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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
3年生(2回目)
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3年生(2回目) その106 大会本部

106 大会本部


「殿下、きちんと治療できます。」

「訓練していますから。」

「いいから、来るんだ。」

 青と緑の友人が、金髪金目の成年剣士に手を引かれながら、剣技大会運営本部へと連行された。スレンダーな青目の女生徒と、小さく可愛らしい緑目の女生徒は、茶色の学生訓練服の上に白のエプロンを付けていた。白のナースキャップで、瞳と同色の髪を隠していた2人は、拒絶の言葉を述べながらも立ち止まることはできなかった。

 茶色の皮鎧の男子生徒が、本部中央のテーブルの前に到着した。

「ロイド卿。2人以外にも女生徒が治療担当になっていると聞いた。女子学生を出場者の多数がいる闘技場に配置するのはどうかと思うのだが。」

「コンラッド殿下。軍での治療担当者のサポート役として配置しています。」

「そうです。私たちができる範囲でサポートする事になっています。負傷した出場者の治療が疎かになる訳ではないのです。」

「リリアの言う通りです。」

「いや。そういう事が言いたい訳ではなくてだな。」

逞しく精悍な第一王子は、美麗な容姿を持っている訳ではなかったが、優しさを感じさせる表情で、引き連れてきた2人の女生徒に振り返った。

「キャロット、リリア、殿下がおっしゃりたい事は、あなた達2人の技能が不足している事を心配している訳ではないのです。そんな顔をしてはいけませんよ。」

「レイティア様。」

「レイティア様。」

 学園の女王と呼称する者はいなかったが、女生徒の頂点に立つレイティアは女生徒の敬愛を一身に集めていた。話しかけられるだけでも、独特の緊張感に包まれてしまうのは、女生徒達にとっては仕方がない事だった。

「ロイド、そこで待機されている治療師の方々に、現場の女生徒と交代してもらってください。」

「いや、本部に待機している治療師は、重症者対応のために、本部に居てもらう必要があるんだ。軽症者は現場で、重症者は応急処置の後、ここに運んでもらう事になっているんだ。」

「そのような事は分かっています。殿下が御心配なのは、現場で女生徒が・・・。治療中に罵倒されるような事があってはいけないと心配なのです。」

「現場には、騎士もいるから。」

「あら、先程、本部に罵声を浴びせる連中を、誰も抑える事ができなかったのに。女生徒達が罵声を受けない保証があるのですか?」

「いや。重症者の治療。」

「私とセーラがここにいるのです。病気ではなく、怪我を治療するのであれば、十分に対応できます。セーラ、治療薬の棚の薬品と、治療道具の確認をしなさい。」

「はい。お姉様。今すぐに。」

「さすが、レイティア嬢。」

殿下の意図とは少し異なったが、素晴らしい采配である事は間違いなかった。感嘆の第一声を吐き出したが、第一王子である自身を睨みつけるような第一公女の視線に、第二声を遮られた。

「ロイド、指示を出してください。」

「分かった。」

治療師達も話は聞こえていたので、ロイドの指示を受けてすぐに動き出した。

「ところで、殿下。先程は、困っているロイドを無視して、会場の方にいたようでしたが。どういう事なのですか?」

「それは、出場順が早くて、向こうで待機しなければならなかったし。ロイド卿の優秀さを信じていたから。私がここに来なくても、問題はないだろうと思ったのだ。」

「なるほど、では、もう戦いは終わったのですか。」

「ああ。勝った。」

「それは良かったですね。そろそろ、リリアとキャロットの手を放しても良いのでは?」

「あ、ああ。すまなかった。二人とも。」

「いえ、私達の心配をしてくださり、ありがとうございます。」

「ありがとうございます。」

 セーラの学年はずれてしまったが、仲良し6人組の関係は変わっていなかった。セーラと関わる時間が減っているのは確かだったが、その程度で変わるような絆を作り上げた訳ではなかった。

「さて、殿下、この後は、ロイドをサポートしていただけますね。」

「もちろん、手助けする事があればだが。事務作業についてはよく分かっていないから、邪魔になってしまうかもしれないが。」

「ロイドの代わりに、ここに座っていてください。貴賓席の看板になってください。」

「ああ。それなら。」

「レイティア様、私達は重症者の治療には参加できません。その資格はないのです。」

「そうね、リリアたちは、殿下にお茶を入れて差し上げて。私たちにもお願いするわ。」

 剣技大会の会場も本部も、実質的な司令官は公女レイティアとなり、その運営は順調に進んでいったが、時間と共に姉の機嫌が悪くなっているのを感じ取れるのは、妹と婚約者だけであったが、その理由までは分からなかった。


 会場で戦いが始まってから1時間が経過した。実力拮抗の白熱した試合が行われる事はほとんどなく、3分ごとに1人の割合で敗者が作られていった。

「午前中に終らなそうね。」

「会場に来ていない者もいるからな。」

「せっかく、一緒に食べ歩きをしたかったのにな。」

「残念だが。」

 司令塔役の婚約者達は、会場を見回しながら会話をしていた。椅子に座っている2人の後ろにも椅子がいくつか置かれていて、セーラ、ビアンカ、リリア、キャロット、アイリスの5人は楽しそうにお喋りをしていた。他愛もない女子の会話に聞き耳を立てている第一王子の姿は、第1公女の好感を獲得していた。

「殿下、リリア、キャロット、3人にお願いがあるのだけど。」

「レイティア嬢、私の仕事は王子として、ここに居る事だと先程言われたが。」

「はい。殿下へのお願いは、大切な王子のお仕事です。」

「それは?」

「これから、2人を連れて、出店を食べ歩いてください。」

「遊びに行くのは、仕事にはならないと思うが。」

「遊びではありません。これは、殿下の視察です。」

「視察と言うのであれば、会場の戦いを視察してみたいのだが。:

「殿下、戦いだけが大切なのではありません。これは祭りでもあります。1つ1つの出店の良し悪しで、大会の評判も変わります。それに、王子の視察を受ければ、店の者のやる気も変わります。」

「分かった。」

「レイティア様、私達が同行する意味は何なのでしょうか。」

「キャロットたちには、本部にいる私たちの昼食の調達の任務についてもらいます。殿下と食べ歩きをして、美味しいと思われるものを、今のうちに買ってきてもらいます。皆が昼食の時には出店が混雑して、私達の食事を確保するのが難しくなります。」

「昼食まで1時間以上あります。覚めてしまうと。」

「治療棚に加熱用の魔石があるから、大丈夫よ。とにかく、命令です。」

 1つ1つの指示や理由は反論の余地はなかったが、全体を通しての筋は通っていいないように見えた。レイティアと言う美の女神の気分を上向かせる可能性があるという一点においては筋が通る内容だった。


 正午の鐘と共に各会場での戦いが終わって、昼食時間をロイドが宣言すると、運営本部はテーブルと椅子の配置を変えていった。長テーブルを組み合わせて、細長い巨大な食卓を形成すると、本部で活動していた40名程度が一斉に食事を取れるようにした。

「とりあえず、主賓席をそこにするから、コンラッド殿下がお座りください。両隣は、リリアとキャロットで接待役ね。あと、そこは開けておいて、その隣の所がビアンカ殿下とセーラが座ってね。ロイドはここ、アイリスはここね、その隣は開けておいてね。他の方も階級や役職など関係なく席に着いてください。皆で食事を楽しみましょうね。」

 第一王子と異国の姫君と同席する事に戸惑いがあった文官達だったが、この場の支配者が誰であるかが分かっていたので、笑顔を絶やさず、殿下の方に軽く一礼をしてから着席した。

 食事が始まると、予想外の味に感嘆の声が上がった。出店の食べ物なので、調理方法は簡単なものばかりであったが、使用される素材は普段の街中の出店では見られない高級なものばかりだった。

 国王主催の大会になった事から、王宮の予算の一部だけでなく、モーズリー高原戦役で得た賠償金の一部が使えるようになったのだが、大会の設備費用は軍部の予算をすでに通していたため、運営本部は使い道に困っていた。

「美味しいです。セーラお姉様。皆も喜びます。」

「そうだと嬉しいわ。」

「セーラが提案した、食事にお金をかけると言うのは大成功しそうね。」

「私が提案した訳では。」

「会議で提案したのはロイドだけど、ロイドに提案したのはセーラなのだから。少し位褒められてもいいのよ。もちろん、出店で料理している人達の腕が一番褒められる事なのだろうけど。」

 出店の料理人達に言わせれば、これだけ良ければ、誰でも美味しいものが作れると言える程の食材だった。

「美味しそうですね。」

爽やかな声を発しながら、本部に近づいてきた美少年2人を歓迎する雰囲気が、ほんの一瞬だけ広がった。支配者の冷たい声が場に流れるまでは。

「あら、エリック、何しに来たの?」

「食事に来ました。姉様、アイリスの隣が私の席で。そこの空いている席が、レイモンド殿下の席ですよね。」

「そう見える?」

「そうとしか見えないです。」

食事の方を向いたままの姉に後ろから話しかけているエリックは、自分の方を振り返ってくれるアイリスに笑顔を向けていて、姉の怒りに気付いていなかったが、次の言葉で怒りを察した。

「でも、その席に座る予定の2人は、今の今まで、全然本部に戻ってきてくれなくてね。席を用意して、昼食会を始めたのだけども、全然戻ってきてくれないのよ。どこを彷徨っているのかしら。」

「今、ここにいます。」

第3王子の爽やかな口調は緊迫感のないだったため、食事の席に着いている人々に緊張感が走った。

レイティアは、戦いが終わって戻ってきたエリックに運営本部で運営を任せて、第3王子のレイモンドを本部の看板として座らせる計画を立てていた。ロイドが本部に不在でも対応できるようにしたかった。そして、ロイドが会場内の視察をするという名目で、一緒に出店見回りデートをするつもりだった。

それなのに、2人は午前中に全く戻ってこなかった。開催前の訓示で、ロイドを手助けするようにと言ったにも拘らず、2人は戻ってこなかった。その気の使えなさに、美の女神は怒っていた。

「そこは、試合が終わったら、すぐにロイドの手助けに来てくださった方の席です。」

「え。」

「姉様、僕はまだ試合が終わっていないんだ。対戦相手が迷っているみたいで、未だ来ていないんだ。終わったら、すぐに来るつもりだったんだ。僕がアイリスのいる本部に来ない訳ないだろ。来なかったではなく、来れなかったんだ。」

「あら、そうだったの。では、レイモンド殿下もまだ試合が終わってないのですか?」

「いや。私は、終わったのだが。エリックの試合を見たいと思って・・・。」

「いつも一緒に訓練をして、剣筋を見慣れているのに、そのような事が、困っているロイドを手助けする事より、大事なのですか?」

「ロイド卿は全てをうまくや。」

「姉様、レイモンドは、午後はここで待機して、兄さんを、ロイド兄さんを手助けするつもりです。なあ、そうだな。」

「もちろん、手助けする事は構わないが、兄上も本部にいるし。」

 ロイド、エリック、セーラの3人だけは、レイティアの思考の流れがようやく見えてきた。自由時間になった大会期間中の7日間は、レイティアにとって、学生時代最高、結婚前最高の思い出にするための7日間だった。計画を立てて、念入りな準備をしていた。

ところが、王家主催と言う事で大会運営本部以外の仕事が増えたために、ロイドが運営本部の総括の仕事をする事になった。この事を、反対阻止される事を防ぐために、前日まで隠匿していた老宰相が最大の戦犯であり、大会が終わった後、レイティアに責められる事が確定していた。ただ、それをしてもロイドとの時間が作れない現実が変わらない以上、ロイドとの時間を作れそうな流れに協力しない者は、レイティア嬢の敵だった。この事態の根本的な要因でもある王家の人間が、現場で協力しない事を第一公女が許せるはずはなかった。

セーラの赤い瞳が第1王子の視線を貫くと同時に、素早く首を縦に振って合図をした。理解できるかどうかは賭けだったが、とりあえず送ってみた。

「レイモンド。食事の後は、ずっと本部に待機して、主賓席に座るんだ。それが王子としての役割だ。私は午前に座っていたから、午後は別の事で、ロイド卿の、運営本部の手伝いをするつもりだ。いいな。」

「分かりました。兄上。」

「エリックは、対戦が終わったら、すぐに本部に来るように。手伝ってもらいたい事があるから。いいな。」

「はい、コンラッド殿下。」

「では、2人の席が用意されている。食事にしよう。」

 第二公女の赤い瞳が何かを訴えているようだったが、これ以上の事をコンラッドは察する事ができなかった。

「お姉様、提案なのですけど。午後は、運営本部の代表であるロイド兄さんと一緒に会場を視察してみてはどうでしょうか?代表が見て回るのは当然ですし、お姉様も開会の時に訓示を与えたのですから、皆の様子を見て回る義務があるのではありませんか?」

「そうです。姉上、セーラ姉さんの提案はどうでしょうか?」

「エリックが、戻ってきて、見てくれれば、安心して席を離れる事ができるのだが。」

「ロイドお兄様、午前中と変わらないのであれば、私が代わりを務める事ができますから。食事が終わったら。いいえ、今、2人で出店の方の視察をしながら、食事をしてきてはどうでしょうか?食事という事もあり、気が緩み過ぎて、諍いが起こるような事があるかもしれません。」

「そうです姉様。午後の開催の合図は、レイモンド殿下にしていただければ良いので。ゆっくり視察をしてください。ロイド兄さん、行きますよね。」

「レイティア、一緒に行ってくれるか?」

「はい。」

 満面の笑みを見せるレイティアがエスコートの手を取ると、本部内の雰囲気が柔らかくなり、2人が立ち去ってから、ほとんどの者が溜め息を漏らした。


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