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波乱の足音 2

(まさか……!)


 グリースは足早に岩窟へと入っていくと、その不安は的中し、リシュは針狼犬(スパイニーウルフ)の側で蹲っていた。


「リシュ! 大丈夫か!?」


「グリースさん……」


 リシュを抱き起こし様子を伺うと、息はあるが蒼白の表情だった。

 腕には噛み傷、そして血に塗れズタズタになった両手は手首の辺りまで青紫色に変色している。

 刺さっていた矢を抜く際に傷口から毒をもらってしまった様だ。 

 ふと目を覚ましたリシュは虚ろな目でグリースを見上げた。 


「私、どうしても、この子を放っておけなくて……」


「危険だと言っただろ! 自分を犠牲にしてまでやるんじゃない」


「……ごめんなさい……」


 リシュはそう言ってそのまますぅっと眠ってしまった。

 針狼犬の方の目をやると既に治癒が施されており、後は投網を外すだけの様だ。

 一先ずグリースはリシュの体に手を当て少しずつ負傷した箇所を治す事にした。


 「『治癒(ヒール)』」


 するとリシュの体は淡い光に包まれ痛々しい傷が少しずつ綺麗になっていく。

 顔色も幾分かましになってきたが、変色してしまった皮膚はまだ戻らない。

 毒を抜くには聖女の力か解毒剤しか手がない。

 グリースはリシュを一旦トワに預けると、先に針狼犬に掛かっていた投網に手を伸ばした。


「頼むから大人しくしててくれ」


 針狼犬は小さく唸り声を上げたが、グリースが投網を外し始めると、その後は吠えることなくジッとその様子を伺っていた。


 それから約十分後。


「ほら、もう大丈夫だ」


 グリースは投網を無事に外し終え針狼犬に優しく声をかける。

 針狼犬はくう、と小さな声で鳴きグリースに体を擦り寄せた。

 そして眠っているリシュの側へ行き、頬をペロリと舐めると、針狼犬はそのままグリース達を襲うことなく岩窟の外へと消えていった。



 毛皮の針でボロボロになった手袋を見つめ、グリースははぁ、と大きな溜息を洩らす。

 そしてリシュの方に目をやり、心配そうにリシュを見つめるトワの頭をそっと撫でた。


「きっと大丈夫だ。 早く戻ってリシュも治してやろう」


 そう言ってリシュの体を背負い立ち上がった時だ。

 突然グリースの視界がグラリと歪んだ。


(……?!)


 慌てて踏みとどまったのでリシュを落とさずに済んだが、違和感にふるふると首を振った。


(気にはなるがとにかく今はリシュの体が優先だ)


 グリースとトワはリシュを連れて屋敷へと戻っていった。  


 

 ◇ 



 屋敷に戻った途端、トワは眠っているリシュの側から動かなくなった。

 解毒剤を飲ませてもなかなか目を覚まさないリシュを見つめ、グリースも額に手を当てる。

 今回使われていたのは自然毒ではなく、人工的に調合されたもので解毒にも時間がかかりそうだ。 


(今できることはやった。 後は待つだけだ)


 逸る気持ちを抑えようと毒で変色したままのリシュの手をとった。

 手袋越しだと毒をもらうことはないが熱も感知しづらい。

 冷えた手に不安を煽られ握った手にも力が入る。 

 

(頼む。 早く目を覚ましてくれ……)


「……グリースさん……」

 

 うわ言のように名を呼び、手が僅かに反応した。

 グリースはハッと目を開いたが、同時にグリースの視界が再び大きく歪んでいく。


(何だ、これは……)


 その直後、何かに殴られた様な頭痛に襲われ座っていることもままならなくなり、グリースはそのままベッドに突っ伏す様に意識を失った。




 ――――――――


「ん……」


 リシュはようやく重い瞼を上げた。

 視界に入ってきたのは見慣れた部屋の照明で、自分は部屋に居る事に気づいた。

 トワがリシュの気配に気づき、ベッドに顎を乗せ千切れんばかりに尻尾を振った。

 

「トワちゃん、ずっと側に居てくれたんですね」


 リシュはトワの頭を優しく撫でた。

 その手からは毒は抜け、元の白い肌に戻っていた。

 

(そうだ、グリースさん……!)


 忠告を聞かずに治癒の力を使ったことを詫びようと、リシュは体を起こしグリースの姿を探しにベッドから飛び出した。

 そして急いで居室へ向かうと、いつものソファにグリースが居るのを見つけた。


「グリースさん!」


 グリースに駆け寄ろうとするリシュよりも先にグリースがリシュを抱き締めた。


「目が覚めて良かった」


 そう言ってリシュの肩口に顔を埋めたグリースは更に腕に力を込めた。

 首筋に髪が触れ、リシュは思わず体を震わせる。

 だがすぐにグリースの背中に腕を回し身を委ねた。


「勝手なことをしてごめんなさい」


「全くだ。 もっと自分を大事にしてくれ」


 そしてようやく解放されたのだった。

 



 

 

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