街に行ってみる 2
ジークフリードは扉を閉めると中から鍵をかけ中の照明に明かりを灯した。
一つの光でザァッと視界が明るくなり、二人は書物や調度品、薬草や生き物のホルマリン漬け等奥が見えない程に品物が陳列された部屋へと通された。
「で、その子は何者だ? ここまで来たからには素性はキチンと明かしてもらおうか」
「彼女はリシュ・エフモント。 最近事故で亡くなった事にされたエフモント家の長女だよ」
「何だって?! お前とうとう人間の命に手出ししたのか!!」
「違う、リシュの生命力が強かっただけだ」
「……あのなぁ、犬や猫を拾うのとは訳が違うんだぞ。 まさか人間まで拾うなんて……」
ジークフリードが額に手を当て大きく溜息をついた。
そしてあっさりと素性をバラされたリシュは怯えた表情でグリースの後ろに隠れ距離を取っている。
それに気づいたジークフリードは両手を見せて笑いかけた。
「儂はジークフリード・ボスマン、この店の店主だ。 表ではケフィンと名乗ってる。 こいつの爺さんと付き合いがあってな、敵ではないから安心してくれ」
『ほらリシュ、大丈夫だぞ』
後ろに隠れるリシュにガブで緊張を解す姿を見たジークフリードは目を丸くした。
「今日は魔力を溜めておけるものが欲しいんだ。 行ってもいいか?」
「力を溜める導具なら左から三番目だ。 制限は三十分、気をつけて行って来い」
「ありがとう。 リシュはガブとジークと一緒に待っててくれ」
ジークフリードから鈴の付いた砂時計を受け取ったグリースはガブをリシュに預けスッと奥へと消えていった。
「ここは時間内に戻ってこないと空間が歪み始めるのさ。 まぁアイツの事だからちゃんと戻っては来るだろう。 我々はここで待つとしよう」
ジークフリードに勧められるままにリシュは側にあったソファに腰掛けた。
「にしても可愛らしいお嬢さんだな。 アイツが助けようとするのも分からなくはない」
ずいと顔を近づけるジークフリードに一瞬身を固くしたが、リシュは勇気を出しこれまでの経緯を話した。
およそ十分後。
「影でそんな苦労をさせられてたのか……こんな可愛らしいリシュちゃんになんて外道な真似を!」
ハンカチで涙を拭いながら拳に怒りを込めるジークフリードを見てリシュはハラハラしていた。
「あの、私の話信じていてだけるんですか?」
「当たり前だろう。 グリースが力を使ってまで大事にしてるんだ。 儂もあんな姿は初めて見たよ」
「大事……」
リシュはその言葉に頬を赤らめ下を向く。
それを見てジークフリードは嬉しそうにリシュの頭を撫でた。
「アイツのリハビリになる。 目一杯甘えてやってくれ」
「甘えるってそんな、恐れ多いです……」
「アイツはガキの頃から他人に関心の薄い奴でな。 まぁ力の事もあって遠ざけていたんだろうが、独りで出せる力など知れてる。 リシュちゃんがアイツの先を照らす灯りになればそれこそ『アンデッド・マスター』のトップになるだろうな」
「アンデッド・マスター?」
「おや、聞いてなかったのか?」
聞いていないと頷くリシュを見てジークフリードは顎を撫でながら暫し考える。
そしてグリースの持つ鈴の音がまだ聞こえない事を確認しリシュに語り始めた。
「……生と死を司る魔法が存在するという話は聞いたことあるかい?」
「いえ、魔法については何も知らなくて。 この国には『傀儡を操る魔法使いがいる』ということ位で……」
「『傀儡使い』はグリースの異名だな。 アーレンツ家は稀に見る生と死を操れる能力を持った特殊な一族で『不死の上に立つ者』と言われている。 表舞台に立つ事は少ないからあまり知られていない話なんだがね」
「では何故グリースさんの名が……」
「通常十六歳で目覚める能力が十二歳で開花したもんだから周りが気味悪がってな、誰も近寄らなくなったんだよ。 それが今こうして広まってるんだ」
「そんな! グリースさんが何かしたわけじゃないのに?」
「いや……それがしてるんだよ」
「へ?」
「自分を悪く言う奴らを片っ端から打ちのめしていってたからな。 だから周りが近寄らなくなり、その噂が広まり……という話だ」
「はぁ……」
リシュは呆気に取られたが、すぐに口を手で覆いクスクスと笑った。
「でも何だか余計にグリースさんが良い人に見えてきました。 私の代わりに怒ってくれたんですよ、すごく優しい方です」
「いや! さっきの話なら儂だって怒るぞ! 『可愛いリシュちゃんに何をする!』ってな」
「ふふ、ジークフリードさんまでありがとうございます」
照れながらリシュが見せたのは正に聖女の微笑みだった。
それがジークフリードの心にズキュウンッと突き刺さる。
「こ、これはグリースが落ちるのも分かるぞ……儂もあと五十、いやせめて四十歳若ければ……」
何やらブツブツ言いながら崩れ落ちたジークフリードを見てリシュはあわあわと焦り出す。
「グ、グリースさん! 大変です、早く戻ってきて下さい!」