聖女に与えられたもの
あれからニ時間後。
ドサリッドサリと大きな音に気づきリシュは音のした部屋の方へと向かう。
すると沢山の荷物と一緒に居たのは真っ黒の髪色をしたグリースとガブだ。
「お、お帰りなさいませ……」
おずおずと小声で出迎えたリシュを見て、グリースの代わりにガブが返事をする。
『この屋敷内の事わかったか?』
「はい。 丁寧に教えて頂いたので……」
『他にも何か聞いたか?』
「いえ、それ以外は何も」
『そうか。 で、レフカは?』
「一通り教わった後何処かへ行ってしまいました」
『まぁ慣れるまでは仕方ない。 あとこれはお前のものだから』
ガブが指差す箱や紙袋の中身は服など日用品が詰められていた。
『他に細々としたのは注文書を渡すからそれに書き込んでくれ』
そして紙が挟まれてるカタログのような本を渡される。
「えっあの、本当にいいんですか?」
『何が?』
「私なんかがここに居ても……」
するとガブはリシュの頬をふにっと両手で挟んだ。
『言ったろ、お前はオレのものだって。 オレがしたいようにしてんだから居ても良いんだよ。 なぁ?』
ガブはくるりとグリースの方を見て同意を求めると、グリースはちらりとリシュを見た後コクンと頷いた。
『よし。 言っとくが、オレってグリースの方じゃないからな。 リシュは、ガブのもの。 わかったな?』
更にずいっと迫るガブを見てリシュは目を細めて笑う。
「はい、ガブさん」
『よしよし。 それでいい』
「えっと、そちらはグリースさんで良いですか?」
『あぁ。 で、後はコレだ』
グリースが先程の荷物とは別でリシュに紙袋を手渡す。
ガサガサと中に入っている物を広げてみると、何やら上下の揃った運動着のようだ。
「これは……?」
『あぁ、明日からお前に魔法の修行をしてもらうから』
「え?」
リシュは目を丸くするした。
『そのまんまだ。 明日からお前は聖女じゃなくて魔法使いになるんだ』
「えぇ!?」
『そのきれいな赤い髪なら素質はあるはずだ。 魔法が使えるようになったらいつでもあいつ等に復讐しに行けるだろ』
「そんな、私は復讐なんて望んでません!」
『じゃあ今後生きていく為でいい。 身につけといて損はないからな』
「でも……私は……」
『魔法が使えたら、いろんな事が出来るようになるぞ。 火や風がおこせたり、凍らせたり、使い魔を見つけたり。 リシュは魔法を使ってやりたいことはないのか?』
「やりたいこと……」
リシュは眉を下げて頭を悩ませていたが、やがてポツリ、と声に出した。
「ネズミさん、動物さんと、お話したいです」
『動物……は、上級魔法だからまずは精霊の声を聞けるようにするか』
「精霊さんと話せる様になるんですか!?」
目をキラキラと輝かせたリシュを見てガブはクスクスと笑う。
『欲が出てくるだろ? 本来人間はそういう生き物だ。 どうだ、やってみたくなったんじゃないか?』
声こそ出さないが、表情からウズウズとせめぎ合っている様子が伺える。
「人間生きてりゃ必ず苦楽を伴う。 だがお前は充分過ぎる程に苦を味わったんだ。 やりたいこと沢山見つけてこれからを楽しんだらいい。 いや、その権利がお前にはある」
やっと口を開いたグリースの言葉で、リシュの目から一筋の涙が頬を伝った。
「私なんかが……何かを望んでも良いんですか……?」
「側で見といてやるから何でもやってみろ」
するとポトポトと大粒の涙を流し始めたリシュに今度はガブが寄り添い頬を伝う涙を拭う。
『お前にはオレ等がついてる。 な?』
涙で湿ったガブを見てリシュは涙目なままで柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます。とっても心強いです」
ガブがうんうんと頷くと、今度はリシュがその手を取り優しく握った。
「ガブさん、その、私のせいで体を濡らしちゃってごめんなさい」
『気にするな。 お前は笑ってる顔も可愛いが泣いてる顔も可愛いからな』
「かっ可愛いって……」
『あぁ、その顔も可愛いぞ』
リシュの顔がみるみる内に紅潮していく。
「や、やめて下さい! グリースさんもガブさんを止めて下さい!」
「ムリムリ。 コイツはお前が大好きだからな。 言わせとけ」
「こんなの身がもちません!」
こうして魔法使いと聖女とパペットの不思議な共同生活が始まるのだった。