君が与えてくれたもの
――――その日もグリースは祖父の元で過ごしていた。
虚空の魔法が使えるようになったのは十二歳の時。
何故こんなに早くに目覚めたのかはわからないが、そのお陰で家族や周囲の人間は奇怪な目で見るようになっていた。
だがまだ幼かった彼にすればそれが息苦しくて堪らない。
なので落ち着ける場所を求めて実家から遠く離れたこの地へと来ていたのだ。
「何だ、またケンカしたのか。 顔に傷なんか作りおって」
大樹に腰掛け本を読んでいたグリースの元へジークフリードが呆れ顔で訪ねてきた。
お察しの通り、二時間ほど前にこっちで知り合ったゾーイと喧嘩をした後だった。
「ジークこそ頻繁に来るよね。 店はいいのかよ」
フン、とグリースは一瞥して本に視線を戻す。
「お前の爺さんに用があってな。 どこにいる?」
「家ん中。 薬作ってる」
「そうか。 おやつに美味い菓子を持ってきたからお前も後で入ってこい。 待ってるぞ」
「……気が向いたら」
そしてぶっきらぼうに返事を返すのだった。
人と関わるとろくなことがない。
自分と違うと分かった途端に異分子扱いをして寄り付かなくなるのだから。
罵ってくる人間に関しては成敗すると決めていたが、殆どが前者である。
全く息苦しくて堪らない。
(俺だって好きでこんな力欲しかったわけじゃないのに……)
理解して欲しい、とまでは言わない。
ただ受け止めてほしかった。
唯一の救いは祖父やその友人であるジークフリードが普通の子どもの様に接してくれた事だった。
「誰か――!」
するとどこからか声が聞こえた。
(え? 森の中から?)
「誰か助けて――!!」
悲鳴だと気づきグリースは慌てて森の中へと駆け出した。
急いで様子を見に行くと、赤髪の少女が野犬に狙われて木の上に上がっていたのだ。
(ど、どうしよう……早く助けなきゃ!)
人と関わるとろくなことがない。
でも困っている人を放っておけなかった。
「おい、こっちだ!」
グリースは護身用の短剣を出し、大声で野犬の気を引く。
するとこちらに気づいた野犬がグリース目掛けて一直線に向かって来た。
「《凍結》!」
野犬の足を狙ったが目標から僅かに反れてしまい、グリースはそのまま野犬に伸し掛かられた。
自分程ある野犬の体が負荷になり鋭い爪が体に食い込む。
「くっそ……離れろ!!」
払い除けようと咄嗟に野犬の腕を掴んだ時だった。
「ギャァアン!!」
掴んだ所がみるみる萎びていく。
無意識に虚空の魔法を使ってしまったのだ。
グリースは慌てて野犬から手を離すと、野犬は直ぐ様手を引きずりながら茂みへと逃げていったのだ。
(手袋するのを忘れてた……!)
グリースは急いでポケットから取り出した手袋をはめる。
そして恐る恐る木の上を見上げた。
少女はこちらを見たまま震え、大きな瞳からはまだ大粒の涙が溢れている。
恐ろしい所を見せてしまった、とグリースは唇を噛み、彼女に背を向け急いでその場から立ち去った。
(助けに行かなきゃ良かった……)
野犬とはいえ取り返しのつかない傷を負わせた事、それを見知らぬ少女に見られた事。
後悔に満ちて黒ずんだ己を鎮めようと全速力で森を抜けようとした時だった。
ぐにっと何かを踏みつけ、その弾みで転んでしまった。
膝をさすりながら起き上がると、そこに汚れた犬のぬいぐるみが落ちていた。
(これ、まさかあの子の……?)
一先ず汚れた所を魔法で綺麗にすると、周囲を見回す。
あの少女以外人の気配がない。
グリースは大きく溜息をついた。
(仕方ない。 さっきの所に置いてこよう……)
グリースはぬいぐるみを抱え渋々引き返す。
戻るとまだ少女が木の上で泣いていたのだ。
「お前まだいたのか!?」
思わず声に出してしまった。
グリースに気づいた少女は両手で涙を拭った。
「その、降りられなくて……」
そして再び泣き出してしまう。
それを見てグリースはもう一度大きな溜息をついた。
「《浮遊》!」
仕方ないので助ける事にした。
魔法で何とかフワリと浮かせたが、不慣れな魔法はあっという間にその効力を失い、少女は真っ逆さまにグリースの上へ落ちてきた。
ドスン!
「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
グリースはそれを見事に全身で受け止めたのだった。
「大丈夫だ……」
ゆっくりと体を起こし少女に目をやった瞬間、体に雷で打たれたような衝撃が走った。
涙で濡れた大きな瞳、泣いて紅潮した頬。
何より鮮やかで紅色の髪がフワリと間近に迫り、全身がカァっと熱くなった。
『お、お前こそ、だっ、大丈夫か!!』
グリースは慌てて返す予定だったぬいぐるみを顔にひっつけて安否を尋ねる。
顔が赤くなっているとわかっていたからだ。
ちらりと少女の方をみると、大きな瞳を丸くしてこちらを見ている。
そして目があった瞬間、満面の笑みを見せた。
「私も大丈夫です。 助けてくれてありがとうございました!」
予想外の反応に思わず息を呑んだ。
あんな場面を見た後にも関わらず。
その後も彼女は先程の傷も気遣ってくれたのだった。
『お、お前は何でこんな所にいるんだ?』
一先ず動悸と熱が収まるまでぬいぐるみのふりをすることにした。
グリースは声色を変え、ぬいぐるみの手をパタパタと動かしながら喋りかけた。
「お兄様といたんですけど、はぐれてしまって……」
とは言うが、先程は近くに人の気配はなかった。
先に森を抜けたのかもしれない。
『家はどの方向かわかるか?』
少女は横に首を振る。
『名前は?』
「リシュ・エフモント……」
エフモント家と言えば確か聖女が生まれるといわれる一族だ。
『そこならわかるから近くまで連れて行ってやるよ』
ここまで面倒を見るつもりもなかったし、人形のふりを続けるつもりもなかった。
だが彼女が聖女の家系だとわかり興味が湧いてきた。
そう、只の興味だ。
「あの、魔法使いさんはお名前なんて言うんですか?」
そこについては正直に答えるべきか悩んだ。
実家ほどではないがあまりいい噂を聞かない。
それを彼女に知られるのは色々と都合が悪い。
「《虚空》の魔法使い……だ」
「コクウノ……?」
どうやら困惑させてしまった様だが誤解されるよりかはマシだろう。
『とにかく怪しい奴じゃないから大丈夫だ。 暗くなる前に帰ろう』
はぐれては困るのでグリースは顔を背けたままぬいぐるみの手を差し出した。
野犬の事もあったので、念の為。
「はい!」
それでもリシュは嬉しそうに差し出された手を取った。
そうして日が傾きかけた頃、二人は森を抜ける事が出来た。
エフモント家の近く迄来ると、グリースはようやくぬいぐるみを手放しリシュに返した。
「じゃあな」
「ありがとう! コクウノ魔法使いさん!!」
結局まともに顔を見られなかった。
直視すればまた全身熱くなってしまいそうだったからだ。
本当はもっと真っ直ぐ彼女を見たい。
直接手をつなぎたい。
笑った顔が見たい。
気づいた時にはグリースは森の中を全力で走っていた。
そして息をきらしながらヴァルトの屋敷の扉を勢いよく開けた。
「ただいま!!」
「グリース! こんな時間までどこほっつき歩いてたんだ! ジークも心配しておったぞ!」
「爺ちゃん、いや、ヴァルト様! 俺を貴方の弟子にして下さい!!」
帰った途端何を言い出すのかとヴァルトは目を白黒させた。
「俺、ちゃんと魔法を習って強くなりたいんです! 胸を張って生きていきたいんです! だからお願いします!!」
くすぶっていた心に火がついた。
膝をつき頭を床につけるグリースを見てヴァルトもそれに気づいたのだろう。
小さく息をつくと、眼光鋭くグリースの前に立った。
「儂の弟子になるなら生半可な覚悟じゃすまんぞ。 それでもいいんだな?」
「はい! お願いします!」
――――あの時、自分と向き合うきっかけをくれたんだ。
今度会った時にはちゃんと助けられるように。
この手で涙を拭ってやれるように。
悲しい事から救ってやれるように。
この力を、君を守る為に使いたいと決めたんだ。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
次で本編最後の予定です。
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