活路を開くもの
「あのバカ……」
グリースは眉を潜め頭をガシガシとかいた。
二人の様子を隣で見ていたシーラが少々困惑気味だ。
「ガブッてグリースが動かしてるんじゃなかったの?」
「訳あってあの体に俺の魔力が入ってるんだ。 だから自由に動くし話すことも出来るようになってる」
「じゃあ本当にリシュの事もグリースの事も守ろうとして……」
シーラはガブが行った先をじっと見つめる。
「俺達も早くリシュを探しに行こう。 もしかしたらリシュが聖女にされるかもしれない」
屋敷に向かおうと走り出そうとした時だった。
ゆらりとアランが二人の前に現れた。
「もうそのつもりだ。だからお引取り願おう」
「アラン……」
先程会った時よりもその瞳は鋭い殺気に満ちている。
「アラン兄様! リシュを聖女にするって本気なの?」
「あぁ、聖女の力を持っているのがわかったしな。 これでエフモント家も安泰だよ」
アランは口の端を上げ剣を抜き剣先をグリースに向けた。
「後は妹達を誑かすお前を排除するだけだ」
「……話し合いは無理そうだな」
そう呟いた瞬間、アランが地を蹴りグリースへと襲いかかった。
グリースも魔力で剣をつくると斬撃を弾き、シーラを抱え咄嗟に距離をとる。
「久しぶりにやり甲斐のありそうな奴だな」
一度は躱せたものの、本物の剣相手だと今の魔力量では圧されてしまう。
せめぎ合う内にアランの剣が幾度か掠り、浅い傷が増えていく。
そして魔力も底つきかけ膝をついた時だ。
アランが真っ向からグリース目掛けて剣を振り上げた。
「グルァァアアア!!」
だが次の瞬間、穿つような唸り声に気づきアランは慌ててグリースから離れた。
「何だ!?」
すると金色の瞳を光らせ唸るフェンリルがアランに牙をむいていた。
「トワ!」
「何故こんなに所にフェンリルが!?」
リシュの呼んだツバメが開いた活路は家へ残してきたトワだった。
希少種でもあるフェンリルを故意に傷つけるわけにはいかない。
殺気立った金色の瞳に思わずアランは後ずさる。
「アラン、勝負は一旦お預けだ。 トワ、シーラを乗せてリシュを探しに行くぞ!」
「がぅ!!」
グリースはトワの背にシーラを乗せ、リシュを探しに屋敷へと向かった。
◇
その頃、部屋に閉じ込められていたリシュは窓から抜け出し、周囲に誰も居ないかキョロキョロとしていた。
一階だったのが幸いだった。
(早くグリースさんと合流しなきゃ……)
「おい、そこに誰かいるぞ!」
すると警備兵に見つかりそのうちの一人がリシュを捕らえようと走り迫った時だった。
「ごめんなさい!」
リシュは持っていた小瓶の蓋を開け瞬時に鼻と口を覆う。
「はっ……?」
すると小瓶を向けられた警備兵、そして続いて追ってきた警備兵達がその匂いを嗅ぎ、次々と倒れ込んだ。
よく見るとスヤスヤと眠っている。
リシュはなにかの役に立てばと、以前作った強力な睡眠薬をもってきていたのだ。
(まさかこんな風に使えるなんて……)
寒々しい空の下で眠る兵士達にリシュは罪悪感を感じつつも、再びグリース達を探した。
『リシュ!!』
すると突然背後から名を呼ばれ振り返ると、ガブがこちらに向かって飛んできた。
「ガブさん、無事だったんですね!」
『リシュこそ無事で良かった。 早くグリース達と合流するぞ! そしてアイツの中にオレを戻してくれ!』
「え……?」
突然の申し入れにリシュは目を瞬かせてガブを見る。
「それって、《虚空》の魔力をグリースさんに戻すって事ですか?」
『あぁ。 今のアイツじゃ早々に魔力が底尽きてしまう。 だからオレはアイツの中に戻る』
ガブの体内にはグリースの魔力が入っているため、それを戻せばガブは元のぬいぐるみに戻ってしまう。
それなのに――――
「でも……」
『オレの役目はリシュを守る事、そしてアイツの力になる事だ。 だから心配するな』
グリースと同じ赤い瞳を見つめ、リシュは薄っすらと涙を浮かべながらも笑顔を見せた。
「わかりました」
するとガブがリシュの唇にチョン、と自分の鼻を当てニヤリと笑った。
『ありがとな』
「はい」
ガブを抱き締め決断した時だった。
「誰が屋敷内で暴れておるんだ!!」
リシュはビクリと体を震わせた。
聞き覚えのある、けれど懐かしさは感じない。
それは自分を暗闇へと誘う声だった。
「一体何者だ…………っ!?」
恐る恐る振り向くと、そこにはリシュを見捨てた父親、ドルマン・エフモントが背後に兵を従え立っていたのだ。
怯えた様子のリシュに、醜悪の根元があれだと気づいたガブは牙を向く。
だが直ぐ様リシュがその口を塞いだ。
ガブの存在がバレたらきっとガブまで狙われてしまう。
「ま、まさかリシュなのか!? 何故こんな所にいる!!」
ドルマンの声が耳に響く。
そこには慈悲も後悔も感じられない。
リシュは思わず後退さったが、グッと唇を噛むと勇気を振り絞り声を上げた。
「シーラを助けに来ました!」
「は? 聖女にもなれないお前が何をふざけた事を!」
「シーラにも幸せになる権利があります! それを貴方なんかに奪わせません!」
以前は仕方ない事なのだと自分に言い聞かせていた。
だがシーラやアランを見てそれが間違いだったと気づく。
何にも怯える事なく笑ったり泣いたり怒ったり出来る穏やかな日常。
自分の可能性を探せる喜び。
明日が待ち遠しくなる夜。
それを求めることは決して悪いことじゃない。
そう気づけたのはグリースのお陰だ。
「父親に向かってなんて口を聞くんだ! この親不孝者が!」
ドルマンの怒号でリシュを捕獲対象だと認識したのか、待機していた兵士達がジリジリとリシュに近づいてきた。
リシュは涙を堪えながら後ずさるが背後に壁があってもう逃げ場がない。
もう駄目かと思ったその時。
ある言葉が頭をよぎる。
『お前が望むことなら何でも叶えてやる』
リシュはその言葉を信じて声の限りに叫んだ。
「グリースさん! 助けて!!」
悲痛な叫びが空気を大きく震わせる。
次の瞬間、ふわりと二つの大きな影がドルマン達の頭上を飛び越えた。
「リシュ!!」
リシュの目の前に現れた影の正体は、シーラを乗せたトワとグリースだった。
「グリースさん!!」
まわりは突然人間とフェンリルが降ってきて騒然としている。
リシュは目尻に溜めていた涙を零しグリースにしがみついた。
グリースもそんなリシュの頭を抱いた。
「遅くなってすまない。 シーラも無事だしここは一旦引き返して……」
『それはダメだ』
グリースの言葉を遮ったのは、リシュの腕の中にいたまさかのガブだった。




