3年生(2回目) その105 混乱回避
105 混乱回避
イシュア暦368年11月、記念すべき第1回全国剣技大会が開催された。
「大会ではなくて、お祭りね。」
「学園も、学校も一週間のお休みになって、7日間の大会になるなんて、思ってもみなかったけど。」
銀髪青目のフェレール国王女と赤髪赤目の第2公女は、庶民の娘が着るような簡単な作りの黄色のお揃いの服で、身分を隠していたが、異常な程に注目を浴びていた。それは、水色のワンピース姿のレイティアと同じ服装のアイリスも同行していたからだった。
第1公女を見た事がある者は驚きながらその視線を向けていて、見た事がない者はその美しさに目を奪われていた。
出店が並んでいる王都の大街路は混雑していたが、4人の移動速度に応じて、4人を中心とした円形の空間が街路を進んでいった。フェレール国から随伴してきた若き護衛騎士が、剣を携えた茶色の傭兵スタイルで、4人の背後を歩きつつ、近寄ろうとする男共に視線と気迫を向けて威圧していた。
「ジャックも、あんなにしなくてもいいのに。私に近寄ろうとする人はいないわ。皆、レイティア様を見ているもの。」
「ええ。お姉様を見ているわ。」
「アイリスと手を繋いで、楽しそうにしているのだけど。何だか、笑顔が不自然と言うか。人込みは嫌いなのかしら。だとしたら、お誘いしたのは良くなかったかしら。」
「人込みとかは気にしないと思うけど。不自然な笑顔に見えるのは、ロイドお兄様が一緒に居られないからだと思うわ。一緒にお祭りを楽しむつもりだったから・・・。」
各地の騎士団から選抜された戦士、貴族家の名誉を背負った戦士、王都を守る近衛騎士、各町から派遣された傭兵が試合に参加するのだが、出場者だけが王都に来る訳ではなく、各地の貴族も同行者として王都を訪れていた。
王都に上ってきた貴族達は、国王陛下に挨拶をしない訳にはいかず。ほぼ全員が謁見を申し出ていた。通常であれば、これは儀礼上の申し出であるため、王家の都合で却下するか、簡易的な謁見の場を設ける事で処理するのが一般的だった。しかし、今回の謁見は無視する訳にはいかなかった。
昨今の税制改革と経済政策によって、各貴族領も非常に潤っていた。天候の良さの豊作が続いているため、ここ数年で経済力が2倍になった地域もあった。とにかく、金回りの良い貴族達は、王都における伝手を作る下心はあるものの、王家に対しての忠誠を示すために、過去例を見ない規模の貢物を献上していた。
小さい領地の男爵があれだけの貢物を献上したと聞くと、先日の献上品は第一弾で、ようやく領地から荷物が届きましたので、これもお納めください。との理由と共に、献上品を積み重ねていった。
9月の大収穫、10月の大商談、その後に各地の余力を集結させて、さらに利を回す事になった王都での剣技大会は、経済政策としてイシュア国を豊かにする結果を生み出すが、それは剣技大会を企画した軍部の意図の遥か上を飛翔していた。
献上物をもらうだけで何の接待をしない訳にはいかなくなった国王は、宰相に対応を命じた。これは、訪問する有力者に対応するものではあったが、そもそも彼らは剣技大会出場者の随伴者であったため、剣技大会出場者をも宰相が歓待するという形になってしまった。
宰相が動いたのだから、国王主催の剣技大会であるとの認識が王都に広がると、宰相府も軍部も、民衆の声に押されて引く事ができなくなってしまった。国王を中心とした大会へと進化すると、運営の主体は軍部から宰相府へと切り替わった。大会そのものの権威を上げなければならなくなり、大会には式典部分が加わった。その予想していなかった状況を打破するべく、老宰相が前面に立って様々な案件を処理するのは見事であったが、1人だけでどうにかなる訳ではなく、その陰で実務を処理する人間が必要だった。
そこで、老宰相の切り札である孫の投入となる訳だが、大会期間中の7日間が一番忙しくなることを、セドリック宰相は孫ロイドに隠していた。
「事前に聞いてはいなかったの?」
「セドリック宰相は、昨日までロイドお兄様にも知らせなかったの。」
「それは、酷いのでは。」
「そう思うのだけど。事前に知らされていれば、お姉様もそれを知る事になって、そうすると、予定を変えるようにというか、お兄様の仕事を無くすように宰相様に直談判する可能性が高くて・・・。」
老宰相も、宰相府だけの問題であれば、可愛い孫とその嫁の抗議を受け入れる事が可能だったが、王家の威信に関わる事態に発展した以上、孫達に妥協する訳にはいかず、大会期間中のロイドを失わないための策を打っていた。
「レイティア様が、そこまでするとは思わないけど・・・。」
「するかもしれないと思う。お父様たちは、そうすると考えていて、昨日の夕食ではずっと窘めていた・・・。ではなく、慰めていたわ。」
「慰める事が上手くできなくて、エリックはアイリスをレイティア様に取られたという訳ね。」
「いつもなら、エリックはアイリスの事で妥協はしないのだけど。」
「イシュア国王が主催の行事になったのだもの。失敗が許されないから、ロイド様を宰相府から外す訳にはいかないわよね。」
「うん。でも、どうしよう。アイリスと一緒でも、あの調子だと。宰相府に乗り込んでしまうかもしれない。」
公爵は軍部関係の仕事、公爵夫人は第1、第3王妃のサポートとして、地方から王都に上った貴族夫人たちへの対応、エリックは大会出場、そして、セーラがレイティアの鎮静剤役を担う事になっているが、その役目を果たす自信がセーラには無かった。
「・・・アイリスも、困っているみたい。」
「出店の料理を食べる事で怒りを誤魔化そうとしているみたいだけど。」
「ちょっと、セーラ、あれは食べ過ぎじゃないの?」
「公爵家の戦士に食べ過ぎはないから、安心して。ただ、お姉様に付き合って、一口ずつ食べているアイリスが可哀そうね。」
「もう6件目だよ。少しずつだけとは言っても。」
出店に向かおうとする2人の前にセーラが立ちはだかった。
「お姉様、剣技大会の会場に行きませんか?運営本部にロイドお兄様がいるとお聞きしました。会いに行きませんか?もし、お手伝いする事があれば、お兄様と一緒に過ごせるかもしれません。」
「そうね。アイリスは、それでもいい。出店を回るのはおしまいになるけど。」
「はい。エリック様にもお会いできるかもしれないので、会場の方に行きたいです。」
「運営本部で働いている方々に、差し入れするのはどうでしょうか?レイティア様。」
「良い考えね。流石ビアンカ。注文してくるわ。」
「・・・セーラ、レイティア様とロイド様を会わせて、仕事に支障がないかしら。」
「それは大丈夫だと思う・・・。お姉様がお兄様の仕事を邪魔する事は、今までにはなかったみたい。抗議はいつも宰相様に対してで、ロイドお兄様には抗議をしたことがないらしいわ。」
周囲に暴走を心配される程の愛情も、幼くも相手を一途に思い続ける愛情も、他の人々が見せる様々な愛情も、それぞれが違って見えるのに、どこか同じようにも見えた。それは、相手に向かった思いがどのような形で返ってきたとしても、後悔はしないという強い意思に基づいているからだった。
ただ、姉に返ってくる義兄の思いは、あくまでも穏やかなもので、姉の反応を加速するようなものではないと思うのに、誰も予想できないような結末に繋がるのは、なぜだろうかという疑問に対する答えを妹が見つけるのは、もっと先の事だった。
剣技大会初日の会場は混乱していた。競技場入り口付近にある大会運営本部となっている屋根付きで、四方の壁が全くない野戦用構築物前に、出場者達が集まって怒号を浴びせていた。
大きめのテーブルを挟んで、怒号に対応しているのは、宰相府の行政官達だった。紺色の事務用制服に対して、軽装騎士鎧か傭兵用皮鎧を装備した戦士達が口々に声を張り上げていた。
大会初日は、1000名程の選手が、1回戦として500戦程を行う計画だったため、新設の大会会場への観客入場を禁止して、混乱を避ける配慮をしていた。だが、大会参加者の半数以上が地方から初めて王都を訪れた者達で、開始時間になっても会場に到着できずに彷徨っている者すらいて、大会そのものが開始されていなかった。
「お姉様、どうしますか。混乱していて、戦いは始まっていないようです。」
「セーラ、アイリスをお願い。混乱に巻き込まれないように、手を繋いであげていて。」
「はい。それで、お姉様は・・・。」
義妹の手を受け取ったセーラは、すーっと運営本部の中央のテーブルに向かって移動する姉を見送った。紺色の制服を着た文官の中に、黄色の腕章をつけて、叫んでいる男性がいた。銀髪の彼が義兄ロイドであるとセーラが気付いたのだから、姉がそれに気づかない訳はなく、今そこへ向かっていた。
「あ、訓練用の剣を取った。」
「え、ええ。」
セーラが姉の行動を声にした後、ビアンカは驚きの声を上げた。事務用の面が広く、足の長いテーブルの上に、水色の女性が飛び乗った。
「黙れ!!話を聞く意思がない者は立ち去れ!!文句がある者は剣を抜いてかかってこい!!」
美しい高音の声が会場に響き渡った後、本部に詰め寄っていた戦士達だけでなく、離れた位置にいた戦士達も完全に沈黙した。遠目からも美しさが分かる金髪の美女を、目の前で見ている騒ぎの主役達は、その美しさに目を奪われたのは事実だったが、それ以上に女神が右手に握っている、突き出した剣先から発せられる威圧感に圧倒されていた。
目を逸らした瞬間に飛びかかられて、一刀のもとに切り裂かれてしまうと錯覚する程の恐怖感に戦士達は声を漏らす事もできなかった。各地より選ばれた騎士や傭兵が弱いはずがなく、ほぼ全員が腕に自信があり、仲間たちの代表として王都に来た人間で、戦いの経験も豊富だった。
テーブルの上に立ち、戦士達を見下ろしていたサファイヤブルーの瞳が、見慣れた少年剣士を発見した。
「エリック、ロイドが困っているのに、どうして、助けようとしなかったの。」
騒いでいた戦士達の中に混じっていたエリックは、混乱を収める方法が分からなかっただけで、もちろん義兄を助けようとは考えていた。その助けようとしていた気持ちはしっかり伝えておかなければならなかった。
「姉様、手助けしようと思っていたよ。ただ、運営側のロイド兄さんと親しい様子を見せるのは良くないと思って。ぼ、私も出場者側だから。」
「エリック、何を言っているの。出場者も運営側も、大会が成功するように協力するのは当然でしょ!!あなたは見ているだけの客じゃないのよ。この数の戦士が集まって、統制が取れなければ、混乱するに決まっているでしょ。統制に協力しない戦士なんて、いらないのよ。戦場で戦う心得も理解できない人間が、剣技大会に出場するなんて、間違っているのよ。運営のために努力しているロイドに詰め寄って、文句だけを言うような連中は必要ないわ。」
高音の声が会場に響いていた。公女が指摘したとおり、優秀な戦士達が心を1つにすれば、静かに話を聞く事も、一糸乱れぬ行動をする事も簡単だった。彼らは日頃そういった訓練をしていた。
少し間が空いた瞬間、レイティアの視線がエリックの隣に立っていたもう1人の学生剣士を捕えた。
「レイティア、手を貸して。」
後方からかけられた愛しい殿方の声に、笑顔で振り向いた美女はすっと手を伸ばすと、優しくつかみってロイドをテーブルの上へと引っ張り上げた。
「運営の代表のロイドだ。今回の混乱、申し訳ない。しっかりと指示をするから、従ってもらいたい。」
隣で並び立っている女性の美しさは何1つ変わっていないが、その気配が先程の一喝よりも険しくなったのを、その場にいた出場者達は感じ取った。穏やかに語るロイド卿の代わりに、隣の美女が威圧しているのは、誰もが理解できた。
「ロイド卿、こちらの方こそ、運営側に協力的ではなかった事を謝罪する。この後の事を説明してもらいたい。」
「分かりました。」
エリックの隣に立っていた第3王子レイモンドとのやり取りで、その場は進行を止めなかったが、美女から発せられる威圧感が減る事は無かった。このロイド卿なる人物の指示に従わない場合、美女の怒りを買う事が理解できた戦士達は、従順な兵士になった。
「8つの競技場に分かれ1回戦を行います。8つの数字のついた旗があります。自分の番号札の一番左と同じ数字の競技場で戦います。番号札がない場合は、その競技場で戦う時に再発行しますから、札がない場合でも大会には出場できます。」
「王都に不慣れで、会場に未到着の戦士もいます。今回は棄権にせず、戦う順番を後に回して、到着するのを待ちます。午後の戦いになる場合もあります。夕暮れ時点で到着しない者は棄権として、待機者は不戦勝となります。」
「今日と明日の2日間は、この競技場に入れるのは、出場者と運営関係者だけです。それ以外の入場者は、許可証を発行しますので、後でこの本部に来てください。尚、2日間に限り、隣接地域の出店は食事関係だけになっていて、2日間だけは無料となっています。1回戦で負けた場合も、出場者は明日の入場は可能です。食事も無料です。」
必要な事をロイドが説明すると、大会は静かに始まった。各会場で剣戟が始まると、ようやく参加者たちの声援が響き始めた。




