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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
3年生(2回目)
101/198

3年生(2回目) その98 謝罪

98 謝罪 


 学園内の食堂が以前よりも騒がしく感じるのは、婚約を結んだ男女が楽しげに会話をしながら昼食を楽しんでいるからだった。婚約者同士の交流時間を支援するという名目で、食堂側が2人だけの向かい合った席を増設したのは、第1公女レイティアの強い要望があったからで、今のこの瞬間も、1年後の結婚を控えたカップルは昼食を楽しんでいた。

「食事中、失礼する。ロイド卿。」

 男子生徒が近づくと、ロイドに耳打ちした。

「分かった。ありがとう。」

 宰相の孫の情報網を構成している学生がすっと離れていくと、レイティアの視線が情報の提供を婚約者に要求した。2人の大切な時間を潰したのだから、その情報の重要性が低い訳がないと判断した。

「セーラが、問題に巻き込まれて、今バース先生の付き添いで、王子宮の方に出かけて、ビアンカ、フェリクス両殿下と話をしている。問題は解決の方向に向かっている。」

「そう・・・。」

ロイドは愛する婚約者の性質をよく理解できていて、様々な問題が発生した場合、先の展開がどうなるかは、ある程度読めるようになっていた。だが、モーズリー高原の戦役から戻ってきた公女の行動は明らかに変わっていた。

「セーラを守ってばかりいては、成長できないから、時には見守る事も大切だと思う。両殿下との問題だが、バース先生がいるのだから、そんなに心配する必要はないと思う。」

「私もそう思うわ。セーラは賢いから。それで、ロイドに聞きたい事があるのだけど。」

「何だい。詳細は未だ分からない。」

「そうじゃなくて、1時限目と2時限目の休み時間で情報を手にしたのに、私に教えてくれなかったのはどうしてなの?なぜ、私にだけ秘密にしたの?」

 国内の誰からも美姫と褒め称えられる金髪碧眼の美女は、咽喉から出て来る美しい調べに感情を乗せると、様々な美しい何かを対話する相手に突きつける事ができた。最高級の戦士でもある公女が、威圧感を乗せて発した言葉を、ロイドは正面から受け止めた。

「レイティアに教えると、セーラの元に駆け付けて、問題が大きくなる可能性が高いと判断した。それは、セーラ自身が問題を解決する機会を失うことになる。」

「セーラの心配はするけど。ロイドから話をしてもらえば、冷静に対応できるわ。それなのに、ロイドは私の事を、信頼していないのね。」

「そんな事は無い。レイティアの事は信頼している。ただ、セーラの事になると、私もそうだけど、冷静ではいられなくなってしまう事があるだろ。」

「私が冷静さを欠いて、暴走するって、ロイドは思っているんだよね。それって・・・。私の事・・・。」

「ああ、ごめん、レイティア、そんな顔をしないでくれ。レイティアの事を心配し過ぎただけなんだ。秘密にしようと思っていたんじゃないんだ。これからは、何でも話すし、できるだけ早く話をする。」

「本当?」

「本当だ。」

「うん。分かった。」

 戦場で活躍して、開拓地で支援をしていた半年間は、ロイドにとっても寂しい時間だったから、公爵家が戻ってきてからの数日間の甘い時間は彼にとっても幸福だった。絶大な信頼を寄せて甘えてくれるレイティアの行動は愛おしかったし、とても可愛く、最上の女神の寵愛を一身に受ける男として、ただ喜んでいた。

 10日程が経過して、公爵家が学生や未婚騎士のために、婚約婚姻の斡旋活動をするようになってから、ロイドは婚約者の様子が少し変わったように思い始めた。今までも甘えたがりで、嫉妬しがちな所はあったが、それは2人だけの時に限った事だったが、人前でも分かりやすい態度で、自分への甘えと女生徒に対する嫉妬を向ける事が多くなった。

 婚約の成立を斡旋する側であるロイドとレイティアが、後押しをするために婚約予定者を褒めるのは当然の事で、ロイドは情報網を駆使して、褒めるべき点を調査していたため、数多くの誉め言葉を発する事が仕事だった。

 その仕事上として、婚約予定者の女性をロイドが褒める事もあるが、その時には必ずと言っていいほど、レイティアが隠すことなく嫉妬を示した。ロイドは最初、男性側にレイティア嬢が嫉妬するような素敵な女性であることを印象付けようとするための、レイティアの作戦だと思った。今までにない分かりやすい嫉妬を、ロイドは高度な知恵から生まれた行動だと判断した。

だが、2人きりになった時に、その作戦を褒めると、自分の気持ちを分かってくれないのと泣き出した。その時の自身の狼狽ぶりは、自分で思い出しても恥ずかしさで顔を赤める程だった。

2人が半年間も会わなかった事は初めての事で、その反動でレイティアの行動が極端な方向に振れているだけだろうと思っていたが、妹セーラの問題よりも、ロイドとの関係の方を優先した事を考えると、レイティアの変化が一時的なものではないとは判断できたが、その問題の本質が何であるのかが判明するのは、まだ先の事で、レイティア自身もこの時は何も理解できていなかった。


公爵邸での家族晩餐会は緊張感で包まれていた。ドレスアップしていない公爵家の面々は、マナーを守りつつも、いつもよりも速い動きで晩餐の料理を片付けていった。本来だったら、この異常な速さはマナー違反ではあるが、家令のセバスチャンも執事見習いのザビッグも注意する事は無かった。

「2人とも、茶を入れた後も、室内で控えていてくれ。」

 室内にいる事を許された2人は、セーラに注意を払うようにとの公爵の指示に従った。今、セーラの周囲では、王子の頬を叩いた事件について気にしていた。王子が原因だとしても、親善大使でもあるフェレール国の王子の頬を叩いたというのは、それだけで外交上大問題だった。話を聞く限り、双子殿下側が騒ぎ立てる事はなさそうだから、この先すぐに問題が起こる事はないと判断はできたが、同じような事が再発して、今回の件を蒸し返される可能性があった。

「お父様、申し訳ありませんでした。両殿下のお世話をする立場でありながら、してはいけない事をしました。」

「姉さんが、悪い事をした訳ではないと思うし。向こうも、物凄く悪い訳じゃないから。レイティア姉様は、そんな怒らない方がいいと思うよ。」

「分かっているわ。フェリクス殿下を責めるような事はしないわ。」

3人の子供達の会話を聞きながら、水色のワンピース姿の少女とも見える母親は膝の上に置いた両手を握りしめていた。何が正解か分からないまま、何もできない自分自身に苛立っていた。

「セーラ、今回の件は、私が悪い。すまなかった。」

 白いシャツと金の髪が静かに動きながら、公爵は頭を下げて、謝罪の気持ちを表した。

「お父様が、謝る事はないと思います。」

「いや、全て、私が、ミーナとセーラをずっと放置していた事が、全ての原因なんだ。」

「それは・・・。お父様、そのままでは、お話ができません。頭を上げてください。」

「ああ。」

 父親の青い瞳の視線を避けるためにではなく、もう1人の母親が気になって、少し左側に視線を向けた。それは、ミーナという名前を第1夫人の前に出さない方が良いのではないかと言う娘からの父親への進言でもあった。

 第1夫人エリスが、侍女ミーナに信頼も愛情も向けている事はセーラにも分かっていたが、第2夫人という立場のミーナに対しては、複雑な気持ちを持っているのではないかと常に感じていた。その事を本人から聞いたことはないが、理屈では割り切れない心の襞が存在する事は、大人になりつつある娘にも良く分かった。今回のセーラが手を出したのも、同じ理由だった。

「セーラ。私が謝罪をしても、過去を変える事はできないし。許されて、罪がなくなる事は無い。だからと言って、今までのように、何も言わなかったり、何もしないつもりはない。未来を変える事はできるから。ミーナに対しては、もう何もできないが。セーラに対しては、できる事も、やるべき事もたくさんある。謝罪すべき事も。」

「お父様にも、お母様にも、お姉様にも、エリックにも、アランにも、公爵邸の皆にも良くしてもらっています。お父様も含めて、私に謝罪する必要はありません。」

「他の者達は違っても、私には謝罪するべきことはある。ファルトンの町へ、セーラを迎えに行かなかった事が、その最たるものだ。」

「あ。」

 その後の、両手で口を覆った行動がセーラの心の内を示していた。

「何が正しいから分からない、と自分の中で言い訳をして、何もしようとしなかった。娘として受け入れると言いながら、それを示す行動は何もしていなかった。本当にすまなかった。」

「あ、ああ、う、あ。」

 再び頭を下げた公爵の姿を前に、セーラは溢れてくる気持ちをただ抑えるだけで、何もできなくなってしまった。

「・・・・・・。」

「セーラ、私は、許しの言葉をもらって、自分の心を軽くしたい訳ではない。思った事、考えた事をそのまま伝えて、自分の気持ちを知ってもらいたい。そして、セーラにも色々と、言いたい事を言ってもらいたい。その善し悪しは、皆で考えられれば良いと思う。」

 頭を上げながら、公爵が伝えてくれた言葉は、セーラが求めていたものの1つだった。親子関係そのものを示そうとするのではなく、親子関係を作ろうとする意志を示してくれた事が、セーラの欲していたものだった。正解そのものではなく、正解を求めるために一緒に歩もうと言われた事が、嬉し過ぎて、何も言えないまま、時間が過ぎていった。

「ザビッグ、皆様に、温かいお茶を。」

「はい。畏まりました。」

 巨体の黒服が、彼と比較して小さく見えるポットから茶を注いでいった。その動きを視線で追いかける事で、セーラは家族の1人1人の表情を見る事ができた。姉と弟とは、家族としての関係ができあがっていた。

 しかし、公爵夫妻との家族関係の外枠は作れていたが、中身は薄いものだった。セーラが、どうしたら娘と認めてもらえるのだろうと恐る恐る接していたように、夫妻もどうすれば親と認められるのだろうかと恐る恐る接していた。

元々、3人に親子関係は存在していなかった。親子関係は子供が生まれてから、子供と親が互いに認識してから作り出すものであって、公爵夫妻は第2公女が生まれたことを知らなかったのだから、親子関係ができるはずはなかった。その単純な事実に、セーラはようやく気付いた。

 そして、この親子関係が存在していないのも関わらず、ない事を認識できずに、新しく作ろうと動き出せなかった要因は、ミーナ、エリス、ギルバードの3人の夫婦関係に問題があったからだった。

 夫妻が、セーラに対して大きな罪悪感という幻想を持っていて、身動きが取れなかったのは、ミーナに対する罪悪感があったからだった。そして、その罪悪感は救われる事のない底なし沼に、公爵夫妻を引きずり込んでいた。救い出す資格と力を持った人間が、すでにこの世に居なかったから、2人は藻掻き続けながら、どんどん沈むだけだった。

誰にも救い出す事ができない底なし沼ではあるが、抜け出すための機会を与えるきっかけを作る事ができる人間は、ここに1人だけいた。

「お父様、お母様、私自身はこれまでに謝罪を受けるような事はされたことがないと思っています。だから、お話を聞く事はできますが、存在しない何かに対する謝罪を受けるつもりはありません。ただ、ミーナ母さんへの謝罪と言うのであれば、どのようなものでも受け止めて、母さんの代わりに、受け入れて許します。」

 瓜二つと言われるぐらいに似ている、赤毛赤目の娘だとしても、セーラはミーナ自身ではなかった。しかし、母ミーナが、公爵夫妻に対して、恨みのような感情を持ってない事だけは確信をもって断言できた。すべてを与えてくれた母から、憎しみや恨みや、憤りのような感情を受け継ぐことはなかったから、セーラはこれだけは自信をもって言えた。

「母さんは、一度も、公爵邸の事も過去の事も話してくれませんでした。でも、18歳の成人と共に父親の事を教えてくれると約束してくれました。その時に、私の出生について話をして、公爵邸に行くようにと言うつもりだったと思います。今考えれば、母さんが私に教えてくれたことの多くが、公爵邸で、公女として役に立つ事でした。」

 食堂の手伝いと言うだけでなく、庶民として生活する事を考えれば、過剰なほどと言える所作やマナーを指導したし、言語についても外国語であるフェレール語の徹底的な指導も母は行った。それらは、公爵邸での貴族としての生活を準備しているもの以外の理由を持っていなかった。

「今、私が公爵邸で家族にも皆にも認められている事を、ミーナ母さんは喜んでいると思います。お父様にもエリスお母様にも、レイティア姉様、エリック、セバスチャン、皆にありがとうと言っていると思います。だから、母さんは、お父様の謝罪を受け入れて、許していると思います。」

 室内で控えていたセバスチャンが、手で目を覆いながら、涙を流していた。何でもできて、完璧な夫婦と世間で言われているが、無敵の戦士以外では不器用で、いつでも必死に生きていた2人をずっと見つめてた老紳士は、嬉しさと共に、夫婦の全てを救ってくれたもう1人の夫人が、この場に居ない事を悔やみながら泣いていた。


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