こんなことになるなんて
『リシュ、何かあった?』
朝食用のチーズを取りにきたレフカがふんふんと鼻を動かしながら、パンを皿に並べるリシュの腕から肩へとかけ上がった。
怪我の一件から、レフカはグリースよりもリシュを気にかける様になり、リシュもレフカを姉の様に慕う様になっていた。
「何かあった、というのでしょうか……」
リシュはポッと頬を染めながら昨晩の出来事をやんわりと伝えた。
するとレフカは大きな黒い目を更に見開いて驚愕する。
『ちょっと、あんた達まだそんななの!?』
「え?」
『私がケガした時だって手は繋いでたじゃない! それを繰り返したってだけで何喜んでるのよ!』
「レフカさん、声が大きいです! ……だってあの時は私が勝手に繋いでしまったんですよ。 でも今回はグリースさんから手をとって貰えたので、それが嬉しくて……」
『そんな進展速度じゃババァになっちゃうわよ! ここじゃ二人きりなんだしさっさとキスぐらいしなさいよ!!』
「キ、キスって……」
さすがにその言葉の意味は知っている。
リシュは更に顔を赤くして口元を抑えた。
『グリースもグリースよ。 パペット越しならあんだけ言えるのに自分の口から言わないなんて……』
「パペット越しって、どういう事ですか?」
レフカの言葉に昨夜感じた違和感を思い出した。
グリースと手を繋いでいた間、リシュを溺愛するガブは本物のぬいぐるみの様に動かなかった。
使い魔だから主が優先なのか。
それとも実は使い魔ではなく只のぬいぐるみだからなのか。
うんうんと悩むリシュを見てレフカは大きな溜息をついた。
『リシュ、あのね……』
「レフカ、何話してるんだ?」
「わ! グリースさん、おはようございます」
レフカの台詞に被せるようにグリースが声をかけると、レフカはムッと頬を膨らませ目を吊り上げる。
『腰抜けな魔法使いの話よ』
「……誰だよそれは」
「まぁまぁ皆揃ったんですし朝ご飯にしましょう」
ドンドンドン!!
「おはようございまーす!」
「「『!?』」」
突然扉を叩く音と、快活な少女の声がする。
レフカは飛び上がり、リシュの首後ろに姿を隠した。
(まさか、あの声は……)
グリースも同じことを思ったのか、急いでリシュの髪と自分の髪の色を変えてそろりと扉を開けた。
するとそこには歯を見せて笑うシーラの姿があった。
「グリード久しぶり! やっと見つけたよ!」
シーラはグリースを見つけるとすぐさま抱きつき押し迫った。
「やっとここまで来たんだから魔法を教えてよ!」
実は密猟者が出てから森に見張りをたて、魔力で屋敷に近づけない様になっている。
シーラも翻弄された様だが、並々ならぬ執着心でここに辿り着いた様だ。
「ダメだって言っただろ! 教えを乞うなら他のヤツの所に行ってくれ!」
「そんなの無理だよ! おーねーがーいー!」
互いに主張を譲るまいと必死に攻防を繰り返す二人を見て、リシュの中でムズムズと感じた事のない感情が沸き起こる。
しかし瞬時にこれは良くないと悟ったのか、それを抑え込むように胸の前でギュッと手を握った。
「せ、折角ですし、一緒に朝ご飯どうですか? 私、お湯沸かして来ますので」
「え?」
「やったー!」
リシュは二人を置いてパタパタと台所へと向かうと、朝ご飯を一人分追加しテーブルに並べていく。
「うわぁ、キレイな色のジャム! もしかしてリシェの手作り?」
「ベリー系の実を集めて煮詰めたんです。 お口に合うかわかりませんが」
そう言ってリシュは焼き立てのパンにトロリと一匙ジャムを乗せシーラの皿に置いた。
シーラはその艶やかな赤いジャムをじぃっと見つめると、穏やかな様子で手を合わせた。
「いただきます」
そして大きな口で頬張ると、頬に手を当てながら目尻を下げ天を仰いだ。
「美味しい……! このジャム最高!!」
その様子にリシュはホッと胸を撫で下ろした。
『で、シーラはまた勝手に屋敷を抜け出して来たのか? こんな時間に出てきたら間違いなく怪しまれるだろう』
ムスッとした表情でパンを噛じるグリースに代わってガブが尋ねた。
「今日は課外授業してくるって言ってきたから大丈夫だよ」
『ちゃんと了承を得てだろうな』
「紙に書いて置いといたから多分大丈夫」
『今すぐ帰れ!』
「まぁまぁガブさん、落ち着いてください」
リシュは飛びかかる勢いのガブをギュッと抱き締め宥める。
「でも夢の為とはいえ、家の人に心配かけてまでここに来るのは私も良くないと思いますよ」
「わかってるけど……あの家の人は誰一人私の気持ちを理解しようとしないんだもん」
表情を曇らせたシーラが昔の自分の姿と重なり、胸の奥がズキリと痛んだ。
「ちょっと待ってろ」
黙って聞いていたグリースは突然立ち上がり部屋を出ると、数分後一冊の本を片手に戻ってきた。
「この本をやるから今日はもう帰れ」
差出したのは魔法を構築するための基礎が書かれた、言わば魔法に纏わる入門書のようなもの。
二人はパラパラと本を捲ってみたが、魔法に携わるようになったリシュですら見慣れない単語がびっしりと書かれている。
「それが読み込めたら少しは考えてやるよ」
「ホント!?」
「あぁ。 但しちゃんと屋敷の人間にも理解してもらう努力も怠るなよ」
「わかった!!」
「そうだ! もしよかったら……」
リシュも台所からジャムを詰めた小瓶を持ってきてシーラに手渡した。
「紅茶に入れても美味しいですから、疲れた時でも召し上がって下さい」
「いいの? すっごく嬉しい! 大切に食べるね!」
「さぁ、あんまり遅くなると周りが心配する。 今日も魔法で送ってやるよ」
「ありがとう。 二人ももっと恋人らしくなってよね」
「「へ?」」
「何だかすごく余所余所しいんだもん。 このジャムみたいに甘ーい二人が早く見たいな……」
「《転移》!!」
グリースは最速でシーラに魔法をかけると、シーラを包んだ光はあっという間に消えてしまった。
そしてシーラの台詞に二人は思わず視線を逸らしつつ俯いた。
「恋人らしく出来てなかった、という事でしょうか……」
「かもしれん……」
『気持ちを伝えれば苦労しなくて済む話よ』
レフカのアドバイスは有り難かったがそれが出来れば苦労はない。
ジャムのように甘い二人の構図が出来上がるにはまだまだ時間が掛かりそうだ。
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