からしてくれるとは思っていなかった。顔を真っ赤にしながら、俯きそうになった公女は、さらに接近してくる宰相の孫の緑眼をじっと見つめながら、顔の角度を少しだけ上げた。

 再び言葉を出すことができるようになるまでの時間、2人は5ヶ月後の予行練習をした。

「休憩するのは、公女である事。婚約者である事。まだ始まってない妻である事。」

「・・・。」

「屋敷に戻るまでの間だけ、私の恋人になって欲しい。」

レイティアは恋人の背に手を回しながら、ぐっと抱きしめた。


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