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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
1年生
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1年生 その1 玄関にて

1 玄関にて


「どうして、お父さんは会いに来てくれないんですか?」

 か細い声で、憤りを質問の形でぶつけた。


 およそ一年前のセリフを思い出したセーラは、これから会うであろう父親に対して、どのような表情を見せれば良いかが分からなかった。

「セーラお嬢様、何かございましたら、思ったまま仰ってください。」

 二頭立ての豪奢な馬車の中、目の前の老紳士に視線を向ける。オズボーン公爵家の家令であるセバスチャンは、満面の笑みを向ける13歳の少女に穏やかに話しかけた。50歳の彼にとって孫娘のような年齢の公爵家次女が、緊張し、戸惑っているのは分かっているが、それをどのように緩和させれば良いのかが分からなかった。分からないからこそ、とりあえず公爵家の人間が全員味方であると思えってもらえるように、笑顔を向ける事しかできなかった。

「セバスさ・・・。」

「お嬢様ですから、家令である私も、名前だけで呼んでいただきたいと思いますが。どのようにお呼びいただいても問題ありません。屋敷の外で、他の人間がいる場合にだけ、気を付けていただければ。お屋敷内であれば、どのようなことを仰せられても、どのような事をなさっても、責めるような事をする者はおりません。」

「・・・分かった。」

 そう答えたまま、自分自身が何を理解しているのかをセーラは理解していなかった。


 王都を走る馬車の向かう先は、オズボーン公爵家の屋敷である事は、街路で見かける住民の全てが理解している。青の盾に金の獅子の紋章が、戦公爵、最強剣士と呼ばれる人間が当主を務めている公爵家の物であると誰もが知っていた。だが、その家紋の付いた馬車の中に、13年間庶民として暮らしていた次女が座っている事を知る王都の住民はまだいなかった。

 目的地に着いた馬車が止まると、向かい側に座っていたセバスが立ち上がり、扉を静かに開ける。立ち上がった少女は、馬車が巨大な公爵邸の玄関の前で止まった事と、玄関の前に5人の人間が立っている事を認識した。

「荷物は私どもが運びます。」

 セバスチャンの言葉に頷いた少女は、母親と同じ燃えるような赤い髪と紅い瞳、母親と同じ顔で、5人の前へと6歩歩いた。薄い緑のワンピースの衣服は、セーラのお気に入りではあるが、公爵家の令嬢に相応しいと言えるものではなかった。何度も着古していて、ヨレヨレになっていた。右下には少し濃い目の緑色であまり目立たないように刺繍がなされているが、それは油汚れのシミを隠すための物であって、衣服を美しくするための物ではなかった。

「ギルバード=オズボーンだ。よく来てくれた。歓迎する。」

 短髪長身の美男子が、笑顔と懐古の情を交えた申し訳なさそうな表情で公爵家の当主としての挨拶をした。白いシャツとグレーのズボン、質の良い素材で作られているという以外、最上級の貴族であることを示すところが全くない衣服は、庶民として暮らしてきた娘への配慮ではなく、オズボーン公爵家の普段着であった。

「セーラです。公爵様にはお世話になります。」

 腰を折り、深々と頭を下げるセーラは、初めて会った父親が、金髪青目の美男子であり、背が高い・・・。という認識をしただけで、それ以外の事を頭の中で整理して、言葉にする事ができないだけでなく、筋道の通った思考をすることもできなかった。

 2年前に、母親ミーナが病死。

 1年前に、自分が公爵の娘であることを知ると同時に、母親が公爵家の夫人に侍女として仕えていて、妊娠している事を隠したまま公爵家から出奔したという事実を、公爵家の長女から聞かされた。

 その瞬間まで、セーラは自分の父親の名前を知らなかった。母親から父親に関して聞いたことは、18歳になったら教えるという約束だけで、それ以外何も聞いてはいなかった。父親という存在に憧れはあった。だが、母と世話になった食堂経営者夫婦のおじさんとおばさんとの生活は楽しく、どうしても父親に会いたいと強く考えたことはなかった。ただ、父親がいない事を疑問に思い、会ってみたいと考えたことはあった。



「よ、よく来てくれました・・・。あ、ありが、と、う。」

 公爵の右隣に立っている公爵夫人がポロポロと涙を流しながら、セーラを見つめながら声をかけた。

 金髪で灰青目の美の女神は、優しく穏やかな瞳と喜びに満ちた表情を向けている。

 1年前に出会った時から、セーラは公爵夫人が泣いていない表情を見たことがなかった。世間から美の女神と称される容貌を持っている事は何となく理解できたが、泣いている姿しか見ていないために、女神という言葉に納得するような事はなかった。

 そして、この涙が悲しみや憎しみの色を全く含んでいない事が未だに理解できなかった。

 オズボーン公爵夫妻は、一女二男の子供に恵まれ、唯一無二の戦友であり、国中が知る仲睦まじい理想の夫婦という評価を得ていた。実際に両者の仲は良く、愛情が薄れているような事もなかった。

 だからこそ、夫人が公爵の浮気に怒りを示し、自分を裏切った侍女に憎しみを全く向けていない事がセーラには理解できなかった。憎むべき相手はすでに病死していて、残された娘には公爵の血が流れているのだから、その娘にも愛情を向ける事ができるほどに、夫への愛情を持っている。そう考えて納得するしかないと何度か考えたが、夫人の表情がそれを全否定している。

「お世話になります。公爵夫人。」

 深々と頭を下げたセーラを見つめている夫人は小さく3度うなずくと、右手で涙を拭って笑顔を見せた。


「1年ぶりね、少し背が伸びたかしら。会えて嬉しいし、来てくれて嬉しいわ。」

 公爵の左隣に立っている16歳の美少女は、母親である夫人とそっくりな容貌を持っていた。異なるのは、腰まで伸ばした金髪が少しだけ長いこと、瞳の色がサファイヤブルーと灰青であるかの違いだけだった。

 34歳の夫人がほんのりと色気を持っている点と、16歳の娘の若々しさを持っている点も、2人の相違点であると指摘されば、頷く人は多いだろうが、母娘が姉妹であると主張した時に否定できる者もいなかった。それぐらい、公爵夫人の美しさは、若々しさも持っていた。

 ただ、セーラだけは、異母姉であるレイティアの方が美の女神に相応しいと考えていた。それは今までの少ない交流の中で、自分に安心感を与えるように常に気を配っている言動をしているからでもあった。

「私も、レイティア様にお会いできて、嬉しいです。」

「ふふ、呼び方については後で話をしましょう。本当に来てくれてよかった。迎えに行きたかったのだけど、学園の授業があって、ごめんなさいね。」

「いえ、謝っていただくような事ではありません。」

「ふふ、話は後でね。」

 長女のレイティアは左隣の2人の男子に視線を向けた。

 12歳と11歳の兄弟は、父親と似ている顔つきの美少年で、兄の方は5cm身長が高く、凛々しさを感じさせる目が父親似、弟の方は優しさを感じさせる目が母親似。目から受ける印象が違うので、そっくりな双子であると虚偽を言われると、それに騙される者はいなかった。瓜二つのように見えても確実に別人である兄弟は、そっくりだと評価される母娘とは違った。

「アラン=オズボーンです。」

 父とは違った肩まで伸ばした金髪を揺らしながら、長男アランは騎士の礼を取って頭を深々と下げた。

 緊張した表情のまま自分の方を見つめていたアランの行動に驚いたが、セーラはセバスチャンに習った淑女の礼を取りながら頭を下げる。

「はじめまして、セーラです。今日からよろしくお願いします。」

 礼が終わると、後継ぎであるアランの表情が笑顔に変わった。初めて見る弟、次期当主、公爵家に責任を持つ者として、庶子であるセーラに対して、複雑な思いがあるのではないかと危惧したが、満面の笑みは近所で遊んでいた子供達と同じものであった。

「兄さん、堅苦しい挨拶は必要ないと思うよ。僕はエリック、よろしく。」

「セーラです。よろしくお願いします。」

「うーん、とりあえず、部屋に案内するで、いいよね。」

 セーラが馬車を降りた時から、ずっとニコニコしている次男のエリックが、言い終わった瞬間、接近してきたアランがすっと右手を差し出す。

「???」

自分との距離がいつの間に詰められたのかも分からなかったが、差し出された右手の意味が分からないセーラの後ろから、お嬢様の指南役でもあるセバスチャンが、アラン様はエスコートをしたいのだと告げると、もう1人の弟も手を差し出してきた。

「でも、荷物が。」

「私共が運びます。セーラお嬢様。そのまま、お部屋までエスコートされてください。」

 2人の美少年の手に触れた時、少し赤くなったと自分でも分かったセーラは、お姫様のように扱われる事が少し嬉しかった。



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