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フェンリルがやってきた

 今朝もとても気持ちよく晴れていた。

 絶好の掃除日和である。


「もうすぐですかね」


「そうだな。 片付けはここまでにして少し休むか」


「では紅茶を入れて来ますね」


 朝から屋敷内を片付けていたのは、もうすぐやってくるフェンリルの子どもを迎え入れる為だ。

 勿論正式に家族になった訳では無いが、どうせならより気持ちよく過ごせるようにと早朝から二人で掃除を始めたのだった。


 というのは建前で。


 昨晩の件もあり、結局あれからもぐっすり眠ることは出来ず、二人して早起きする羽目になったのだ。 

 起きたての頃はまだぎこちなかった二人だが、掃除やら片付けやらこなしているうちにようやく普段の雰囲気に戻りつつあった。

 

 片付けが一段落つき、二人で一休みしている時だった。

 

 ドンドンと扉を叩く音がする。

 リシュが嬉しそうに扉を開けると、例のフェンリルがリシュに向かって飛びついてきた。


「お二人も、フェンリルちゃんも、ようこそです」


「がぅ!」


「おはようございます。 もう匂いも覚えてるみたいでここまですんなりでしたよ」


 運んできた荷物を下ろしながらテオはにこやかに笑った。

 屋敷(ここ)へはぐるりと囲む森を抜けなければ来れない場所なのだが、フェンリルの嗅覚にかかれば大した障害にはならない様だ。

 そうして屋敷にフェンリルがやってきたのだった。



 ◇



 リシュの英気を養う為のもふもふ二週間。

 とはいえリシュは真剣な表情でゾーイ達から接し方をレクチャーしてもらう。

 

「よろしくお願いしますね、トワちゃん」


「トワ、リシュをしっかり癒やしてやってくれ」


「わうわう!」


 リシュとグリースに撫でられフェンリル――――トワは嬉しそうに寝転がった。

 

「あとは病気やケガ、それと一応躾けてはいますが、怒らせると大変なことになるので気をつけておいてくださいね」


 フェンリル自体は比較的穏やかな魔獣だが、習性は犬に近い為主の事となると手がつけられないほど暴れることもあるので、そこは要注意である。

 その他諸々の説明中、ゾーイとテオは時々目を丸くしてリシュとトワを見ていた。


「どうした?」


「いや、リシュって本当に聖女の血筋なんだなと思ってさ」


「いとも簡単にフェンリルを手懐けちゃいましたからね」


 聖女と呼ばれる女性は、様々な力を持ち合わせている。

 よく知られているのは膨大な魔力量、治癒の能力、先見の目、魔獣を従える能力である。

 それほどに特殊な血筋である為、国家がその力を求め崇めるのも無理はない。

 そしてそんな聖女の血筋を守ろうと貴族が血眼になるのも頷ける。

 だがどちらも尊厳を奪っていい理由にはならない。


「フェンリルレベルは俺達のお眼鏡に叶った奴にしか渡さないからな。 トワをよろしく頼む」


「わかりました!」


 ピシッと背筋を伸ばし返事をするリシュの隣でトワも『わう!』と尻尾を振った。




 そうして二人を見送った後。

 

「トワちゃんは本当にお利口さんですね」


 フカフカの毛皮を撫でながらリシュがトワにおやつの骨を与えると、トワは嬉しそうにそれを噛り寝転がる。

 グリースはそれを遠目で眺めていた。

 なんとも平和な光景だ。

 このままこんな平穏が続けばいい。

 だがそれでは何の解決にもならない。

 リシュが身を隠すことなく太陽の下で生きていけるようにする為には、エフモント家という柵から抜け出す必要がある。

 勿論グリースが力技で連れ出すことも出来るのだが、それでは意味がない。

 リシュ自らがエフモント家と決別する強い意志を見せつける必要があるのだ。

 その為にはリシュがエフモント家と向き合えるようにならなければならなかった。


「わう!!」


「おわぁ!」


 ぼんやりと考え事をしていたからか、トワが近くまで来ていたことに気づかなかった。

 トワは先程まで齧っていた骨をグリースの前に置きくぅん、と小さく鳴いてグリースをジッと見つめている。

 

「グリースさんが眉間に皺寄せてたから、トワちゃんもきっと心配してるんですよ」


「あ、そうか……大丈夫だ。 ありがとな」


 そう言ってトワの頭をわしわしと撫でる。

 リシュも同様に心配していたのか、横に座りグリースの顔を覗き込んだ。


「シーラの事、ですか?」


「……いや、リシュの事を考えてた」


「えぇっ?」


 あながち嘘ではない。

 悪戯っぽく笑うグリースを見てリシュはカァっと顔を熱くする。

 只の同居人ではなく、恋人同士になったのだ。

 今ぐらいは目の前の幸せを噛みしめてもいいのではないだろうか。

 グリースはそう考える事にして赤くなったリシュの手をとった。


「昨日はリシュにしてやられたから、俺はどうしようかと考えててな」


「は、わわわ……」


 と言いつつも、グリースに具体的な案があるわけでは無い。 

 寧ろノープランだ。

 今この時だって次の一手が思いつかない。

 ここはキスを迫るべきなのか、愛を囁くべきなのか。

 先程までまともだった思考がすっかりポンコツになってしまっている。

 リシュの方はというと、同じく顔を赤くしてこちらを見つめたまま動かないグリースのお陰で、心拍数がドンドン上がり次の一手より先に羞恥のメーターが振り切れてしまう。


「ご、ごめんなさいっ!!」


 リシュはグリースの手を振り払い、屋敷へと一目散に逃げ込んでしまった。

 その一部始終を見ていたトワはグリースに冷ややかな目を向ける。


「あ、いや、その、これはだな……」


 言い訳も聞かぬ間にトワはフンッと顔を背けタタッとリシュを追いかけていく。

 グリースも誤解を解くため慌てて後を追いかけていくのだった。



 フェンリルのトワが屋敷にやってきた。 

 癒やしの二週間になる筈だったが、ここから問題解決に向けて二人は進み出すことになるのだった。

 

 

  



 



 

 


 

 ここまで読んでくださりありがとうございました。

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