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大丈夫だから

「怪我をしていた狼さんはご無事でしたか?」


「多分大丈夫だろう。 それよりリシュの方こそ気分が悪かったり体が重いとかはないか?」

 

「今のところ大丈夫みたいですが」


「本当に?」


「はい」


「そうか……なら良いんだ。 だが何か異変があったらすぐに言うんだぞ。 分かったな?」 


 いつもと様子が違う。

 心配をかけたには違いないし、嬉しい事なのだが、過保護ともとれる行き過ぎた気遣いにリシュは妙な違和感を感じた。


「……グリースさん」


「ん?」

 

「もしかして何かあったんじゃないですか? なんだかいつもと違う様な気がするんですが」


 するとグリースの体が僅かに震えた。

 リシュはその機微を見逃さなかった。

 くっと唇を引き結びグリースに詰め寄っていく。

 

「何かあったんですよね? そこまで心配する理由をちゃんと言って下さい!」


 すごい剣幕で迫るリシュにグリースはたじろいだが、ようやく観念したのか苦笑いを浮かべた。


「分かった。 ちゃんと話すから」


 そしてリシュの目をまっすぐと見つめる。

 少し泣きそうな顔にリシュの胸が騒いだ。



 ――――――――


 

 ソファに横並びで座ると、グリースは困り顔で口を開いた。


「その……針狼犬(スパイニーウルフ)を助けた時にリシュの体にも毒が回ってたんだ。 他の傷は治せたんだが、毒の方が厄介なタイプだったからそれだけがなかなか治らなくて」 


 知らなかったとはいえ、毒に侵されている所に不用意に近づいてしまった軽率さに改めて猛省した。 

 ズキズキと痛む心と向き合いながらグリースの声に耳を傾ける。


「そんな時、リシュが俺の名を呼んだかと思ったら俺まで倒れてしまって。 気づいたら《虚空》の力が使えなくなってた」


 リシュは目を大きく見開き耳を疑った。


「それってもしかして……、以前ヴァルト様が仰ってた無力化、ということですか?」


「恐らく、な」


 するとカタカタとリシュの体は震えだし、みるみる内に顔から血の気が引いていく。

 力を無力化させた、というより奪ってしまったのではないだろうか。

 自分の体を治す為に力を奪ったとしたら、なんて取り返しの付かない事をしてしまったのかと呆然としてしまった。


「リシュ……」


 いつの間にか大きな瞳から涙が落ちていた。

  

「ごめんなさい……」


 その一言しか思いつかない。

 リシュは泣きながら何度も繰り返した。


 やはりあの時、離れるべきだった。


 後悔の念に押し潰されそうになりながら、何度も何度も繰り返す。

 そんなリシュの姿を見てグリースはリシュの頭を優しく撫でた。

 

「そんなに謝らないでくれ。 確かに体に穴が空いた感じではあるが、そこまで悲観してないから」


「でもたくさん修行を積んで得た大切な力なんじゃないですか!? それなのに……」


「リシュ」


 名を呼ばれた直後、唇に柔らかい感触が触れた。

 目の前にグリースの顔があり何があったのかと目を瞬かせた。

 

「悲観してないって言っただろ? 正直今、すごく嬉しいんだ」


 するとグリースははめていた手袋を外し、リシュの手をとるとそのまま自分の頬に寄せた。


「リシュの熱をこの手で直接感じる事が出来るんだ。 こんな日は一生こないと思ってたのに」


 そのままぐいとリシュの体を引き寄せ再び口づけた。


「躊躇することなくリシュに触れられると思ったら嬉しくて。 ごめん」


 熱の籠もった赤い瞳に見つめられ、リシュは口をはくはくとさせる。 

 

「小さい頃にリシュに会ってからずっと好きだった。 あの時リシュに救われて、今も俺に幸せをくれる。 大丈夫だ。 力を取り戻す方法は必ず見つけるから、これからも側にいてくれないか」


 その言葉を聞いてリシュはハッとした。

 以前夢で見た少年の事を。

 森の中で『大丈夫だから』とぬいぐるみ越しに手を引いてくれた、自分の心に灯りを灯してくれた優しい少年の事を。 

 

(まさか……あの時の?)  


 もしそれが本当なら……。

 赤い瞳の奥に秘めた真剣な思いに、リシュは息を呑みグリースの手をとった。


「グリースさん……私も、一緒に良いですか?」


「え?」


 顔をくしゃっとさせ、掠れた声で思いを告げる。


「私も、一緒に虚空の力を取り戻す為の方法を探します。 だから、側に居させて下さい」


「……ありがとう」


 グリースはすすり泣くリシュをそっと優しく抱き締めた。


 ここまで読んでくださりありがとうございました。

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